第86話 燃える石
アカーネを引き連れて意気揚々と馬車を降りると、直立で腕を組んだテエワラが待っていた。その表情は明らかに不満そうな色を含んでいる。
「あんた、まさか本当に奴隷を買っちまったのかい」
「……怒ってるのか?」
テエワラはしばらくじっとヨーヨーを睨んだ後、後ろのアカーネを一瞥して、ため息を吐いた。
「しかもそんなに若い子をね……。でも、そうだね。ダメだと言ったところで、あたしが奴隷になった子を養ってやれるわけじゃあない。愉快ではないけどさ、文句を言う筋じゃないね」
「そうだな」
「あんたは……まったく。これだけは言っておくよ。できる限りで良い、大事にするんだよ」
「ああ……そうだな」
テエワラは奴隷に思うところがあるらしい。もしかしたら、ひどい扱いを受けている奴隷を見たことがあるんだろうか。自分のサーシャに対する扱いが一般的な奴隷と比べてどうなのか、良く分からないから何とも言えない。
「そういえば、テンバスさんたちはどっちに向かっていたんだ? 行き先が同じなら、一緒に行った方が楽か」
「いや、フィリセリアからこっちに向かってきた形らしいよ。だからここでお別れって話だね」
「そうなのか」
魔物に襲われたばかりだし、護衛料とか巻き上げられないかなぁと思ったけど、そう美味い話もないか。残念だが、本来の依頼のために先を急ぐとしようか。
「じゃあ皆さん、またどこかで」
テンバスは馬車から半身を乗り出すようにしてこちらに手を振り、出発した。
テエワラのお節介で、バリケードにしていた荷物をばらして積み込むのを手伝ったりしてから、こちらが見送る形になった。奴隷が乗っていなかった小さな方の馬車には、護衛達が乗り込んでいた。
あの寡黙な護衛たちは、テンバスの戦闘奴隷であるらしい。この魔物だらけの世界を歩き回る零細商人にとっては一番の商売道具であり、財産であると自慢していた。
装備もチェインメイルで統一されており、防具としては俺たちよりもよっぽど良い物を着ていた。あまり粗略な扱いはされていないようだ。
「さて、先に進もう」
そして陽が沈むころには、目的の小さな街、フィリセリアへと到着した。
着いたのが夜ということで依頼人を探すことはせず、とりあえず宿で一泊という形になった。
テエワラは村の酒場に顔を出して情報収集をしてくれたようだが、依頼人はいなかったとの事。
俺は早々に宿の部屋に引っ込んで、少しでも疲れを癒すことにした。
サーシャはいつも通り気配を消して後ろに付いてきてくれるのだが、アカーネはきょろきょろと挙動不審になりながら、引き離されそうになると慌てて小走りで追いかけて来るといった感じである。
部屋に入ると早速、アカーネをベッドに座らせてインタビュー態勢に入る。
「これからアカーネも仲間になるわけだけど。色々聞いておいた方がいいかな?」
「ええ、そうですね。奴隷教育を受けていないということですから、どういう認識なのかというところから知っておきたい気がします」
「よ、よろしく、です……」
アカーネは蛇(サーシャ)に睨まれたカエルという感じで、俯いてあわあわしている。
小動物的にかわいいが、ちょっとは落ち着いてほしい。
「あー、サーシャのときは色々スルーしたから、どこまで訊いたもんかね。出身の村とか訊くのはダメか?」
「大丈夫なのでは? 私も訊かれたら答えますし。でも、知らないと思いますよ?」
一応聞いてみたが、たしかに全然知らない地名だったので耳に残らない。というかスラーゲー出身ではなかったんですね、サーシャさん。
「わ、わたしはエインセリアで生まれて……お父さんとお母さんがいなくなって、おじいちゃんが死んでからガリセリアっていう……村?で暮らしていました」
「ガリセリア」
「本当に小さな村……街なのかもしれないです。そこに、親戚がいて……でも、あんまり良くは思われてなくて」
「なるほど、邪険にされて奴隷のパターンですか」
そういうパターンがあるのか。
と、いうかだ。
「サーシャ、確か隷属契約がどうのと説明していたよな」
「はい」
「そのときちょっと疑問だったのだが、奴隷って強制的に落とされるもの、ではないのか」
「いえ、違いますよ?」
サーシャがややきょとんとしながら答えた。また出たな、これたぶん「流石に常識だと思ったから言わなかった」ってやつか。たまにあるよね。
「基本から説明してくれ」
「はい。えと、隷属契約のスキルを持っていても、本人の意思を無視して隷属させることはできません。基本的に、本人の同意が必要ということになります。さらに王国法が隷属させてよい場合を列挙していまして、そうした理由なく隷属させると犯罪となるそうです」
「……なるほど」
「逆に、一定の場合に本人が正当な理由なく隷属に同意しない場合、最悪それ自体が犯罪となり処刑されることもあります」
