第一話

 夜の気配が取り払われた頃、ダレオナは目を覚ました。まだまどろんでいたいという気持ちはあるけど、今日は寝坊をするわけにはいかない。

 上掛けをはねのけて寝台から抜け出す。窓にかけてある厚手の布をどけ、よろい戸を開けると部屋の中は一気に明るくなった。今日も天気は良さそうだ。

 さして広くない部屋を横切って、扉へ向かう。開けた戸口のすぐ横には、一抱えある水差しが置いてあった。ダレオナよりも早く起きる使用人のアイトが、毎朝くんでくるのだ。水差しを持って部屋へ入ると、水盤に中身を移し替えて顔と手を洗う。冬は刺すように冷たいけど、最近暑くなってきたから爽快な温度だ。

 顔がすっきりした後は、寝間着を着替える。

 鏡をのぞき込み、まずはもつれた髪を指で梳いてほぐしていく。その後は本物の櫛を通す。それから、ダレオナは鏡に映る小麦色の髪をじっと見つめた。すると、側頭部の髪が一房分ひとりでに動き出し、見えない手があるかのように三つ編みに編み込まれていく。

 ダレオナがいちばんよく使う、いちばん得意な魔術だ。髪を編んでくれる人がいないから、やむを得なく使えるようになった術でもある。そしてここ数年、髪を編むこの魔術以外はほとんど使っていなかった。

 左右対称、きれいに編み込まれた三つ編みの端っこは、髪飾りを付けて留めた。緩く湾曲した小さな板に植物をかたどった彫刻が施され、彩色もされているものだ。普段はもう少し地味な髪留めを使っているけど、今日は特別である。

 鏡で編み込みの出来具合を確かめる。自分の手でやるより、魔術を使って編む方が断然きれいな仕上がりだ。

「……」

 編み込みは満足のいく出来だし、特別な時にしか使わない髪留めも付けた。服も、祭りの時とか華やかなことがある日にしか着ない晴れ着である。要するに、おめかしをしている。

 けれど、気分はあまり明るくはなかった。鏡に映る顔は、笑っていない。新緑に似ていると言われたことのある瞳は今はどこか暗くて、自信のなさそうな表情をしている。思わずこぼれそうになったため息を慌てて引っ込め、ダレオナは小さく頭を振った。

 ――いけない、こんな顔してちゃだめよ。

 今日は大切な日なのだ。明るく、にこにこと笑っていなければいけない。


     ●


「ダレオナ! 今日は一段とかわいいよ」

 広間に行くと父のヒーダーが大きな声で出迎えた。

「おはよう、父様」

 おめかしをしているとは言っても化粧はしていないし、いつもよりちょっとちゃんとしているだけなのに、大げさな様子の父に苦笑する。

「おはよう。――大丈夫だよ、ダレオナ。今日はきっと、うまくいく」

 そうだといいけど、と思ったものの水を差すようなことを言いたくなかった。

 そんな父娘のやりとりをよそに、アイトがせっせと料理を並べていく。

 二人分の食事を用意し終えたアイトは、広間の隅で壁に溶け込むように控えている。数少ない住み込みの使用人の一人だけど、彼女は形ばかりの挨拶をしただけで一度もダレオナを見なかった。

 ここイラバクト家はウォンサコールという荘園を治めている。村が二つしかない小さな荘園で、そこの主といっても暮らしぶりは裕福な農家と大差ない。

 城と呼ぶにはほど遠い、しかし一部は石造りになっている館はあるけれど、住み込みで働いている使用人は、ダレオナより十歳ほど年上のアイトと、料理人の中年の男、それから家令である初老の男の三人だけ。通いで来る使用人も数人いるけれど、全部合わせても十人に満たない。ダレオナの祖父の頃は家族も使用人も多く、とてもにぎやかだったという。

 昔日の面影はもうほとんどない。イラバクト家はヒーダーとダレオナの二人きり。母は十年前に病で、妹は三年前に不慮の事故で亡くなった。

 この館がひっそりとしてうら寂しくなったのは三年前。今は目も合わせてくれないアイトが、かつては毎朝髪を結ってくれていた。だけど、妹のミセティアが亡くなってからは、恐ろしいものを避けるかのように目をそらし、必要最低限のこと以外は口を利かなくなった。

