第7話、わたくし、転生者に身体を乗っ取られてしまいましたの⁉(後編)

「…………ちょっと、これって」


 ようやく『洗いっこ☆フェスティバル』とやらから解放されたものの、ほっと一息つく暇もなく、今度は伯爵令嬢ご本人の自室へのご招待という名の強制連行と相成ったのだが、どんな『魔窟』が待ち構えているものかと、びくついていたところ、


 ──そこには想像以上の、まさしく『クレイジーワールド』が、繰り広げられていたのであった。


 四方の壁を始め天井や床を問わず、隙間なく張り巡らされている、無数の『アルテミス』の写真。

 頑丈な鉄格子付きの折の中に入れられている、本人と見紛うばかりに精巧に作られた、等身大の『アルテミス』人形。

 その他にも部屋中にあふれている、禍々しい魔導力がこぼれ出ている、明らかに黒魔術系のものと思われる、魔導書や魔導器の数々。


「いやいやいやいやいやいや、何なのよ一体! もしかしてあなたって、『アルテミス』のストーカーか何かなの⁉ しかも一番やっかいな、『おまじない☆大好き』な、ヤンデレ系の!」


 あまりに奇怪なる『乙女の部屋』の有り様に、半ば錯乱しながら食ってかかるものの、相も変わらず作り物じみた笑みを貼り付け続ける伯爵令嬢。

「いいええ、私はあくまでも、あなた様の取り巻きに過ぎず、そして取り巻きだからこそ、常にあなた様の姿を目に入れ、あなた様に触れたいと望み、あなた様とこれからも未来永劫共にあることを願うからこそ、こうしてお写真を部屋中に張り巡らせ、あなた様の外見はもとより肌質すらそっくりそのままに作らせた特注の人形を侍らせ、いつの日にかあなた様をこの部屋の中に閉じ込めるための、檻や拘束魔導具や拘束魔術を、準備万端ご用意しているといった次第であります。──ああ、そうそう、これをどうぞ」

 何か聞き捨てならないことばかり一方的にまくし立てるや、こちらに突っ込む暇も与えずに、何だか古びた年代物の『首輪』らしきものを差し出してくる。

「……これは?」

「馴染みの魔導具屋に用意させた、記憶喪失を解消する首輪です。──さあ、今すぐお着けください!」

「着けないよ⁉ こんな不気味な魔導具ばかり見せられておいて! むしろこれって、わたくしをこのままここに閉じ込めるための、『記憶を奪う』首輪か何かじゃございませんの⁉」

「まさか、そんな。第一、記憶を奪ったんじゃ、ではありませんか?」

「へ?」

 何だ? またしても、面妖なことを言い出したぞ。

「むしろ記憶どころか、プライドや反抗心すらも残したまま、私の命令に逆らえなくなるからこそ、面白いのではないのですか。──ああ、この『隷属の首輪』を着けたばかりに、ご自分の意思に反して、私の命令に絶対に従わざるを得ないという、永遠に苛み続ける葛藤に耐え続けなければならないなんて。そんなお可哀想なあなたの姿を思い浮かべるだけで、ご飯が何杯もいけますわ!!!」

「あんたもう、本音ダダ漏れじゃん! 何その、隷属の首輪って⁉ そんなもの、着けてたまるもんですか!」

「ふふふ、今更あなたに、拒否権がお有りとでも?」

「──なっ、ちょっと⁉」

 気がつけば、いつの間にか背後から忍び寄っていた一人のメイドさんに、完全に羽交い締めされてしまった。

「……そんな馬鹿な⁉ 気配が一切しなかったわよ!」

 確かに片目を長い前髪で隠した、いかにも存在感のない陰気な容貌をしているが、魔導関係の大家であるセレルーナ公爵家直系である、『アルテミス』に気取られずに近づけるなんて、相当な手練れであるものと思われた。

「うふっ、そのシノブこそ、私の直属の汚れ仕事専門の隠密メイドであり、この部屋にある盗撮写真や魔導具等を難なく入手してくれた、アンダーグラウンド関係のエキスパートなのよ? 公爵令嬢といえど、たかが十歳ほどの小娘ごときが、その拘束から逃れられるものですか」

 汚れ仕事とか盗撮写真とか、もはや隠す気ナッシングだな⁉

 しかし確かに肉体的にはただのロリっである『アルテミス』では、手練れの隠密メイドとやらの拘束に抗うすべなぞあり得ず、隷属の首輪を手に近づいてくる伯爵令嬢を、ただにらみ続けることしかできなかった。

