キツネ・サマー・サヨナラ
うさぎやすぽん
プロローグ
キツネ・サマー・サヨナラ
(プロローグ)
夢オチなんてやめてくれ。本気でそう思った。
世界の終わりはどんなものだろう。そう考えて怖くなって眠れなくなって、でもそのどきどきというか、わくわくというか、胸が高鳴るものもあって、勝手だ。勝手に感傷的になってただけだんだ。あのときぼくは、きっとただの馬鹿だったのだろう。
世界の終わりに実際直面して思うのは、ただひたすらに、「畜生」、それだけだった。
「ごめんね」
安曇野さんは、目を閉じて呟いた。涙は零れなかった。でも、頬にはガラスのかけらが光るような輝きがちらちらと散りばめられていた。
やめろ。謝るな。畜生。
ぼくは、ぎっ、と歯を食いしばって、安曇野さんを睨む。でも、ただただ涙がこぼれるだけで、どうしようもなくて、ぼくの眼は、涙を通してしか、安曇野さんを映すことしか出来ない。
畜生。どうして世界が滅ぶんだ。
畜生。どうして安曇野さんは、そんな、悲しそうな顔をするんだ。
畜生。どうしてぼくはもう彼女に会えないんだ。
大きな朱色の鳥居の前で、ぼくと、ぼくより少し背の高い安曇野さんは、向かい合って、そして、鳥居の向こう側はオレンジ色に光って、ぼくと安曇野さんの大きな影は大きくなって、視界は次第にぼやけてきて、向こう側に見える森の木は歪んできて、夜空には亀裂が入ってきて。
そしてぼくの身体は霞んでいく。
手に持っていたナイフはいつの間にか消えていた。そのナイフを持っていた感覚も消えていた。
安曇野さんは、またぼくの方をみて、そして悲しそうな表情を見せた。真っ黒のショートヘアと、きりり、とした黒い目が、こんなぼやけた明るい光に包まれた中でもはっきりと目立つ。こんな、ぼくの感情が、もう心許なくなってしまった身体の中で、ぐるぐるぐるぐるめぐって、溢れそうになっているというのに、やっぱり綺麗な人だ、なんて、それだけは確かに思ってしまう。
「少年」
安曇野さんは、そう言ってぼくを抱きしめた。安曇野さんの体温がじんわりと伝わって、そしてほんのりと甘くて爽やかな香りが、すうっ、とぼくを包んだ。
「ごめんね」
嘘つきだ。
安曇野さんは、ずるい人だ。
ぼくは涙をこらえる。それは、彼女への反抗だ。ぼくは涙をこらえきれない。それは、彼女への、なんなのだろう。
世界の終わりは、こんなはずじゃなかったんだ。
こうしてぼくの夏は、ぼくの世界は、そして、夢は終わった。跡形もなく、救いもなく、ロマンチックな情もなく。
安曇野さんと出会って三十日。
世界の終わりの始まりは八月の一日のことである。
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