第50話 モフリストにはたまらん

……おはようございます。

毛布を被ったまま意識の覚醒を待っていると、テントの入口からコリコリと何かを齧る音が聞こえてくる。

ドンさんが朝食?のナッツでも咀嚼しているのだろう。サーシャはいない……もう起きて何かしているようだな。


「ご主人様、起きられましたか」

「ああ」


テントの入口から、サーシャが顔を出す。


「朝食の準備をしております」

「そうか。スキルの調子はどうだ?」

「はい。今のところ、問題ないかと思います」

「そうか」


あー眠い。身体を無理やりに起こすことで覚醒を促し、今日の予定を考える。

2人とも新しいスキルを会得したばかりであるし、もとより無理をするつもりはない。

昨日は中途半端だったから、その続きという感じで川辺の探索でもするか。


朝食を摂りながら意見を募集してみると、サーシャもそれでいいとのこと。

「遠目」のスキルを使いこなせれば、危険は少なくとなるはずだ。

サーシャには無理のない範囲で積極的に活用し、早く慣れるようにと指示を与えておく。


昨日狩ってきた熊肉入りのスープを啜りながら、身体を温める。

季節も秋に近くなってきたらしく、テントで寝ると朝がそこそこ寒い。

保存食しかない周囲の魔物狩り達が恨めしそうな視線を送ってくるが、気にしない。

朝が早いと食堂はやっていないし、陽が昇ってくると戦士団の面々が食事に入るため、排除されてしまうのだ。

昼までふて寝するか、諦めてありあわせの物を食うしかない。


「既存の魔物がいたら狩っていく。数が多かったり、未見の魔物は回避だ。出来るか?」

「やってみます」


サーシャの索敵能力が向上したので、相手を見極めて事前に選別していく。

遠くまで見通せる索敵役と、距離は近くまでだが、動きを察知できて奇襲を防ぐことのできる俺。結構いいコンビになってきたんじゃないだろうか。


食事を終えて、荷物を片付けてテントを倉庫に預ける。もちろん有料だ。

放置したままだと、誰かに取られていても文句は言えない。戦士団は場所を貸してくれているにすぎないのだ。

さっそくサーシャに索敵をしてもらいながら、進路を北西へ。


「……あちらにヘビのような魔物がいます」

「よし、迂回しよう」

「上空にもいるのはアローラーですね……3匹、でしょうか」

「あの点みたいなやつか。よく見えるな」


サーシャの「遠目」スキルは、思った以上に活躍著しい。

ただ、俺と比べてMPの値は少ないため、使い切ってしまってしばしば充電時間が発生してしまうのが難点だ。

MPの回復は、きちんと測った事はないが、固定値ではなくパーセンテージ、割合での回復だと思う。

つまり、毎分1ずつ回復……といったシステムではなく、毎分最大値の〇%ずつ回復……のような方だと思う。

俺が1回復するスピードと、サーシャが1回復するスピードが大きく異なるからだ。

まあ、体調や、何をしているかによって回復値も明らかに変動しているようなので、実際はもっと複雑な仕組みだろうが。


そんなわけでサーシャの回復待ち時間が出来たり、諦めて普通に進むこともあったが、一方で、サーシャのおかげで、確実に倒せる相手を倒し、未知のものや楽に勝てるか分からないものを除外することができたので、狩りは順調に進んだ。

