第80話 ケイブ

アーマービースト。さしずめ、歩く鎧である。

中身がない金属鎧がさまよっている感じのアレではない。

がっちり四つ足で歩く獣なのだが、全身を銀色に鈍く光る装甲で固めたような見た目と、その名に恥じぬ防御性能を誇っている。


最も硬いのは正面、頭に当たる部分で、ひし形の大楯のような見た目をしている。

良く見ると、下の方に細い目と口があるのだが、戦闘中は口を閉じているし、目は装甲で守られる構造になっているので狙うのは難しい。

頭以外も、背中一面を分厚い外皮が覆い、ところどころ魚のヒレのような突起物がある。この突起物のせいで攻撃が引っかかり、なおさら防御力が増している。

腹面と、前脚と後ろ脚はやや装甲が薄いと言われる。

ただし、あくまで相対的にということであって、柔らかいわけではない。


では急所はないのかと言うと、ある。

装甲の隙間がある関節部分、特に頭と胴体の間、首に当たるであろう部分は防御力が低い。

どうにかして動きを止めて、ここを狙うというのが攻略法の1つであるらしい。


救いは、攻撃面がやや貧弱らしいところだ。

頭の装甲を立てるようにして体当たり、両前脚の長い爪を使った引っかき、しっぽの振り回し。

この3パターンくらいしか有効な攻撃がない。


脅威は前脚の長い爪だ。研いだ刃物のようになっていて、これで身体を抉られて重傷を負うケースが最も多い。

出発前にピーターが話していたが、対処法としては「まともに受けない」とのことだ。

正面に立つと、体当たりや引っかきの格好の的になるので、動き続けることで的を絞らせない。理屈は分かるが、聞くだけでも大変そうに思う。



さて、そんなアーマービーストを狩ることにした我らが一行であるが……。

相手が二体ということで、慎重に作戦を立てた。

幸い、相手はまだこちらに気づいておらず、ゆっくりと南に移動しているところだ。

こちらは風下であり、やや高台となっている北側に移動し布陣した。


ここで、手前の荒地をバシャバシャでゆるくしておく。表面に軽く乾いた土もコーティングして、バシャバシャの罠を隠す工夫もしてみた。

準備はオーケー。

後ろのピーターたちに合図をし、俺は魔銃を構える。


ピーターたちには魔銃のことは隠さないと決めている。

魔法が上達して、そろそろ切り札としての意味も薄くなってきたし。

ただ、魔銃に使われている魔晶石の効果なのか、いまだに単純な威力という意味では魔銃が魔法に勝っている。


合図を受けて、シュエッセンが飛び立つ。

空中から魔法を放てるシュエッセンは今回の釣り役にぴったりだ。

背中の装甲は分厚いので、ダメージはそこまで期待できないのだが。


シュエッセンは八の字で飛びながら、氷魔法を2体のアーマービーストに続けざまに浴びせ掛ける。

しばらくしてアーマービーストがいきり立ち、シュエッセンを追って走り始める。

成功だ。


シュエッセンは煽るように近づいたり、離れたりを繰り返しながら、こちらへと戻ってくる。


「来るぞっ!」


シュエッセンがすれ違いざまに警告してくる。

正面から、アーマービーストが飛び込んでくる。そしてバシャバシャに軽く足を取られる。


1体、大きい方はそれを意に返さずに強引に突破し、速度を落としながらもこちらへ向かってきた。

もう1体はバランスを崩したようで、一度後退してバシャバシャ地域から抜け出す。

俺の担当はそっちの方だ。

バシャバシャ地帯を迂回するようにして接近しながら、魔銃を拡散モードで連射する。


全身を揺するようにして唸り声を上げ、アーマービーストがこちらを睨む。

敵と認識されたようだ。

大きな方はピーターが向かい、対峙しているのが視界に映る。


分断は成功したようす。

さて、ここからかね。


魔銃を懐にしまい、背中から魔剣を抜く。

相手は大型の肉食獣くらいには大きいが、四つ足なので目線は低い。下からの攻撃に備えるように、刃を寝かせるように水平に構える。


顔を立てるようにして突っ込んでくる。予め予測していたので軽く斜め後ろへとバックステップ。それを予期していたように右前脚を上げ、鋭い爪を突き出してきた。

これを剣で受け、軽く力比べ。

簡単に押し切られそうになったので後ろに退く。

力はまあ強いわ。


距離が離れたと思うとすぐさま盾を掲げるように顔を立て、一気に距離をつめてくる。

斜め後ろへのバックステップを中心にして、何とかそれを避け、すれ違いざまの爪攻撃を剣で受ける。

避け、受ける。避け、受ける。


少し焦りが出てきたところに、アーマービーストの動きが鈍る。

苛立たし気に尻尾を振り回す。

後ろから、シュエッセンが魔法攻撃を見舞ったようだ。


その隙に今度こそ距離を取り、息を整えて思考する。