 はじめの頃、それが寂しいと思っていた。同時に、ダレオナを避けようとする彼女の気持ちも分かったから、無礼な使用人だとヒーダーに言いつけたりはしなかった。娘を避ける使用人の姿にヒーダーも気が付いていただろうけれど、ダレオナと同じことを考えていたのか、黙認していた。

 彼女の態度は仕方のないことだと受け止め三年も経てば、それなりに慣れてしまう。三年前までは目覚めた直後からの身支度をはじめ、様々な場面でアイトの手を借りていたけど、今はほとんど手伝いを必要としない。自分一人でもできることがずいぶん多いと気付けたから、かえって良かったとさえ思った。

 父娘二人だけの食事を終えると、アイトがてきぱきとテーブルの上を片付けていく。通いの使用人が二人広間へ入ってきて、架台式になっているテーブルと椅子を部屋の隅に片付けると、隣の小部屋に置いてある椅子を上座となる位置に据えた。装飾はほとんどされていないものの、背もたれが大きく肘掛けもある代物だ。目下の客と会う時に使う椅子である。

 ダレオナがおめかししているのと同様、ヒーダーも客人を迎えるためのめかし込んだ衣装で身を包んでいた。

 ヒーダーが椅子に座り、ダレオナはその斜め後ろに控えて、客人を迎えるのだ。ただし、どんなお客が何人やって来るのか、ヒーダーもダレオナも分からない。分かっているのは――彼らは、ダレオナの婿にならんとしてやって来る、ということだけだ。

 ヒーダーの後を継ぐのはダレオナしかいない。ダレオナは十七歳で、結婚していてもおかしくない年頃だ。アイトはとっくに結婚しているし、荘園内の同じ年頃の娘たちもほとんどは結婚していて、子供がいる者もいる。だけどダレオナは結婚どころか、結婚する相手すら見付かっていなかった。

 かつて、親同士が決めた相手はいた。荘園内に住む裕福な農家の息子だ。ダレオナの夫となればいずれ荘園を継ぐことになるから、相手の方が乗り気だった。でも、三年前に、結婚の約束を反故にしてほしいと言われ、かつての婚約者はさっさと別の娘と結婚してしまった。

 使用人たちの態度が一変してしまったのと同じく、婚約者も手のひらを返したのだ。仕方ないことだ、とやはりダレオナは寂しいながらも思った。


     ●


 三年前の秋の終わりだった。

 毎年この時期は、家畜の豚を冬に備えて太らせるため、森へ連れて行き、落ちている木の実をたっぷり食べさせている。

 その日、小作農家に世話を任せているイラバクト家所有の家畜を森へ連れて行くというので、館で飼っている豚も一頭、一緒に連れて行くことになった。当初は、その小作農家へ豚を送り届けて後は任せることになっていたのだが、家畜たちが森で木の実を食べている様子を見てみたいとミセティアが言い出したのだ。

 燃料の薪を調達するため森の入り口周辺はまだ明るく開けているが、全体としては鬱蒼としている。基本的にそこは獣の世界で、猟師でもない限り奥へは踏み込まない。その上、この辺りの森には獣だけでなく魔物も棲み着いている。獣であれば、人の姿を見て逃げていくこともあるが、魔物はむしろ向かってくる。だから、森へ入る時は入り口付近だけに留め、必ず数人で行動するようにしていた。子供だけで入るなど言語道断、大人が数人いても子供が同行するのは許されない場合が多かった。

 でもあの日、ミセティアはダレオナやほかの大人たちとともに森へ入った。小作農家の男たちはあまりいい顔をしなかったけど、ダレオナが付いているならと渋々承諾したのだ。

 ダレオナは、荘園内で唯一の魔術師なのだ。火をおこしたり、重い物でも簡単に動かせたりと、簡単ではあるけど日常生活で役に立つような魔術がいろいろと使えた。応用次第では魔物とも戦える。実際その年の夏には、小物だけど、畑を荒らす魔物をダレオナが退治した。

