結婚したくない腐女子が結婚しました(連載版)

折原さゆみ

本編

前編

「紗々(さしゃ)、いつになったら結婚するんだ。そろそろお見合いでも何でもいいから結婚相手を探した方がいいぞ。」


「まあ、紗々がいいなら別にいいけど、結婚したいなら考えた方がいい年ごろよ。」


 両親に言われて、仕方なく結婚相談所に登録した。本日、お見合い相手と初めて会うことになっている。果たして、私の考えを理解してくれる相手に出会えるだろうか。


 私は世間一般から「腐女子」と呼ばれる人間だ。BL(ボーイズラブ)が好きで、常に頭の中はそのことでいっぱいである。男と男が絡むシーンは最高にたぎる。


 しかし、BLの話は好きなのだが、ひとつ気になる点がある。BL作品内において、男同士がいたるところで恋愛しているのは問題ない。それがBL作品の特徴であり、私はそれが好きだ。

 ただし、問題なのは主人公の周りがBLだらけで、そこだけ少子化が進んでしまうということだ。別に創作なのでそんなことを気にする必要はないのだが、どうしてもそこだけが気になっている。


 ということで、私なりに良い方法を思いついた。それなら、結婚後に子供が生まれてから離婚して、新たに恋愛を楽しんでもらえばいいのではないか。そうすれば、一応子供がいるわけなので少子化は免れるし、主人公などの両親に孫を見せることが可能である。


 とはいえ、そんなことをすれば、その子供がかわいそうだの、倫理的にどうなのだとか様々な問題が出てくるだろう。

だからといって、男同士では子供ができない。自分たちの子供ができず、両親を悲しませてしまうという問題がある。


 子どもができない、それでも恋した男と一緒になりたいという葛藤が良いという考えもある。私もその意見に賛成ではあるのだが、それはそれ。これはこれである。



 何が言いたいかというと、もし私が結婚した暁には、ぜひその男性には私のことは気にせず、男同士の恋愛をしてくれということだ。ただし、私は子供が欲しくない。自分のような人間の子孫を残したくはないという思いからだ。私の遺伝子は将来に残したくないのである。生まれてくる子供が絶対可哀想な運命に陥ることは目に見えている。




 話をお見合いに戻そう。私の結婚条件は、バツイチでも、バツ2でもいいが、子供がいることが第一条件である。要するに離婚した男性の子持ちというわけだ。


 第二条件は、その男性が同性愛者であることだ。いわゆるゲイという人種である。



 そうすれば、私に構うことなく、心置きなく男同士の恋愛を楽しんでもらえる。それに、自分の子供がいれば、私との間に子供を新たに作ろうと言われても、あなたの子供だけで充分ですとやんわり断ることが可能である。離婚もバツイチということで、簡単に離婚理由を挙げることができる。


 この条件はあくまで理想であり、そもそもこの条件に合う人間に私が出会う確率はかなり低いと思われる。


 だったら、明らかに浮気しそうな人と結婚するということも考えた。そうすれば、相手に浮気されたといって離婚すればいい。相手に浮気されて離婚となれば、両親も浮気されて傷心中の私に、これ以上結婚を進めてくることはないだろう。そのままそのことを引きずって、最後には年を理由に結婚をあきらめさせることも可能だ。



 結局のところ、私は子供もいらないが、結婚も別にしたいとは思わない。老後に一人寂しく死んでいっても構わないと思っている。そのために定年までしっかり仕事をしていくつもりだ。


 両親を欺くためとはいえ、彼氏もいたことがない私が突然、結婚して、異性と一緒に過ごせるとは思えないが、我慢するしかないだろう。我慢して、ダメだったら離婚すればいいだけだ。そもそも、離婚することが前提の婚活なのだからほんの少しの我慢でいい。



 結婚相談所に登録したのは良いが、もちろん、私の本来の条件を登録するわけにはいかない。無難に年齢が自分と近いこと、年収が高めの人などの一般人が登録しそうな条件を登録する。プロフィールの自分の仕事は本当だが、趣味などはこれも無難なものを書かせてもらった。まさか、腐女子をここでカミングアウトして、結婚相手が来るとは思えない。


