第396話 登録
槍の男を殺した。
途中で落ちていった敵の気配を警戒するが、探知できず。死んだのか、逃げたのか。
何にせよ、今は深追いする余裕はない。
間違いなく強い敵だったが、上手くハメるとあっけないものだ。
結果は上々だが、何か一つ狂えばこっちにも被害が出ていたことだろう。
特に、敵の斥候がどう動くか、そして罠に気付くかは大きな賭けになった。
結果としては罠に気付かれることはなく、別動隊が壊滅しているが、それがなかったらあれほど理想の包囲殲滅はできなかった。
俺とセラでなんとか別働隊の相手をしている間に、敵を撃退するのが精一杯だったかもしれない。
追手を撃退するという意味では意義があるが、槍の男を取り逃していたらモヤモヤする結果だったろう。
もっと強くならないと、か。
それこそ聖軍の主力が不意に襲ってきても、生きて逃れられるくらいには。
倒した敵の装備をざっと探り、亡骸を道端に並べてやる。槍の男の「雷斬り」のほか、盾を持っていた男の腕輪、最後に殺した魔法使いっぽい女の杖も魔道具のようだった。
盾の男の腕輪は、どうも魔導局の隊員が持っていたものらしかった。奪って使っていたと。
俺も殺した敵の装備を使っていたりするから、そのことに文句はないが。
金目の物はあまり持っていなさそうだ。
もともとキュレスの支配を嫌っていた連中だし、キュレス硬貨とかを持っていないのは仕方ないかもしれない。
よし、引き上げるぞ。
「で、ピカタ師匠? 俺の魔法はどうだった?」
追手も退け、やや緊張が薄れて、ピカタを含めて魔導局員たちも少し余裕を持ち直している。
軽口のつもりで、ピカタに声を掛ける。
「何? 自慢?」
「いや……まあそうだよ。俺の魔法がどんなもんだったか、いちばん知ってるのはピカタ師匠だろ。そこから、死に物狂いで魔法を上達させてきたんだ。多少は褒められたいだろ?」
「そう、ね。あたしも実戦を知って、随分魔法を上達させたと思ってたけど、あんたの成長速度には敵わないわね。実力はまだまだ、負けてないけど」
ピカタ師匠に褒められる。
いいぞ、もっとくれ。
「エア・プレッシャーで移動しながら溶岩魔法撃ってくなんて真似、俺くらいにしか出来ないんじゃないか?」
「そうね。ていうか、やっぱりそうよね。風魔法を自分に当てて移動するってだけでバカみたいだけど、多重発動とかしてたわね……誰に習ったの?」
「いや、あれは自分で開発しただけだ」
「……ふぅん。やるじゃない」
ピカタ師匠も、エア・プレッシャーを空中でも使いながら動き回るスタイルは流石に誰かに習ったと思ったようだった。
俺が、白兵戦能力の不足を補うために、必要に駆られて生み出した魔法なんだよな。
「……あたしのバンドル・ボルトはどうだった?」
バンドル・ボルトはピカタ師匠がさきほど敵に放っていた、太い電流を浴びせるような魔法だ。
制御の甘い他人の雷魔法を制御を奪うことが出来るという、トンデモ効果があるらしい。
もしかすると「雷斬り」の雷を無効化できるかも、と言っていたが、ばっちりハマっていたように見える。
「ありゃ凄かった。威力も強そうで盾の男をあの魔法で釘付けにしてたし、何より敵の魔道具の雷を奪ってたように見えたぞ」
「凄いでしょう。あれ、あたしが開発した魔法なんだけど!」
え?
