第83話 付与魔法士
明くる日、朝はのんびりと起きて、昼前になってピーターに誘われ付いていく。
簡素だが、野営地にしてはしっかりとした大きな建物が1つ。
屋根は横に倒した円柱の上半分のような形になっていて、中はがらりと広く空いている。体育館みたいだ。ここはギルドが運営する解体場である。
その一角には、昨日俺たちが持ち込んだアーマービーストが部位ごとにバラバラになって吊るされたり積まれたりしていた。
「おう、査定は済んでんぞ」
染みた血で汚れた作業着を着て分厚い手袋をした男がピーターを見て声を掛けてきた。
ここの作業員だろう。
「とりあえず話を聞こうか」
「おう。まとめて銀貨で160ってとこだな。手数料は引いてねぇ。詳しい内訳を聞くか?」
「聞こう」
ピーターが答え、作業員の男はずらずらと部位と買取額を述べていく。
細かい部位や、それぞれの状態まで把握して結構細かく付けているようだ。
覚え切れないので聞き流して、重要そうな部分だけ理解する。
重要なのはもちろん、高い部位だ。
初日に持ち帰ってきた頭の魔石や爪は、1つ1つは銀貨1桁台であった。
が、胴体の部分は文字通り、桁が違った。
背中全体を覆う外皮、ヨロイっぽい部分は2匹で金貨1枚を超える。
重くて『地割れ』の皆さんがとてもとても苦労していた主たる原因がこいつだが、それだけの価値があったということだ。
尻尾も合わせて銀貨20枚弱くらいはするようだ。
肉も、多少自分達で貰ったとは言え、そこそこの値段で売れるようだ。味が評価されているというよりは、滋養強壮に良いということらしいが。
残念ながら背中にあるもう1つの魔石は安い。白く濁った歪な形で、用途はあるものの使いにくいらしい。それでも銀貨単位だ。
その理由は、付与魔法と呼ばれるものと相性が良いのだとか。
「少し安いが、ここで売るのであれば妥当な範囲か……」
「どうする? ここで売るか?」
「そうしよう」
ピーターは値段に納得し、売却を決めた。
本当はタラレスキンドまで持っていけばもうちょっと高く売れるようなのだが、流石にこれを持っていく気にはなれない。
そこまでまた割増料金で荷運びのパーティを募集すれば可能かもしれないが、元を取れる確証はない。持っていく途中で素材が劣化する危険もある。
妥当な値段ならばここで売ってしまおうというのは、事前に俺と相談していたことでもある。
「なら、ここで記録作ってちまうから待ってな」
男は解体場の中央に置かれた、これまた何かの血が染みた作業台に紙の束を置き、スラスラと何かを書き始めた。
「これで終わりか?」
手の空いたピーターに訊いてみると、頷いた。
「後は、こちらで記録と割符を貰って営業所まで行けば、換金してもらえる」
「案外すんなりだな」
難航することも考えて、一日ここで休む予定だったのだが。
「解体士が優秀だったな。査定もまあ妥当だ。どうする? 金を受け取って今日中に出発するか」
「いやぁ、どうするかね。休みたい気もするが」
「今から出ても少し微妙な時間だ。無理はする必要はない」
ということで、今日は休憩して、明日からタラレスキンドに向かうこととなった。
帰ったらシュエッセンから人を紹介してもらって、護衛依頼を確認して、日程を考えるとすぐ出発か……。
慌ただしいな。
************************************
帰りは、特に何もなく……といった感じで、途中で野営を挟みながらタラレスキンドまで帰り着いた。
道中、少しだけレベルが上がったがステータス面で大きな変化はなし。
こんな感じだ。
***********人物データ*********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(20)魔法使い(14↑)警戒士(9)
MP 43/43(↑)
・補正
攻撃 G+
防御 F-
俊敏 F-
持久 F
魔法 E+
魔防 F+
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
気配察知Ⅰ
・補足情報
隷属者:サーシャ
隷属獣:ドン
*************************
獲得経験値増加の効果も多少はあったのか、大黒柱の『魔法使い』がアップ。
あと1つレベルアップしたのが、こちらも重用している『剣士』。
***********人物データ*********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(20)魔法使い(14↑)剣士(12↑)
MP 38/38(↑)
・補正
攻撃 F+
防御 G+
俊敏 E-
持久 F-
魔法 E
魔防 F+
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
斬撃微強、強撃
・補足情報
隷属者:サーシャ
隷属獣:ドン
*************************
ステータスもスキルも特筆することがない。
