第128話 戦争
そうだなあ……とりあえずは、キスティ自身のジョブについて改めて訊いておこう。
「キスティは自分のジョブのスキルについてどの程度把握している?」
「私のスキルか? 『狂化』は、理性が飛ぶというほどではないが……細かなことが考えられないような、ふわふわした感じになる。でも、身体がとっても軽くなって気持ち良いぞ!」
「気持ち良いって、脳内麻薬でも出てるのかね?」
「脳内麻薬?」
「いや、何でもない。しかし使いどころが難しいスキルだよな。戦争中、というかその前も狩りとかで使えていたのか?」
「うむ。周りにサポートしてくれる人員がいたのでな」
そうか。
現状、純粋な前衛がキスティしかいないのでは、やはり使いにくいな。
防御魔法でフォローできる分、俺が何とかすれば良いのかもしれないが。
「『意思抵抗』はどうだ?」
「……やはり、主が隷属者のスキルが分かるという話は真であった、か」
「なんだ? 疑っていたのか?」
「いや。『意思抵抗』は『狂戦士』でも珍しいスキルのようでな。あてずっぽうで当てることはできないからな」
「そうか。それで?」
「これは、私が抵抗しようと思った限り、あらゆる精神的な負担が軽減する、といった性質のものらしい」
「ふぅむ」
「マイナスの点として私が抵抗しようと思わないとならないということだな」
「……そういえばお前、ジンの仲間の精神スキルにあっさりハマってたな」
「誠に面目ない限り!」
「力強く言われてもな……」
精神系スキルに対するアンチスキルにはならないか。
「威圧」みたいな、敵意がはっきりと分かるスキルには強いのかもしれない。
「そういえばキスティ、『狂戦士』になったのはどういう経緯なんだ? 派生職なんだろ」
「ああ。まあ、生まれから派生職という者も少なくはないが……私の場合は『戦士』からの転職だな」
「ほう」
「『戦士』がレベル20になったころ、出てきてな。選択した」
「極端なジョブだが、他のにしようとは思わなかった?」
「いや。不思議と、これだと思ったな。もともと激しく攻撃していくスタイルの戦士で通っていたからな」
まあ、そうだな。
『狂化』を使わなくても、戦闘狂気味なキスティにはぴったりのジョブであろうよ。こんな美人が戦闘狂とは、世の中なんとも妙な運命があるものだ。
「戦争で戦っていたと聞いたが、詳しく聞いても?」
「うむ。なんだ? 主も男だな。戦争に興味が?」
「いや、そっちはそれほどでも。だが、キスティがどういうスタイルで戦っていたのかはヒントになりそうだし、教養程度には周辺情勢も学習しないと、な」
「どういうスタイルでって、私は今とそう変わらんぞ。いや、最近は私にしては考えながら戦っているのかも?」
「装備はどんなのだったんだ?」
「さすがに装備はもう少し、充実していたな。黒獣の革金鎧に、翡翠の剣を所持していた」
「……翡翠の剣って強いのか?」
「正確には、翡翠色の剣だな。特殊な鉱石を加工していてな、とにかく頑丈なんだ」
「へぇ……。それに比べたら、今は安物のロングソードだもんな」
「なに、しっかりした鉄剣だ。これとて業物よ」
武器はそこまで拘らない質らしい。ただのロングソードでも銀貨10枚以上かかるのだ。高級品の気配がする翡翠の剣? とやらがいくらするのか、分かったものではない。
「というか、戦士家って儲かるのか? 高価な武具が買えるほど」
「ううむ、そこは家次第だな。だが、戦士家であれば食い詰めてでも、武器は良い物を拵えると思うぞ」
武士は食えねど高楊枝ってやつか。
いや、この場合、魔物退治があるから、武具はどこまでも実用品だ。
ちょっと違うか。
「ふむ。それで、戦争ってのはどうだったんだ? 案外、ちゃんと聞いたことなかったような気がするが……全体の推移とか、キスティの部隊の活躍とか」
「推移か? そうだなあ、大まかな動きは私でも分かるが。きっかけは、デラード家の独立だな」
「独立が先か」
「まあ、その前から小競り合いはあったが、今回の戦争という意味では1つの大きな転機が、その時だ」
「独立したデラード家が、戦争を仕掛けた?」
「いや、逆だろうな。今まで、強力で狡猾なアルフリード家が国境を封鎖してきた。しかし、そこから国境地帯だけが分離し……小さな貴族家が生まれた。当然、ピサ三家はこれを好機と捉えた」
「……ピサ三家?」
「そこからか、主。まあ、我が主であったロンピサ家の他に、同じような家が2つあってな。合わせて『ピサ三家』と呼称されている。アルフリード家に長い間対峙してきた、ズレシオン側の国境貴族がこのピサ三家だと思えば良いぞ」