魔法ってそんな簡単に開発できるもんなのか。
びっくりしてピカタを見ると、ちんちくりんな師匠が最大限に胸を張ってドヤっている。
「マジかよ。じゃあ、今世界で使えるのは1人だけってことか?」
「……論文に載せたから、他にも使えるようになってるかもしれないけど。正式に、魔導局に魔法の類型として登録もされたわよ」
そんな、登録とかあるんだ。
全然知らなかった。
「他のやつが使ったとき、開発者にお金が入るとか?」
「いや? お金なんて一銭も入らないけど」
「じゃあ、登録すると何の良いことが?」
「名誉じゃない」
「名誉?」
「そう。正式に魔導協会で認められた魔法を創った者として名前が残るのよ?」
「……なるほど」
すごい、のかもしれない。
何世紀も後の魔法使いから、あの伝説の魔法を開発した人物とか言われたい。
でも、そのためだけに色々面倒そうなことをするのもな……。
「野良の魔法使いが、開発した魔法を登録しないってことも多いのか?」
「結構あるって聞く。でも、オリジナルだって胸を張ってる魔法の大半は、昔誰かが登録してたりするもんだけどね」
「なるほどな」
むしろ、そっちに興味が出る。
魔導局に頼めば、登録魔法の一覧とか教えてくれるんだろうか。
他の魔法使いが開発した魔法を参考までに見てみたい。何か役に立つ発想があるかもしれないし。
「ピカタ師匠、その登録魔法の一覧ってのは見られるのか?」
「見たいの? 残念ながら一般公開はされてないわ。非公開設定をしている開発者もいるしね」
「なぬ? じゃ、何のために登録なんて制度があるんだ?」
「色々あるけど、いちばん使ってるのは魔導局とかの研究者じゃないかしらね。国の研究って理由を付ければ、結構見られるし」
「ぐぬう」
結局、偉い人たちのためか。
おのれ。
「師匠なら見られたりするってこと?」
「まあ、出来ないことはないでしょうけど。言っとくけど、あんたに見せてあげるのは難しいわよ!」
「そうか」
残念だ。
俺に出来るのは、ピカタを通じて最新の魔法研究の情報を教えてもらうことくらいか。
「仕方ない。そう言えば、あの雷の魔法は俺には使えないかな?」
「いや、あんた雷魔法はまだ使えないんでしょ?」
「……はい」
「じゃあお話にならない。でもそもそも、雷魔法とあんたのスタイルは相性悪いかもね」
「ほう?」
ゲームとかで主人公とかが雷魔法を使えるのは、結構あるあるじゃないのか。
「雷魔法は、あんまり動き回らないことが前提になってるのよ。なんていうか、場を作って、そこで雷という現象を生み出す? そんな感覚が強くって。普通の魔法使いなら特に問題にならないけど、じっとしてられないあんたが使っても、色々残念な結果になりそうだわ」
「じっとしてられないって。子どもじゃないんだから」
「……あんたにはあの溶岩魔法とか、氷魔法とかがあるでしょ。まだ粗はありそうだけど、戦いでも十分使っていけそうだし」
「まあ、確かに便利だな。氷魔法なんか、本当に使えるようになったのは最近だけどな」
「氷魔法の方が後なのね……あの溶岩魔法は、なかなかのモノだと思うわよ。その道の専門家に比べれば、まだまだなのでしょうけど。実戦で使えるレベルのものは、あたしにもまだ無理なのに!」
ピカタが褒めてくれていたのだが、だんだん悔しくなっていったのか、ヒステリック気味に言う。
「まあ、これくらいの褒めでひとまず満足してやるか」
「あんたねえ……」
おっと。
声に出ていたようだ。
ピカタは嬉しそうにする俺を横目で一瞥して、ため息を吐いた。
「まあ、今回は命を救われちゃったからね。大サービスで言ってあげるけど」
お?
拝聴しよう。
「あんたの強みは、奇抜な魔法とか、溶岩魔法みたいな対処が難しい魔法とかもあるけど。あたしから見ると、一番凄いのは風魔法ね」
「エア・プレッシャーのことか?」
「いや、それじゃない。それも凄いとは思ったけど……敵の矢を防いだウィンドシールドとか、そういう基本的なやつよ。基本だけに、修練が良く現れる。澱みなく、でも流れるように。あれをほぼ無意識に使っていたでしょ? あんた。あれは毎日のように魔法の基礎を練習してないとできっこない。そっちの方がずっと、凄いのよ」
おお。
確かに、魔法を習ってからというもの、隙さえあれば何かの魔法や、魔力操作を練習してきた。
そのことが成果として現れていると言われると、想像より何倍も嬉しい。
「師匠、俺たちの仲間に加わらないか?」
嬉しい勢いで、ピカタを勧誘してしまった。
言ってしまってからピカタを見ると、何と言えない表情をして、口を開きかけた。
「見えたぞ!」
前を歩いていた魔導局員が叫ぶ。
前には、最初に出発したキュレスの拠点が聳え立っていた。
近付こうとしていると、拠点の方から何かが飛んでくる気配がした。
飛んできたのは、丸鳥族だ。
魔導局員の所属などを確認すると、俺たちを誘導してくれると言った。
どうやら罠の配置などが変わっているらしく、そのまま直行するとマズいらしい。
丸鳥族の後を追って進み、拠点に辿り着く。
入り口の壁の上には何人も野次馬が出てきており、賑やかに迎えられた。
「よく帰ってきたな」
門番をしていた軍人にそう言われて、中に招き入れられた。
中には俺たちを送り出した部隊の隊長もおり、魔導局員と俺たちの休む場所まで案内してくれた。
その間、拠点の中の雰囲気が明るいように感じた。俺たちが帰ってきたからだと思えばこそばゆいが、どうもそういう感じでもなさそうな……。
「主、軍の方がお話があると」
