第81話 地割れ

朝起きると、肌寒い。

ざあ、ざあとテントを叩く断続的な音が聞こえる。

入り口を開けて外を覗く。木で屋根が組まれた簡素な休憩所に人が集まっているのが見える。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


テントの陰からサーシャの声が聞こえ、折り畳み傘のようなもの差した彼女が何かを運んできた。


「雨の日用の調理場はあるようなのですが、大変混雑していて……今朝はこれだけです」


渡された小鍋を空けると、何やら汁が入っているのが見える。


「一体なんだ?」

「とりあえず火を通さずに食べられるものを混ぜ入れました」

「なるほど」


どうやらだいぶ寝過ごしてしまったらしく、他の人は食事を済ませてピーターたちはどこか別の場所へ向かったそうだ。

雨が降ってきてピーターたちはどこで寝たんだろうかと思ったが、サーシャが起きたときには布を張っただけの簡易雨避けみたいなものを設置して普通に寝ていたらしい。たくましい。

サーシャに渡された木匙を持って、豪快に小鍋から直食いする。


味噌っぽい味付けの冷や汁に、小麦粉の団子のようなものが入っている。キノコも少量沈んでいるようだが、これといった味はない。エノキのような食感だ。

……たしかに、食えなくもないといった感じ。


「サーシャはもう食ったか?」

「はい」

「そうか」


そこから特に会話もなく、淡々と冷や汁を平らげる。

サーシャは傘を畳み、テント内に引っ張り込んだ荷物をしきりに動かして整理している。

傘は何かの魔物の皮膜を利用した便利な雨具である。ちなみにテントも同じ素材を使っており、こちらは皮膜だけではなく文字通り骨を使って骨組みが組まれている。

簡単な操作で短くできる便利な一品だ。皮膜も骨組みも相当に軽く、小さくなるので持ち運びに極めて便利だ。

持ち運びに便利という点のみを評価してのものであり、耐久力みたいなものは皆無に等しいが。


皮膜が一部ハゲてきたような部分もあるし、そろそろ買い替え時なのかも……。


「……ふぅ、ごちそうさん。で、ピーターたちはどこへ?」

「商人のところで行くとだけ聞きました」

「商人ねぇ」

「素材買取りの交渉ではないでしょうか?」


そうかもしれない。

朝から働いていないのは俺だけか……。

いや、そうでもないか。テントの端で優雅に寝転がるドンさんを見て考えを改める。

ペット枠と比較するのはどうかと思うが。


「ギゥ?」


ドンさんが視線に気付いてか、腹を見せた格好のまま気怠そうに一鳴き。

いえ、文句はありません。

ゆっくりなさってください。


「アーマービーストは儲かるって聞いたけどさ、具体的にどれくらいになるのか分かる?」

「いえ、具体的な金額までは……。頭部全部で、銀貨10枚の桁であったとは思います」


10万円以上ってことか。いいね。

……いや、あちらのパーティと分けると考えると、5万円か。わざわざ1週間単位の遠征で狙ってみるほどではない。

桁が銀貨10枚ということは、実際のところは20万とか30万とか……であってほしい。

まあ、頭部だけということだから、全体はもっと金になると考えと、10枚でも十分とも言える。

……今考えても仕方ないか。期待しておこう。


飯を食ってしまうと、やることもなくヒマになった。

魔法で創生した小さな水球を指の周りでぐるぐる回しつつ、ステータス閲覧などしてみる。




***********人物データ**********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(20)魔法使い(13)警戒士(9↑)

MP 40/42(↑)

・補正

攻撃 G+

防御 F-

俊敏 F-

持久 F(↑)

魔法 E+

魔防 F+

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

気配察知Ⅰ

・補足情報

隷属者:サーシャ

隷属獣:ドン

*************************


『警戒士』が1レベルアップ。

良く使っているからね。


前回整理したジョブ一覧であるが……。


魔法使い(13)

魔銃士(10)

剣士(11)

警戒士(9)

隠密(3)


