第8話、わたくし、名探偵『悪役令嬢』ですの!

「──名探偵『悪役令嬢』の名の下に、宣言いたします。謎はすべて解けましたわ!」


 まさしくわたくしの鶴の一声によって、一斉に静まりかえる、今この場に一堂に会している人々。


 その顔ぶれは、

 今回連続猟奇殺人事件が勃発し今や『惨劇の館』と化した、王都超高級住宅街に広大な面積を有している屋敷の主人たる、デットマー伯爵家御当主とその御家族や御親戚と執事やメイド等の使用人たちに、

 屋敷に逗留している、客分の騎士男爵や書生たちに、

 悪役令嬢にして名探偵たるわたくしアルテミス=ツクヨミ=セレルーナの助手である、万能メイドのメイ=アカシャ=ドーマンと、元婚約者にして王国第一王子のルイ=クサナギ=イリノイ=ピヨケーク=ホワンロンに、

 こういった探偵モノでは『かませ犬』役として欠かせない、警視庁捜査一課のおにがわら警部に、その他の捜査員の皆様、

 ──といった、面々であった。

 そして彼らの前で今まさに、年の頃は十歳ほどのいまだ性的に未分化な小柄で華奢な肢体を、我が国の最高学府王立量子魔術クォンタムマジック学院の可憐な制服に包み込み、銀白色の長い髪の毛に縁取られた人形そのままの端麗な小顔の中で黄金きん色の瞳を煌めかせながら、まさしく天使か妖精かといった自他共に認める超絶美少女のこの私、悪役令嬢名探偵は、衝撃の真相を語らんと、その花の蕾の唇をおもむろに開いて──


「いや、ちょっと待て! 何だその、ツッコミどころ満載の、人物紹介は⁉」


 その時いきなり無粋にも出鼻をくじいたのは、わたくしと同じく量子魔術クォンタムマジック学院の制服を着ていながらも、内からにじみ出る高貴さと上品さと尊大さは隠すことなぞできない、年の頃十五、六歳ほどのイケメン男子であった。

「……何ですの、ルイ。せっかくこれからが、わたくしにとっての最大の見せ場だというのに」

「何が、ルイ助手だ! 何で公爵令嬢の分際で、元婚約者にして王国第一王子であるこの俺を、いきなり何の脈略もなくおっぱじめた、探偵業の助手なんかにしてしまうんだよ⁉」

「……男のくせに、細かいことばかりにこだわっていたんじゃ、モテませんよ? ──この先ずっと」

「ええっ、俺って永遠に、モテ期が来ないままなの⁉ もしもこの世界が乙女ゲーだったら、最も大人気の攻略対象であるものと思っていたのにい〜──じゃなくてっ! 何その、雑なごまかし方は⁉ だったら、何でこのファンタジー世界の中に、警視庁捜査一課の鬼瓦警部なんていう、むしろ『ゲンダイニッポン』のミステリィ小説のお約束的キャラが登場してくるんだよ⁉ まさかこの一発芸的シーンのためだけに、異世界転移してきたとでも言うつもりじゃないだろうな?」

「やれやれ、あなた、『質量保存の法則』すらもご存じではないのですか? この超基本的物理法則がある限り、肉体丸ごとでの異世界転移やタイムトラベルなぞは、絶対に実現できないのですよ? それはいかに剣と魔法のファンタジー世界とはいえ、昨今のWeb小説の興隆により、無数の異世界転生者どもからもたらされた、『ゲンダイニッポン』の最新科学技術にすっかり毒されてしまっている、我が王国においても同様なのです」

「はあ? 異世界転移が、物理法則上絶対不可能だと? だったら、まさに『悪役令嬢』モノに付き物の、異世界転生のほうはどうなんだよ? これが不可能となると、ほとんどすべての作品が『アウト』になるじゃないか」

「何をおっしゃるのです、異世界転移と違って異世界転生のほうは、肉体を伴って世界間を移動するわけではないので、物理法則上何ら問題は無いではありませんか?」

「……あ」

「それにぶっちゃけて言えば、転生とか前世とかいったものは、突き詰めれば本人の妄想のようなものでしかなく、それが真実かどうかはともかく、現実性リアリティ的には何の問題も無いのです」