案内された部屋で休んでいると、不意にキスティに呼ばれる。
寝っ転がって足を組み、すっかりだらけていた俺は驚いて飛び起きる。
「お、おう」
最低限の武装だが、今から武装するので待ってくれとは言いがたい。
待っていた軍の遣いに挨拶して、連れられていく。キスティは留守番に残して、ルキについて来てもらう。
案内されたのは、なにやら地図や書類などが無造作に並べられた部屋。指揮所、だろうか。
「ヨーヨー殿をお連れしました!」
「うむ。下がって良い」
「はっ!」
奥の机で立ち上がって、こっちに手招きをする人物。胸に何やら飾りがついた派手な鎧を着ている。
「……ヨーヨー、だ」
相手の偉さが分からないので、今後どの程度言葉遣いなどに気をつけるか迷いつつ、中途半端に挨拶する。
正式な敬語って、まだ慣れないんだよな。白ガキに直接脳に流し込まれた知識だからか、婉曲表現などをするときに一瞬考えてしまう。
「よく来た、ヨーヨー。私はこの砦の守備隊を預かっている者だ。バリルと呼んでくれ」
「バリル、殿。承知した」
「安心しろ、こんな場所に飛ばされている者だぞ。身分も低いに決まっている。そうだろう?」
俺が偉さを測りかねていることを見取ってか、冗談口調でそう言って、机に置かれていたコップをあおって中身を飲み干した。
「ぷはあっ! 話というのは他でもない、今回の働きを聞き及んでな。正確には私の系列ではないのだが、まあ今回は、私からも話をすべきだと考えたのだ」
「はあ、なるほど。依頼は魔導局員を入れてた南西軍の方から受けたと記憶しているが」
「うむ、私はここの守備隊を束ねるから、少し異なるのだ。まあそんなことは外の者には関係なかろうな、あまり気にするな。大事なのは軍の依頼でヨーヨー殿が部隊を救出し、敵の前線部隊を叩いたこと」
「槍の男のことか」
「ああ、槍を使っていた男は、おそらくオウメンという隊長格の男だろう。西の大族長派に属する若貴族のようなもので、前々から色々厄介ごとを起こして来た。殺してくれたのなら、今後色々とやりやすくなる」
「結果的にそうなっただけだがな。敵が寡兵で追ってこなければ、討ち取れなかった」
「だろうな。まあ、脇の甘い男だからこそ利用もできていたのだが、そろそろ邪魔だったからな……特に、ここを守るためにはいなくなってくれたのは大きい」
「……砦の連中が明るいのは、槍の男が死んだから、ということだったり?」
「残念ながら、そうではない。この砦で、まともに鬼人族の相手を考えてる者は少ない。南西軍の連中が沸いてるのは、別の要因だよ」
「支障なければ、別要因とやらを聞いても?」
「うむ。傭兵なら、次の動きのためにも情勢を知りたかろう。今回の功績を鑑みて、教えよう」
なんだか、言外にそれが報酬だと言われているような気もするが、まあ、このヒトは本来俺に依頼した部隊とは別の筋らしいし、しょうがないか。
「ありがたく」
「うむ。今、近くに王弟殿下が来ているという噂があってな」
「王弟殿下……」
「そうだ。もともと武張ったお方で、軍にもファンが多いのだがな。今回、近衛を伴って南西にいるらしい」
「ほう」
まあ、戦争の真っ最中だからな。
王家の連中から、指揮官が派遣されてもおかしくはないな。
「……ここ、南西の地が今まで、どのような扱いをされてきたか。それを考えれば、これは画期的なことだとも言える。王弟殿下は王の懐刀であり、軍事の才能が豊かだという。そのような唯一無二のお方を、他ならぬ辺境の地に遣わしたということになる」
「なるほど……だから、砦の中も盛り上がっていると」
「ああ。既に、王弟殿下の指揮する部隊がいくつかの村を奪還したという噂も出回っている。これまで開戦以来、散々奪われ続けて来たこの南西の地で。分かるか?」
「反撃の狼煙、その象徴たる殿下……」
「いかにも。浮き足立つのも分かろう? 現実には、鬼人族のチンケな反逆にすら手を焼き、公国に良いようにやられているのは変わらないのだがな」
バリルはため息を吐いた。
なるほど、このヒトは他の連中と同じようには楽観できていないらしい。
そして、皆が大戦争の行方に注目している中、辺境で部族の襲撃を警戒するという地味な役割を担っていると。
「いかんな、愚痴っぽくなってしまった。とにかく、南西軍の連中はともかく、私は貴殿の功績を軽んじてはいないし、感謝もしているということだ」
「それは、どうも?」
「金銭報酬については、依頼主に私からも色を付けるように言ってある。そちらの話はそちらに任せるとして……貴殿のことは話を聞いた」
「話?」
「軍籍の者のヒト探しをしているのだろう?」
「ああ、ああ」
「エモンド商会の依頼らしいな。アアウィンダとかいう、傍流のお嬢様だそうだが?」
「その通り」
どこまで調べてるんだ、こいつは。
そう思うが、調べられてしまったことは仕方ない。堂々と肯定する。
「所在までは掴めなかったが、アアウィンダ宛の命令があることは分かった」
「それも調べてくれたので?」
「ああ。アアウィンダ曹長は、南方への転属が命じられている。つまり、その命令が出るまでは生きていた。そして、今も生きていれば、南に向かったはずだ」
南方、だと?
ここは分断山脈のふもと。
キュレス帝国全体の中では「南西」と呼ばれる地方だが、南西の中では北端に位置する。
もともとは北西で戦っているという情報だったが、そこから転戦して南に向かった、ということになるか。
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