第78話 かくれんぼ

朝、朝食を終えて魔物狩りギルドにでも向かおうと外に出ると、少し様子がおかしい。


建物と建物を繋ぐように縄が張り巡らされており、そこに葉っぱが飾るように付けられている。

どうやら昨日の夜か今日の朝のうちに装飾されたらしい。


「今日、特別な日か? 分かるか?」

「いえ、ちょっと思い当たりませんね……」


サーシャも理解しかねている様子であった。

ギルドで訊いてみれば良いか。



「今日は外が何やらありそうな雰囲気なのだが、何の日なんだ?」


受付でウサミミ受付嬢のイリテラを捕まえ、質問する。


「あーはい、今日は合同葬儀祭ですねぇ」

「合同葬儀?」

「はい~。テーバ地方では毎年、多くの方が亡くなりますから……それらの方をお見送りする行事があるのです」

「なるほど。俺たちも何かした方が良いか?」

「知り合いの方が亡くなったりされましたぁ?」

「いや」

「それなら、特にないと思いますよぉ。でもでも、出来れば鐘に合わせて冥福を祈ってあげて欲しい、と思います」

「……そうだな」


明日は我が身、だしな。


「正午に1度、この日にしか鳴らさない喪鐘というものが鳴らされます。そのとき、簡単にでいいですので、心の中で祈ってあげて下さい。難しい作法は要りませんからぁ」

「分かった。教えてくれてありがとう」


それから、午前中を使って更新された資料などを調べて、ギルドを出た。

昼飯を食おうかと屋台を見て回っていたころに、低く、悲しげな鐘の音が聴こえた。


「……あ」

「喪鐘と言っていたものでしょう。祈りましょう」

「ああ」


サーシャと2人、その場で立ち止まって目を閉じ、祈りを捧げた。

誰かを思い浮かべるというわけではない。

神に、というわけでもない。

ただこの地で生き、戦い、散っていったであろう同類に。お疲れ様でしたという想いを浮かべた。


目を開けると、町の人も思い思いのポーズで祈りを捧げていた。

まるでこの街の時が止まったような錯覚に陥る。


やがて静寂は消え、いつも通りの店の呼び込み、武具のこすれる音、話す人々のざわめきが戻って聴こえてくる。


「……行こうか」

「はい」


今日も街は動き続ける。



************************************



翌日、渋いイヌミミマスターのいる酒屋でピーターたちと待ち合わせだ。


「連れは来てるか? 白肌族と丸鳥族のコンビなんだが」

「……いるよ」


マスターはキュキュっとグラスを拭きながら、横目で奥を見た。

入って良いってことかな。


「あ、エール1つ」

「私もそれでお願いします」

「……ああ」


入り掛けに注文をして奥へと進む。

それらしいコンビは、店の奥まったテーブル席に座っていた。


「よぉー、お前さんたち!」


片手を挙げ元気に言うのが丸鳥族のシュエッセン。

ピーターは相変わらずの無表情で黙々と果物の皮を剥いている。


「こんばんは」

「こんばんはじゃ、お嬢ちゃん!」


さっそくシュエッセンとサーシャがイチャイチャしだしたのを放置し、ピーターに話し掛ける。


「俺も自由型に出る感じになったぞ」

「ほお、そうか」

「1勝はしたいんだが、やっぱり対策が必要か?」


ピーターは1つの皮を剥き終わり、別の果物を手に取り……皮を剥きだした。食わないんかい。


「自由型は難しいな……」

「そうなのか」


そこに、サーシャに抱かれてモフモフされ中のシュエッセンが嘴を入れてくる。


「自由型はのぉ、毎年グダグダだから」

「前も言っていたな」

「そうだったか? まあ、戦法も噛み合わんし、ルール次第で有利不利も出やすいし。運営も苦労しとるようだぜ」

「人気はあるのか?」

「それなりかね。戦技に詳しくなくても、色んな派手な技が出たり、グダグダしてるのを逆に楽しむっちゅう連中は多い」


お祭り的な競技としては人気ってことかね。


「自由型で勝ちてぇなら、『戦芸団』の連中くらいは予習しとくんだな」

「戦芸団?」

「知らねーかぁ。ある意味有名な連中なんじゃけど」


シュエッセンいわく、テーバ地方で、というかタラレスキンドのみで活動する小規模な傭兵団のことらしい。


世の中には、色々と変わったジョブがある。

中には戦闘系だけど知られていないジョブや、戦闘系ではないけど戦闘にも役立てることができるジョブというのが存在する。

そういったジョブを選択した変わり者が戦士団や傭兵団の門を叩くと、どうなるか。


担当者は思う。

「えっこいつどうすればいいの? そもそも前衛なの? 後衛なの?」と。

結果として、「お祈りメール」が届くことになる……かは分からないが、とにかく丁重に入団を断られてしまう。

前例がないジョブで「戦えます!」と言われても、確立したノウハウによって役割分担が出来ている組織の中で、どう使えば良いのか分からないジョブは、困るのである。


そんななか、そういった少数派ジョブを排除しないどころか、それを積極的に活かすことを掲げた変わり者たちがいた。

それがやがて『戦芸団』という傭兵団を設立することになったらしい。

そして、そういう人たちが闘技会に出ようと考えると……。


「自由型しかないわけだ」

「……なるほど」

「闘技会に人を出す戦士団や大手の傭兵団は多い。優勝候補は、どうしてもそういうところから出る感じだぜ。でも、自由型だけは違う」

「その『戦芸団』が強いわけか」

「そうそう。自由型に出るのは、『魔剣士』の連中か戦芸団くらいって言われてるぜ」


……まじか。

『魔剣士』が自由型なのは、剣士の部に出ても、魔法の部に出ても中途半端だからかな?