「なるほど。そっちは1つにまとまっていないんだな」
「まあ、そうだな。それでもピサ三家はそれなりに結束していてな。いざ国境紛争となれば、お互いに援軍を送って助け合いをしてきた」
「それで、今回は協力して、弱そうなデラード家を攻撃した?」
「そのようなものだ。ピサ三家は、まあ総力で言えば、3千くらいは動員できるほどの底力がある。デラード家は、もともと傭兵団であることやアルフリード家からの支援を合わせても、せいぜい千人いないくらいだろうと予測された」
「しかし、実際はそうではなかったオチか?」
「いや、予想は正しかった。……と、思う。実際動いた兵力からすると、ピサ三家の半分以下だったようだからな」
「は? それで……負けたのか、ピサ家ってのは」
「……耳の痛い話だながなあ。新興貴族といっても、もともとアルフリード家に雇われてピサ三家と戦ってきた歴戦の指揮官だ。弱点も知り尽くしていたのだろうな」
「弱点?」
「単純なことだ。いくら協力しようと、ピサ三家は3つの勢力。兵力は常に3分されている。そこから、援軍として集められて、やっと連合軍になる」
「各個撃破か」
「言うは易し、だがな。随分とうまくしてやられたらしい」
「キスティは勝ってたようなことを言っていたな?」
「いや、確かに何度も敵の部隊を撃退したが。思えばあれも、陽動の類だったろうしな。負けた気はせんが、勝ったとも言えんな」
各地でゲリラ攻撃を繰り広げて戦士団を張り付け。兵力差を埋めたのかもしれない。
元傭兵貴族と聞いていたが、なかなかか頭の回る御仁のようだ。
「我等の仕掛けた戦ゆえ、劣勢となってもなかなか他家に救援を募ることも難しくて、なあ。さんざんに振り回された挙句、痺れを切らせて決戦に及んだところで、見事に撃破された、と。知っているところは大体こんな所だな!」
「決戦ってのは、どの程度のものなんだ?」
「数か? 数は、5,6百くらいじゃないかな、両方。いや、ピサ三家の方が多かったらしいから、どうかな? 500対800くらいだったかもしれんな。分からんが」
「その辺の情報は伝わっていないのか」
「何となく、しかな。全体の兵力から考えると、500程度の陽動部隊が、ピサ三家の2000以上を拘束していたわけだ。勝てん訳だ」
「……ん? しかし、それじゃ。決戦後も2000以上の兵力が残っているわけだろう。反撃しないのか」
「そうだな、まさにそうだ。だが、ピサ三家のうち主力部隊は800の中にあり、これが半分以上死んだり捕虜に下ったりした。残りの2000のうち、半数以上が徴募兵や臨時傭兵。つまり“本職”じゃない数合わせだ」
「このまま続けていても、勝てる見込みがないから停戦したのか」
「事実はもうちょっと残念でな。それでも、2000も居ればまだ敵の倍はいる。何とかならないか、としばらく数を集めては、負け続けた」
「……」
退き時を失って、ずるずると負け戦を続けてしまったと。
そうか。だから、港都市にいたころに「デラード家が強くて連戦連勝」みたいな噂になっていたのか。
「そして最終的には、ロンピサ家の領都を失い、そこで戦意が挫けたらしい」
う~ん。
どうだろうな、また雪辱を晴らすために戦争を仕掛けそうな感じもするが、そこまでやられたら厭戦気分になってもいそうだが。
「また戦になると思うか?」
「流石に負け過ぎたからな、しばらくはないと思うが。負け過ぎたからこそ、王家が動くかもしれん。そうなれば分からないか」
読めないなあ。
ズレシオンに抜けるのは危険かもしれないが、もう少し西にあるという国に行くのであれば、この紛争地帯を回避することも可能か。
他の国かあ~。
「他の国に行くときって、何か手続きが必要か?」
「うん? 主は個人傭兵で、定住民でも市民でもないのだろう?」
「そうだが」
「なら、そこまで厳しくはないと思うが。ズレシオンに抜けるのは少し運に左右されるが、他の国ならば大丈夫じゃないか?」
「そうなのか?」
「ああ。私はそこまで詳しくはないが、流民であれば手続きという手続きはないな。だが関で金はとられるぞ。国から出るやつからいくら絞っても、痛くないからな」
「なるほど……」
関を通らず出ることは可能なんだろうか。罪になるならあまりやりたくはないが。
その辺の説明を求めてみる。
「うう~ん、その地を治める貴族家や、戦士家の方針次第かな。特に禁止していないなら、罰にはならんが……関というのは、通りやすい場所にあるものであってな?」