 そして、今日、私が無難に書いた結婚条件に合った人と実際に会うことになった。相手は私より2つ下の28歳。ちなみに私は今年で30歳になる。さて、うまくいくだろうか。期待はしないでおこう。



 私に申し込んできたのは数人ほどいた。その中から、割と高収入のイケメンの男性がいたのでその人にした。初めに示した私の理想の結婚条件に当てはまる人間にそうそう会えるとは思えないので、とくに悩まずに選ぶことにした。


 最終的に離婚する予定だから、別に誰だって構わないだろう。まあ、少しの間だけでも一緒に過ごすなら、イケメンで高収入の男性がいいので、そこで選ぶことにした。


 彼の名前は「大鷹攻(おおたかおさむ)」。28歳で、IT企業に勤めているようだ。なかなかのイケメンで写真を見る限り、好印象だ。私はイケメンが好きだが、好みは結構うるさいと自覚している。


 そもそも、イケメンだろうが、チャラくて見た目がヤンキーそうな男は論外である。ただし、BL作品に出てくる場合は例外である。ヤンキー受けは大好物である。彼はその点ではチャラそうには見えなかった。


 そして、名前もよかった。「攻」という名前がかっこいい。それにこの名前で攻めなら名前通りで萌えるし、受けでも名前負けしていてそれはそれでおいしい。自分の将来の結婚相手になるような男性にBL妄想をしてしまうほど、私の頭の中は腐っていた。



「大鷹攻(おおたかおさむ)です。今日はよろしくお願いします。」

「倉敷紗々(くらしきさしゃ)です。こちらこそ、よろしくお願いします。」


 待ち合わせ場所は、駅近くのイタリア料理専門店だった。スパゲティやピザなどがおいしいと有名なお店らしい。昼少し前の11時半ぐらいだというのに、すでに店内はにぎわっていた。それもそのはず、今日は土曜日で休日なので混んでいるのは当たり前だ。


 お互いに自己紹介を済ませて、食べたいものを注文する。私はボンゴレスパゲティを注文し、彼はマルゲリータとカルボナーラを注文した。


「ここのお店はピザもおいしいんですよ。よかったらピザを二人で分けませんか。」

「ありがとうございます。」


 料理がくる間、ずっと無言だった。ここにきて、何を話したらいいかわからなくなった。何を話せばいいだろう、私の得意な話題といえば、BLぐらいしか思いつかない。最近の芸能ニュースにも詳しくないし、テレビもアニメぐらいしか見ないので、ドラマの話になってもついていけない。趣味は読書と書いたが、もっぱら呼んでいるのはBL作品か、それ以外ではライトノベルくらいしか思いつかない。


 話題を見つけようと必死に考えていると、相手がふっと笑った。どうやら私が懸命に考えている姿が面白かったようだ。


「ええと、どんな話題でもついていけると思います。気軽に話しかけてもらって大丈夫です。」


 そういわれても、何を話せというのだろうか。私から話題を振るのは地雷だらけでどうしようもないというのに。やむなく、ひとつ質問することにした。


「大鷹さんはどうして結婚相談所に登録したのでしょうか。登録されたプロフィールを見ましたけど、学歴とか年収とか見たら、相手はよりどりみどりで、相手から言い寄られることも多いでしょう。」


「よく言われます。でも、僕の性格に幻滅されてしまって、なかなか結婚まで行きつかなくて。学歴や仕事で勝手に僕の性格を決めつけてしまって、それと僕の性格の違いで別れを切り出されることもあります。」


 容姿もチャラくない、正統派イケメンで高学歴、高収入なのに性格が残念らしい。いったい、どんな性格なのだろうか。漫画やアニメで見る、ヘタレな性格なのか、それとも実は重度のオタクでインドア派なのだろうか。