急所は首筋。狙ってみるか。

今度はこちらから急接近して剣を振るう。

敵は首を狙うのが分かっているかのように、首を傾けるようにして急所を隠すと、右前脚を振り上げる。

それを剣で受けると、入れ替えるようにして左前脚を上げて追撃してくる。

ここで振り上げた前脚に氷の塊が衝突し、隙ができたのでまた退く。


「……ふぅ、正面から急所は無理だな」

「ギィェーッ!」


あちらも面倒な相手と悟ったのか、ひと鳴きしてこちらの様子をうかがっている。


首がだめなら、比較的装甲の薄い腹か足を狙うほかない。

だが、ひっくり返ってくれないと腹は狙えない。

せめてバランスを崩してくれないと……。

相手の出方を探りながら、地面に手を置く。

触った部分が小さく盛り上がり、それが地割れのように前方の地面を巻き込みながら前進していく。


ここのところ練習していた土魔法、ケイブだ。

本当はこのような地割れ演出はいらないのだが、まだ不慣れなので仕方がない。

効果としては、地面を少し操って陥没させる。それだけ。


土魔法には適性があるようなので色々と可能性を模索していたのだが、ふと前のことを思い出したのだ。

スラーゲーを出たばかりのころに出くわした強敵、岩犬に。


あのとき岩犬は、地面を陥没させることで馬車を足止めした。俺も足元を陥没させられて思いっきり転んだ楽しい思い出がある。


なにもバシャバシャのように複合魔法でなくても、土魔法単体で嫌がらせするのは可能だと気付いたわけである。

剣を刺したら土の剣が飛び出すとか、そんなお遊び技を開発して楽しんでいる場合ではなかった。


前進する小さな地割れはアーマービーストに辿り着き、左足の地面を10センチほど陥没させた。


身を低くして防御態勢を取っていたアーマービーストは、ケイブの魔法をよく理解できていなかったのか、不意を突かれたようによろける。

そこだ!

隙を見せたアーマービーストの左足を魔剣で切り払う。

……硬い。浅いな。


後ろから、いくつもの氷弾がアーマービーストの足元に着弾する。

アーマービーストは少し嫌がり、後退する。

その隙にもう一度ケイブを実行。

アーマービーストは先ほどのことで学習したのか、それを避けるようにして移動する。


「牽制にはなるか」


再び突撃してきたのを何とかいなしながら、横に、横にと回り込む。

何度か前脚を斬り付けてみるが、比較的柔らかいはずの脚も十分に硬い。斬るというよりは、石を削るような感触が伝わってくる。


(強撃!)


頭の中で唱えながら剣を振る。

相変わらず硬いが、確かに肉を刻む感触が伝わる。

『剣士』の基本的なスキル「強撃」だが、なかなか便利だ。

身体強化魔法のようにバランスが難しいわけでもなく、発動させたら後は自動的に効果が発揮される。


本当は身体強化をしながら強撃というのが最も破壊力を発揮するのだろうが……まだ安定しないので、使うのは控える。

敵への接近や離脱といった動作は身体強化とエアプレッシャー、剣を振る瞬間に強撃という使い分けをしている。

最近は瞬時に、感覚的に扱うことができるようになってきた。


相手が爪を振り上げると同時に身体強化魔法を発動して後ろへ飛び退き、横へと回る。


だいたい予習通りではあるな……。

防御力が凄まじいが、攻撃のパターンが単調で対処しやすい。

だが、あんまり時間を掛けていても不足の事態が起こりかねない。

それに、長期戦となってMP切れでも起こせば一気に不利になりそうだ。


「サーシャ、問題ないか!?」


振り返る余裕がないので、怒鳴るようにして確認する。


「問題ありません!」


サーシャの声が聞こえる。

サーシャはドンさんを起こして後ろで警戒をしている。

遠目と危険察知による早期警戒網である。大丈夫と言うのだから、大丈夫なのだろう。

視界にちらちら映り込むピーターは、大物を相手に動き回り、難なく攻撃を受け流しているようだ。

双剣だから、両手の長爪による連撃も安定してさばけるようだ。


さて、目の前の敵に集中して、何か手を打たねば……。


本日、十何度目かの突撃を何とか往なしながら、左手を前に出す。


シュゴオオォッ……


そして噴き出す赤い線。


俺のオリジナル?かもしれない魔法、フレイムスロウワーである。

こいつは魔法的なエネルギーで攻撃するのではなく、魔法的なエネルギーを着火剤として利用することで炎を継続的に具現化することに特化している。と、思う。


アーマービーストの防御力は高い。

高いが、それは普通にはダメージを与えにくいということに尽きる。

つまり……ダメージがなくても、顔を火で炙られ続けたら呼吸できなくね? という発想。

どうだっ!?


