2-2




 少年の天使の微笑みに見惚れてしまい、勢いよく飛び付いてくる少年に受け身を取れずに無防備に押し倒されてしまった。しかし衝撃は無く、頭は少年の両手に支えられゆっくりと床に下された。



「貴女がさや姉ですね。僕はたくみと申します。以後お見知り置きを」



 そう言いながらウィンクされるも、押し倒された衝撃にぽかんと口を開けたまま返す言葉が出てこない。



「ここではアレなんで、中に入らせてね?」


  匠は悪戯っ子の様に笑い沙也加を引っ張り起こすと、後ろ手に扉を閉めた。





 現状は両手を握られたまま、ソファに向かい合って正座している状態である。

 この匠という少年はモスグリーンの制服に身を包み、しっかりと締められたネクタイと佇まいで育ちの良さが伝わってくる。焦げ茶色の猫っ毛は撫でたくなる様な愛らしさがあり、成長途中の少年を一層幼く見せていた。大きな瞳と長い睫毛は楽しそうに揺れて、今だ喋らない私を優しく映していた。



「さや姉。今、凄く困ってるよね? 僕は詳しくは話せないけど、賛成派なんだよ」


「賛成派?」


「そう。だから、僕は上手くいく様に祈ってるんだ」


「・・・?」


 主語のない会話に、沙也加の中で謎が深まるばかりだった。ただ分かったのは、匠はこの現状の理由を知っているという事。


「じゃあ、もう行かなきゃ」


「え? 待って! どういう事? 私はなんでここに・・・」


「__ごめんね」


 立ち上がろうとする匠の手を引いてみても、困った顔で笑うだけでこちらが申し訳なくなってしまう。


「こちらこそ・・・、ごめんなさい」


 諦めて手を離すと匠は立ち上がり扉に向かってしまった。何かわかるかもと期待しただけに、沙也加は大きく肩を落とした。




ぐいっ


 急に顔を掴まれ上向きにされると、出て行った筈の匠と視線がぶつかる。沙也加がソファに座った状態で、匠の目線が頭一つ分くらい高かった。



「僕はさや姉の味方だよ」



 ちゅっと匠の柔らかな唇がおデコに触れた。きょとんとするが、弟がいたらこんな感じなのかなと小さく笑ってしまった。


「なんで笑うの?」


「いや、なんだか気が抜けちゃって」


「・・・」


「どうしたの?」




「そんなの、嫌だ」


 天使の様だった笑顔が曇り、急にピリリと空気が変わった。

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