最近はあまり選択しないが、『魔法使い』+『魔銃士』の遠距離コンボにすると……。
***********人物データ*********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(20)魔法使い(14↑)魔銃士(10)
MP 43/43(↑)
・補正
攻撃 G+
防御 G+
俊敏 F
持久 F-
魔法 D-
魔防 F+
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
魔撃微強、魔銃操作補正Ⅰ
・補足情報
隷属者:サーシャ
隷属獣:ドン
*************************
こんなんである。
ジョブ2に『魔法使い』が固定で、もう1つの枠を『警戒士』にするとバランス型、『剣士』にすると白兵戦型、『魔銃士』にすると魔法戦型のステータスになる。
なんかこういう、モードを切り替えながら戦うってちょっとロマンがあって良いよね。
ただ、闘技会では一挙一動が観察されることになる。あまり切り替え動作をしていると怪しまれるかもしれない。
そうでなくても、人であればその隙を見逃さずに突いてくるかもしれない。出来ればどれかに固定して戦うべきだろうが……。
どういう戦略で戦うかは、まだ完全に固まっていない。
色々と常連連中の情報をピーターやシュエッセンから仕入れることはできたので、それを参考にこれからイメージトレーニングしていこうと思う。
組み合わせが直前まで分からないらしいので、それが痛いよな……。
さて、タラレスキンドに戻ってその日は休み、翌朝になってギルドでシュエッセンと合流、向かうのは前に行ったことがある魔法使いギルドだ。
「邪魔するぜ~」
俺が扉を開くとシュエッセンがサーシャの肩から飛び上がり、パタパタと奥へと飛んで行ってしまった。
遅れて中に入ると、入り口の部屋にはローブを着込んだトカゲ顔の人物。またかーい。
「……新顔か?」
「ん? いや、前ここで会って……いや」
良く見ると肌の色が違う気がする。前のは青白いトカゲ顔だったが、今日のは薄い赤で、顔の造形も大きい。
「この前入会したヨーヨーだ。よろしく」
「ああ、よろしく。あの丸鳥族の知り合いか?」
「そうだ」
「ほう」
ニュートカゲ顔のローブはそう言うと興味を失ったように、机の上の紙に目を落とした。
「あー、じゃあ、失礼しまーす……」
なんだか気まずい思いをしながら、サーシャを伴って奥へと入る。
サーシャは会員ではないが、まあ大丈夫だよな。
「おーいヨーヨー、おめーさん遅いぞ」
連絡用のコルクボード(のようなもの)が置いてあった、集会室のような場所に辿り着くと、奥からシュエッセンが飛び戻ってきた。
「おう、すまんな」
「シュエ坊、どこに行った?」
返事をするのと同時くらいに、シュエッセンが出て来た奥の部屋から中年……というには少し若いくらいの女性が出て来た。
白い服にローブを羽織った格好で、肌は浅黒く、薄緑色の髪がウェーブしている。
かなりのくせっ毛だ。
見た所、普通の人間族っぽい。
「あ、そちらは?」
女性がこちらに気付いて、直立した姿勢で問うような視線を投げてきた。
「シュエッセンと臨時パーティを組んでいた、ヨーヨーという者だ。シュエッセン?」
「そうそう、このヨーヨーが護衛任務のツレを探しててさ。テエワラならどうせヒマしてんじゃねーかと思ってよ。ビンゴだったろ?」
シュエッセンが机に着地し、羽根を広げながらそんなことを言う。
「暇ってわけじゃないんだけどねぇ……えっと、そちらのヨーヨーさんは傭兵かい?」
「そんなところだ。今は魔物狩りギルドに登録して活動している」
「なるほどねぇ……あっ、私はテエワラってもんだ。シュエ坊とは割と古い知り合いでね……」
「テエワラは貴族様のところで魔法を教える家庭教師もやってたんだぜ。腕は確かだ」
へぇ。家庭教師ねぇ。
「で、こっちのヨーヨーは……なんだろ? 良く知らないけど、魔法使いなのに剣も使うぶっ飛びヤローだぜ」
「ああ、うん……」
その紹介で好印象を持つ人がいるだろうか。もうちょっと、なんかこう……お願いしたい。
「剣、ねぇ? 『魔剣士』じゃないのかい?」
「残念ながらな。そう勘違いされることもあるけど、放って置いているが」
「そうかい。何か理由があるんのかい」
「理由? いや特に……『魔法使い』だが、うちの従者は弓使いで前衛がいないからな。俺が兼任しているというだけだ。それに、良い魔剣も手に入れたしな」
魔剣を視線で示すと、テエワラは釣られてそれ見て、興味を持ったのかそのまま視線を固定した。
「へぇ、魔剣ね。貴族の坊ちゃんでも使いこなせるのはあんまりいないんだけど……」
「ま、こいつは基本、切れ味が増すってだけの代物だから、何とかな」
旅の途中で色々、機能を足した気もするが……。
魔導回路を強化して、自己修復機能を付けて……あと何だっけ。
そうそう、今まで働いたためしはないが、盗難防止の機能も盛り込んでいたな。
「で、あんたも魔法使いギルドにいるってことは、『魔法使い』か?」
