番外編の番外編~紗々の葉先生の悩み②

「まあ、そうですね……」


「はあ」


 私が最初にため息を吐いていたはずなのに、今度は大鷹さんがため息をつき始めた。


「ため息をつくと、幸せが逃げてしまいますよ」


 自分のことを棚に上げて大鷹さんに伝えてみる。しかし、そんな私の気遣いは無用だったようで、大鷹さんは再びため息を吐いて私にアドバイスをくれた。



「悩んで筆が止まってしまうのは、作家として仕方のないことだと思います。ですが、読者のことばかり考えなくてもいいではないですか。商業化された作品ならば、嫌でも続きを書く義務がありますが、紗々さんの今の作品はそうではない。商業化を目指している途中の話であって、商業化されてはいない。紗々さんが今、最も書きたいことを書けばいいんじゃないかと僕は思いますけど」


 大鷹さんの言葉にハッとした。確かに今の私の作品は悲しきかな、コンテストで賞金をもらって商業化されている作品はない。出版社などから直々に商業化のオファーをもらった作品があるわけでもない。彼の言う通り、続きを書く義務などないのだ。読者には可哀想なことをしているという思いはあるが、一理ある。


「それで、何の作品の続きを悩んでいて、次に書きたい新作の構想は何ですか?」



 私の夫はとても気の利く男である、つくづく、私の夫にしておくにはもったいないほどのいい男だ。


「今の作品は主人公が幼馴染と再会して、そこから新たな恋が芽生えると思いきや、幼馴染は何者かによって殺されて、主人公は悲しみに打ちひしがれるけど、新たな男が現れてその男と一緒に犯人を捜していく話です」


「はあ」


「それで新作ですけど、世間に出そうか迷っているんです。どうにも私の中で今、少子化対策をどうするのかっているのが流行っていて、その方法を模索しているところなですけど」


 ここまで来たら、大鷹さんには最後まで私の話につき合ってもらうことにしよう。私は一気に新作の構想も言葉にしていく。


「どれがいいと思いますか?例えば、高校生になったら性行為をする授業が組み込まれているとか、校内での性行為が推奨されていて、避妊は一切してはいけなくて、月に一回、生徒たちは男女ともに検査して健康かチェックする。妊娠した女性はその間は授業が免除されて出産に集中する。そして無事出産したら授業に復帰する」


「それって、確実に18禁レベルの話では」


「もう一つは、これは倫理的にどうかと自分でも思うんですけど、個人の意見として聞いてください。体外受精とか代理出産が当たり前になった世の中で、人々は成人したら、必ず精子や卵子を国の保健機関に提供する。そして、女性は成人になった日、ああ、ここでいう成人は18歳にしておきます。18歳の誕生日に体外受精で得た受精卵に戻して妊娠する。一人生んだところで義務は果たされて、そこからは自由に生きられる。女性に関しては、どんな特徴の子供が欲しいかあらかじめ国に要望していて、それにあった精子を見繕ってくれる、みたいな感じです」


 実はこれはなかなかのアイデアではないかと思っている。この場合、一人で生んだ子供の親はどうするのかという問題が発生する。そこで出てくるのが、私が愛してやまないBとLについての話だ。


「18歳で妊娠した子供のことはどうするのか。そこで思いつきました。生まれた子供は18歳の当人が育てられればいいのですが、そうではない場合もありますよね。ていうか、ほとんどが育てられないかもしれません」


「は、はあ」


 大鷹さんがなんだか生暖かい視線を送ってくる気がするが、そんなことを気にしていては何も話すことができない。


「そこで出てくるのが同棲者たちの存在です。ていうか、この制度であれば、ありな気がします」


 そうなのだ。育てられないのであれば、誰か代わりに子供を育ててくれる人が必要となる。


「私は考えました。18歳で生んだ子供を育てる人は同性愛しゃ」


「ちょっとストップ」


 ここで大鷹さんが私の話に待ったをかける。ここからがいいところなのに、突然、話を中断されてしまった。

「これ以上はやめておきましょう。なんだか、やばそうな気がします。それに、せっかく次のネタを僕に話してしまっていいんですか?ていうか、僕も紗々の葉先生の一読者なんですけど」


「すいませんでした」


 生暖かい視線から、今度は恨みがましい視線を送ってくる大鷹さんに私は思わず謝ってしまう。


「いいんです。そういう抜けたところが紗々さんのいいところだと思いますから」


 さらりと失礼なことを言っている気がするが、今回は突っ込まないことにした。なんだか、大鷹さんに悩みを話したら、少し心の整理ができた気がした。


 私は改めてパソコンの前に座りなおす。目の前には途中かけの私の作品がある。しかし、私はためらうことなく、右上の×マークを押して画面をいったん閉じる。



「どうやら、僕は紗々さんのお役に立てたようですね」


「ありがとうございます」


 静かに大鷹さんは私の部屋を出ていった。私は新たにワードの新規作成画面を開いて、大鷹さんに話したネタをまとめるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る