第003話 「ゴリラとオオカミもいる」
次に目を開くと、サルが僕を覗き込んでいた。
うれしそうだ。
僕はまだ生きている。
そして眠る前よりだいぶ体調が回復してるのがわかる。
少なくともサルの乳は人間の乳幼児に栄養をくれるようだ。
しばらくは乳を飲んでは寝るのを繰り返した。
♢
目が覚めると、サルじゃなくてゴリラが僕を覗き込んでいた。
「えっ、ゴリラ?!」
サルしか見たことがなかった僕は突然のゴリラに驚く。
サルには慣れていたがゴリラは未経験だ――似たようなものか。
謎の小屋で赤ちゃんとして転生して数週間がたつ。
毎日サルに乳をもらいながら過ごしていたはずだ。
体調は悪くない。
しかし、この日はゴリラの眼前で目を覚ました。
敵意はない。
それはなんとなくわかる。
サルの黒目を数週間ずっと見てきたから分かる。
この黒目には敵意はない。
ゴリラは僕をしばらく見つめたあと、右手の人差し指で頬を優しくつつく。
ゴリラの指は太くてザラザラしている。
「ウホホ」
僕は特にリアクションを返さない。
ただただゴリラの黒目を見ていた。
ゴリラは嬉しそうだ。
頬を突つくことをしつこく何回も繰り返す。
「キキー、キキキー」
後ろからいつものサルの声が聞こえる。
近くに居るようだ。
ゴリラは僕をとても優しくゆっくり両手で持ち上げ、肩の上に僕の顎が乗るように抱いた。
僕はゴリラに連れられて初めて小屋の外に出た。
外にでてしばらくして小屋の全貌が確認できた。
思っていたよりも大きい。
僕が居た空間の他にも部屋があるのだろう。
丸太で作られた簡単な作りの木の家だ。
小屋の玄関からはいつものサルが手を振って僕らを見送っている。
そして僕は3匹目の動物の存在を確認する。
黒い大きなオオカミだ。
僕とゴリラの後ろを付いてきているのが見える。
オオカミは高齢なのか毛並みが荒く少しくたびれている様に見える。
赤ちゃんの感覚なので正確にはわからないがこのオオカミは相当大きい。
おそらく2メートル近くあるゴリラが跨って移動していても不思議じゃない程の大きさだ。
だからオオカミに見える違う種の動物なのだろうと理解することにした。
しばらく歩くと、ゴリラの動きが止まる。
どこかに着いたのだろうか?
僕を両手で抱き上げてゆーっくり僕を下に下ろしていく。
《チャプン》
「ウー」
足に冷たい何かが触れて瞬間的に声が出た。
僕は「ツ・メ・タ」とはっきり日本語で言ったつもりだ。
しかし、乳幼児の声帯のせいなのか、何を言っても基本的に「アー」とか「ウー」といった赤ちゃんから発せられるそれになってしまう。
しっかり歯が生えていないのが理由なのかもしれない。
これはサルとも実験済みだ。
ゴリラは僕が冷たがるのを「ウホウホ」言いながら肩を揺らして豪快に笑う。
オオカミも後ろで控えめに笑っているようにみえる。
そして何回か足を水につけて慣れさせてから最後は肩近くまでしずませる。
体を洗ってくれているのだろう。
慣れはしたけどやっぱり冷たい。
顔に少し水がかかると『アーウー』言う僕を見てまた笑っている。
僕の表情は変わらないからおもしろいリアクションになっているとは思えない。
何か言葉を発しているのが分かるのが楽しいのかもしれない。
ゴリラは決して乱暴にせずとても神経を使ってゆっくり優しく僕を扱ってくれていることがわかる。
その日以来、ゴリラとオオカミは毎日僕の視界に写るようになった。
どうやらこの小屋にはゴリラと狼とサルの3匹が住んでいる。
初めは意図的にサルだけで僕の面倒を見ていて、ゴリラとサルは近づかない様にしていた様だ。
乳を飲み始めて僕の体調も安定してきたので、ゴリラとオオカミも面倒をみるのに加わったようだ。
サル達の飼い主は一向に現れない。
♢
一年くらいは過ぎたと思う。
僕はやっと自分の足で歩けるようになり体もだいぶ自由に動かせるようになった。
この期間の僕はひたすら寝ていた。
赤ちゃんなのだからあたりまえだろうが、とにかくすぐに眠くなる。
