名の無い雨
川瀬 奈々
第1話
中学3年生の木枯らしが吹き始めた頃のことだった。
その日はたまたま、友人を家に呼んでいたのだ。
自分でも受験生なのになに遊んでんだ、とか思っていたが、呼ばずにはいられなかった。
こいつとは家が近かったのもあってか、幼稚園、小学校、中学校全てが一緒だった。
だが、それは中学生までのこと。
だって、こいつと一緒にいて、毎日笑いあえるのは、もうあと数ヶ月しか残っていない。
こいつは家の病院を継ぎに、遠くの高校まで行く。
「なあ、受験校ってどこ行くんだ?」
気まぐれで聞いてみる。頭がいいこいつの事だ、難関校を受験するんだろう。
_______俺を置いて
「桜花大学付属男子高校ってところにしようかと思ってんだけどさ...」
「へえ、凄いなお前」
ほら、やっぱりだ。お前はその道を進むんだろう?
そのまま大学までいって、可愛い彼女が出来て、結婚して、子供が出来て...
そして、いつか俺のことなんか思い出せないくらい幸せになっちまうんだ。
「いや、成績が少し足りなくてさ。今度のテストでいい点取らないといけないんだ」
「え、お前がか?」
「うん。恥ずかしいんだけどね」
意外だ、こいつがそんなこと言うなんて。マイナスになるなんて。
いつぶりだったか、なんて時計を見ながら考えてみる。
「わあ、もうこんな時間だ。じゃあそろそろ僕は勉強しに行ってくるよ」
やっぱり、言うと思ったよ。
『勉強』
その一言が俺の胸を切り裂く。
勉強なんて無ければいいのにな、そしたらお前と何もかも忘れてずっと一緒にいられるのにな。
「ああ、そうか。ごめんな邪魔しちまって」
「いや、そんな邪魔なんて!僕は息抜きしに来ただけだよ。だから気にしないで」
ほら、こいつのいい子ちゃんの癖が出た。何が“気にしないで”だ。お前行きたいんだろうその高校。だったら俺なんて踏み台にしちまえばいいんだ。
「良かった、じゃあ。またな」
俺も俺だ。何が“良かった”だよ。何もよくないだろう。むしろ最悪だ、もうあいつが帰っちまう。
このまま帰したくない気持ちはある。だけどこいつの邪魔をしたくない思いもある。
玄関まで着いて俺はふと、思った。
『何でこんなに矛盾だらけなんだろうと』
「じゃあね、また明日」
いい子ちゃんが俺にそう言う。
このまた明日は何時まで続くのか、なんて考えたくなんか無い俺はやっぱりこう返す。
『また明日』
と、
でもそれはとても大きな音に掻き消された。
「うおっ!」
「うわっ!何が起こった!?」
そう言ったこいつと俺は急いで玄関を開けると、外はいつの間にか土砂降りの雨が降っていた。そして、その雨はハリケーンのような勢いで俺の家のドアを閉めた。
「ヤバいなこの雨......」
まるで雨に締め出された感じだ、そう俺が言う。
そうすると
「...........ねえ、邪魔じゃ無ければいいんだけどさ。もう少しここにいてもいい?」
あいつがこう言ってきた。
もちろん俺は
「こんなに雨降ってて追い出す方が鬼だ」
そう、笑って。
明日なんて、来なくてもいい。
今日が何回も訪れて来たらいい。
またいつか、なんて日が来なければいい。
そう思って俺は玄関のドアの鍵を閉めた。
名の無い雨 川瀬 奈々 @sag1211
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