「いや、『付与魔法士』なんだけど」
「『付与魔法士』?」
どこかで聞いたような、初めてのような……。
「おや? 知らないかい。付与系の基本ジョブって言われてるんだけど」
「へえ」
まずその「付与系」が分からなかった。一般常識なら、後でサーシャペディアで補足すれば大丈夫だろう。
「それで、護衛任務だっけ? 確かにこの時期は、いくら手があっても足りないらしいけどさ。弓、魔法使い、魔法使いになるのは……」
テエワラはちょっと不安そうである。
「そこはヨーヨーが頑張るしかないんじゃないの? 狩りに行くわけじゃないし、馬車から警戒するみたいな護衛だったらむしろ歓迎されるかもしれないぜ」
シュエッセンが羽根をクチバシで毛づくろいするのを一旦止めて、そう言った。
「まあ、ねぇ。ヨーヨー、それと……従者の子はどうだい?」
「従者はサーシャ」
「宜しくお願いします、テエワラ様」
サーシャを前に出して挨拶させる。テエワラは少し嫌そうな顔をして顔の前で小さく手を振った。
「やだねぇ。様なんてご身分じゃないよ。それで?」
「はい。私は特に異存ありません」
サーシャは俺を振り返ってくる。任せるってことだろう。
「そうだな、どうせ普段から2人でやってるからな。魔法使い系でも1人増えればありがたいな。シュエッセン、他にも心当たりはあるのか?」
「いやー? 何人かあったけど、今日はいないみたいだぜ。また別の日に来て見るか?」
「いや、それは悪いし……何より割と急ぎだしな。テエワラ、さんが良いなら3人で組むか」
「テエワラ、で呼び捨てで良いよ。ヨーヨーさん?」
「そっちも止めてくれ……なんかむず痒い。じゃあ、とりあえず組む方向で良いか?」
テエワラも一瞬考えて頷いたので、握手をしてパーティが成立した。
「じゃ、わしは仮眠でもしてくるんでな!」
シュエッセンはパタパタ飛んでどこかへ行ってしまった。
出会ったときも仮眠室にいたらしいし、良く寝る奴だな。
それから、テエワラと少し話し合いの時間を持った。
前衛のできる4人目をギルドで探しても良いのだが、とりあえずギルドの依頼を確認しようということになった。どうしても4人以上いないと厳しい場合には、改めてギルドで相談して募集するなりすれば良いだろう、となったのだ。
************************************
「護衛依頼ですかぁ……確かに色々あるんですけどぉ……。ヨーヨーさんたちに紹介できるものとなると、ちょっと依頼料が安めですよぉ?」
「そうなのか」
ギルドの受付でウサミミ受付嬢のイリテラさんを捕まえて訊いてみると、そんなことを言われた。
理由を聞くと、人手が足りないと言ってもわざわざタラレスキンドまで情報を流すような依頼では多少の制限が付いていることが多く、早い話が大した実績もない俺たちではあまり仕事を選べないということだった。
テエワラはそれなりに実績があるが、付与系ということでサポートの役割である。肝心の相方が俺たちとなるとあまり評価が高くならないようだ。
何か不測の事態等があって、急遽人を集めるような場合もあるが、そういった場合はタラレスキンドではなく、外の最寄りの傭兵組合なりで人を集めるものだ。
「安いってのが、どの程度かにもよるな……」
「まぁ~、この時期の緊急依頼にしてはという話ですから。一人銀貨1枚くらいは出してくれるのではないでしょうか?」
「ふむ……」
護衛依頼といっても、今の時期にタラレスキンドから外に向かう仕事は少ない。
当然、外からタラレスキンドに向かう者の護衛である。よって、こちらから外に向かってからの仕事だから、行きは金にならない。
つまり、2週間かかるとして、護衛料は1週間分しか貰えないわけである。
日当で銀貨1枚は悪くない数字ではあるが、その辺りも考慮すると少し物足りないか……。
「どうする?」
隣にいるテエワラに確認を取る。
「そうだねぇ……とりあえず小銭稼ぎと割り切って、出来れば依頼料が低くても経費があっち持ちの依頼を探すか。あるいはあっちまで行ってから探すか」
「ふむ……」
ローリスクで行くか、賭けになるがハイリターンを目指すか。
正直言うと、今回はローリスクローリターンでも良いかなという気はしている。
テエワラに魔法の話を聞きたいからである。
なんでも、かつては貴族に魔法を教えていたという知識人。その魔法知識を旅の途中で訊き出すことが出来れば、どう転んでも無駄にはならないだろう。
闘技大会まで宿でゴロゴロしていても仕方ないし、最低限の金を稼ぎながら、情報収集する。
これで良いんじゃないかという気がしている。
後はテエワラの意思がどうか、なのだが……。
「テエワラは、手を組むのに同意してくれたのは何故だ? 金が要るのか?」
「うーん、まあ金は要るね。でも、別に切羽詰まっているわけじゃないよ。組むって言ったのは、シュエ坊の紹介だったし、暇だったからだねぇ。普段良く組む奴らもいるんだけど、そいつらは闘技会に向けた特訓に夢中だし……」
「ああ、なるほど」
それなら、あまり依頼料の多寡は気にしていないかな?