 自分が付いているから大丈夫だという自信があった。でも、今思えばそれは単なる思い上がりにすぎなかった。

 ひたすら木の実を食べる豚たちの傍らで、ミセティアはその様子を眺めたり、木の実や落ち葉を拾い集めて楽しげに遊んでいた。ダレオナはそんな妹を見守りつつ、豚が奥まで行ってしまわないよう見張っていた。ほかの大人たちも同様だったけど、たくさん食べさせようとつい欲張った一人が、木の実を求めているうち皆から離れて森の奥へと入り込んでいた。それに皆が気付いたのは、悲鳴を聞いてからだった。

 尋常ではない悲鳴、家畜のものではない咆吼。魔物が出たのだと誰もが気付いた。

 誰かが逃げろと叫んだものの、豚たちを置いて逃げるわけにはいかない。恐慌状態に陥った豚たちをなだめて言うことを聞かせるのに四苦八苦しているうち、魔物が姿を現した。

 二本の角は太く、湾曲した先端は鋭い。焦げ茶色の体毛で覆われた体は牛を連想させるけど、牛の倍くらいはありそうだった。何より異様なのは、尾があるべきところに青白い蛇が生えているところだ。

 異形の生き物を前に、ダレオナは立ちすくんだ。ミセティアは言わずもがなである。悲鳴を聞いた直後から真っ青になってダレオナにしがみついて離れなかった。

 魔物がすぐそこに迫っているのを見て、さすがに豚に構っているわけにはいかないと、みんな自分が逃げるのを優先した。恐怖に足がすくんでいた豚たちも、火がついたように逃げ出した。

 ミセティアの手を引いて、森の外を目指して走った。でも、ミセティアが石か何かにつまずいて転び、手を引いていたダレオナも体勢を崩して転んでしまった。

 慌てて立ち上がり、手を引いてミセティアも立ち上がらせようとして、でも、反対に引っ張られてしまう。どうしてという疑問と焦燥、ミセティアの悲鳴、誰かが早く逃げろと叫んで――その後の詳細は、思い出したくもない。

 ミセティアは、へたり込んだダレオナから離れたところにうつ伏せに倒れていた。ほかにも倒れている人は二人。三人とも服に血がにじんでいる。他の二人は多少身じろぎしたりしていて、生きているのだと分かった。でも、いちばん血に染まっているミセティアだけは、動かない。

 二人のうめき声が魔物の吠える声にかき消される。まだ近くに魔物がいるのだ。

 ダレオナはゆらりと立ち上がって魔物を見据えた。さっきまでは、魔術を使うことさえ思い付かなかったのに、今はごく自然に口が呪文を紡いでいた。

 まだ暴れようとしている魔物が、ぴたりと動きを止める。ダレオナが魔術で魔物の動きを戒め、その体を押し潰そうと更に呪文を積み上げていく。

 血に染まって動かないミセティアは、ダレオナの腕よりも太い角で小さな体を突き上げられた。

 体中の血が沸騰したようにかっと熱くなっていた。魔物を殺すことしか考えていなかった。皆を守るためではなく、退治するためでもなく、ただ、怒りに任せて復讐するためだけに。

 魔物が苦悶の声を上げる。すでに、目や鼻から血が流れている。あと一押し。とどめとなる呪文が、ダレオナの喉から放たれた。

 魔物の体がひしゃげて、体中の穴という穴から、そして穴ではないところからも血が噴き出し、肉が裂けて骨が飛び出る。太い角も、巨大な金槌で叩かれたように砕けた。

 血の臭いが充満し、弾けた肉や骨の欠片があちこちに飛び散ってそこら中を汚していた。しかしそんなことに構わず、惨状を作り出したダレオナはミセティアに駆け寄った。倒れて動かない小さな体を抱き上げて、呼吸が止まっているのが分かり――。

 ダレオナの魔術を目の当たりにした人々は、魔女と恐れおののき、異形の存在を見るのと同じ目でダレオナを見た。

 その後、荘園主の娘は恐ろしい魔女だという噂は瞬く間に、尾ひれを伴って広がっていった。


     ●


 人々の態度が変わったのはそれがきっかけだった。使用人たちには避けられ婚約者は去り、新たな縁談を誰に持ちかけても、魔物を潰せる娘と結婚などできないと断られた。

 イラバクト家を根絶させないために結婚しなければならない。でも、婿のなり手がない。ことごとく断られる。もっと大きな荘園か、荘園をいくつも抱えている領主の娘であれば、恐ろしい噂があっても、婿になりたいと手を挙げる者は何人もいただろう。