草原初期に狩っていた、懐かしのケタケタなんかも発見したので狩り尽くした。


昼には川辺に着き、何か達成した気分になったが、目的は川辺のピクニックではない。

上流に行くほどヤバいということなので、下流に、川の流れに沿って下って魔物を探してみる。

すると、20分ほど歩いたところで、川、ではなく上空にフヨフヨと浮かぶ柔らかい板のようなものを発見した。


「なんだ? あれ」

「飛びエイですね」

「ほう」


サーシャは知っているらしい。エイか。微妙に遠くて分からなかったが、あれエイなのか。


「珍味らしいですよ」

「……ほう」


この世界の人って、あのウネウネした黒玉も食すし、魔物喰いに積極的だよなぁ。

利用できる土地が少ないわりに何とかなっているのは、皮肉にもその原因たる魔物の食材が流通しているからだろうか。ありそう。


「資料にあったっけ……」

「たしか、ありましたよ。魔法抵抗が強いので、矢が有効とのことです」

「ふむ、ではサーシャ任せた……いや、ちょっと試してみるか」


気付かれないように慎重に近付く……というか、フヨフヨと飛んでいるので、ちょうど射程に入るタイミングを計って、魔法を行使する。

魔力を砂に変化させ、小さくまとめて針にする。

サンドニードルだ。

命中を確認するよりも前に、手元の石に魔力を通し、魔力で加速させるようにして、投げる。

スローストーン(物理)だ。魔力も使っているのだが、見た目完全に、ただの投石だ。


「キイイィー!」


ばら撒くようにして発射したサンドニードルが刺さり、次いで投石が直撃する。

高度を落とす飛びエイに、サーシャの矢が立て続けに刺さる。

撃つ速度というか、頻度というかも向上しているな。感心。


「サンドニードル!」


俺もサンドニードルで攻撃参加する。高度を落として動きを止めた敵はいい的だ。

そう長くもかからず、飛びエイは……川に落ちた。


「あっ」

「ああっ!」


まぁ、そうなるよね。ドンブラコと流れていくエイを眺めながら、一瞬惚ける。


「ご主人様、魔法、魔法で!」

「あ、あぁ」


水魔法を作動させ、流れを操作しようとするが……すでに遠くに流れてしまって失敗した。

あー。素材が。


「……珍味が」


そっちかい。


気を取り直してまた川を下る。

なに、どこかでエイの死体が引っ掛かっているかもしれん。


それにしても、魔法抵抗が強いという話だったが、やはり土魔法は通ったな。基礎4属性で最も物理に近いという話は本当だったということだ。それが確認できただけでも上出来だ。素材などおまけだ。


……おまけなんだ。


「魔物、少ないな」


川辺を下りながら、思わずそうごちる。水辺というのは、魔物に好まれやすいと聞いた気がするのだが。草原地帯よりも魔物を見ない。さっきの飛びエイくらいだ。たまに水の中に何かの影が見えたりはするが、水上まで上がってこない。


「どうしたもんか」

「……」

「ん? サーシャ、どうかしたか?」

「ギー! ギー!」


サーシャの背負ったリュックから、ドンが顔を出す。高い声を出して警戒を促しているようだ。


「……魔物か?」

「はい、まだ遠いですが、何かいますね」

「詳しく見えるか?」

「はい。……脚が多く、ごつごつしているというか……カニ、エビの類でしょうか」

「甲殻類か?」

「はい。ですが、その上に人間の上半身のようなものがあります」

「亜人なのか?」

「いえ、どうでしょう。人間のような生物というよりは、甲殻類が人間のような形をとっているといいますか」

「ふぅむ」


そんな魔物、魔物攻略本にも載っていなかった……よな?

草原の魔物は頑張って頭に叩き込んだのだが、それ以外の場所はなぁ。

いや、ノーチェックというわけではない。頑張って一通り目は通した。そのはずだが……ほとんど頭に残っていないんだなぁ。


「思い当たる魔物はいるか?」


そこで、頭脳明晰な奴隷に丸投げする。適材適所なのだ。


「いえ……すみません。ですが、川辺の魔物は、下流域までは寄る可能性があったので暗記致しました」

「ほう」


優秀すぎる。


「そのうえで、情報と一致する魔物に思い至りません。と、しますと」

「ああ」


サーシャが言いたいことが分かった。単に、生息数が少なくて脅威が少ないために情報を省かれたとかいうことなら、問題ない。

しかし、最悪なのは、情報は載っているが、下流域までに生息していないパターンだ。つまり、ヤバいとされる上流域から流れてきた魔物。


「ありそうだな」

「はい……」

「こちらに気付いているか?」

「いえ、何か作業をしているようで……気付いていないか、気に留めていないのかですね」

「なるほど。どちらにせよ、相手にするのは賢明ではないな」


いつでも防御魔法を発動できるようにしながら、じりじりと後退していく。幸い、謎の甲殻類(一部人型)がこちらに興味を持つことも、近づいてくることもなかった。……ふう。


「まさかと思うが。この辺に魔物が少なかったのは、あいつの影響か?」

「ないとは言えませんね」


普段は生息していないはずの、強力な魔物が流れてくると、周囲の魔物が減るという現象は、ままあるとされる。魔物は多くが人を襲うが、次点で魔物を襲うからだ。いや、冷静に考えると、第一に人を狙ってくる時点で意味不明だけどな。この世界の魔物や湧き点などが普通ではない、と述べていた白髪のガキがちらりと頭をよぎるが、頭を振って追い出しておく。

何か、下手に考え出すと関わりたくもない世界の秘密に触れてしまいそうだ。

ゲームっぽいステータスシステムがある世界だからといって、魔王やら邪神やらが登場したりしないだろうな? いや、フラグじゃないぞ? だから考えたくなかったんだ!