「ほう、そこでバランスを取っているわけか」
「うまくスキルを活かして社会を安定させるために、先人の知恵というやつですね。ですから、本当に自由な意思であったかはともかく、奴隷となった者は、自ら同意していることになります」
「隷属させてよい場合というのは、借金と犯罪か?」
「そうです、もっと細かいものもありますが、基本的にはその2つが中心となる柱です」
サーシャを買ってから、多少勉強している奴隷法にそれっぽい記述があったかなぁ。なるほど、そういう制度設計になっていたのか。
「私の場合は借金。たぶんアカーネさんの理由もそうでは?」
「い、いちおう……。わ、わたしは良く分からない……んですけど。おばさんがお父さんたちや、おじいちゃんの借金を肩代わりしてるとか、何とかって……」
「微妙なケースですね。本当にアカーネさんが負うべき借金が相続されていて、それ故に隷属契約となったのか。単に対価となる金銭を借金という形にして、アカーネさんの契約が物納となったのか」
「まあ細かい話はいい。要はアカーネのいた家が家計が苦しくなって契約したという話だろう? アカーネ自身は納得していたのか?」
なんでこんな話をしているんだろう。納得していないと言われたら気まずいし、それで解放するってつもりもないのだが。なんか乗りかかった船といいますか。
「困窮、はしていたのかもしれないけど……。スープの具がずっとなかった、ですし。でも、だからというよりは、あの家にいること自体が辛くって」
「ほう?」
「おばさんはわたしのこと、嫌いだし。おじさんは無関心で、子供たちはいじめてくるし。魔道具作りの道具も、どこかに隠されて、魔石は取り上げられちゃったし……」
やばい。話しながら思い出したのか、どんどん涙声になってる。謎の罪悪感に襲われる。
宥めながら聞いたところによると、家族がいなくなって頼った親戚家で辛く当たられたらしく、味方もいない状況で大変であったと。生きがいであり祖父の形見でもあった魔道具関係のものは金に換えられたり、いじめ半分で隠されて失くしてしまったと。
そこで奴隷商のおじさんが来たときに話をして、隷属契約をしてもらったらしい。
日本生まれの俺からするとピンとこないというか、騙されていないかというか。なんか犯罪臭のする話なのだが、この世界ではままあることらしい。
何らかの理由で自分の力で食っていけなくなった者が、かかりつけ?の奴隷商を訪ねて保護してもらうというのは。
「でも良くは知らないが、奴隷になって鉱山労働とかに送られたら前以上に苦しい生活が待っているんじゃないのか」
「ええ、ですから一種の賭けですね。借金の額と、法で定められた奴隷としての見込み額の差が大きければ、隷属契約に際して条件を付けることもできます。それこそ、戦闘奴隷の場合は拒否するとかですね」
「ああー、なるほど。色々条件が付いている奴隷は見たな」
「はい。これは奴隷商人が隷属魔法を使う際に、必ず説明されるはずです。聞きましたか?」
サーシャがアカーネを見て尋ねる。
「あ、はい。でも条件付けると、却って売れなくて大変なところに売られることがあるからって、やめといたんだけど……」
「それも1つの選択ではありますね」
そういう「望まない契約」を回避するテクとして確実なのが、「自分が望まない相手から買われることを拒否することができる」という条件を設定することらしい。それなりに高く売れる場合でないと、なかなか設定できないらしいが。
いや、そんな奴隷サイドからの戦略はいいんだ。
「ん? そういえば、アカーネのジョブのことをあの商人は知らない感じだったな。言わなかったのか? 知られている方が高く売りこめそうだが」
「ま、魔具作りはバカのやることだって、おばさんいっつも……言ってて……。だから、言わない方がいいのかなって……」
「ふぅん……」
「おばさんが商人に言わなかったのですか?」
サーシャが突っ込む。
「え、うん、多分……」
「本当に知らなかったか、安く売られることで腹いせをしたか。ですかねぇ。まぁ、売る側から言わなければ商人サイドはあえて聞かないケースも多いです。面倒な手続きをしたくないから、そういうのは街の商館に丸投げするわけですね……」
うむ。そうなのか……。
「えーと、で、だ。結局アカーネはどうすべきだろうね? サーシャから見て、何か教育が必要?」
「そうですねぇ……とりあえず、奴隷自身に関わる法のことや、逃亡奴隷の処遇についてなど基本的なことは教えなきゃいけませんね。誰かに聞きましたか?」
「い、いえ……商館? に着いたら教育を受けるからって」
「そうでしょうね。やはり、教育すべきことはありそうです」
「分かった。じゃ、それはサーシャに任せよう。……ところで逃亡奴隷の処遇って?」
逃げるの? 今サーシャに逃げられたら泣くよ?
