第13話、わたくし、『少女帝国』とかいう何だか危なげな団体には、所属するつもりはありませんの。

「「「──はあはあはあはあはあはあはあはあっ」」」


 まだ授業開始前の人気のまったく無い、王立量子魔術クォンタムマジック学院の旧校舎の二階の長大な廊下にて鳴り響く、五、六名の男女が入り交じった生徒たちによる、荒い息づかい。


「──どういうことなんだ、一体⁉」

 全力疾走しながらも、いかにもたまらずといった感じに、怒声を上げる、先頭のリーダー格の男子生徒。


「何でこの世界のアルテミス=ツクヨミ=セレルーナは、、女の子になっちゃっているんだよ⁉」


 廊下中に響き渡る、意味不明の台詞。

 言うまでもなく、この世界における筆頭公爵令嬢アルテミスの性別は、『少女』であって、『実は少年なのである』などといった、疑惑や叙述トリックの可能性なぞ微塵もなかった。

 何せ『悪役令嬢』が男の子だったりしたら、そもそもお話にならないであろう。

(※ただし一部の転生の事例においては、TS転生や男の娘転生等も見受けられますが、それらの悪役令嬢を受け容れるかどうかについては、各個人の判断にお任せします♡)

 そしてその発言が引き金になったようにして、周りの少年少女たちも堰を切ったみたいにわめき立て始める。


「まさか、『なろうの女神』が、降下地点の算出シミュレートを誤ったとでも言うの⁉」

「それは、あり得ん。『彼女』こそは、真に理想的な量子コンピュータなんだぞ!」

「じゃあ、現在の状況を、どう説明するつもりなのよ⁉」

「そうだ、これじゃまるで二次創作の『びーえるドージンシ』ではなく、原典オリジナルのWeb小説『あたくし、悪役令嬢ですの!』の世界みたいじゃないか⁉」

「──っ。……まさか、そうなのか?」

「ど、どうした、リーダー?」

「まずい! むしろこれは、最初から仕組まれていた罠だったんだ!」

「「「はあ?」」」

「……おかしいと思ったんだ。元々創作物フィクションに過ぎないWeb小説の『あたくし、悪役令嬢ですの!』に、その上更に二次創作の『びーえるドージンシ』が存在するなんて、最初から我々『転生者』が侵入してくることを見越していたんだよ!」

「「「なっ⁉」」」

「つまり、同人誌が原典オリジナルの二重防壁的役割を果たしているとでも言うのかよ⁉」

「あるいは、あえて原典オリジナルのほうが、二次創作の防壁であるかだ」

「はは、冗談はよせ。そんな高度かつ複雑極まる多重トラップを、一体誰が仕組むって言うんだ」

「そうだよ、だいたいが異世界の原住民どもなんて、俺たち転生者がちょっとチートを持っているだけで、何の疑問もなく全面的に受け容れて、金銀財宝や権力や女を好きなだけ『搾取』して世界の支配者になろうがハーレムを築こうが、むしろ笑顔で喜んでくれる、能なしのNPCでしかないんだぜ?」

「うひひ、まさに異世界は、俺たち落ちこぼれの現代日本人のための、パラダイスだよな!」

「あたしたち女の転生者にとっては、少女マンガやハーレク○ンそのままの、逆ハー天国だしね♡」

「──黙れ、この非常時においてもいまだに、脳みそがお花畑の極楽トンボどもが! 俺の取り越し苦労なら、それはそれで構わん! とにかくこの階層に隠されている『緊急ピックアップポイント』に行って、いったんこの世界から離脱するぞ!」

 リーダーの少年がそのように怒鳴りつつ、最後のコーナーを曲がった、

 まさに、その刹那。


「──お待ちしておりましたわ、薄汚き『転生者』の皆様♡」


「「「──‼」」」

 まさしく生徒グループの行く手を遮るように、廊下のど真ん中に立ちはだかっている、一人の少女。

 その身にまとっているこの学院の制服から一応中等部生と思われるが、あまりにも小柄で華奢な肢体は初等部生にしか見えず、その縦ロールのブロンドの髪の毛とサファイアの瞳が輝く端整な小顔とも相俟って、まるで作り物の人形にしか見えなかったが、