「本当にぶっちゃけたもんだな、おい⁉ それならどうして『ゲンダイニッポン』の警視庁捜査一課の鬼瓦警部とかその部下の捜査員なんかが、このファンタジーワールドにいるんだよ⁉」

「それはもちろん彼らが、ファンタジー的存在だからですわ」

「──はああっ⁉ 何よりも現実性リアリティを尊ぶミステリィ小説でお馴染みの、捜査一課の警部がファンタジー的存在って! ……あ、それってもしかして、ファンタジーワールドであるこの世界からしてみれば、むしろ『ゲンダイニッポン』みたいな世界のほうが、ファンタジーワールドのように見えるとかいう、この手の話によくありがちな『相対理論ヘリクツ』みたいなものか?」

「はっ、ミステリィ小説が現実性リアリティを尊んでいるですって? ちゃんちゃらおかしいですわ!」

「鼻で笑われた⁉ 俺一応、王子様なのに!」

「あのですねえ、『ゲンダイニッポン』の現実の警察の現場においては、『警部』とか『刑事』とかの呼び名は、まったく使われていないのですよ。あくまでも『警部』というのは書類上において使用される『階級名』に過ぎませんし、『刑事』に至っては完全に事実無根の『俗称』でしかなく、実際の警察の現場では、『係長』とか『主査』とか『管理官』とか『主任』とか『(巡査)部長』とか『○○君』等々と呼称されていますの。間違っても『○○警部』や『○○刑事』なんて呼ばれる警察職員は、ただの一人も存在しないのですわ。──つまり、『ゲンダイニッポン』のミステリィ小説の中だけで存在し得る彼らは、立派にファンタジー的存在と言えて、ドラゴンや妖精やアンデッドが実在している、我がファンタジーワールドに存在していても、別におかしくも何ともないのです」

「……『○○警部』や『○○刑事』と呼ばれる者なんて、実際に存在しやしないだと? おまえまさにこの瞬間に、一体何人の出版関係者を敵に回したと思っているんだ⁉」

「そんな『ゲンダイニッポン』の低俗な出版事情なぞ、知ったことではありませんわ。そもそも『悪役令嬢』の『悪』には、『強い者』や『恐ろしい者』という意味が込められているのです。つまりこの私にとっては『ゲンダイニッポン』の有象無象なんぞは、恐れられることはあれど、恐れるに足らぬのです!」

「いや、ほんと怖いよ、おまえって、いろいろな意味で!」

 心底ドン引きした顔つきで、わたくしから距離をとる王子様。

 いやいや、助手にして元婚約者の間柄で、他人行儀な。もっち近う寄れ。

 そんなこんなで事件の進行上何の益もない(元夫婦めおと)漫才を繰り広げていれば、さすがに見かねたのか、まさに今回の事件の中心人物と言える、この屋敷のあるじたるデットマー伯爵自らが声をかけてきた。

「……ええと、それでアルテミス嬢におかれては、すでに事件の真相と真犯人を、突き止められておられるのでしょうか?」

「ええ、もちろん。そちらの十歳ほどの女の子にやり込められるレベルの知性しか無い、エセ王子に邪魔されなければ、すぐにでも明かしていたのでございますが」

「エセって、何だよ⁉ 俺は正真正銘──」

「王子」

「あ、はい」

「探偵殿の事件解明の邪魔になりますので、これ以上話の腰を折るのはお控えいただきたいのですが?」

「す、すみません、デッドマー卿。…………くそう、俺が悪いのかよお」

 アホ王子がすっかり意気消沈しうなだれたのを見て取って十分満足したわたくしは、やおら伯爵のほうへと振り向く。

「それでは御当主殿、いよいよ事件解明と参りましょう。真相と真犯人の内、まずは真犯人についてから始めますが、よろしいですわね?」

「おお、ついに明かされるのですか! 連続した各事件において、容疑者の誰もが怪しいのに、誰にも決定的な証拠がないという、何とも不可思議な状況に、ついにケリがつくのですな⁉ 当然、憎き犯罪者は、ここに集いし一同の中にいるのですね?」

「ええ、もちろん」

「し、して、一体誰が⁉」

 急かすように詰め寄ってくる伯爵閣下を尻目に、わたくしは一度ゆっくりと、現在自分たちがつどっている大広間を見回していく。

 そこにいる老若男女の誰もが、わたくしの視線から逃れるように、顔を反らして…………こらこら、何で鬼瓦警部まで、そっぽを向くのですか?