「ふむ?」
「関を通らずに国境を抜けようとすると、ひどく悪路を行くことになるぞ。道ですらない山地を何日も歩くことになるかもしれん。なにせ、国境を跨ぐのだからな。関のある道以外を拓く必要性も、権利もないわけだ。貴族からすると」
そりゃ~そうだ。
つまり金を払って整備された街道で出国するか、苦労して関のない大自然を通って他国にいくか。
「まあ、この辺りでズレシオン以外といえば、サラーフィー王国だろう? あそこは関という関はない。他の国と比べたら、入りやすかろうな」
「……そうなのか?」
「もともと緩衝地帯ゆえな」
緩衝地帯。
つまり、三大王国とされるキュレス王国とズレシオン王国の、国境線を広くしないために放置されている存在がサラーフィー王国ということらしい。
国土自体は、三大王国と比べれば狭いが、他の小国と比べれば大きい。
しかし、国土のほとんどが荒地や砂漠、山地であり、人口はまばら。
動員兵力という意味では、国を挙げてもこの戦争前の「ピサ三家に劣る」と言われていたらしい。つまり三千未満。国家体制も貧弱で、王家はあるものの統率しきれておらず、部族主義的な支配者も存在するとか。
「部族主義ってなんだ? 当然のように話に入ってきたが」
「部族主義はなぁ、ふむ、説明しようとすると厄介だが」
「要は行き過ぎた血統主義です、ご主人様」
サーシャペディアがフォローしてくれた。
血統主義、ねぇ。王国とかやっている時点で血統主義なんじゃないの。
「三大王国はいずれも、帝国の後継を自称している。教会とも仲が良い。だからな、例えば私が『人間族こそが優れた種族であり、その他の種族は奴隷となるべき』なんて本気で言い出したら、まあ、捕まるかもしれない」
「ふむ?」
「だが、それをやっているのが部族主義だ。何も、他種族を見下している部族ばかりではないらしいが」
つまり部族主義ってのは、血族の結束によって運営されている、まあよくあるパターンの集団のことをいうのか。
この危険な世界だ。三大王国のような巨大な勢力でもなければ、自然と血族でまとまり、部族主義になるのも道理なような……いや? だからこそ……か。
ヒトは、共通点を見付けてはツルむ、社会的な動物だ。だから普通は部族主義になっていく。それを退ける程の力を持っているのが「帝国の後継」というわけか。
「まあ、部族はいいや。あまり興味ないし」
「ヒトの少ない地域に行くと、部族が支配している地域は割とあるぞ。世界を旅するなら、そのうち会うことになると思う」
「う~ん、そうか」
……保留!
今、会っても居ない集団のことを考えてもムダだ。
サラーフィー王国に行くなら、そういう部族っぽい集団がいるということだけ覚えておこう。
「そういえば他国と言えば。ここら辺は人間族が多いが、ズレシオンはどうだったんだ?」
「ズレシオンは人間族が3割、いや4割くらいかな。こっち、キュレス王国よりは少ないが、まあ多数ではあるな。キュレス王国は半数以上が人間族だと聞いているが」
「その通りですよ、キスティ」
キスティの問いかけに肯定するサーシャ先生。
そうか、異種族にもすっかり慣れた気がしていてが、まだ人間族が半分以上というイージーモードであったか。
まあその「人間族」に人間らしくない見た目のものも混ざっているのだから難しいところだ。
「人間族が少ない国もあるのか?」
「そりゃあ、あるんじゃないか? 東の海の国などは、魚人系がほとんどらしいし」
「東か……海を渡るのは想定外だった」
西のサラーフィー王国じゃなく、海を渡る選択肢も無きにしもあらず。
……う~ん。
「海を渡りたいのであれば、一度北へ行くべきだろうな」
「北に?」
「オーグリ・キュレス港からなら、大海を渡るほどの船も出ているだろう」
「あそこかい!」
また戻るのも、まあ悪くはないが。
でもこのまま北にトンボ返りは、ちょっとな。
やっぱり、国境地帯を回った後は西に行って、可能ならサラーフィー王国にでも入国するか。
緩衝地帯なら、戦争に巻き込まれることもないだろうし。
「最後にこれも訊いておこうかな」
「何だ?」
「キスティは戦士家の生まれで、そこそこ強い奴も見て来たんだろう? 俺の強さはぶっちゃけ、どのくらいだ?」
キスティは珍しく、歯切れ悪く唸るように考えている。
「どうした?」
「う~、む。むむ~っ、主は正直、分からん」
「なに?」
「私の見て来た強者と、主はなにかが違う」
「どういうことだ?」