「その『戦芸団』について教えてくれるか」

「そりゃ構わんぜ。……と言いたい所だけどよぉ。とりあえず遠征の話から進めねぇか?」

「あ、そうだったな」


未だにモフモフしているサーシャと、ムキムキしているピーターを放置していた。

『戦芸団』は狩りの間に情報を聞き出すとして、まずは狩りの内容を詰めないとな。


「ピーターたちは闘技会に気合いを入れているみたいだし、余裕を持って帰ってきたいよな?」

「……できれば」


ピーターがムキムキの手を止めて声を発する。


「じゃあ、行き、帰り含めて1週間で良いか。トラブルが起こっても、2週間後には戻って来れるだろう」

「それでいい」

「問題は何を狙うか?だが……」

「目標はあんのかい?」


とシュエッセン。


「いや、正直ここではルーキーだしな。経験があるピーターたちの意見を聞きたい」

「ん~、そうだな。日程も長くはないし。ビースト系でも狙うか?」

「アングリービーストってやつか?」


キメラみたいに、いくつもの動物がくっついたような見た目の魔物だったはずだ。


「いんや、そっちは上層まで行かねぇと確実じゃないから。西の方に出る、アーマービーストってやつ」

「……どんなやつだっけ?」


サーシャペディアで検索する。


「ご主人様、鎧を着こんだような重厚な外皮をした、中型の魔物です」

「そうそう。あれなら魔法が効き易いし、ピーターが慣れてるから前衛も固いぜ」

「ほう」


2人が慣れているやつの方が、事故は起こらないだろうな。


「いいんじゃないか」

「じゃ、西のアーマービースト狙いってことで」

「了解」


それから、具体的な探索計画について詰める。


「西斜面は割とハゲてるところが多い。見晴らしの良いトコが多いから、嬢ちゃんの「遠目」は役に立つぜ」

「2人はいつも、どうやって索敵してるんだ?」

「わしが飛んで探す」

「ん?」

「わしが飛んで探すぜ。だから森はちょっと辛い」

「なるほど……」


丸鳥族という空中戦力? がいると、何かと便利そうだな……。


「空中から魔法とか、考えたら最強の類じゃないか?」

「ひょひょ、まあな」


シュエッセンが変な笑い方で誇る。強いというか、卑怯というか。まあ強いだろうな。


「ちょっと気になったんだが、シュエッセンはどれくらい飛べるんだ?」

「魔力次第だな」

「あ、羽根で飛ぶわけじゃないんだ」

「いや、羽根は使うぜ。でもよ、このプリティボディに対して、小さいだろ?」

「……うん」


プリティボディて。


「丸鳥族ってのは、固有スキルを使って飛ぶんだぜ。だから、魔力を使えばびっくりするくらいの速度が出る」

「なるほど、魔力が切れたら全く?」

「飛べない……かなぁ。高いところから滑空くらいは出来そうだな」

「飛びながら魔法乱射するっていう手段は難しいわけか……」

「まァな。使いどころを考えて一撃離脱するか、誰かの肩に止まって魔法に専念するかって選択になるぜ」


サーシャの目がキラリと光る。

止まり木役を買って出たいのだろう。


「……俺は魔剣を使って前衛もするから、サーシャの肩に止まるのが良いんじゃないか? 必要があればそこから飛んで攻撃するって感じで」


うんうん、とサーシャも頻りに頷いている。


「そうか? そんじゃア、そうするぜ」


任務完了。サーシャの笑顔が報酬である。

なんで主人が奴隷に気を使っているんだろう。