 そしてわたくしは頃合いを見て、大きく口を開いた。

「──今回の連続猟奇殺人事件の、真の犯人は」

「「「し、真犯人は?」」」

「今この場にいる──」

「「「──っ」」」


「皆さん、であり」


「「「……………………はあ?」」」


「皆さんの、のです」


「「「──はああああああっ⁉」」」


 ついに明かされた、今回の真犯人の真実。

 すでにこの場は、完全に沈黙に包み込まれて、あたかも時間そのものが静止したかのように、誰もが硬直してしまっていた。

 そんな中でいち早く我を取り戻したのは、長い付き合いゆえにわたくしに対する耐性が強く、何よりも『ツッコミ体質』な王子様であった。

「な、何をわけのわからないことを、言い始めているんだ、おまえは⁉ 真犯人が、ここにいる全員であり、誰でもないって、禅問答かよ⁉」

「しかしそうでなければ、辻褄が合わないのです」

「へ? 辻褄って……」

「今回、一件だけでも十分にお腹一杯だというのに、凄惨な殺人事件がかくも連続して起こったのは、それほどまでに貴族の家における愛憎関係が、複雑怪奇に錯綜しているからと申せましょう。──しかし、そうは言っても、『ある人物を殺したいまでの憎悪をいだいている者』となると当然限られてきて、これだけ殺人が連続して起きれば犯人が相当な範囲まで絞り込まれるはずなのですが、現時点においてもまったく特定できていません。それはなぜかと申しますと、先ほど伯爵様がちらっとおっしゃっていたように、ある事件が起こった場合、必ず最も怪しい人物にちゃんとしたアリバイがあるのに、その他のほとんど嫌疑がかかっていない者になるほどアリバイが不確かになっていて、しかもそれがすべての事件について言えて、言わば物証と心証がまったくかみ合っておらず、まるで『交換殺人』が行われているかのようにも思えますが、それにしては現時点において人間関係の錯綜具合が度を超しているので、もはや冗談でも何でもなく、全員が示し合わせて交換殺人を実行しない限りは、今回のような状況になり得ない有り様となっているのでございます」

「た、確かに」

「い、言われてみれば」

「まったくその通りではないか⁉」

 わたくしの懇切丁寧なる『名推理』を聞くや、まさに目からうろこそのままに、納得しきりと頷き始める事件関係者たち…………………だから何で、鬼瓦警部まで頷いているのよ⁉

