2私の趣味~週末の過ごし方③~

 それは、私がいつものように土日完全引きこもりを実施していた時のことだった。


「紗々さんは、いつも週末は家にいますけど、誰かとどこかに出かけたりはしないのですか。」



 突然、家で一緒に昼食を食べているときに大鷹さんに尋ねられた。どう答えようか考えているうちに、さらに続けて質問される。


「ええと、こんなことを聞いてもいいのかわかりませんが、もしかして、今までも同じように週末を家で過ごしていたりとかは、さすがにないですよね。」



「すいません。」



 とりあえず謝ることにした。すでに私が、友達がいないコミュ障ボッチなことは大鷹さんにはばれている。今更取り繕うこともないのだが、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。



「はあ。」


 今度は深いため息をつかれてしまった。さて、どのように弁解したらいいだろうか。


「その、です、ね。別に出かけるのが嫌というわけでもないですよ。ただ、自分から出かけるほど外出が好きではないと言いますか。その……。」



 私が弁解をしようと口を開くと、すぐに待ったをかけられた。



「なんとなくわかりましたので、説明や弁解は結構です。じゃあ、東京の夢の国や大阪のテーマパークには行ったことはありますか。」


 今日の大鷹さんは質問が多い。ただし、この質問はハードすぎる質問だ。この質問を私にして何がしたいのだろうか。



「もちろん、名前は知っていますよ。言ったことがあるかは別として。」


 そう、さすがに名前くらいは知っている。日本で有名なテーマパークだ。しかし、両親はその二つには連れて行ってはくれなかった。




「行ったことがあるかと聞いています。それから、海外は、山は、海は、それから……。」


「大鷹さん、何か変なものでも食べましたか。私にこんな質問をする意味がわかりません。」


 

 ハッと、我に返ったようにおどおどしだす大鷹さん。どうやら、勢い余っての発言らしい。


「すいません。つい、興奮してしまって。ただ、いつも土日は家で過ごしている紗々さんを見ていて、楽しいのかなと思いまして。もし、良ければ一緒に二人で出かけられたらいいなと。」



 小声で恥ずかしそうに話す大鷹さんに納得がいく。なんだかんだ、いままでの発言は私を心配しての言葉だったのだ。まあ、心配は無用と伝えるとしよう。



「大丈夫です。確かに週末は家にいることが多いですけど、家でゴロゴロと休むのが私の休日の過ごし方なので、お構いなく。それに、大鷹さんは、交友関係がひろいから、週末も忙しいでしょう。」



 そうなのだ。私と違って、彼は友達や部活仲間、会社の同僚などと出かけることが多く、土日はほとんど家にいないのだ。今日は一緒に昼食を食べているが、こんな日は結婚して同居を始めてからからめったにない。


 それを知っているので、私にまで気を使う必要はないということなのだが、大鷹さんは違う意味にとらえたようだ。


「別に紗々さんと一緒にいたくないとか、そういう理由で休日に家にいないわけではありません。ただ、予定を断ると面倒な人間がたくさんいて、ついそちらを優先してしまって……。」



 慌てて、言い訳のように話し出す大鷹さんに、思わずくすっと笑ってしまった。どうやら、私を優先したいと思っていることをわかって欲しいようだ。まるで、浮気ではないと言って、妻以外の女性と二人きりで会っているのを言い訳しているかのようだ。



「だから、私のことは気にしなくていいですよ。それに、もし、土日に私以外の女性と二人きりで会っていても、私は気にしません。」



「少しは気にしてください……。」


 悲痛な大鷹さんの言葉を無視して、はた、と言い忘れていたことを思い出す。


「そうそう、女性といいましたが、当然、この場合、男と二人きりでもいいですよ。むしろ、そっちの方が萌える……。」



「僕と男で萌えないでください。」



 怒られてしまった。まったく、冗談の通じない大鷹さんである。とは言っても、半分冗談、半分本気の言葉ではあるのだが。


「こほん。」


 改めて、大鷹さんが咳ばらいをして、宣言する。






「僕と夢の国でデートしましょう。」



 大鷹さんが宣言した言葉を頭の中で反芻していると、それを行きたくないと受け取ったのか、大鷹さんをまとう空気が一気に冷え込んだ。



「どこか、行きたいところがあるのですか。もしかして、また新しい刀剣の展示でもあるのでしょうか。それならぜひ、一緒に行きたいのですが。」


 そうか。私たちがはまっている、刀剣の擬人化ゲームの中で、最近も新たな刀剣がどんどん顕現している。その中の何かがどこかの博物館で展示されているのだ。そうに違いない。それなら私を誘ったことの納得がいく。


 

 そもそも、それ以外の理由で私を誘う意味がわからない。一緒にいても、私の顔の表情筋はすでに死んでいるし、どう考えても、私が大鷹さんと一緒に東京の夢の国や、大阪のテーマパークに行っても楽しくないだろう。私もはしゃぐキャラではないし、大鷹さんもあまりはしゃぐキャラではない気がする。



「刀剣は、確かに一緒にみたいですが、そうではありません。僕は、紗々さんと普通の男女がするデートがしたいです。」



「刀剣以外だと、アニメの聖地とかですか。確かに最近もたくさんの聖地が出てきていますから、たのしそうではありま……。」



「僕と夢の国でデートしましょう。」


 さらに理解不能の言葉が続いた。




「紗々さんと、普通の男女のようなデートがしたいです。」


 