「外に行って仕事がない場合が悲惨だし、お互いそこまで金に困っているわけではなさそうだし。ここは堅実にいきますか」
「そうかい? じゃ、それでいいよ」
イリテラに言って、俺たちでも受けられそうな依頼を選んでもらう。
「えーと、これなんかどうです? 人数不問で、基本報酬は銀貨20枚。人数割りするとさっき言ってた一日1枚よりも下がっちゃいますけど……話を聞いてると、あんまり高くなくて良いんですよねぇ?」
依頼の情報を見せてもらうと、小さな商会が依頼主で、テーバ地方から出てすぐの街からの護衛依頼である。
食事や消耗品は要相談。
イリテラによれば、何らかの事情があって依頼を出したが、応募がなければ仕方がないというスタンスらしい。
「そこまで詳しく書かれてはいませんがぁ、おそらく家族経営で身内を護衛にしていたら、何かあったという感じですかねぇ……。あるいはテーバ地方の噂を聞いて怖くなったのかもぉ」
テーバ地方での戦士団や魔物狩りの奮闘のおかげか、あるいはテーバ地方を覆う壁が仕事をしているのか。
すぐ北西にあるエインセリア地方は、魔物の湧きも少なく、比較的平和な土地となっているらしい。そっち方面から興味本位で闘技大会に向かう人たちのなかには、直近の街で予想以上にヤバいテーバ地方の噂を耳にして、諦めて帰ってしまう者もいるのだとか。
そんな依頼主の場合、壁の中のことを知っている護衛を求めて、時間が掛かってもタラレスキンドまで情報を流してもらうのだとか。さもありなん。
「良いと思うのはぁ、こういった依頼の方が気兼ねがないですよ。1パーティだけで護衛ですから」
イリテラが推薦したのは、俺が協調性みたいなものに欠けると見抜いていたということか?
「テエワラさんは、気に入らない相手にすぐ手が出ますからね。有名ですよぉ?」
違った。
テエワラへの配慮であった。
「……嬉しくない有名もあったもんだね」
テエワラは当然、気に食わない様子だ。
「もしかして、貴族の家庭教師を辞めたのって……」
「まあ、なんだ。若気の至りだね」
まじかー。
「そうは言っても、昔の話さ。あちらさんも悪いのは息子って言ってくれたし、変な遺恨があるわけじゃないから、安心しな」
なにがあったんですかねぇ。
「まあ、いいや。それでイリテラ、その依頼の期限は?」
「ええと、ちょうど8日後からの予定です。1日くらいは待つこともできるそうですぅ、あまり遅いようなら護衛は不要と」
「とりあえず、受けるか。何て街だっけ?」
「フィリセリアですねぇ」
8日後までにその、フィリセリアまで辿り着かなければならない。
「ええと、北西にある入り口の街の名前は何だっけ」
「クイツトですか?」
「クイツトまでの日数はどんなもんだっけ」
「だいたい、6日くらいかとぉ」
結構ギリギリじゃねぇか。
「急ごうか……今日、出るか?」
「いや、流石に準備はしっかりしたい。明日出発で充分間に合うだろ」
「じゃ、それで」
改めて明朝に北門で待ち合わせることにして、この日は解散となった。
さて、準備は大急ぎでやらないといけないな。
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