 しかし、イラバクト家の所領は大きくない。婿がほしいのに婿のなり手が見付からないとなれば、妥協するしかなかった。

 そこでヒーダーは、広くおふれを出した。

 健康で善良な男であれば、出自は問わない。我こそはダレオナの婿にふさわしいと思う者は、今日この時間、イラバクトの館に集うべし、と。

 誰でも構わないと言っているも同然で、体面も何もあったものではない。祖先たちが知ったら、なんて恥さらしなことをと卒倒したかもしれないが、ヒーダーとダレオナには、もうほかに方法がなかった。

「旦那様、客人たちがお待ちです。もうお通ししてよろしいですか」

 家令の言葉に、ヒーダーは嬉しげに頷く。

「もちろんだとも。すぐに会いたい。皆、通してくれ」

 ダレオナは、自分の悪評を慮るといくら誰でも構わないとはいえ婿候補など集まらないと思っていたから、人が集まったことに密かに驚いていた。しかも、客人『たち』と家令は言った。少なくとも一人ではない。

「かしこまりました」

 家令が広間の扉の脇で控えていた使用人に目配せする。斜め後ろにいるから、ダレオナにはヒーダーの表情が見えない。だけどきっと、父は満面の笑みを浮かべているのだろう。

 ヒーダーとダレオナの向かい側の壁にある扉が、内側に大きく開けられる。

 背もたれに体重を預けて肘掛けに腕を載せ、威厳があるように座っていたヒーダーが、わずかに前のめりになるのにダレオナは気付いた。そして、そのままの体勢で固まってしまったのにも。

 ダレオナの婿になるかもしれない男たちが、どうぞという家令の言葉に促されて広間へ足を踏み入れる。その数は――。

「三人……だけか?」

 肘掛けの頭を掴んで固まっているヒーダーのつぶやきは、たぶんダレオナにしか届いていない。あからさまにがっかりとした声で、それが表情に出ていなければいいけれど、とダレオナは冷静に思った。ダレオナ自身は、少しもがっかりしていなかった。三人も来てくれただけでもありがたい。

 一人は、ダレオナと歳の釣り合いが最もちょうど良さそうな若者。

 一人は、十ばかり年上で、どこか荒々しい雰囲気のある男。

 そして最後の一人は、ダレオナよりだいぶ年下の少年。

 集まるとすれば幅広い年齢になるのだろうと思っていたけれど、まさかこれほど年若い――というよりも幼い少年まで来るとは思っていなかった。まだ十になるかならないかという年頃で、婿になる、ということを理解しているのかどうか心配になる。

 しかし、とにもかくにも三人は集まった。ダレオナは安堵していたけど、ヒーダーは落胆しているに違いない。さっきまで満面の笑みを浮かべていたはずの父の今の表情は、それが凍り付いているかあっけに取られているかのどちらかだ、きっと。

「あー……諸君、よくぞ来てくれた」

 咳払いをして気を取り直したヒーダーが、威厳に満ちた声で言う。でもついさっき、ヒーダーが固まっているのを皆見ているから、残念ながら虚勢を張っているようにしか聞こえない。

「わたしが、ウォンサコールの主ヒーダー・イラバクト。そして、これが我が娘のダレオナ・イラバクトだ」

 父の紹介を受け、ダレオナは軽く腰を折って挨拶をする。

「我が娘の夫候補諸君。君たちの名前を聞かせてもらおう」

 ヒーダーがたった三人しかいない候補者を見回す。

 口火を切ったのは、若者だった。

「わたしは、シュルツ・リプセンと申します。ここより西にあるとある地方領主の三男でして、騎士として様々な主に仕えて参りました。新たな主を求める遍歴の旅路で、こちらのお嬢様が伴侶を捜しておられると知った時、天啓を得ました。わたしが新たに仕えるべき方はダレオナ様である、と」