 そんな中でただ一人、おずおずと問いかけてくる、助手その2。

「そ、それでおまえは、真犯人は、ここにいる全員だと言っているんだな?」

 その言葉に、一斉に厳しい表情となる、皆様。

 当然であろう。

 王子の言葉は聞きようによって、ここにいる全員が共謀して、すべての犯行を行ったようにも捉えられるのだから。

「いえ、今の話はあくまでも『実行犯』についてであり、いわゆる『真の黒幕』なるものは、ここにおられる皆さん以外に存在しております」

「はあ? その黒幕とやらが、ここにいる俺たち以外の、まったくの別人だって? 一体何者なんだ、そいつは⁉」

 これまでにない真剣な表情で問い詰めてくる、王子様。

 俄然全員の視線も、わたくしへと集中してくる。

 それに応じて、ゆっくりと桃花の唇を開き、

 ──本日最大の、爆弾発言をぶちかました。


「今回の事件の真の黒幕──それはまさしく、『異世界転生者』なのです!」


「「「              」」」


 一瞬だけ、まったくの無の世界となる、大広間──であったが、


「「「えええええええええええええええええええええええっ⁉」」」


 屋敷そのものを揺るがすような、文字通り爆音そのままの怒号が鳴り響いた。


 ……ふむ、あまりにも理路整然とした名推理に、絶大なる感銘を受けたのであろうか。


「──そんなわけ、あるか!」


「おや、ルイ助手。あなたには読心能力がお有りでしたか」

「誰でもわかるよ! おまえ、すんげえ『ドヤ顔』をしていたぞ⁉」

 ……女性の顔付きについて、面と向かってあげつらうとは。やはりこの方は、未来永劫モテることはないでしょうね。

「よりによって、異世界転生者はないだろうが⁉ おまえこの前、自分が異世界転生者から身体を乗っ取られてしまったものだから、根に持っているんだろう⁉」

「……生憎、あなたがおっしゃる通りに、身も心も完全に乗っ取られていましたので、その件については何も覚えていないのですが?」

「そうかあ? 確かあの時、おまえの取り巻きのリーダー格の伯爵令嬢に、自宅に引きずり込まれていたような──」

「うっ、頭が割れるように痛いっ!」

「──ちょっと、ルイ殿下! アル様は先日の件について、深層心理的にトラウマになられているんですから、めったなことを口走らないでください!」

「あ、うん。それは、すまなかった……」

 頭を抱えてうずくまってしまったわたくしを、すかさず抱きすくめて、王子に向かって厳重に抗議する、驚いたことにこれが今回初セリフとなる、わたくしの専属メイドにして助手その1の、メイ=アカシャ=ドーマン嬢。

 彼女の介抱の甲斐もあってか、どうにか平静を取り戻していく、名探偵『悪役令嬢』であった。

「……ここにおられる皆さんは、異世界転生者の恐ろしさを、何もわかってはいないようですわね。彼らはこの世界にとっての『英雄』でも『救世主』でもなく、むしろ『侵略者』なのですよ?」

「ばっ、またおまえは、Web小説界全体に、ケンカを売るようなことを──」


「だってそうでしょう? 考えてもご覧なさい、自分の身近な人間が、ある日を境にまったく別人になったり、無垢な幼子に密かに狡猾な大人の精神が宿り、最初はその地方を──ひいては国全体を支配してしまおうと身の程知らずの野望を抱いたり、蜘蛛やスライムやゴブリンやコボルト等の、人間よりも遙かに知性が低いと侮られていた生き物たちが、むしろこの世界よりも高度な『ゲンダイニッポン』の最先端技術を駆使して、世界中に大混乱を巻き起こしたりしていくといった、予想だにできなかったこの上なき『恐怖』を」


「「「──っ」」」

 わたくしの懇切丁寧なる実例(というか作品例?)の紹介を聞き、思い当たるところが多々あるのか、愕然とした表情となる人々。

 そんな想いを代表するかのように、恐る恐るといった感じで問いかけてくる伯爵閣下。

「で、では貴女は、今回の連続猟奇殺人事件も、異世界転生者に身も心も乗っ取られてしまった者の犯行だとおっしゃるのですか?」

「そうですわ」

「し、しかし、我が伯爵家は、異世界転生者などから恨みを買った覚えは、まったく無いのですが?」

「異世界転生者どもが、我々と同じ価値観や思考形態を持ってるなどと思ってはなりません。彼らは常に独善的な考えをもって、我々の利害なぞ考慮することなく、この世界に無視できない影響を与え続けており、自分たちの誤った使命感によって、この伯爵家に属する人たちの命を奪ったり、最悪伯爵家そのものを潰すことすらも、何ら躊躇することなぞないのです。──それで自分たちはあくまでも、正義を行使しているとも思い込んでいるのだから、始末に負えませんわ」

「なっ⁉」

 怒気で真っ赤に染められた顔をしながら、思わずうめき声を上げる、伯爵様。

 現に自分の家族や知り合いを殺されてしまったのだから、当然であろう。

「今回の事件の真相の、あまりの非道さを知れば、彼ら異世界転生者の残酷無比さが、よくおわかりになることでしょう。さっき検証したように、関係者同士の愛憎関係と実際の犯行がまったくかみ合わなかったのも道理で、異世界転生者は狡猾にもあえて被害者とはほとんど利害関係のない方に憑依して、心身共に乗っ取って犯行に及んでいたからして、いくら捜査陣が事件の解明に勤しもうとも皆目見当がつかなかったのであり、しかも皆さんは自分の知らないうちに、密かに殺したいほど憎い相手なんかではなく、むしろ愛する家族や信頼し合っている友人なんかの、殺意なぞまったく無い相手を、異世界転生者の意思のままに、その手で殺していたのですよ。──果たしてこのようなむごいことを平気でできる異世界転生者なぞといった輩を、本当に英雄や救世主と呼べるでしょうか?」