************************************



数日が経ち、ピーターたちとの狩りへと出かける日となった。

現在、ステータスはというと……。


***********人物データ**********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(20)魔法使い(13)隠密(3↑)

MP 35/35

・補正

攻撃 G

防御 G

俊敏 G+

持久 F-

魔法 E-

魔防 F+

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

気配希薄

・補足情報

隷属者:サーシャ

隷属獣:ドン

*************************


こうなっている。

『隠密』をコツコツ育て出したところだ。

サーシャと街中かくれんぼを開催するなどしてレベルアップに努めてみたが、上がったのは2。


こんなものかな。


「気配希薄」の説明は、『気配希薄:存在を悟られるおそれのある現象を抑える』である。

また偉くざっくりしている。

パッシブで常時発動しているタイプではなく、魔力を消費して意識して発動するタイプだ。

少し離れたところにサーシャを配置して、オンにしたりオフにしたりして実験してみた。

すると、オンにしていると俺の立てる音が少し小さくなった気がする、ということだった。


「存在を悟られるおそれのある現象」というのは、音とか、匂いとか、諸々のことを薄く広く含むのかもしれない。

ちなみにこの「気配希薄」は、『暗殺者』の初期スキルでもある。

こちらは街中で育てるのは難しいが、奇襲攻撃に特化していくのだろうか。


「待たせたのぅ、ご両人!」

「……」


門の外で待っていると、凸凹コンビが出てきた。

シュエッセンはさっそくサーシャの胸にダイブし、一頻りモフられてから腕から肩によじ登っている。

それにしても、テントや食料を背負ったこちらに比べ、ピーターもシュエッセンも荷物が少ない。

普通サイズのバックパックをピーターが負っているくらいだ。


「あんたら、身軽だな?」

「私たちはテントなどを使わないからな。食料はある程度持ってきているぞ」


なるほど、まあいいか。


「じゃ、ピーター、俺、サーシャとシュエッセンって並びで良いか?」

「問題ない。早く出よう」


あんまり門前で溜まっていると邪魔になるかもしれない。

同じように待ち合わせをしている者も多い。

二度目のサザ山狩り、行くとしますか。



今回の狩りでは、サザ山の西からアタックをかける。

前回同様に南西の野営地に向かって、そこから北上するのも一手である。

だが、まず北に進み、そこから東に曲がって正面から登るルートを選んだ。


そうすると、正面から西を目指す場合の別の野営地がある。

また、出現する魔物が限定されるので、想定外の敵に当たる可能性が減るという話だ。


「それにしても、見渡す限りの草原だなぁ」


北門を出て左手、タラレスキンドの北西方面に目をやる。

ところどころに林はあるが、森と呼べるほどの規模はない。高低差もそれほどないようで、はるか西の地平線まで見渡すことができる。


「貴族が治めていた頃は、穀倉地帯だったらしい」


ピーターは無感動に平原を見やって、そう言う。ある程度開拓されていたから、森じゃなくて草原になったのか。

