後編

 博物館のデート以降、私は大鷹さんに好意を抱き始めていた。大鷹さんの方も私のことを悪くないと思っているようだ。その後もデートを重ねていったのだが、もちろん、結婚を前提に交際をしているのだから、いろいろ結婚についての話題も当然上がってくる。



 何回目かのデートで、とうとう自分の理想の結婚像を話すまでに進展した。当然のことながら、私がBL好きな「腐女子」であることもすでに暴露している。それでも大鷹さんは笑顔で私の趣味を受け入れてくれた。なんて寛容な人なのだろうと感心してしまった。こんないい男性を世の女性はどうして、見放すことができたのだろうか。


 今日は、和食のお店で一緒に夕食を食べていた。個室の部屋で、大鷹さん以外に話を聞かれる心配はない。この際、私の思っていることを話してしまおうと思った。それで、とうとう大鷹さんの許容範囲を超えてしまったら、それはそれで仕方ない。また次の相手を探すだけだ。「当たって砕けろ」である。



 出された料理を食べ終わり、一息ついたところで私から話を切り出した。


「私は実は子供が欲しくありません。自分の遺伝子を受け継いだ子供なんて生まれてもうれしくないし、逆にその子供に迷惑かけてしまうのではないかと思うので。だから、私と結婚しても子供はあきらめてください。でも、できれば、私は大鷹さんと結婚したいと思っています。もし、大鷹さんが良ければの話ですが。」


 話していて、私はなんてわがままな女なのだろうかと思ったが、これは私の理想なので譲れない部分である。私は両親に孫の顔を見せなくて親不孝者だとは思わない。そもそも、私には妹がいるので、私ではなくても、妹が結婚して子供を産むことで、この問題は解決する。


 大鷹さんは黙って私の話を聞いている。それをいいことに私は畳みかけるように最後まで自分の主張を言わせてもらうことにする。


「そもそも、私は子供が欲しくない以前に結婚もしないつもりでした。最近、両親が結婚しろとうるさく迫ってくるので、仕方なくこうして結婚相談所に通っていたわけです。最終的に結婚したという事実があればいいと思っています。それで両親は納得します。」


「じゃあ、もし僕が結婚してもいいと言ったら、どうするつもりなのですか。」


 ここで初めて大鷹さんが口を開いた。答えはとうに決まっている。


「ただ婚姻届けにサインしてくれればいいだけです。それで終わりです。結婚式も必要ないし、新婚旅行もなくて結構です。私に気を使う必要もありません。その後一年ほど私と一緒に暮らしてくれれば終わりです。」


「終わりというのは不吉ですが、一応倉敷さんの話を最後まで聞きましょう。」


 最後まで私の話を聞いてくれるということか。まったく、私にはもったいないほどいい男性である。

 どうせ、このまま私の話を最後まで聞けば、いかに寛容な大鷹さんでも私との結婚をあきらめるだろう。私は大鷹さんと結婚することはないだろう。そう思うと、なんだか胸の奥が苦しくなった。嫌な予感がして、その思いの正体にふたをすることにした。



「終わりは終わりです。切りの良いところで私が離婚届を出すので、大鷹さんはそれにサインして、私と大鷹さんの関係は終わりということです。私は結婚したという事実さえあればいいので。もし、再婚相手に離婚の理由を聞かれたら、結婚してみたら性格が合わなかった、もしくは浮気されたとでも言ってください。大鷹さんくらいのハイスペックなら、一度の離婚ぐらい問題ありません。すぐに新しい相手が見つかります。」


「はあ。」


 大鷹さんは深いため息をついた。きっと私の話に幻滅したのだろう。普通の反応であり、私が悲しむ権利はないはずである。それなのに大鷹さんが私に幻滅したということにショックを受ける自分がいた。


 ショックな自分を認めたくなくて、強引に話をまとめることにした。 



「結局のところ、私は結婚がしたくない。その一点に着きます。両親に言われて仕方なく婚活をしていますが、正直ただそれだけです。でも、両親に私が本気で婚活をしていないとばれると面倒くさい。だから、書類上だけでも結婚したことにして、すぐに離婚届けを出す。そうしたら私は傷心することになる。傷心中の私にこれ以上結婚を進めてくるほど非常な両親ではないから、それで一件落着。そこで男にトラウマを持ったとかなんとか両親を言いくるめて、晴れて私は生涯独身を貫くことができます。」



 話し終えると、一気に気が楽になった。肩の荷が下りたような気分である。とはいえ、これで大鷹さんが私と結婚することはなくなる。むしろ、自分がいいように私に使われると知って、即座にこの交際を無かったことにするだろう。


 また胸の奥が苦しくなったが、完全無視することに決めた。この思いに気付いたとしてももう遅い。私はいいほうに考えることにした。こんなに自分の意見をはっきりといえたのは初めてだ。これだけはっきり自分の意見を言えることができて、すっきりとした気分であると思うことにした。