 胸に手を当てて饒舌に語るシュルツは、熱すぎるほどの眼差しをダレオナに向ける。はしばみ色の髪は襟に届くか届かないほどの長さ、オリーブ色の瞳、鼻筋はまっすぐでその下にある薄い唇――全体的に整った顔立ちだ。この顔で柔和な笑みを向けられたら、胸がときめく女性も少なからずいるだろう。ダレオナはシュルツの風貌をまじまじと観察して熱い眼差しも穏やかな笑みも受け止めたものの、品定めしなければという気持ちがあるからなのか、悪い印象こそ抱かなかったけれど胸のときめきはなかった。

「僕はオディオン・フティティスです。エサテレス・フティティスの四男です」

 次に自己紹介したのは意外にも少年だった。

 エサテレス・フティティスはヒーダーのただ一人の家臣で、さして広くないウォンサコールの中に更に小さな封土を授けられている。年に一度、年賀の挨拶のために館を訪れるけれど同行してくるのはいつも従者だけで、五人いるはずの息子たちとはほとんど顔を合わせたこともない。跡取りである長男を含めた上の三人は騎士の叙任を受けて各地を遍歴中、下の二人はまだ幼いため親元にいると聞いている。

 長子相続が普通なので、次男以降の息子たちは仕える主から封土を授かるか、ダレオナのように相続権を持つ娘に婿入りするかしなければ、自分の領地を持つことはない。だから、婿を募れば相続する領地のない男たちが集まるであろうことは予想していた。もっとも、ダレオナの噂をよく知っているはずの家臣の息子まで来るとは思っていなかったけれど。それも、まだこんなに幼い四男坊が名乗りを上げるとは。

「……エサテレスの、息子か。あやつからは、息子を候補にしたいという話を一度も聞いていないから、これは、いやはや、驚いたな」

 ヒーダーが驚きを隠さずに言う。さすがにこれは無理もない、とダレオナは思った。フティティス家の長男次男は結婚しているけれど、未婚の三男はダレオナと歳の釣り合いがちょうど良い。ダレオナが婚約破棄された後、ヒーダーは真っ先にエサテレスに三男との縁談を持ちかけたのだが、遠回しながらダレオナの噂を理由に断られていた。

「ここへ来たのは父の意志ではなく、僕自身の意志です。ダレオナ様の噂は知っていますけど、噂はあくまで噂。人々の心ない噂でダレオナ様がお心を痛めているなら、僭越だけど僕が慰めて差し上げたいと思って、参りました」

 年端もいかない子供だというのに、オディオンはシュルツに負けず劣らず口が回り殊勝なことを言う。ダレオナもこれには驚いた。ヒーダーも、そしてシュルツも目を瞠って幼い少年を見ている。ただ一人、最年長の男だけは興味なさそうな顔をしていた。

 その男に、ヒーダーが自己紹介をしてくれと視線で求める。すると、男は肩をすくめた。

「俺はシュルツの護衛で、婿候補じゃないですよ」

 先の二人に比べると口調も態度も丁寧とはいえなかった。しかも、この場にいながら婿候補ではないという。

「候補ではない、とな……」

「ああ」

 オディオンとは別の意味で驚いたけど、集合場所にシュルツと一緒にいたのを見て、家令が候補の一人と思って通したのだろう。

 護衛であっても候補にはなれる。しかしそれをしないのは、主であるシュルツの邪魔をしないため、というよりは興味がないからのように見えた。一瞬だけ護衛の男と目が合ったけれど、すぐに男の方から視線を外した。シュルツの目を盗んでダレオナに良い印象を持たれよう、という媚びたところもまるでない。本気で興味がないらしい。

 つまりダレオナの婿候補は、シュルツとオディオンの二人だけ。年齢だけならシュルツが妥当ではある。

 でも、オディオンは家臣の息子だ。ヒーダーは騎士の叙任は受けておらず、そのためエサテレスに軽んじられているところがある。息子のオディオンが荘園の主となれば、その態度に変化があるかもしれない。あと十年――いや五年、歳を取っていれば、ヒーダーはすぐにオディオンに決めただろう。

 でも、婿とするにはオディオンは幼すぎる。そのため、シュルツが婿となる可能性もまだ十分にあった。

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