「上手く説明できんから、こうして考えて唸っている」
「ええ……?」
「そう、だな。主は、よく考えて動いている。そんなイメージだ」
「そりゃ、光栄な評価だ、な?」
「む~、そうではない、というかなんというか。私の知る強者は皆、どこか狂気があったのだ」
「狂気、か」
「ああ。戦争で、死なない立ち回りというものを前にも聞かれたか? それに対する、私なりの答えがそれだな。不思議なものだが、戦争では死なないように立ち回ろうとする者より、敵より少し強く踏み出す。自分の命が刈られる前に、目の前の頭をカチ割る。そんな戦いをする方が生き残れるのだ。もちろん、それでいて囲まれないような立ち回りは必要だろうが」
「うう~む?」
「要は、何というかな。迷いがない。最初から命を捨てている。そんなやつが“強い”んだ」
「俺は違う、と」
「ああ。主は、常に何かを考えている。魔法も防御魔法だけ突出した技術だ。死にたくない、死んでたまるか、そんなように見える戦い方と感じる」
「……ふむ」
そうかもなあ。
1年前までは、平和な国家でヌクヌクとニートを謳歌していた男だ。
異世界に来てそれなりに楽しく、しかし厳しく冒険をしている身としては、死にたくねぇ……となるのもむべなるかな。
うーむ、やはり国外行くか。死ぬまでに異世界を1か国しか観光しないのは損な気がしてきたぞ。
「だからな、正直主は私には測り切れない。だが、純粋な剣術、身のこなし、あるいは魔力量……魔法剣士という括りで言えば、一端の戦士となろう」
「戦士団のベテランと比べてどうだ?」
「うう~む、戦士団で戦い抜いてきたベテランは、身のこなしもスキルの活かし方も年季が入っていてな。相性次第だが、主でもあっさりやられるかも知れん。だが、相性が良ければ良い勝負するだろうな」
相性が良くて、良い勝負か。
やはり戦士団のベテランクラスには届かないらしい。
まあ、戦士団のベテランって、あのトラーブトスとか、センカとかより更に経験を積んでいるはずだからな。
弱いはずはない。ただ、俺には初見殺しの技が多いから、まともに戦わなければ相手できるかもしれない。
まあ、地力の方は地道に鍛錬して、実戦も積み重ねて磨いていく他ない。
焦らず進もう。せっかくの世界だ。目一杯、楽しもうじゃないか。
「…こんなところかな?」
「ふむ。もう良いのか? まあ、また何かあれば訊いてくれ!」
「ああ。頼りにしているぞ」
キスティは晴れるような笑顔で頷いた。
単純でおっさんぽい所はあるけど、キスティの明るさは既に手放し難い。
今の所、サーシャやアカーネと馬が合わないところもないようだし。
身分が高いだけに、サーシャのような根っからの街娘に仕切られることがどうなんだろうと心配もしたものだが。
キスティはおおらかなので、素直にサーシャを盛り立ててくれている。
「さて、今日はもう夕飯でも食って、寝るか」
「ご主人様、行商が気になる食材を売っていたのですが」
「…いつの間に」
サーシャがウキウキと肉の塊を取り出すので、急いで食事準備に取りかかる。火つけ役はもちろん、俺の火魔法である。うおぉん。俺は火力発電所だ!(本来の意味で)
謎肉はここから南西にあるという砂漠の国に生息するウマのお肉でした。
なーんだ、ウマか、とは思うが、この世界のウマだからな…。実はどんな生物なのか見当もつかん。
***************************
「お前のパーティには今後、先遣の役割も任せたい」
次の街に向けて出発準備に入る中、ユシにそう言われた俺は疑問符を浮かべる。
「どういうことだ?」
「通常、うちの商隊が進む場合は先に斥候を派遣し、安全を確認する」
「まあ、そうだろう」
「宿場町に入るような場合も、先に行って異常がないか確かめる役割や、迎え入れの準備を行う役割を担っている部隊がある」
「ああ」
「それをやって欲しいのだ」
ふむ。
「何故そのような役割が俺に?」
「まあ、今商隊は人手不足なのは分かろう。で、以前より斥候の真似事をして手伝っていたと聞いたゆえ」
「ああ、まあ、していたな」
本当に手伝いの範囲だったが、索敵スキルの練習になっていたし。
「本格的な斥候役は荷が重くとも、先行して様子を見る程度ならば問題なかろう。幸い、パーティとしての戦闘力、対応力もあると確認できたしな」
「なるほど。その役割を受けた場合、報酬は?」
「……うむ。金のこととなるとしっかり考えるな」
そりゃあね。