そして何時間かして目を覚ますと、だいたいサルが覗き込んでいる。
ゴリラとオオカミのパターンもある。
それでも起きている時間だって結構あるので、僕は自分が置かれているこの環境の観察と考察をひたすら繰り返した。
だいぶ状況は整理できた。
――僕は少なくとも人間だ。
体を洗われる水場の水面に写る自分の姿を確認したが、僕は人間の赤ん坊だった。
けど薄っすら生えてきている髪や眉毛は白い様にみえる。
日本人とはちょっと違うのかもしれない。
――僕の【
僕は赤ちゃんになっても笑ったり泣いたりできない。
考えてみれば、精神が転生しているのだからあたりまえだ。
【
この世界で驚くことはたくさんあるんだけど、やっぱり笑ったり泣いたりするほど感情は動かない。
前世のままだ。
――僕は3匹の動物達と森の中の小屋で生活している。
食事は主に果物や山菜や魚、動物の肉を食べている。
資源豊かな森みたいで食べ物には困らない様だ。
丸太の家には2つの部屋とトイレがある。
テーブルが置かれた大きなリビング兼キッチンの部屋。
そして、布団の部屋だ。
ワラの様なフワフワした草が敷き詰められていてその上に肌触りの良い大きな葉が何枚も置かれている。
ゴリラとオオカミが僕の世話に参加する様になってからは、僕もその布団の部屋で3匹と一緒に雑魚寝をしている。
寝心地は悪くない。
――サルは魔法使いだ。
ここは地球とは違う異世界であることが間違いない。
地球には魔法を使うサルはいないはずだ――いや、サルじゃなくても魔法が使えないか。
小屋には簡単なキッチンの様な物があるが、水道やガスコンロがあるわけでもない。
どうやって調理するかというと、サルが魔法で調理しているのだ。
水や火を魔法で作り出す。
料理をしている時のサルはご機嫌な事が多い。
年季の入った木の杖を持ち無駄にバレリーナみたいに回転してから杖をふるい水魔法を使って食材を洗う。
無駄に腕をブンブン回してから杖をかざし火魔法で動物の肉を焼く。
そしてそれらを風魔法の包丁で調理をする。
けどあまり気分が乗らない日は、杖も持たずに何の予備動作なく水や火を出していたので、杖や回転は機嫌が良い時だけだ。
最近僕が食べている果物もサルが一気に風魔法で微塵切りにしたものだ。
丸太の家に個室として設けられているトイレもサルが魔法でうまいことやって糞尿を処理している様だ。
――サルはとってもエネルギッシュ
この家はサルを中心に動いているところがある。
サルは家事全般をセカセカと忙しくこなしながら、僕の世話にもとっても精力的だ。
表情豊かで誰よりも笑って誰よりも怒る。
ゴリラは良くまくし立てられている様に見えるし、オオカミもたまに何か怒られてる。
この家での会話の8割程はサルが笑って怒って「キーキキ」言っているように見える。
――ゴリラとサルは夫婦で、オオカミはこの夫婦に仕えているようだ。
ゴリラとサルはとても人間に近い生活をしている。
2匹とも腰に布を巻いているしサルは胸部にも布を巻いている。
洋服の概念があるのだ。
調理した料理を木でできた皿に盛りつけてテーブルに並べる。
それを木のフォークとスプーンを起用に使いこなして食事をとる。
「ウホホ」「キキー」と言いあっている。
僕には理解できないけど、怒ったり笑ったりしながら会話しているようにみえる。
時おり見つめあって手を握り合ったり、くっついたりしているので夫婦なのだろう。
オオカミは常に夫婦からは一歩引いていて、夫婦を気遣い敬っているのがわかる。
ゴリラ達がオオカミを飼っているというよりは、オオカミ自身の意志で仕えている感じるがする。
だから飼われているというよりは、主従の関係に近いようだ
オオカミは4足獣のイメージそのままに床に置かれた自分の食事を食べる。
しかし、夫婦のお喋りにうなづいたり、たまに「ワァォン」と何か言って会話に参加している様に見えるから相応の知的レベルがあるのだと思う。
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