「いったい、大鷹さんはどんな性格なのでしょうか。幻滅されるような性格と言われれば気になります。」

「まだ、会って一日目ですよ。お互いのことは少しずつ知っていきましょう。それに注文した料理がきそうですよ。」


 確かに今日初めて会った男性だ。焦って彼のことを聞いても仕方ない。私たちは出された料理を食べることにした。彼の言った通り、頼んだスパゲティもピザもおいしかった。


 その後、また会話がなくなり、無言で料理を食べていると、今度は彼が話題を振ってきた。


「倉敷さんこそ、どうして結婚相談所に登録したのですか。倉敷さんもこんなものに頼らなくても相手は見つかりそうですが。」


 さっき私がした質問を返してきた。どう答えようか。まさか、結婚したくないので適当に結婚して離婚しようとしている、という本当のことを話せるわけもない


「いえ、私も大鷹さんと同じで、性格に難ありという感じでなかなか相手が見つからないので、仕方なくという感じです。実は両親から結婚を急かされていまして、それに自分の周りも結婚をし始めているので……。」


「そうでしたか。もしかしたら、僕たちは性格難ありどうしで仲良くやっていけるかもしれませんね。」


「まあ、まだ出会って初日ですから何とも言えませんけどね。」



 昼食を食べ終わると、今日のデートはお開きとなった。別にこれといった悪印象ではなかったので連絡先を交換した。私に申し込んできた相手は他にも数人いたので、彼と交際を続けるとは思うが、結婚までたどり着くかはわからない。



 大鷹さん以外の男性に会ったが、他の男性は私には合わなかった。年は近いし、学歴も仕事も年収も悪くない。しかし、どうも印象が悪かった。


 一人目は自意識高い系で、自分の趣味である車やバイクの話を散々話してきた。車やアバイクにそこまで興味もなかったのでこれで終わりにした。


 二人目は反対にネガティブ系だった。自分のような人間に結婚できるかわからないが、精いっぱい頑張っている、だからあなたも私を好きになってくださいという。私はネガティブ人間が嫌いなのでこれもお断りした。


 最後の三人目は、写真で見たときはそうではなかったのだが、実際に会ってみると、チャラいオーラ出しまくりだった。もしかしたら、浮気とかしてくれるだろうが、生理的に無理そうだった。


 ということで、最終的に残ったのは大鷹さんだけだった。失敗してもまた頑張ればよいだけの話なので、気楽に付き合っていこうと考えた。



 次のデートは初日のデートから二週間後だった。今度は一緒に博物館に行くことになった。どうやらその博物館でやっている期間限定展示に興味があるようだ。博物館に行くことに異論はなかった。何が期間限定展示なのか調べてみると、どうやら日本刀のようだ。国宝級の日本刀が私たちの地域にやってくるらしい。


 彼は日本刀のマニアだったのか、それとも……。私としてはとても良いデート場所を指定してくれたと感謝したいくらいだった。最近はやっている日本刀の擬人化ゲームに私はどっぷりはまってしまい、日本刀の本物を実際に見てみたいと思っていたのだ。


 デート当日、楽しみすぎて待ち合わせ時間の30分前についてしまった。待ち合わせ場所は博物館の最寄りの駅だった。そこから歩いて10分くらいのところに博物館があるようだ。

 別に30分くらいならスマホで時間をつぶすことは容易であったので、時間までスマホをいじって、大鷹さんが来るのを待っていた。


 駅の構内で待っていたのだが、そこから見える景色は、デートにふさわしくない、見事な土砂降りの雨だった。私は、自分の体質をすっかり忘れていた。しかし、今日は博物館デートであり、外が土砂降りの雨だろうが、晴れだろうが関係ないので、そのことは心の奥底にしまい込むことにした。


 本日のデート先である博物館に展示されているという刀の勉強をしておく。どうやら天下五剣の一つである。擬人化されたキャラクターのみの情報しか知らないので、どんな歴史があるのか詳しいことを予習することにした。


 待ち合わせ10分前くらいに大鷹さんは現れた。イケメンは何を着てもかっこいいというがその通りだと思う。今日の大鷹さんは、チノパンツに長袖のカッターシャツにカーディガンを羽織っていた。それだけの格好なのにイケメンオーラが出まくりだった。そして、土砂降りの雨の中やってきたのか、服のところどころが濡れていた。それがまたさらに色気を倍増させていた。