そしてそこを、今は王軍が演習地として確保していると。


「金になる亜人種も多いと聞いた。軍の独占がなければ、良い狩場になりそうなのだがな」

「ああ、だから軍が手放さないのか」


演習地として優秀で、演習のたびに魔物素材で懐が潤う。

こんな美味しい利権はなかなかないだろう。

郷土戦士団も、そういう背景があるとはいえ、一地域の魔物対策を担当してくれるので一応は認めているといったところか。


「絡まれなければ良いけどな」

「街道沿いに進んでいれば、向こうも好んで絡んでは来んよ」


なら安心か。

見晴らしの良い草原を眺めながら、1日目は魔物と遭遇することなく、歩きづくめで終了した。



翌日は北上していたのを東向きに方向転換をして、サザ山に迫る。


右手には、サザ山初挑戦の途上でラムザと共に入った森が広がる。左手、北の方向は森林、平原、岩の連なる荒野へと風景が移り変わっていく。

さすがに魔物と遭遇するようになってきた。


右手の森、木の陰から飛び出してくる大蛇を察知し、ウォータシールドで軌道を逸らし、剣で切り裂く。

蛇の首あたりにヒレのようなものが付いており、それを逆立てるようにして威嚇してくる「ヒレ蛇」という捻りのない名前の魔物だ。


これがもう、午前中だけで5体くらい飛び出してきた。

物陰からの奇襲が怖いのだが、逆に言えばそれさえ防げば攻撃が直線的なので対処しやすい。

俺は防御魔法で受けることができるし、ピーターは左手に持った防御用の短剣で巧みに受けている。


この短剣、以前模擬戦で使用していたソードブレイカーとは異なる。

右手に持つ攻撃用の剣も模擬戦とは違うものを使っている。


その辺りを聞いてみると、模擬戦で使うのは練習用あるいは対人戦用のもので、魔物狩りをするときには持ち換えるのだという。

今持っているのは、右手に幅広の独特な形をした剣。斬る部分が丸く反り返っているようになっているのだが、剣全体のデザインとしては、シミターのような三日月型ではない。

半月型、と言えばいいか。背の部分は真っ直ぐなのだ。

地球ではちょっと見たことのない形じゃないかな。


左手には、これまた独特な形状の短剣サイズのもの。

一言で表すなら、トゲトゲ。

焼き魚を開いたときの背骨の感じというのがしっくりくる。剣の左右に、いくつものトゲトゲが飛び出しているのである。


魔物の攻撃は、魔物自身の体を武器とすることが多いため、ぬるぬるだったり、柔軟性が高かったりする。

それを確実に受けるため、相手に刺さるような構造をしているのだという。

トゲトゲの部分は交換可能で、いくつも替えを持ってきているのだとか。


夕方になると、前に街道で戦った炎走りにも遭遇した。

走り込んで来る炎走りの正面に立つと、衝突の瞬間に身体をずらして、炎走りの前足を巻き込むように横に転がるピーター。

それで炎走りは転倒し、シュエッセンが氷弾を撃ち込んで終了であった。


シュエッセンは氷魔法を使うようだ。

一番得意なのは風だが、威力がいまいちなので氷を攻撃で多用すると。


攻撃として成立する氷弾を撃てる時点で、得意の範疇なのではと思うが。


本人的にはそうは思わないらしい。

謙虚なのかなんなのか、良く分からない。


そして陽が沈む前には、サザ山西の野営地へと辿り着く。

明日からが本番である。


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