「「「……………………………」」」

 再び沈黙する一同だったが、今回は先程とは比べものにならないほど、重苦しいものであった。

 それも当然であろう。


 異世界転生者どもが侵略者だとしたら、我々は搾取される側ということになるのだ。


 まさしく彼らの世界の大昔の『伝道師』よろしく、野蛮で知性の低い未開の地の人々を啓蒙してやろうと言わんばかりに、元の世界の最先端技術や知識と、異世界転生や転移を司る女神あたりからもらったチート能力を駆使した絶大な戦闘能力によって、瞬く間に世界を支配し、刃向かうものは『悪』や『魔』として討伐対象に祭り上げ、皆殺しにしてしまうという始末。

 しかもあいつらは、自分たちのお陰でこの世界のネイティヴである私たちが、政治体制や科学文化や食生活等が大幅に向上することによって、感謝しているとでも思い込んでいるといった、馬鹿につける薬がないほどの独善ぶりであった。

 むしろ転生者に引っかき回されて、世界の秩序が混乱するくらいなら、マヨネーズや火縄銃なんて別に必要ないので、もう金輪際この世界に転生してくるのはやめて欲しいところですわ。

 そんな沈痛なる静寂を破ったのは、ある意味当然のごとく、最大の被害者である伯爵様であった。

「……それで、真の黒幕が異世界転生者だとしたら、その者を捕まえて公正なる裁きを行い、罪を償わせることはできるのですか?」

 予想した通りの問いかけであったが、わたくしは忸怩たる表情で首を左右に振るしかなかった。

「これまで申し上げてきたように、異世界転生者は異世界転移者とは違って、肉体を伴ってこの世界に現れることはなく、今回の事件のようにこちらの人間の心身を乗っ取り、言わばあくまでも間接的に犯行を実行しているに過ぎず、この世界の者が本人を物理的に捕まえたり裁いたりすることなぞ、まったく不可能なのです」

「そ、そんな、それでは我々は、泣き寝入りというわけですか? 家族や知人を殺されたというのに⁉」

「結局は何のお力にもなれず、大変申し訳ございません。もちろんあなた方は単に異世界転生者に操られていたようなものなのだから、けして罪に問われることに無きよう、筆頭公爵令嬢たるこのわたくしが、絶対にお約束いたします。また、最後の事件が発生して以来、新たに事件が起こる気配がまったく無いことからして、おそらくはもう異世界転生者による犯行は無いものと思われますので、その点はご安心ください。──ただし、今回の件で、ここにおられる皆様におかれましては、異世界転生者の恐ろしさや狡猾さは存分に思い知らされたかと思いますので、これからも十分に異世界転生者どもの再来にお気をつけいただくように、伏してお願い申し上げます」

「わかりました、こちらといたしましても、今回の異世界転生者の横暴さは痛感しましたので、二度とこの世界において勝手な真似はさせないつもりでおります」

「それは頼もしい限りですわ。──それから、助手その2。あなたは王国政府に直々に、我が国に密かに侵攻中の異世界転生者どもへの対応策を早急に講じるよう、伝えおいてください」

「……ああ、わかった。今回のような悲劇を、二度と起こさせるわけにはいかないからな」


「ええ、その通りですわ。──見ていなさい、厚顔無恥な『ゲンダイニッポン』からの異世界転生者どもよ。我々の世界はけしてあなたたちのためのレジャーランドでも植民地でもないことを、しっかりと思い知らせてあげますからね」


 そのように高らかと決意表明を謳い上げる、わたくしであったが、

 その時は、まったく気づかなかったのである。


 己の専属メイドのメイが、何とも複雑な表情をして、わたくしのほうを見つめていたことを。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