 私はというと、ジーンズに長袖のTシャツにパーカーでおよそ、デートにふさわしくない格好で、隣に立つのが申し訳なくなってしまった。


「早いですね。僕が待ち合わせ時間を間違えていましたか。」

「いえ。今日の博物館の期間限定展示が楽しみで早く来てしまいました。」


 二人で歩いて博物館に向かう。そういえば、デートの行き先を決めたのは大鷹さんだったが、博物館を指定するとはなかなか渋い趣味の持ち主である。


「どうして、博物館をデート先に指定したのですか。私は別に構いませんが、嫌な女性はたくさんいるでしょうに。もしかして、歴史オタクとか何かですか。」


「鋭いですね。確かに博物館をデート先に指定して嫌な顔をする女性もいました。それが原因で交際が終わってしまったこともあります。でも、そのようなことで別れてしまうようでは長くは続かないということでしょう。だから、自分の趣味に付き合ってくれる女性を探しているのです。そのために、デート先は僕の趣味で決めています。」


「そうなのですか。では、大鷹さんの趣味は何なのか教えていただけませんか。」


「そうですね。実は僕、ゲームオタクで、ゲーム内のキャラクターの設定を読み込んでしっかりとそのキャラクターを知ってからプレイすることにしているんです。それが現実に基づいて作られている場合、そこに足を運びたくなってしまう。ゲームやアニメの聖地に行きたくなるみたいな感じです。今は、日本刀が擬人化したゲームにはまっていて、日本刀にすごい興味が湧いてきて、刀の展示があるとつい足を運びたくなりまして。」


 ゲームオタクで、聖地巡礼が趣味ということだろうか。私からしたら、特に変な趣味ということではない。ただし、見た目と中身があっていなさ過ぎて、違和感を感じてしまうが、そこは仕方のないことだろう。


 その違和感に多くの女性は幻滅し、離れていくということか。私としては違和感を感じはするが、幻滅はしないし、それが離れていく理由にはならないが。


 それにしても、大鷹さんが私と同じゲームにはまっているとは思わなかった。日本刀が擬人化されたゲームのキャラは、いわゆる女性向きの容姿をしている。ほっそりとしたイケメンが多い。他にもかわいいショタ系のキャラクターもいるが、女性キャラクターはいない。男性でもはまる人はいると聞いてはいたが、私の身近にいるとは驚きである。


 私の中の大鷹さんの印象がだいぶ変わった。ただのイケメンの高学歴、高身長、高収入者ではなく、意外に親しみやすいことがわかった。


 大鷹さんの外見は爽やかな知的イケメンだ。あまり、ゲームなどはしないように見えるし、爽やかそうに見えるので、私の最初のイメージでは運動とかが得意そうなアウトドア派だと思っていた。


 私が頭の中で大鷹さんのイメージを修正していると、どこかあきらめを感じさせる声で苦笑いされた。


「イメージと違うとよく言われます。」


 顔を上げて大鷹さんを見上げると、憂いを含んだ寂しそうな表情をしていた。そんな顔をする必要はないという意味を込めて私は言葉を発した。


「私はゲームが好きでも別にひきません。最近は面白いゲームもたくさんありますし、どうってことないですよ。それなら、私の方がよほどひかれるような趣味ですから。」


「そうですか。では、また次回にでもその話をしていただけますか。今は博物館の展示をしっかり見ていきましょう。」


 私の言葉に大鷹さんは少し気を良くしたようだった。ついでに私もそのゲームにはまっていることも伝えておく。


「実は私もそのゲーム、はまっていますよ。だから、今日のデート先は最高にうれしいです。ありがとうございます。」


 そういって私がほほ笑むと、大鷹さんは顔を赤くしてうつむいた。何か可笑しなことを言っただろうか。



 こうして、私たちは博物館デートを思う存分楽しんだ。本物の天下五剣などもちろん見るのは初めてで、お互いに波紋が美しいとか、反りがきれいとか、キャラのイメージにぴったりの高貴な刀だとか、大いに盛り上がったのだった。


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