第004話 「落とし穴は突然に」

 3歳になった。

 ここでの生活にもだいぶ慣れてきている。


 なぜ年齢を数えられるかというと、季節の中で目印を見つけたからだ。


 常夏の気候のこの森だが1年に1度ほぼ毎日雨が降る時期がある。


 前世でいう梅雨のようなものだと僕は考えている。


 この雨の季節を基準に一年を数える事にしたのだ。


 僕は声帯がしっかりしてきたのでおそらく日本語を発音できる。


 けど、動物達には通じるわけないから喋ったりはしない。


 動物達が僕に何か伝えたい時は身振り手振りを交えて鳴いてくれる。

 驚いたことに彼らの言いたい事がだいたい分かるようになっていた。


 言葉はわからない。

 未だに鳴き声にしか聞こえない。


 けど、声の抑揚、顔の表情、身振り手振りでだいたいは伝わる。

 

 他にやる事もないし、ひたすら3匹を観察してきた成果だろう。







 ゴリラとお揃いの腰巻きを着けて食料調達に外に出る事が多くなった。


 基本的には狼の背中にまたがって森を回っているだけだけど。

 オオカミの背中は広くてフカフカしていて乗り心地がよい。


 山菜や果物はを採るときはオオカミから降りてゴリラを手伝った。

 

 そして頭を撫でてもらう。


 悪くない気分だけど僕の表情は動かない。



 ある日僕はいつもと同じ様にオオカミの背中にまたがりながら、ゴリラと共に食料調達にきていた。

 

 いつものルートを回り、ある果樹の密集地帯に行く途中。


 最近のお気に入り食材のカエルが足元の草むらに居るのを見つけた。


「それっ」

 

 オオカミの背から地面のカエルに飛びついた。


 カエルを1人で捕まえてゴリラとオオカミに褒めてもらおうと思ったのだ。



《ドザン》


 落とし穴に落ちた。



 カエルを手に捕まえて草むらに着地するはずが、なんと着地点は草むらに隠れた天然の落とし穴になっていた。


 僕はその穴にきれいに吸い込まれ20メートル程滑り落ちていく。



《ボチャン》


 川に落ちた。


 幸い川は適度な深さだったようで落ちた衝撃を吸収してくれた。


 そして川の流れもゆっくりで数キロ流されて浅瀬になった。


 3歳の僕でも何度か転びながら砂利の敷きつまった河原に歩いてあがることができた。


 しかし河原は断崖に囲まれおり、どうがんばっても川上の方に歩いて戻ることは出来ない。


 ゴリラもオオカミも簡単には僕を見つけられないだろう。

 

 僕が川に落ちたのを見たなら、簡単に流れを追ってすぐに助けに来てくれるだろう。


 しかし、彼らが見たのは穴に落ちた僕だ。


 穴は僕がやっと通れるくらいの大きさだったし、まさかその穴が20メートル先の川にそのままきれいにつながっているとは思わないだろう。


 しかも結構な距離を流されてしまっている。


 穴に落ちて付ついた傷も擦り傷程度だし、河原に上がるまでに転んだケガも捻挫程度だろう。


 外傷は心配ないから、空腹で死ぬまではゴリラ達の助けを待ってられるかな?


 必死に僕を探してくれてるであろう、ゴリラとサルとオオカミの顔が浮かんで申し訳ない気持ちになる。


 とても心配してくれているだろう。

 それは疑いなくそう思えた


 笑いもしなければ泣きもしない面白味のない赤ん坊に何故そこまでしてくれるかはわからない。


 けど、あの3匹が僕をとても大切に思ってくれていることは痛いくらい伝わっていた。







 僕は1歳から2歳にかけてよく発熱することがあった。


 体温計とかがないから実際には熱がでているのか分からないけど、体が熱くなって頭がボーっとして思う様に動けなくなる症状だった。


 数日したら良くなるんだけど、1年間で毎月の様にその症状にかかった。


 ある時からパタンと発熱することがなくなり今では全く問題ない。


 途中からは数日したら良くなるのが自分で分かるようになった為に、僕自身はそんなに焦らなくなっていた。



 けど3匹の獣達は毎回大騒ぎだ。

 

 サルば僕にべったり付添うようになり、この世界に転生した当初と同じ状況になる。


 いつ目を開けてもサルが覗き込んでいる。


 後ろの方でゴリラはソワソワしながら僕を気にしてる。


 僕の意識が安定すると、「ウホウホ」言いながら手をにぎってくれる。


 けど、しばらくするとサルに、「キキー」と言われて遠くへ追いやられる。


 そして、オオカミはつかず離れずの位置で心配そうな顔で僕をみている。


 たまにサルから「キキー」と声を掛けられ、僕に近づき擦り寄ってくる。

 僕はオオカミを撫でる。


 そんな光景が目を覚ます度にある。


 僕の発熱時に。この動物達はほとんど寝ていないだろう。






 だから、断崖絶壁の河原に1人居る今も、みんなが僕を必死に探しているだろうと言い切れる。


 3匹がどの様に動くか予想できる。


 ゴリラは、とんでもなく焦って落ちた穴に向かってウホウホ叫んでる。


 僕を乗せていたオオカミはすごく責任を感じ、風の様な速さで家に戻りサルを呼びに行く。


 それを聞いたサルは真っ青な顔をして、その時していたことすべて投げ出して外へ走りでる。

 

 完全には当たってないだろうけど、大きくは外れていないだろう。







 辺りはどんどん暗くなっていった。


 そもそも川に落ちた時点で夕方前くらいだったから、そんなに時間はたってないはずだ。


 しかし、実際辺りが暗くなってくると少し恐い。


 この森では夜だってそんなに冷え込まない。


 外でこのまま一晩過ごしてもなんの問題もないだろう。

 

 けど、やっぱり落ち着かない。

 当たり前だが夜に1人で外にいることなんて経験したことがない。


 昼間の家でも1人でいることなんてないんだけど――人間は1人だけどね

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