『──またあなたときたら、随分とお嬢様のことを、甘やかしたものね』


 例のデットマー伯爵家における連続猟奇殺人事件が、うやむやのうちに終息してから数日後。


 悪役令嬢にして名探偵でもある、アルお嬢様が約束なされた通りに、事件そのものが闇から闇に葬られることにより、事件関係者の全員が何ら罪に問われることは無かったようだ。

 まあ、手放しで喜べる状態ではないものの、私ことアルお嬢様の専属メイド、メイ=アカシャ=ドーマンは、探偵助手などと言った思わぬ役割を与えられて関わることになった事件が、一応のところピリオドを打ったことに、大いに安堵していたところだったのだが、そんな晴れやかな気分に釘を刺したのは、もはやすっかりお馴染みの、スマホを介しての『なろうの女神』を名乗る少女からの、久方ぶりのアクセスであった。

「……私がアル様を甘やかしているなんて、とんだ言いがかりね。自他共に認める万能メイドとしては、しっかりと飴と鞭とを使い分けているつもりだけど?」

『うふふふふ。女神である私をごまかそうなんて、百年早いわよ。──だって』

 そして画面の中の漆黒のゴスロリドレス姿の幼い少女は、一拍おいた後に、私に向かって決定的な言葉を突きつけた。


『まさしくあなたこそが、すべての黒幕なんでしょう?』


 一瞬にして、私のすべてが、静止する。

「……一体何の根拠があって、そんな戯言をほざくつもりなの?」

『あなたの最愛のお嬢様ったら、己の肉体を伴う異世界転移やタイムトラベルなぞ絶対不可能であるが、原則的に精神のみの移動によって行われる異世界転生であれば、その実現可能性を完全に否定することはできない──なんてことを言っていたけど、実はそれは大間違いなのであり、現代日本から他の世界への移動なんてものは、物理的にはもちろん、精神的にも絶対に実現不可能なのよ』

「おいおい、そんなことを言い出したら、ほとんどすべてのWeb小説を全否定してしまうようなものじゃないの。本当に大丈夫なの?」

『その人の精神とか人格とかいったものを、そのまま別の世界に送ったりなんかできないけれど、それこそ現代日本側の世界における「ユング心理学」でお馴染みの、現在や過去のすべての人々の「記憶」や「知識」が集まってきているという「集合的無意識」にアクセスして、ある特定の人物のそれまでの人生におけるすべての「記憶」や「知識」を己の脳みそに刷り込み完全に自分のものとすれば、その「記憶」や「知識」が過去や未来の人物のものならタイムトラベルを、現在自分が存在している世界と似たり寄ったりの世界の住人のものなら平行世界パラレルワールドへの転移を、──そして特に、異世界人が現代日本人の「記憶」や「知識」を脳みそに刷り込まれる場合は異世界転生を、事実上実現することになるからして、こちらとしてはむしろ、すべての異世界転生を扱ったWeb小説等の創作物にお墨付きを与えてあげているようなものだから、何ら問題は無いわけ』

「……ふん、そりゃあそうよね。集合的無意識に集まってくる『記憶』や『知識』はすべてなんだから、それを脳みそに刷り込まれてしまったんじゃ、異世界転生やタイムトラベルを実体験したつもりになるのも無理ないかもねえ」

『自分のみならず他人までも、集合的無意識に強制的にアクセスさせることなんて、このファンタジーワールドが広大極まるとはいえ、「なろうの女神」であるこの私の以外には、「過去詠みの巫女姫」か、その一番の信奉者である、あなたくらいよね』

「それで、私を疑ったわけか。──今回の事件を自作自演した、真の黒幕としてね」

『ねえ、どうしてそんな、いろいろな意味で危ないことをしたわけ?』

「決まっているでしょう、すべてはアルお嬢様のためよ」

『ほう、というと?』


「アル様が、『名探偵』になりたいとおっしゃるなら、それを実現することこそが、一の従者にとっての当然のお役目なの。──たとえそのために、何の罪もない者を、死なせてしまおうとね」

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