 ──彼女の桃花の唇から放たれる声音は、どこまでも辛辣であった。

「いくらこの廊下を走り続けていても、けして目的地には着きやしないわ。──あなたたちは、まさにここが終着駅デッドエンドよ」

「何っ、まさか貴様──」

「ええ、空間を閉じさせていただいたわ。これであなたたちはこの世界から脱出できないし、他の世界からの助けを期待しても無駄よ」

「馬鹿な! たかが異世界の原住民──しかもWeb小説の登場人物に過ぎない存在が、空間を改変して、現代日本から転移してきた、我々を拘束しただと⁉」

 驚愕の表情に歪む、自称『現実の存在』の少年少女たちだったが、目の前の可憐なる少女は、ただただせせら笑うばかりであった。

「『小説家になろう』から来たのか『カクヨム』から来たのかは知らないけれど、あなたたち、自分のことを本気で、現実の存在だと思い込んでいるの? 何て哀れな『精神体ヒトタチ』たちなのかしら♡」

「『小説家になろう』? 『カクヨム』? な、何だ、それは⁉」

「あ〜ら、それすらも知らされていない、使い捨てのゴミ野郎のくせに、人のことを『Web小説の登場人物』なんておっしゃっていたわけ? 本当におめでたい方々ですこと」

「だ、黙れ! 妄言を弄して、我らを惑わすつもりか⁉ いい加減そこをどかなければ、ただではすまぬぞ!」

 そう言うや、少女を取り囲むようにして展開し、臨戦態勢となる少年少女たち。

「やっとやる気になったようね、望むところですわ」

 それに対して微塵も動じず、後ろ手に隠していた一振りの大剣を構える金髪の少女。

「──っ。何だその、膨大な魔導力を秘めたつるぎは⁉」

「まあ、やはりお気づきになりました? そりゃそうですよね、まさにあなたたち『転生者』の天敵ですもの」

「……ということは、十二神剣の内の一振りか。──そうすると貴様は、まさか!」


「ご想像の通り、『境界線の守護者』たる、ホワンロン姉妹が一人、時空の魔女『三の姫』よ」


「……何、だと」

 少女の名乗りを聞いた途端、その場の者すべてが、絶望に顔を青ざめた。


「──さあ、侵略者の皆さん。楽しい楽しい殺戮ショウの、始まりですわ♡」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……は? その『少女革命』とやらが、不埒な『転生者』から、この世界を──特に当王立量子魔術クォンタムマジック学院における生徒たちの生活を守るための、唯一の手段ですって?」


 突然とんでもないことを聞かされてしまい、呆然と聞き返してみたところ、ウザいくらいにドヤ顔になっている自称『シン・オウジサマ』は、どうやら本気であるようだ。


 仕方なく教室を見回してみても、当惑したり不機嫌そうな顔をしたりしている男子生徒以外の、ほぼすべての少女たちは、私こと筆頭公爵令嬢にして自他共に認める『悪役令嬢』である、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナの取り巻きの皆さんすらも含めて、派閥の別にかかわらず、あたかも新興宗教の信者よろしく、実は同性のホワンロン王室第一王女であるところのシン・オウジサマのほうへと、うっとりと陶酔しきった視線を向けていた。

 どうやら使い物になりそうなのは、どんな状況においても常に超然たる姿勢を揺るがすことのない、どう考えてもただ者ではない私の専属メイドたる、メイ=アカシャ=ドーマン嬢だけであるが、相も変わらずニコニコ笑顔でこちらのほうを『お手並み拝見♡』とでも言わんばかりに見つめるのみで、結局事態の打開を図れるのは、私ただ一人のようであった。

 仕方がないので私は嫌々ながらも、話を進めることにした。

「……ええと、ですね。まずその、『少女革命』というのは、何ですの?」

「決まっているじゃないか。この世から男女間の恋愛なぞ排除して、少女が少女との間だけで愛を育み、少女の少女による少女だけの世界を築き上げることだよ!」

 ……やはり、そうか。

「まあ一応、そんな革命が成功するのかとか成功した後に本当に世界が成り立っていくのかっていう、根本的な疑問はさておいて、どうしてそのような『全人類総百合化、キマシタワー!!!』王国を創ることが、異世界転生者に対する対抗策になり得るのですか?」

「それはね、人間は誰しも、『恋する♡生き物』だからだよ」

 ……は?