 胸の苦しみは、きっと、今まで自分の考えを他人に話さず、一人悶々と考え込んでいたことを大鷹さんは何も言わずに最後まで聞いてくれたせいだ。だからこそ、別れが惜しいと思っているのだ。


 話し終えた私の表情を見て、大鷹さんは何か考え込むような表情になった。そして、一言一言、確認するかのように私に問いかけた。


「一つ、なぜそこまで結婚したくないのか。一つ、どうして自分の子供を作りたくないのか。ここまで詳しく話してくれて、なおかつ僕が納得できたならば、結婚に応じましょう。その後の倉敷さんの要望にも応えることにします。もし、僕が納得しなければ、僕と結婚して子供を産んでもらいます。」



 大鷹さんの話は意味不明だった。理解しがたい内容だった。この後に及んで結婚したいと言っている。


「そりゃそうなるわ。断るわよね。断ってくれて結構。ただ私が話したかっただけだから。」


 とはいえ、私の空耳の可能性も考慮して、大鷹さんに逃げ道を用意する。これでも結婚したいというならば、実は大鷹さんは相当の阿呆なのだろう。


「いえ、断っていません。むしろ、僕は倉敷さんと結婚したいと考えています。ですから最後まで倉敷さんの意見を聞きたいと思っています。」


 今何と言ったか。私はわざわざ聞こえないふりをして断るように仕向けたのだ。それなのに結婚したいといったか。こうなったらやけである。洗いざらい、自分のことを話してしまおう。


 私はこの時、むきになっていた。正気ではなかったのだ。今思うと、猛烈に恥ずかしいことを暴露していた。


「まず、結婚したくない理由は簡単。結婚は面倒なことしかないから。自分の面倒は自分で見るし、わざわざ他人の面倒まで見たくない。それに他人と一緒に生活するなんて考えたくもない。家族だけで充分。それにこう見えて、私結構な潔癖症だから、赤の他人と一緒の生活が毎日なんて耐えられそうにない。」


 やけになっていて、今までの敬語が取れてしまっている。自分でも自覚していたが、直す余裕はなかった。 


「子どもがいらない理由も同じ。他人と接触するだけで嫌なのに、子供を産むためには性行為を絶対にしなくてはいけない。そんなこと生理的に無理。自分のことを卑下するつもりはないけど、さっきも言った通り、自分の遺伝子は自分の代で絶ってしまいたい。ただそれだけ。まあ、二次元に限るなら、いくらでもキスでも性行為でもすればいい。むしろ、私以外がしているのなら見ていて萌えるから全然平気。あくまで私自身に接触して欲しくないということだから。」


 大鷹さんは無言で私の話を聞いていた。無言過ぎて、逆にこの沈黙が恐ろしく感じた。いい加減、私に愛想が尽きたのだろうか。それなら早い方がいい。今度は私からはっきりと結婚をお断りした方がいいだろう。それなら、私も大鷹さんとのけじめがついて新しい相手探しがすぐにできそうだ。

 

 やっぱり結婚の話はなしの方向で進めていきましょう、と話しかけようとしたら、その言葉にかぶせるようにして遮られた。


「わかりました。それなら、倉敷さんの潔癖症を僕が直して見せます。だから、僕と結婚しましょう。」


 またもや意味が分からない発言をしてきた大鷹さんである。直すレベルの問題でないのだ。生理的に無理なものをどうやって直すというのか。無茶苦茶言う男である。


「それに倉敷さんは両親に婚活を頑張っていることを見せつけなければならないのでしょう。僕みたいな不良物件で悪いですけど、ないよりはましだと思いますよ。」


 そういって、にっこりとほほ笑んだ大鷹さんにうっかり見惚れてしまった私だった。



 その後、なんやかんやあって、私と大鷹さんはなぜか結婚した。私は結婚式を挙げるつもりはなかったけれど、両親や大鷹さん、友達に反対されて、しぶしぶ上げることになった。結婚式慣例の誓いのキスなど死んでもごめんだと思っていたのが伝わったのか、それについては頬にキスということになり、それくらいならと思い、私はそれを受け入れたのだった。


 大鷹さんにほだされてしまい、私と大鷹さんの結婚生活は幕を開けたのだった。キスもしていない、手も握ったこともない、はたから見たら中の悪い夫婦に見えるかもしれない。とはいえ、これでも仲良くやっているつもりだ。大鷹さんとの触れ合いは絶対に許すつもりはないので、このまま結婚生活は清く正しく過ごすことになるだろう。



 とはいえ、結婚はできたのだからよかったとはいえるだろう。そこで、私はふと考えたのだ。私に触れることができない大鷹さんはきっと、性的欲求がたまっていることだろう。ここで、私が男を紹介すれば、あわよくば生のBLを拝めるのではなかろうか。


 ひそかにそんなことを計画する私だった。 

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