『隠密』を「良く使うもの」として下に引っ張ってきた。

理想としては『警戒士』で先に気付き、『隠密』で密かに接近してからの魔法か魔銃でどーん、だろうか。

一時期は『魔法使い』と『魔銃士』で遠距離ファイターになる構想があったが、魔剣の入手があったり、なんだかんだ白兵戦の機会が多かったりしてやや脱線気味であった。

が、ここで一周回って戻って来たということかもしれない。


剣で戦うのもちょっと楽しくなってきたから、遠距離一本にはしないけどね。


この世界の魔物、思った以上に硬かったり、魔法に強いヤツも多いということも分かってきたことだし。テーバ地方にきて本当にそう思い知った。


で、で、で。

サーシャさんなのですが。


************人物データ***********

サーシャ(人間族)

ジョブ 弓使い(11)

MP 8/8(↑)


・補正

攻撃 G

防御 G-

俊敏 G+

持久 G+

魔法 G-

魔防 G-

・スキル

射撃微強、遠目

・補足情報

ヨーヨーに隷属

***************************


……おわかりだろうか。


そう、MPが、また1増えているのである。

地味すぎて分からなかったって? いやいや。

レベルが上がっていないのに、MPだけ増えているのだ。


前もあったが、MPって割と増えるもんなんだなぁ。

俺は今までなかったけれども。

最近、「遠目」のスキルを多用している成果なのかもしれん。


……そういえば、マジックシールドの魔道具の練習も長いのだが、一向に『魔法使い』が生えないな。

適当に魔道具使ってれば獲得できるのでは? という安易な発想は少し違うのかもしれない。

じゃあなんで俺は獲得できたのって話なんだが。


うーん……素質の差、か?


どういうわけか、魔法使いの才能はあったように思える。

地球でボッチをこじらせた挙句、想像力が豊かであった成果かもしれない。


って、うっさいわ。



テントで一人漫才を繰り広げていると、テントの入り口がめくれて何かが飛び込んでくる。

ドンさんが悠然と構えているから危険な物ではないのだろう。


見ると、シュエッセンが勝手にテントに入ってきたようであった。


「ひゃー、ずぶ濡れだぜ!」

「おい、雫を飛ばすなよ」

「んな、濡れた犬みたいな真似はしねーよ」


すぐにサーシャがタオルを持参して、かいがいしく水気を拭き取りはじめた。


「雨の中でも飛べるのか?」

「ん? ああ、風魔法で雨避けしてなんとかじゃ。それでも間に合わんから結局濡れるんだけど!」

「風魔法で? ほぉ」


地味にすごいな。子供の頃に夢想する「雨を避ける」を実際にできるのか。さすが異世界の魔法。地味だけどな。


「相棒から、お前さんたちの取り分を持ってけってよ」

「おお、ありがとう。今日はさすがに雨だからここで休むのか?」


シュエッセンが足で掴んで運んできたらしい革袋の口の紐をほどきながら話す。

ここは豪快に袋をひっくり返して……おお、なかなかのボリューム。

何となく銀貨だけピックアップして5枚ごとにタワーを作って数えてみる。

銅貨なんかは一端袋に戻す。


「いや、素材を置いてきているから今日も活動だ。残念だなー!」

「マジかよ、この雨で……お、銀貨18枚? ほお」


あと銅貨と、銅貨10枚分の小銀貨がじゃらじゃらと。


「取り分は半々だぜ。構わないか?」

「ああ、構わない」


というか過分な気もする。明らかにピーター組の方が主力だったし。ここで「多すぎる!」とか逆交渉しはじめる出来た人間ではないので、ありたがく頂く。

昨日持ち帰ったのが頭と爪、魔石だったはず。


それで銀貨36枚以上になったわけだ。悪くないな。

いや、悪くないどころか、かなり良い。

最近、テーバ地方で仕事や同行者に恵まれてコンスタントに稼げているせいで、金銭感覚が若干麻痺してきた気がする。


「こいつは、残りの素材も金になるぜ。ってわけで、腐らすわけにもいかんから今日も仕事だぜ」

「ああ、それはそうだな……残った素材ってどれくらい金になるんだろう?」

「アーマービーストで高いのは背中のヨロイだぜ。今の金よりは儲かるはずじゃ」

「……マジで?」


アーマービースト、うはうはじゃないか。儲かる獲物って話、本当に本当だったんだな。ピーター様々ですわ。ええ。


「ちゃんと捌けて、運が良ければ金貨単位の儲けになるんじゃないか? テンション上がるぅ~!」

「そうか……くくく……」


テンションアゲアゲなシュエッセンがバタバタと狭いテント中を飛び回り、俺は自然と怪しげな小躍りを繰り出していた。


「……落ち着いてください、埃が立ちます!」


サーシャが呆れた表情を浮かべ、飛び回るシュエッセンに向かって鋭く言い放つ。

やーい、怒られたやんの。

……あ、俺も?