 気がつけば、すぐ面前に迫っていた、自称『王子様』の麗しのご尊顔。

 こちらに抗う間も与えぬ優雅な所作で、顎に指を添えられてくいっと持ち上げられる。

「転生者はいわゆるこの世界の人間の肉体に憑依する、精神体みたいな存在だが、何と彼らにも独自な人格があって、ハーレムは論外だが、『一人の人間』として異性に恋をしてもおかしくはないだろう。──しかし実はこれこそが、大いなる『不幸』の始まりにもなりかねないんだ」

「恋することが、不幸の始まりになるですって?」

「ああ、例えば君は、熱烈な恋人同士だった男女が、突然別れてしまう場合、どのような原因があり得るのか、いくつくらい思いつくかい?」

「……はあ、一番ありそうなのが、少なくとも片方が、別の誰かを好きなった場合ですかねえ。後は少々陳腐なケースになりますが、相手の幸せを考えて、自ら身を退くといったところでしょうか」

「うん、お涙頂戴な恋愛小説にありがちな展開だよね。──それでね、これを自分自身のほうは別に恋愛感情を失っていない、『別れを切り出される』ほうの視点に限れば、ほぼすべてのケースにおいて共通する、言わば最も重要なる要因ファクターがあるんだよ」

「別れを切り出される場合の、共通要因ファクターですかあ?」

 ……ううむ、これって恋する乙女にとっては、非常に嫌な会話じゃなかろうか。

 そのように胸中で更に憂鬱感を募らせていたところ、

 まさしく冷や水を浴びせかけるかのような、驚きの言葉を突きつけられた。


「それこそは、あたかもこれまで心底理解し合っていたはずの想い人が、いきなり『まったくの別人』のようになってしまうことなのだが、まさしく転生というものは、ある日突然ある人物を何の前触れもなく、まったくの別人に変えてしまうことそのものだと思わないかい?」


 ──‼

 そ、そういえば、そうだわ。

 何で私たちは、これまで散々『現代日本』からの転生という名の侵略を被ってきたというのに、こんな基本的なことに気づかなかったのだろう。

「ああ、君がこのことについて、今まで知らなかったのも無理ないんだよ。何せある人物において突然人間が変わろうが、それが転生によるものなんて、普通は考えないからね。そして我々に転生というものがいかなるものかを教えてくれる唯一とも言える媒体こそが、他でもなく『ゲンダイニッポン』産のWeb小説ってことになるんだけど、当然これらは『ゲンダイニッポン人』の──すなわち、転生する側の視点に立って描かれることになるので、転生この世界の人間の人格が、転生者の都合で大幅に変えられることが、いかにも『良いこと』であるかのように描写されているものだから、これまで別段問題にならなかったのさ」

 あ。

「そ、そうですわよね、特に私にも関わる『悪役令嬢への転生物語』なんて、将来の破滅エンドを回避するために、悪役令嬢自身、まったくの別人──多くは『お人好しの博愛かつ平等主義者』という、悪役令嬢としてのアイデンティティを崩壊させかねないほどの人格改変を行うし、むしろ自分の最大の恋敵であるはずの『乙女ゲー的ヒロイン』の邪魔にならないように、婚約者を自ら譲ってやったり、将来ヒロインの逆ハーメンバーとなる予定の、攻略対象キャラのイケメン男子には極力接触しないようにするといった、完全に恋のバトルを放棄したチキン野郎となるパターンばかりですわ!」


「うん、確かに乙女ゲーのお邪魔虫要員的キャラである悪役令嬢が、恋のバトルを放棄すれば、少なくともヒロインと攻略対象たちとの恋模様はうまくいくだろうし、もしかしたら悪役令嬢にとっても破滅エンドを回避できて、幸せなことかも知れない。──でも、もしも攻略対象者の──特に悪役令嬢と婚約していたり、『ヒロイン』が現れる前までは熱烈なる恋人関係にあった者の視点に立てば、『ゲンダイニッポン』からの転生者がしたために、突然悪役令嬢が人が変わったようになり、自分との関わり合いを避けるようになったとしたら、どう思うだろうね? とても信じられず、悪役令嬢の裏切りを嘆き、人生に絶望することだって、十分あり得るんじゃないかな?」


 ──っ。


「そりゃあ、転生者にとっては、ゲームをやっているようなものかも知れないけど、ボクたちこの世界に生きる者にとっては、あくまでも現実であり、恋愛事だって、たとえバトルであっても、けしてお遊びなんかじゃないのであって、たった一つの恋の破局のために、すべてに絶望したり、最悪の場合命を絶つことだってあり得るんだ。──そう。異世界転生や異世界転移なんて、それほど罪深きものであり、転生者なんて存在はすべて、転生される側にとっては、赦されざる罪人であり疫病神でしかないんだよ」