現在の契約は、日ごとに銀貨2枚。従者の分も含めている。加えて、戦闘や補助で活躍すると都度ボーナスが支給される。補助の分などは、最後にまとめて渡されるようだが。
テーバの金貨仕事と比べると渋いが、何もなくても銀貨2枚で、毎日食糧も支給されているから、まあ、条件としてはなかなかだ。
ただ、追加で仕事があるのならきっちり請求する所存。
「報酬は、1回ごとに日給を銀貨1枚増やす予定だ。どうだ?」
「銀貨1枚か……渋い気もするが」
「おいおい、先遣で出たら、その分自由にできる時間も増える。それで金が増えるのだから贅沢を言うでない」
「まあ、いいでしょ」
これも斥候スキルの練習か。
『隠密』でも付けて、レベル上げに勤しむか。
「決まりだな、頼みたいときはまた声を掛ける」
「承知」
ただ、すぐというわけではなかったらしい。
やり取りから1週間ほどは、特に声も掛からずに経過していった。
1週間ほど南下したところで、関門を通過した。
これで、治安の悪いフェンダ地方を抜けてハンカシエナ地方に辿り着いたらしい。
この地方のほとんどの領地を治めるのが、アルフリード家という貴族家だ。
アルフリード家領の領都は北東にある。つまり、北から入るとすぐに領都を目指すことができる。ジシィラも当然そうするとか。そしてその後南下するのだが、ここで真っ直ぐ進むのではなく、何か所か寄り道をしながら進むことになる。
商人なのだから、商売をしながら国境を目指すというわけだ。
領境まで行った後は、くねくねしつつ国境貴族の領都を目指す。主だった傭兵を集めてユシが説明してくれたので、間違いはない。
この国境貴族が最大の金蔓になるらしく、途中くねくねと寄り道をするのは、最新の情勢を情報収集をしつつ謁見に備える意味合いもあるのではないかとは、サーシャの推測だ。
領境からハンカシエナ地方に入って数日、一行はアルフリード家領の領都、マンセナに辿り着いた。
***************************
「なかなか栄えてるようだなあ?」
マンセナは、大きな河川沿いに建てられた要塞のような都市であった。
商隊は北西から街道を通って北口に到着したわけだが、川が流れているのは都市の南側。
南西から東の海に向かって大河が流れているわけだ。
いくつもの城壁が継ぎ足し拡張していったテーバ地方領都タラレスキンドよりは、荘厳な城壁に守られたオーグリ・キュレス港に近い。ただ、溢れ出たような城壁外の貧民地区はなく、代わりに周辺にいくつも柵に囲まれた土地がある。
あの柵は、主に農地を囲っているもののようだ。
こちらからは見えないが、反対側の南の河上には、いくつも船が並んでいるらしい。
戦争でキュレス王国が劣勢な時代も、この大河を利用した護りと輸送能力のおかげで、外敵の侵攻を食い止めてきたという軍事的要衝でもあるらしい。現在では大河の南にも広い領地を持っており、更に南は現在の国境貴族であるデラード家が興っている。
だが、軍事拠点としての使命が失われたわけではない。
現在でも南の護りとして機能するように、他領の都市と比べても防備に大いに力を入れているということだ。
基本的には南の小競り合いに干渉しない王家であるが、マンセナが陥落しそうになったら介入するであろうというのが関係各家の見立てらしい。
もちろん、キスティの知識なので正しいのか、確かではない。
「ピサのお殿様方の悲願は、この都市を攻め落とすことらしい。いやはやーっ、北側から入るのは新鮮だな」
キスティは楽しそうに言う。
考えようによっては、自分が戦っていた敵の親玉のようなもんだが。
特に思うところはなさそうだな。
「ん? どうした主」
「いや。この辺から、キスティが戦った相手の戦士とかと出会うこともあるかと思ってな」
「なんだ、そんなことを心配していたのか? なに、戦が終われば恨みなどない」
「いや、キスティがそうでも、相手がどう思うか分からないだろう……」
戦争でもそこそこ暴れたようだし。
キスティの狂戦士っぷりに巻き込まれた、相手のお偉いさんが居てもおかしなことではない。
「そのときはそのときだ! ……そういえば、護衛が終わればどうするのだ? 連合王国の方に行くのか?」
「いや……南に行くことはあまり考えていない。この辺で魔物狩りの仕事を探すか、場合によっては、西の方の王国でも見に行くつもりだ」
「ふむ、そうか……」
キスティの親族とかに出くわしても面倒臭いしね。
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