「さあ、観念して、身も心も、私だけの物になりなさい!」

 余裕綽々に恍惚の表情となって、私の首に隷属の首輪を嵌めようとした、

 まさに、その刹那であった。


「──そうはさせないわよ! 百合でロリコンの、『ユリコン』伯爵令嬢さん!」


 そんな、いかにも馬鹿げた戯言を言い放ちながら、いきなり姿を現したのは──

「メイ!」

「ハロー、マイマスター。どうやら正真正銘の、大ピンチのご様子ですね♡」

アルテミス』の専属メイド、メイ=アカシャ=ドーマンその人であった。

 ……どうでもいいけどこの人、何で自分の御主人様の危機的状況を目の当たりにして、むしろうれしそうなんだよ?

 ほっと一安心しつつも、何とも複雑な感情をも覚えている私を尻目に、なぜだか『バケモノ』を目の当たりにしたように、愕然とした表情となる、他称『ユリコン』の伯爵令嬢。

「そんな馬鹿な! 我が伯爵家指折りの武装量子魔術クォンタムマジックメイド十人に拘束させていたというのに、何であなたが、ここに現れるの⁉」

「おやおや、伯爵家の小娘ごときが。我が筆頭公爵家も、随分と舐められたものですな? 私を押しとどめたいのなら、王都虎の子の、量子魔術クォンタムマジック機甲師団でも招聘するんですね。──ああ、もちろん、あなたのご自慢の『お嬢ちゃんメイド』の皆様は、自由は奪いましたが命までは奪っておりませんので、どうぞご心配なく」

「……あなた一体、何者なの? もはや公爵令嬢のお世話係とか、ボディガードの武装量子魔術クォンタムマジックメイドなんてレベルではなく、まさか魔導師だったりするんじゃないでしょうね?」

「さあ? そこら辺のところは、ご想像にお任せしますわ♡」


 いやいや、本当にどうなっているのよ、あなた?

 ゲームの『わたくし、悪役令嬢ですの!』の『メイ』にだって、こんな裏設定なんかなかったわよ⁉

「──くっ、シノブ、おやりなさい!」

「……いいのですか? 彼女に対しては、生かしたままで行動の自由を奪うことは、ほぼ不可能かと思いますが?」

「構いません。この隷属の首輪でアル様の自由を奪った後なら、メイドの一人や二人なんて、闇から闇に葬り去ることなぞ造作もありません」

「わかりました。──それでは、拘束解除! 量子魔術クォンタムマジックリミッター、オフ!」

「──! な、何よ、これ⁉」

 何とその時、前屈みとなったシノブなる武装メイドの背中から、巨大な漆黒の翼が飛び出したのだ。

 この世界観では珍しい、黒髪と黒瞳に全身真っ黒なメイド装束ときて、更には真っ黒な翼となると、彷彿とさせられるのは、死に神か、あるいは、日本全国津々浦々において嫌になるほど目にする、『残飯漁り』で有名な──。

「……ヤタガラスタイプの、最新ロットですか。やけに珍しい魔導力を感じさせると思えば、少々やっかいですね」

「ふふっ、しかも我が伯爵家直々の特注品で、これ一体あれば、王都を焦土に変えることだって、十分可能なのよ? わかったらアル様を置いて、とっとと尻尾を巻いてお逃げになったら?」

「確かに彼女とガチで闘うのは、面倒極まりないですね。──それでは、申し訳ございませんが、『ズル』をさせていただきましょう」

「は?」

 そう言うや、メイドならではのエプロンドレスのポケットから、量子魔術クォンタムマジックスマホを取り出して、画面に向かって人差し指を這わせたかと思ったら、


 ──世界のすべてが、暗転してしまったのだ。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……あれ?」


 目を覚ませば『私』は、さっきまでいたはずの伯爵令嬢のお屋敷どころか、王都にすらいなかった。


「ていうか、ここって、現代にっぽんしながわ区の、私のアパートじゃん」

 見回すまでもなく、とても独身女性の住まいとも思えない、衣装や書籍やゲーム機等が散乱している、少々年代物の六畳一間の部屋は、間違いなく私のねぐら以外の何物でもなかった。


 目の前のパソコンに表示されている、もはや見慣れた感もある、人気乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』の、攻略キャラ選択画面。