 た、確かに。

 こうやって、転生される側に立ってみると、異世界転生なんて、ただただ人を不幸にするばかりの、ろくなもんじゃないわよね。

「……それで、なぜ『少女革命』こそが、そんな異世界転生に対する、唯一の対抗手段になるのです?」

「よくぞ、聞いてくれた! それはね──」

 そして一拍だけ言葉を溜めて、その自称『シン・オウジサマ』は、

 ──絶対に、『お姫様』の属性持ちが言ってはならぬことを、平然と口にしやっがたのでございます。


「恋愛がもつれるのは基本的に、『男と女』との『一対一』の関係だからであり、だったらこの学院内に、女の子だけの園たる『少女帝国』を打ち立てて、その構成員メンバーの間では『自由恋愛』を原則とし、性別とか一対一にこだわらないことによって、『転生者』によるものか否かにかかわらず、ある特定の相手との恋に破れても、現在不特定多数とつき合っているのなら傷は深くないし、しかも下世話な話、女性同士の付き合いならば肉体的な『傷物』になることがなく、一つの恋が失われた時、女性ばかりが割の合わない負担を背負わされることはないという、まさにいいことずくめの恋愛革命こそを、我々は『少女革命』と称しているのだよ!」


 ──はあああああああああああああああああ⁉


「ちょっと! それって単にあなたの邪な願望を、『転生者』対策にかこつけて、実現しようとしているだけではありませんの⁉」

「この『少女革命』の在り方が、ボクの願望に添っていること自体は否定しないよ。しかしそれはあくまでも、Win−Winの関係でもって一挙両得を狙っているだけの話で、何よりも恋愛関係が破局した場合、一方的に負担を強いられる恋愛弱者である女性を救済することこそが主目的なんだ。──特に君にも大きく関わる『悪役令嬢』系の物語においては、婚約者であるはずの第一王子あたりが他に好きな子ができたからといって、一方的に悪役令嬢との婚約を破棄するわけだけど、女性にとってはただそれだけのことで『外聞』が悪くなってしまい、少なくとも貴族社会においては嫁ぎ先がなくなるという、男性側はほとんど無傷で済むのに対して、一生消えることができない『傷』を負わされるという理不尽な目に遭わされかねないんだ」

「うっ」

 そ、そうよね、このようにあくまでも悪役令嬢側の立場に立てば、婚約者のやっていることって、理不尽極まりないように思えますわよね。

 言うまでもなくこのわたくしも、自他共に認める悪役令嬢なのであり、けして他人事ではなく、明日は我が身と心得るべきですわ。

「もちろんこれは何よりも、『転生者』対策こそが最優先事項なんだが、彼らがこの王立量子魔術クォンタムマジック学院においての活動に当たっての、主なターゲットになり得るのは、当然学生として在籍中の王族や上級貴族の子女なのであり、彼女たちに接近して親交を深めて、彼女ら自身や親御さんの権力を利用して、将来この国の実権を握ろうとでもしているのだろうが、ボクが目指している『少女帝国』の構成員メンバーである、王族を始め実家がどうであろうが本人自身にはあまり利用価値がなさそうな、女性同性愛者などには基本的には関心を抱かず変なちょっかいはしてこないと思われ、構成員メンバーにおいては想い人がいきなり別人のようになって恋が破れてしまうといった可能性が、俄然低くなるといった寸法なのさ」

 おお、これも納得できますわ。

 王侯貴族においては、恋愛の駆け引きすらも政治の道具に過ぎませんが、その王侯貴族の基本的な倫理観に反する、同性愛にふけっている子女たちなぞ、この学院の生徒を政治的に利用しようとしていると思われる『転生者』のターゲットからは、自ずと除外されるというわけですね。

「で、でもですね、この学院の女の子の中には、私のように同性愛に関心が無い子も少なからずおられるだろうし、特に年頃の娘さんとしては、『王子様願望』というものがありまして、まさしく王族の方が多数在籍なされている学び舎に通うことになったのだから、チャンスさえあればお近づきになりたいと思われている方も、結構おられるのではないでしょうか?」