「ここまで来れば大丈夫でしょう」


静かに、全力で警戒しながら、後退するという難事をこなして、額から汗を流して疲れた様子のサーシャが息を吐く。

俺も一息入れて、1度、深呼吸しておく。サーシャの背中からは、ドンが上半身を出してヒクヒク匂いを嗅いでいる。これだけ警戒しているのには、ドンさんのスキルのこともある。

こいつが少し前に、どうやってかは不明だが習得したスキル。


「危険察知」である。


いつもはのんべんだらりとリュックで眠りに就く夜行性のドンさんが、昼間から飛び起きて警告するほどの危険が迫っていたと考えると。

あいつ、相当ヤバかったんじゃないだろうか。そんな予感がしたのだ。


「キューキュー」


ドンもいくらか落ち着いた様子で、マイレーズンを取り出して食べ始めた。危険は遠ざかったと見える。

サーシャは、手を後ろに回してドンを撫でている。

どれ、1つ俺も御相伴に預かり……ふむ、相変わらずな極上のふわふわ感。モフリストにはたまらん。


「ギー」


背中をサーシャ、腹の毛を俺に撫でられ、ドンが迷惑そうに一鳴きする。


「さて、ここから川辺から離れて進もう」

「はい、そうしましょう」


俺のヘタれた提案は全会一致で可決され、草原地帯を通って基地へと帰還する。



「……どうした?」


入口に佇む戦士団の門番をしげしげと眺めていると、不審そうに尋ねられた。

初日に手続きをしてくれた壮年のおっさんで、俺の顔を知っている。俺が印籠のごとく魔物狩りギルドのカードを見せてとっとと通らないことが不思議なのだろう。


「一応、報告しておこうと思ってな」


門番の前で考え込んでしまったのは、ふとスラーゲーの街での出来事を思い出したからだ。

やけにブラッディスライムが多いなと思ったときに、一応門番のおっさんに報告したことで、魔物の大量発生を予見できた。

今回は1体だけだが、あの尻の重いドンが思わずリュックから飛び出てくるような相手を確認したわけだ。一応報告しておいてもいいのではないだろうか。大したことがない情報であっても、俺が失うものは特にない。その場で恥ずかしいくらいだ。ということで報告してみよう。


「なんだ?」

「北西の川辺の方に行ったんだが、見慣れない魔物がいた」

「ほう? どんな魔物だ?」

「サーシャ」


スキルを行使してばっちり目撃したサーシャにまかせる。


「はい。カニのような、甲殻類の足と、同じく甲殻類の殻でできた、人間のような上半身を持つ魔物です。身長はおそらく2メートル以上、多脚を用いて水の上を滑るように移動していました」