「ギィェーッ!」


イヤイヤをするようにアーマービーストが首を振り、右前脚を浮かせた。

あ、隙だらけ。


左前脚に連続で強撃を浴びせる。

右前爪で反撃してきたので剣を合わせ、無理せず後ろへ飛び退いた。上々だ。


狙い通りに呼吸ができなくなったのかは不明だが、少なくとも嫌がらせになるようだ。

そういえば、カニのお化けことフェレ―ゲンにも嫌がらせで使ったな……。

あれは、水生生物だから火は嫌いなのでは? という発想であったので、今回はすぐ思い至らなかった。

だが、使ってみればこの通り。嫌がらせ魔法としては全く優秀である。

つばぜり合うような形になったとき、フレイムスロウワーで目がある辺りを炙ってやることで互角の戦いができるようになってきた。


何度も強撃で打ち込んできた左前脚は肉が剥がれるようになり、痛々しいことになっている。

これなら、魔銃も効くか?


距離が空いた際に魔銃を取り出し、足を狙って各散弾を連射してみる。

おっと、MPが10を切っている。無理は禁物だな。

銃をしまうと、アーマービーストは左前脚に力が入らないようで、立っているのがやっとという感じになっていた。


脚が踏ん張れないからか、突撃の勢いも弱い。簡単に躱し、カウンターで今度は右前脚と左後ろ脚を狙い始める。


10分も延々と続けると、アーマービーストはぐるぐると周回するように移動するこちらの動きに何とか向き直るばかりで、突撃することが全くなくなっていた。

後ろに回り込むと尻尾で反撃を加えてくるので注意が必要だが、常に横に回り込むようにして脚を執拗に狙い続ける。


「ギィェー……」


やがて左前脚と後ろ脚をズタズタにされ、転がるようにして倒れ込んだ。

ふぅー……長……かっ……た!


最後っ屁を食らわないよう、慎重に近づいて、首の隙間に魔剣を刺し入れる。

しばらくは身体を震わせるようにして暴れて危険だったが、剣先から炎弾を流し込んでいたら大人しくなっていった。

アーマービースト、討伐である。


「終わった……ぞ」


立ち上がって元気いっぱいに報告しようとしたら、サーシャとシュエッセンがすぐ目の前にいて出鼻をくじかれた。

ピーターはと見まわしてみると、大きな個体が転がっており、その前に佇んでいる。

戦闘は終結しているようだ。


「俺の方が遅かったか」

「いやぁ、小さめとはいえ、アーマービーストを削り切るとはなかなかだぜ」


シュエッセンがサーシャの肩の上で羽根をパタパタさせながら機嫌良さげに話す。


「しかも、うちの相棒みたく急所狙いじゃなく、脚を削っての耐久勝負たぁな。面白かったぜ」

「そりゃどうも……あれと正面から組み合って急所を狙うような戦い方は、俺には無理そうだったんでな」

「ま、単純に力もつえーしな。でもよ、あれだけ戦えれば、十分だろ」

「そうか」


それにしても疲れた。

熱岩熊より御しやすいという話は何だったのか。


いや、確かに動きは御しやすくはあったか……。

防御性能が段違いだったから必然的に長期戦になってしまうというだけで。

それが大きいのだが。


「しかし、こうしてみるとデカいな。それに重そうだ。素材はどこを取るんだっけ?」

「ご主人様、たしか頭と爪、背中の外皮も売れたはずです。あとは魔石に肉、しっぽ……」

「ほぼ全身じゃねーか」


解体がとんでもなく大変そうだ。

そこへ、巨体を眺めるようにしていたピーターが言葉を発した。


「これは今日持ち帰るのは厳しいな。1体だけならまだ何とかなったかもしれないが、2体は厳しい。重量的にも、体積的にも、そして時間もな」

「じゃあどうするんだ?」


ピーターは顎に手を当てて考えるようにした。


「提案だが、今日は希少な部分のみ採取して持ち帰って、残りは人を派遣しないか」

「荷運び人ってやつか?」

「そうだ。明日までに他の魔物に食われたりする危険はあるが、そうでなければ手間賃を払っても十分儲けになるはずだ」


ポーターを雇うってことね。


「うん、まあ、いいんじゃないか? 無理をするよりは」

「そうか。ではそうしよう。早速、今日の解体はしてしまおう」


ピーターの指示に従い、解体に入る。

今日持ち帰る部位は、盾のような頭をまるまる。長い爪の部分を両前脚分。そして肉を少々。

肉は売るためではなく、俺が食べてみたいからだ。


ちなみに魔石だが、頭の部分に1つ入っている。なので頭を持ちかえればいい。

他にも、胴体部分にも魔石があるそうで、魔石が複数あるパターンもあるのだなと学習した。

胴体の魔石はやや価値が低く、取り出すのが面倒なので後日回収に回す。

死んでもなお硬い外皮に苦戦しながらも、解体していく。


主にサーシャが作業をし、俺が指示されて力仕事を手伝う感じだ。

ほんとに優秀やでぇ、うちの奴隷は。


「私とヨーヨー君で頭を1つずつ持とう。爪などはサーシャ君に」

「了解」


ひもで縛って持ち上げてみると、ずっしりとした重み。

頭だけなのに、半端ない重さだな。


そのあと、行きよりも手がふさがっているのでできるだけ安全なルートを選びながら、なんとか陽が落ちてから野営地に帰還することが出来た。テントは設置したまんまになっている。

ものすごく疲れた。さっさと寝るとしよう。


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