「ああ、確かにね。うん、いい質問だ。──おおい、ルイ!」

 なぜだかいきなり、教室の後ろのほうの席で、こちらの様子を死んだ目をしてうんざりと眺めていた、弟に声をかける第一王女様。

「……何です、姉上?」

「いいから、こっちに来てごらん」

「はあ」

 何だかんだと言い含めて、弟王子を自分の横に並ばせる『一の姫』様。

「ではここで、皆さんに質問です」

 そして彼女は自分と弟とを、順繰りにを指し示しながら、

 ある意味王家の後継者問題に、致命的な一石を投じかねない、本日最大の爆弾発言を炸裂させた。


「ボクと彼との、どっちがより『王子様』見えるかな?」


「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」「一の姫様」


 ──数十名を数えるクラスメイトの全員が、即答であった。

 もちろんルイ殿下の元婚約者であるわたくし自身も、何らためらうことなく、「一の姫様」に一票を投じましたわ。

 そしてその結果──


「……いいんだ、どうせ俺は、要らない王子様なんだ」


 完全に王子様としてのアイデンティティが崩壊してしまった、少年が一人。

 教室の隅で体育座りをしてうずくまっている姿が、この上もなく哀愁を誘った。

「……どうしましょう、これがきっかけとなって、あの『びーえるドージンシ』みたいに、ヤンデレ化して邪神に魂を売ったりしなければよろしいのですが」

 そう、あの同人誌みたいにw

「うむ、彼にとっては不幸な結果になってしまったが、これではっきりしたろう。ボクが少女帝国のあるじである限り、ボクの子猫ちゃんたちの『王子様願望』は、十分に満たされることを!」

 ……何が、『ボクの子猫ちゃんたち』ですか。やっぱりあなた、私利私欲で、『少女革命』とやらを実行しようとしているのではありませんの?

 そのようにわたくしが疑惑の視線を向けていると、何を勘違いしたのか、もはや自他共に太鼓判を押された『シンオウサマ』が、今度はわたくしに向かって、

 ──先ほどと同等かそれ以上の爆弾発言を、またしてもぶちかましやがったのでした。


「そしてこの少女帝国の要となるのは、まさしく悪役令嬢にしての巫女姫でもある、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢、貴女なのだよ」


 ──っ。

「わ、わたくしこそが、その少女帝国とやらの、要となるべきですって? どうして、そんなことに⁉」

 突然予想だにしなかったことを突きつけられて、大混乱に陥る筆頭公爵令嬢であったが、


 それを一顧だにせず、続けざまにとどめの言葉を言い放つ、シン・オウジサマ。


「なぜなら他ならぬ君こそが、実はこの世のすべての異世界転生や異世界転移を司っている、絶対的存在『なろうの女神』に対抗できる、唯一の存在だからだよ」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──それではお姉様、お預かりしていた神剣『トリックスター』、確かにお返ししましたわよ」


 放課後の人気のまったく無い、王立量子魔術クォンタムマジック学院旧校舎二階の廊下にて、文字通りの死屍累々の有り様には不似合いに響き渡る、涼やかなる少女の声。


「……殺しては、いないだろうね?」

 妹の『三の姫』から愛剣を受け取りながら、念のため問いただす。

「まさかあ。そもそもそのつるぎが、相手の肉体をまったく傷つけることなく、内に秘めたる『転生者』の魂だけを滅することができるのは、正当な所持者であられるお姉様がよくご存じでしょうが? そこいらに寝転がっている方々も、じきに目覚められるものの、今回の騒動のことは何も覚えていないという、いつもながらのお定まりの結果となるだけでしょうね」

 確かにな。

 ボク自身も、これまで様々な転生者の人間や、スライムや、蜘蛛なんかを、この神剣で切ってきたけれど、彼らはそのたびにまさしく『憑き物が落ちた』ようになり、『転生者』が憑依していた間のことは何も覚えていないといったことを、ただ無為に繰り返すばかりであった。

「それよりも、そっちの首尾はどうだったわけ? 『お姫様』の籠絡は、成功したの?」

「……一応誘ってはみたよ。だけど今のところは、そんな怪しげな帝国には、参加する意思なんか無いってさ」

「ぷっ、自称『シン・オウジサマ』も、彼女にかかっては、形無しね」

「言ってろ。──まあ今回は、彼女に『転生者』に対する危機感を抱くようになってもらっただけで、十分目的は達したと言えるだろうよ」

「……『転生者』か、ほんと哀れなものよね」


 そして我が愛すべき妹姫は、心の底からの同情心と共に、折り重なるように倒れ伏している生徒たちのほうを眺めながら、


 ──下手すれば現在のWeb小説界を完全に崩壊させかねない、超危険球デッドボール的発言を宣ったのである。


「転生者とか言って、数多のWeb小説においては、『主人公』としてもてはやされているけど、その真の正体はれっきとした現代日本人の『魂』や『人格』なんかではなく、すべての異世界転生や異世界転移を司る『なろうの女神』によって、あらゆる世界のあらゆる存在のあらゆる『記憶や知識』が集まってくると言われる、超自我的領域『集合的無意識』を介して、何の変哲もない生粋の異世界人の脳みそにインストールされた、『記憶や知識』──つまりは、単なる情報データのようなものに過ぎないのにね♡」

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