帰り道で脳内の情報整理をしたのか、よどみなくサーシャが陳述する。えらいぞ。


「む、人型で、甲殻類のような足と殻だと? 確かか?」

「はい。間違いございません」


言い切った! かっこいい。


「ふぅむ。その報告通りと考えると、そいつはフェレーゲン。人喰いガニの上位種と言われる魔物だな。この辺りでは、カンセン川の上流域にしかいないはずだ」

「上流域、か」


よくない予想が当たってしまった。戦わなくって良かったよ。


「強いのか? そのフェレ……何とかは」

「フェレーゲン。強いぞ、高レベルの戦士でもチームで当たる敵だな」

「周囲の魔物が少なかったのだが、そいつの影響だろうか?」

「なくはないな。腹が減っていた状態で、敵の弱い下流域まで辿り着いたなら、周りを殺し尽くしたということもあり得る」

「そうか、すぐに引き返してきて正解だった」

「普通は、クロスポイントの駐留部隊が駆除してくれるのだけどな。すり抜けたか、中流域のカニが変異したか。何にせよ、これは重要な情報だ。すぐに伝えてくる」

「ああ」

「場合によっては、何か報償があるかもしれん。その場合、門を通った時に俺が渡すか? それとも、自分で取りに行くか?」

「取りに行くって、どこへ?」

「そりゃあ、戦士団のお偉方の所じゃないか? 詳しくは分からんが」

「あんたが渡してくれ。しばらくはこの辺をウロチョロするし、もう会わないってこともないだろ」

「そうか。ならそうしよう。では俺は手続きをするから、中に入るなら入っちまってくれ」


もう夕方になっているので、これ以上外で狩りをするつもりもない。言われる通りに中に入る手続きをして、休憩とした。

おっさんはもう一人の門番に現場を任せて、奥に引っ込んだ。上司に報告するか、報告書を書くかするのであろう。

ここからは彼らの仕事だ。というか、そんなヤバそうな相手は命令されたって断る。


「今日は稼ぎがイマイチだったなぁ~。エイも流れていったし……」

「はい……珍味……」


サーシャが落ち込んでいる。激しく励ましてやりたい。

今日は肉不足らしく、食堂で野菜炒めとサラダの、健康なような偏っているようなメニューを堪能して就寝する。

いや、寝るにはちょっと早いか。

新しい魔法でも試してみよう。


身体強化魔法を意識して、身体にとくとくと魔力を通す。……ここまでは良い。ここからだ。

そのまま、腕に魔力を集め、伸ばしたり、畳んだりしてみる。うーん。

ふと、魔力が集まっているなら防御力は高くなっているのではないか?と思うが、それなら普通に防御魔法でいい。

少なくとも、それ以外の利点がなければわざわざ伸ばすほどの魔法ではない。

基礎4属性魔法ですら、攻撃、防御、補助と多彩な活用が可能なのだから。

基本に立ち返ってみようか。


魔法でできることといえば、火や水に転化させること、動かすこと……。

身体を何かに転化させるなんて怖いから、動かすことだ。

そんなことをしなくても身体は動くのだが……筋肉を使わずに、魔力で動かせることが利点?

いや、魔力の無駄遣いが過ぎる。

ん? いや?

ちょっと今、重要な思い付きが過ったぞ。


筋肉か、魔力か、どちらかに絞る必要性がどこにある?

筋肉に、魔力を上乗せする魔法。

……ふむ。


魔力を操作して、身体を動かしてみる。

いや、何か違うな。この魔法、魔力単体では動かせないみたいだ。

では、筋肉を使って身体を動かすときに、魔力の動きを同調させたらなにか起きないだろうか?

ゆっくり、畳んだ腕を伸ばしながら力を籠める。ゆっくりとパンチを繰り出している状態だ。

パンチに合わせて魔力を動かしてみる作業に慣れてから、普通の速度のジャブを、地面にあった大きな石に当ててみる。

普通であれば、何ともならないようなただのパンチ。その衝撃によって、ピキリ、と音がして石が割れた。つかんだ、という感触がした。


「身体の動きに同調させることで、力を増幅させる魔法……かな?」


ただ、パンチを世界を狙える威力にするだけではないだろう。足の筋力を増幅させれば走力、跳躍力、制動力のアップが狙える。全身の筋力をバランスよく増幅させれば、映画で見たようなアクロバティックな戦闘の動きもできるかもしれない。

ステータスを確認する。

短い間に、MPは25くらい消費している。

とんでもない燃費の悪さだ。まあ、魔力を好き放題に流して、動かしていたわけだからな。実戦では、もっと要所要所で使うような使い方をするべき魔法なのだろう。


「しかし……道が見えた」


ニヤリ。

当初思っていた以上に魔法にハマりつつあるのは、これだな。何をどう使えばいいのか分からない状態から、試行錯誤と自分なりの知識と考察で技を再現できたとき。そして、全く新しい技を編み出せたとき。その快感がちょっとクセになるのだ。

複雑なパズルを読み解いたときの開放感に近い。あるいはテ〇リスで狙った瞬間に長い棒が落ちてきて、綺麗さっぱりブロックがなくなった瞬間? あるいは……いや、もういいか。テ〇リスとかどうでもいいのだ。

サーシャの「遠目」スキルしかり、スキルは習得しただけでなく、個人が研鑽して使いこなすものであることは疑いがない。その中でも魔法は、特にその難易度が高く、反面、自由度が高く設定されているように思う。

それゆえに奥が深く、面白いのだ。


隣ではサーシャがマジックウォールの練習をしている。魔石も10個を切った。一度補充しなきゃなぁ。


ドンは昼に起きたことが響いているのか、辛うじて起きているが眠そうだ。うつらうつらしている。

俺たちが寝るまでには回復して、警戒役を担ってもらいたい。

基地内だから、そこまで危険性はないのだけどね。

他の魔物狩り、傭兵たちを信用しきることはできないからな。


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