 大鷹さんは二度も同じことを繰り返す。わざわざ一度目はスルーしたのに、それに気づかなかったのだろうか。


 私には理解不能の言葉を吐き出した大鷹さんの表情は、思いのほか真剣で、私は茶化すことができなかった。






 それでもいきなり一緒に出掛けたいと言い出した理由は聞きだすことができた。


 なにやら、会社でいろいろ私について言われたらしい。それで、今回のような行動を起こしたようだ。


「ええと、会社で、紗々さんのことを聞かれまして……。」



 話を要約すると、つまりこういうことだ。結婚指輪をつけていない大鷹さんに、結婚生活はどうかと聞いた同僚がいたらしい。結婚指輪をつけていない人も多いと思うのだが、その同僚は、結婚したらつけるのが当たり前だと思っているタイプだった。そのため、大鷹さんが結婚したのにも関わらず、結婚指輪をつけていないので、私との結婚生活がうまくいっていないと思ったようだ。


 結婚指輪については、もちろん私もつけていない。さらに言うと、私は苗字も倉敷のままにしている。いわゆる夫婦別姓という奴だ。


 もし、大鷹さんと離婚するようなことがあるときに、苗字を変えていた場合、元に戻すのは面倒くさい。きっと近い内に離婚になるので、その時に備えているといってもいい。


 結婚指輪については、離婚ということになった時に、理由を聞かれるのが面倒くさいのだ。すでに会社の同僚は私たちの結婚を知っているのだが、それでも銀行の窓口に来た人に結婚を知られたくはない。



 まあ、結婚指輪は買っているのだ。つけるかは別として。大鷹さんが欲しがったので仕方なく購入した。本当は物として、結婚の思い出に残るものは欲しくはなかったのだが、大鷹さんの必死な様子に負けて購入を決めてしまった。あってもいいかなと少し思ってしまった自分がいたことは秘密だ。


 しかし、購入したからといって、つけるとは限らない。私は購入後、しっかりと自分の主張を伝えた。


「結婚指輪は会社でつけないでくださいね。」


 もし、今後、大鷹さんに私以外に好きな人が現れたとする。あるいは大鷹さんを好きになった人がいたとする。そういった状況で結婚指輪が二人の仲を邪魔してはならない。


 結婚当初は渋い顔をしていた大鷹さんだが、理由をしっかりと説明して、最終的に納得してくれた。


「別に紗々さんと結婚したことは事実ですから、指輪は大事にしまっておきます。大事なものですし。」







「それで、僕は紗々さんとはうまくやっていると伝えたのですが……。」


 結婚指輪について回想していたら、大鷹さんが話を進め始めた。慌てて、現実に戻って話を聞く。


 どうやら、話しかけてきた同僚に、結婚生活はうまくいっていると正直に答えた大鷹さん。しかし、私があまりにも休日に家を出ないのと、大鷹さんが土日に自分の妻と出かけていないことを疑問に思った人間が、同僚に告げ口したらしい。それで、今回のデート発言につながるというわけだ。



「僕は紗々さんの意見も尊重したいのですが、このままだと同僚に本当に結婚したのか疑われそうで……。」



「周りに疑われるぐらいなら、いっそのこと、本当に離婚しましょうか。事実にすれば、大鷹さんも安心でしょう。」



 そうか、一般の新婚夫婦は土日に一緒に出掛けるものなのか。そんなことは想像すれば簡単にわかることだ。BLでも新婚夫婦とは違うが、同棲しているカップルはしょっちゅう一緒に出掛けていたような気がする。



 私の発言が、大鷹さんの顔から表情を消し去ってしまった。急に低い声で怒ったような声で話し出す。



「いつも言っているでしょう。どうして、何か都合が悪くなると離婚なんて言い出すのですか。誰か、僕の他に好きな人でもできましたか。幼馴染とか、会社の同僚とか、はたまた大学の先輩とか……。」


「すいません。」


 

 ついうっかり、また離婚という言葉を口に出してしまった。つい反射で謝ってしまう。ついでに大鷹さんの疑念も晴らしておく。



「いや、私にそんなのできるはずがないことは、大鷹さんもよくわかっているはずでしょう。私は二次元に生きていくことに決めているし、すでに大鷹さんと結婚しているので、私からの浮気は絶対にありません。ただ、」



「はあ。」


 大鷹さんは顔を覆って座り込んでしまった。



「そもそも、他人が何をいおうと、私たちは、書類上は結婚して夫婦となっているのですから、大鷹さんが気を使って一緒にどこかに出かけようという気遣いは無用ということです。もし、そんなにテーマパークに行きたかったら、誰かその手の場所が好きな子を誘った方が、大鷹さんも楽しめると思います。」



「僕は紗々さんと一緒に行きたい。確かに他人の目も気になりますが、純粋に一緒に出掛けたいのですが、それもダメでしょうか。」



 私を見上げる形で訴えられてはどうにも分が悪い。はて、この際だから言ってしまおうか。すでに私の秘密は大鷹さんにほとんどがばれてしまっている。今更増えたところで恥ずかしくはない。



「わかりました。そこまで言うなら一緒に行きましょう。でも、一つだけ言いたいことがあります。」



 ここで、息を吸って一気に言葉を吐き出す。


「わたし、そのテーマパークに一回も行ったことがないので、案内をよろしくお願いします。」



「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 なぜかいきなり機嫌がよくなった大鷹さんは、顔を上げて、素晴らしい笑顔で頷いたのだった。

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