「ああ、それは……逃亡奴隷のリスクとか、現実と言った方がいいかもしれませんね。前にも言いましたが、隷属魔法にはそこまで強力な強制がなかったりしますから、うまくやれば逃げることができてしまいます。しかし、主人の後ろ盾のない奴隷というものは非常に肩身が狭く、なかなか一人で生きていくことはできません。そこらへんの話ですね」
「そ、そうか。なんか安心した」
「しかし、同時に主人が条件違反を犯したり、奴隷の衣食住を十分に保障しなかったような場合は、逃亡しても訴え出ることで保護されることがあります。その知識もですね」
「そ、そうだったな?」
「くれぐれも気を付けてくださいね」
はい。
「あ、あのう……」
「ん?」
ベッド前に並んで立ち、掛け合いを始めた俺とサーシャに、ベッドにちょこんと座ったままのアカーネが遠慮がちな声をあげる。
「ボク……わ、ワタシの仕事は魔道具を直すことでいいの……ですか?」
「……おう、それもやってもらいたいがな。多少は戦闘というか、護身できるようになってもらいたいのだが」
だが。そんなことより。大事なことが。
ボクっ娘かこいつ!?
「そ、そう……なんですか。やったことがあるのは、短剣術くらい……かな?」
「短剣か。護身としては丁度いいな。とりえあず俺の黒色短剣を貸してやるから、腰に差しておけ」
「は、はい」
カッコいいけどそこまで出番のない、俺の黒色短剣を手渡してやる。脳内のボクっ娘フィーバーはクールに表に出さない。
「……ご主人様、何故ニヤニヤなさっているのですか? 少し気持ちが悪いですよ」
クールな態度で気持ち悪い顔をしていたらしい。失敗、失敗。
「俺の爽やかな笑顔についてはツッコんでくれるな。それでアカーネ、話しにくかったら、無理に硬い言葉でしゃべらなくていいぞ」
「いいの? ……ですか?」
「それだよ」
軽く失笑してしまった。無理な丁寧語がみえみえなのである。
「ご主人様、立場をはっきりするためにも、最低限の言葉遣いは必要です。アカーネ、ですが、たしかに妙なしゃべり方をされるよりもある程度なら自分の言葉でしゃべってくれた方が良いですね。そこも多少教育していきましょう」
「は、はい。よろしく、です」
それから逆に、俺とサーシャの自己紹介とパーティとしての役割なんかを説明した。
水球を浮かべて部屋をグルグルと周回させてやったときは、目を輝かせてそれを見ていた。魔法は割と好きらしい。
すぐ隣の部屋にはテエワラがいるし、一応仕事中ということでイチャイチャはしない。奴隷教育もサーシャが今後やってくれるので任せる。
今日の余った時間はアカーネの能力、というか魔道具作りについて色々訊いてみる。
アカーネのスキルである「魔力感知」「魔導術」「術式付与Ⅰ」あたりは魔道具作りのために必要なスキルであり、これらを「魔力路形成補助」でサポートすることで、ごく簡単な魔道具を作ることができるらしい。
簡単に言えば、魔力感知を前提として「魔導術」で回路を作り、「術式付与」でそれを物に固定するような関係っぽい。そうして物に回路を作ることができれば、そこに魔力を流すことで一定の結果が生じる。……ここまで理解するだけでだいぶ時間を要した。
大事なのは、今現在のアカーネの能力で何ができるか、だ。
「魔導回路も術式付与も、なんでもできるってわけじゃない、んです。それに必要な魔石や素材があったりするし。おじいちゃんの手伝いをしているときも、術式付与なんかはやらせてもらえなかったし……」
「材料が必要だし、知識も必要ってことか」
「うん。もちろん、技術も。簡単な回路なら、ボクでも点検とか手入れくらいなら、できると思うけど」
魔道具のこととなるとやや多弁になり、ナチュラルにボクっ娘になってしまっているが気にしない。サーシャが怪訝な表情でこちらを見ていたので、ちょっとニヤついてしまったかもしれないが、許容範囲内だ。
「1から魔道具を作るのは無理ということか?」
「ううん。すごく、すごく簡単なものなら作れるよ。それこそ、魔石をそのまま加工する使い捨てのものなら道具さえあれば!」
「道具?」
「あ……そうです」