 ……まさか私、このゲームをやっていて寝落ちしちゃって、そのままずっと眠っていて、ゲームの世界の夢を見ていたわけなの⁉

 パソコンの日付表示を確認したところ、ゲーム開始より五時間ほどしかたっていなかった。

「そりゃ、そうよね。ゲームの世界にダイブしてしまうなんて、夢以外には、それこそゲームやWeb小説ぐらいでしか、あり得ないものね」

 そのように自分に言い聞かせるようにして、パソコンデスクから立ち上がるや、朝食の用意に取りかかる。


 ──さあ、今日もまた一日、ブラック企業で残業三昧だぞ。


 それでもその時の私は、たとえ夢の中とはいえある意味念願叶って、ゲームの中において最も大好な、悪役令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナになれたからなのか、何だか心が晴れやかになっていることを、感じざるを得なかったのである。


 ええと、確か、なろうの…………女神様だったか女王様だったか、忘れてしまったけど、一応のところ、感謝しておきましょう♫


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──この世界の私たちの行動を基にして乙女ゲーを作って、『現代にっぽん』のインターネット上に公開したですって?」


『そう。Web小説なんかでは、よくあるパターンでしょ?』


「逆でしょ、逆! 普通は現代日本の乙女ゲーが、なぜかほとんどそのまんま異世界として存在していて、そこに転生したり転移したりするんでしょうが⁉」


『あら、そうだったっけ? まあ、いいじゃない、どっちにしろ、同じようなもんだし』


「あの後、あの場に居合わせた関係者全員を、一人一人記憶操作して、そこで起こった騒動をすべて無かったことにした、私の苦労がわかるかしら? 特に何日間も転生者に心身共に乗っ取られていたアル様の、記憶のつじつまを合わせるのが、どんなに面倒だったことか!」


 ──例の異世界転生騒動が、人知れず終息して数日後。


 私は間違いなく今回の仕掛け人と思われる、ゴスロリ少女『なろうの女神』を、愛用のコバルトブルーの量子魔術クォンタムマジックスマートフォン上に呼び出して、くどくどと苦言を呈した。


 ……もちろんそれくらいのことで、こたえるようなタマじゃないんだけどね。

『いいじゃない、ちょっとばかしをしただけでしょうが? ──ねえ、「作者」様♡』

「……その属性名で、私のことを呼ぶんじゃない。──本文セカイから『削除デリート』するわよ?」

『おお、怖い怖い。──それにしても、あのOLも、ゲームとしての「わたくし、悪役令嬢ですの!」や自分が暮らしている「ゲンダイニッポン」はもちろん、彼女自身すらも、に過ぎないと知ったら、どんな顔をするかしらね?』

 画面の中でいかにもいやらしい笑みを浮かべながら、思わせぶりなことを言ってくる、女神の少女。

 だから私は、お灸を据える意味からも、少々意地悪なことを、口走った。

「──女神、人にとって世界というものは、現在自分が存在している目の前の世界ただ一つだけであり、あくまでもその者にとっては、それこそがなんだ。──たとえ我々のような第三者から見れば、夢やゲームや小説にしか見えなくてもね」

『あらあら、またお得意の、きれい事お? その手の話はもう、聞き飽きちゃったんだけどお?』


「だったらあなたは、今この時の自分自身が、夢やゲームや、それこそ『わたくし、悪役令嬢ですの!』というタイトルのWeb小説の登場人物ではないって、どうやって証明するつもりなんだ?」


 その一言によって、しばしの間完全に沈黙してしまう、手の内のスマホ。

『………………「作者」であるあなたが、そんなことを言うと、説得力があるわね』

「ああ、言っておくけど、別にメタ的な話をしているわけじゃないからね? 要は現代日本とか異世界とかゲームとか夢とかWeb小説とかを区別することなく、せめて今この時自分が存在している世界だけでも、現実のものと見なすことができなければ、誰であろうがとてもやっていけないだろうっていった感じに、あくまでも現下の『多世界』時代における、個々人の心構えについて述べているだけなのさ」

『……はいはい、わかりましたよ。ここ当分は、一般人に手を出すのは慎みますよ。──どうせ肝心の、悪役令嬢を『過去詠みの巫女姫』として目覚めさせることに関しては、見事に失敗してしまったしね』

「やっぱりそれが狙いか。余計なちょっかいは出すなと、あれほど言っているだろうが?」

『こればかりは譲れないわねえ。何せ「なろうの女神」と「過去詠みの巫女姫」は、二つで一つの存在のようなものですからね』

「──何だと? それは一体どういう意味だ? おいっ、女神!」

『それじゃあ、私はこの辺で。──愛するお嬢様に、よろしくねえ♡』


 その言葉を最後に、うんともすんとも言わなくなる、手の内のスマートフォン。


 しかしそのたった一言は、私の心に大いなるわだかまりを残したのであった。

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