************************************



朝の混雑が少し緩和され、なんとか座ることが出来るようになった休憩スペースに、俺、サーシャ、シュエッセンが並ぶ。ドンさんはいそいそとリュックの内部の寝床に入った。

それに対面するように立つ、5人ほどの男たち。いや、1人は女性のようだ。

革鎧で体系が隠れ、短髪なので分かりにくいが、顔の造詣がやや丸い。


「紹介しよう、彼らは今日荷運びを請け負ってくれた『地割れ』というパーティだ。こちらは相棒の丸鳥族で、シュエッセン。隣にいるのが臨時でパーティを組んでいるヨーヨーだ」

「宜しく頼む」


『地割れ』パーティのリーダーらしきもっさりした巨漢が手を差し出して来てきたので、それを軽く掴んで上下に振る。ハンドシェイクだ。

シュエッセンにも手を差し出して同じことをしているが、手の大きさの対比が凄い……。


「で、今日は昨日戦ったポイントまで行って帰ってくる感じか」

「そうだ。『地割れ』はまだルーキーの域だが、戦闘もそれなりに熟す。今朝つかまったのが幸運だった」

「なるほど」


なんだか一撃で敵を倒せそうなパーティだ。

どういう経緯でその名前になったのか、多少の興味がある。スルーするけど。

『地割れ』のリーダー巨漢は、背が高く筋肉もありそうだが、ラムザほどずんぐむっくりしているわけではなく、まだ常識的な巨漢だ。常識的な巨漢ってなんだよ。

残りのうち1名が先ほど女性と看破した鎧姿の槍使いで、こちらも細マッチョという感じ。

1名は杖、もう1名が弓、最後の1名がボウガンを持っている。


「そちらの杖持ちの人は、魔法使いか?」

「……俺か? いや……少し違う」


杖を持っているのは、これといって特徴のなさそうな若い男。強いて言えば、髪は黒がメインなのだが、オレンジ色のメッシュが細かく入っているのが特徴か。

メッシュ男はすぐに否定したが、それに続く言葉はない。説明するつもりはないらしい。


「いや、俺も魔法系だから気になっただけだ。気に障ったのなら謝る」

「気を悪くしたわけではないが、あまり公にするもりがないだけだ。気にするな」

「そうか」


ジョブを無理に訊き出すのはマナー違反らしいし、怒らせたわけでないのなら構わない。

それにしても、荷運びのためにわざわざパーティを雇ったのか……。


「契約は、銀貨10枚で指定ポイントまで行って、戻ってくるだけだ。残りは半額、5枚を成功報酬として後で渡す。我々とヨーヨーは護衛ということになる」


ピーターが話を進める。


「俺たちは戦闘に集中して、『地割れ』の人たちに運んでもらうってことか」

「そうだ。何か質問は?」

「ない」


周囲を見渡すと、他に質問がある者もいないようだ。

『地割れ』の皆さんはいつでも出発オーケーな感じだし、とっとと準備して出発といきますか。



降る雨はいまだに止む気配もなく、時折勢いを増したりしながら一行の視界を奪う。

初動に影響するので傘型の道具はしまい、全身ずぶ濡れになりつつの行軍である。

足元もぬかるみ昨日以上に歩きにくい山道となっていたのだが、それでも萎えなかったのはその先に金貨になるお宝が待っていると知っているからだろう。


サボテンにとっては雨は人間を襲わない理由にはならないようで、散発的に交戦する。ただし、索敵能力は落ちるようでかなり近寄らないと攻撃してこない。

こちらも索敵範囲が狭まっているのでお互い様だが。

というか、サボテンってどこで敵を知覚してんの?