自分が勢い込んで口調が崩れていることに気付いたのだろう、目に見えてオドオドしだす。一々忙しない奴だな。
「それは、普通の街で買えるものか?」
「大きな街ならあると思う……ます。でも、安くても半金貨くらいする……かも」
「げっ」
現在、所持金が残り半金貨1枚と銀貨4枚。あと小銭がじゃらじゃらと。アカーネに金貨を散在して、このうえ半金貨もする道具を買ってしまうと完全に危険水域だ。余裕が出来たと思って余裕を見せていたらまた金がないですよ。どうなってんだ、全く。
「ごめんなさい……」
「いやいや、気にするな。出せないことはない金額だし、魔道具を作れるってのは傭兵として、魔物狩りとして大きな強みだ。必要な投資ってことだ」
「うん……」
「魔道具作るの、好きか?」
「うんっ。あ、はい!」
「なら早めに道具は揃えたいな」
今ちょうど、すっからかんになれば買える計算だから、持ち金がないと思っておこう。今回の任務ではあまり儲からないので、帰ってから金策だな。と、いってもいつも通り、魔物狩りを続けるしかないわけだが。
いや、普通に忘れそうになってた。
闘技大会があるじゃない。もう参加費は払ったし、勝てば勝つほど収入アップになる。
やるっきゃあるまい。目指せ3回戦くらい突破。優勝は流石に無理だ。
「道具が揃ったとして、魔石で何が作れるんだ?」
「うーん……たとえば、火属性の魔石があれば燃える石みたいなものが作れる……ます」
「燃える石? 火力はどのくらいだ?」
「魔石の質次第……かな。一瞬で燃え上がるようにすれば、小さな魔石でも牽制にはなると思う」
「へぇ……燃える石は実際に作ったことはありそうだな」
「うん。小さい頃は炉に入れるクズ魔石とかを分けてもらって、よく練習していたから。一応、職人さん達からは筋が良いって言われていました」
やり方次第では使えそうだな。問題は知識か。どこかで学んでもらわないと、せっかくの才能が無駄になってしまう。
「魔道具作りは普通どうやって習うんだ? やっぱり弟子入りとかするのか」
「それもあるけど、あとは学校に入ったり、です。需要があるから、いろんな街にあるんだって言ってたよ?」
学校か。なるほど。
……ある程度稼いだら、どこかで学校に入れてみるというのはどうだろう。魔法コースがあればついでに俺も受講しても良いかもしれない。金に余裕ができたら考えよう。
「あ、魔石を加工するだけなら、威力が低くても良いのなら道具がなくても出来る、と思います。作ってみる、ます?」
キラキラした目でそんな提案をされる。作りたいんだろう。
残念ながら、いま火属性の魔石の手持ちがない。直近で手に入れたティーモンドの魔石は利用できないだろうか。
「てぃーもんど……土属性かな? 砂をまき散らすだけのものなら、できるかも」
「とりあえず1つ作ってみて、明日機会があれば試してみよう」
「はいっ!」
いい笑顔で頷いてくれた。うんうん。
笑っているところを見ると、やはりなかなか可愛いな。
今は少し薄汚れていてやつれてしまっているが、顔のパーツは結構整っている。磨けば相当に可愛いと思われる。日本人顔だからという贔屓も多少あるかもしれない。
考えてみれば、せっかくのファンタジー異世界なのだからもっと別種族とかが面白かったのかもしれないが。能力もなかなか期待できそうだし、2人目がアカーネで正解だっただろう。次があれば今度はファンタジーな異種族を考えてみるか。
ウサミミとかウサミミとか。
最近丸鳥族とかトカゲ顔の人と知り合ったりしたけど、さすがにそこまで人間離れしてしまうと厳しい。ウサミミとか……後はトゥトゥック族も子供っぽく見えるだけで全然人間っぽいのだが……いかんせんロリの誹りを免れない。
いや、今更か……。
こちらの人からは十分子どもに見られるアカーネを加えている次点で手遅れか。
いや、しかしそれはあくまで育てる楽しみといいますか。将来への投資的な?紫式部的な何かであって。
……まあいいか。
明日からがまた楽しみだ。
今日はこんなところで寝るか。
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