そんなこんながありながら、昨日アーマービーストを倒したところへと着く。


「ここだ」

「おお、丸っきり残っているな」


ピーターが場所を示し、『地割れ』の面々が荷物を下ろして作業を始める傍ら、俺はというと「気配察知」をしながら獲物を見学していた。

昨日解体した頭と脚はもちろんなくなっているが、胴体部分も食われているとか欠けているところは見えない。運が良かったからか、身体を包むヨロイが邪魔だからか。


『地割れ』の面々は2人で使うのこぎりのようなものを取り出して、解体を開始する。

予想通りかなり苦戦しているが、なんとかヨロイとそれ以外の部分を切り分けることに成功したようだ。

そうこうしているうちに昼飯の時間となり、解体したての肉を食うことになった。

一日放置していたわけだが大丈夫なんだろうかと思うが、誰も何も言わないので問題ないのであろう。

『地割れ』の面々にもお裾分けをする。


サーシャがまた大雑把に切ってのステーキに調理する。

一部はスープに入れて、煮込んで出汁を取っているようだ。


さて、お味の方は……?


「ふん、ふまい(うん、うまい)」

「ほおー、ちょっと筋っぽいが、何とも言えない油の旨味があるのぅ」


シュエッセンはステーキを啄みながら嬉しそうにしている。

ちなみに丸鳥族にはクチバシが付いているわけであるが……、なんというか、その奥に横に避けた人間っぽい口がある。

……というとなんかキモい感じに想像するかもしれないが、そうではない。小さめの唇の先端がクチバシ状になっているというか。

いや、全体がクチバシで奥の方だけ柔らかい、というのが正しいのか……?

良く見ると口の中にも小さな歯が生えているが、人間のような歯はない。

基本はクチバシを器用に使いながら、むしり取るようにして食事するようだ。スープとかはちょっと飲みにくそうだと思う。


とにかく、キモい感じの形状ではなく、一言で言えば可愛い。遺憾ながら。

クチバシの先っちょで肉を突きながら、もぐもぐと一生懸命に口を動かす様はまさに癒し。誠に遺憾ではあるが。


「し、シュエッセン殿、これも食べてどうぞ?」


あちらの短髪女性もその姿にやられたようで、自分の食べていたステーキを半分切って献上している。けっこう貴重な肉らしいのになあ。


「おっ、そうか? 悪いぜぇ」


と、なんだかワイルドな感じになりながら受け取るシュエッセン。


「前から思っていたが……シュエッセンの口調って独特だよな? 悪く言うつもりじゃないんだが、方言か?」

「……」


あのおしゃべりシュエッセンが黙り、かわりに黙々と食事をしていた相棒たるピーターが答えてくれた。


「相棒は少し古い家に生まれてな。無理をして若い言葉を使っている」


相棒を気遣っているようでド直球な解説がきた。


「えっと……古い家?」

「妙に古臭い言葉遣いがあるとは思っただろう。あれが素だ。だぜ~などと砕けた口調は頑張って取り入れている感じだな」

「そ、そうか」


たまに「~じゃのう」とかが入るのが古い言葉遣いなのかね。少し違うかもしれないが、方言コンプレックスみたいなものか。

そしてコンプレックスを平然と踏み抜く相棒。大変だな。


「無理をしているわけじゃないぞ、最初はそりゃあ、無理矢理だったかもしれんが……」


シュエッセンは奥歯に物が挟まったような調子でモゴモゴと何か言っている。

正直すまなかった。

言葉遣いが変とか、食事時に気軽に話題にする内容じゃなかったのかもしれない。


気遣いとかと無縁に生きてきたせいで、空気が読めないことがあるのだ。

ゆるせシュエッセン。


「まあ、それはそうと、作業はもう終わりそうだな」


責任を感じたので、完璧な軌道修正を図る。


「……そうだな。ディルク殿、首尾はどうかな?」

「問題ない。5人全員を使って良いなら、まとめて運搬できるだろう」


話を振られた『地割れ』リーダーの巨漢が短く答える。

本当にピーターに付いていって、荷物を運ぶだけのお仕事。これで銀貨15枚が貰えるのだから、ルーキーパーティとしては美味しい仕事なんだろう。

アーマービーストの肉を堪能してから、1時間もしないうちに解体と運搬の準備は終了し、帰路に着いた。






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