第48話 拠点
ギー、ギーと鳴く声で目が覚めた。
テントの入口から光が漏れ入ってきており、すっかり朝が明けているものと知れる。
「……ドン? エサ、か?」
眠気を払いながら上体を起こすと、ドンはとてとてとリュックの中に入ってしまった。エサではないらしい。
俺が起きるまでは起きて代わりに警戒しておいてやったってことかな。ただ眠くなってきたからそろそろ起きれと。
「ありがとうな」
さっそく幸せそうに寝息を立てるドンを起こさないようにしながら、テントの入口から出る。
サーシャがで入口前に陣取って、弓や短剣の手入れを行っていた。
「悪い、寝坊したか」
「おはようございます、ご主人様」
サーシャがサッと立って、脇に置いてあったスープをよそう。
「ああ、ありがとう」
サーシャはもう食べたのか、俺一人で食事をする。
「他の連中は? もう出たのか」
「はい、夜明け前に出たようです」
若い男女3人組のことだ。俺より遅く寝たはずなのに、早く出たらしい。
「話したか?」
間をつなぐために3人組のことを訊くと、サーシャは神妙に頷いた。
「はい、話し掛けられました。とある筋のご子息という話にしておきました」
「お、そうか」
ここでも身分詐称?をする必要があるのかは分からないが、またサーシャが狙われたりしないためには多少はするべきか。
「犬系の毛皮を狩りに来ていたそうです。今日は街に戻ると」
「へぇ。俺たちはどうするかねぇ……荷物はまだ少ないし、また森に入るか軍事拠点まで遠征してみるか」
「はい」
サーシャはこういう時基本、意見を言わない。ご主人様の決定に従いますという姿勢だ。こういうところがおじさん連中に人気なのかねぇ?
「……先に進んでみるか」
軍事拠点がどういうところか、一度見ておくのも手だろう。
それに、また視界の悪い森の中をひたすら歩くと思うと気が滅入る。気分転換をしよう。
準備をして、装備も着込む。
ほとんど鎧を着たまま寝ているわけだが、余力があるなら鎧下くらいは換えたい。だから一回脱いで、また着る。
その作業を続ける間、昨日の反省点を考える。
足や武器の持ち手を狙ったのは正しかったと思う。ただ、バシャバシャが破られて混乱したときに、大雑把になってしまった。昨日も反省したが、これが1つ。
対処法としては、冷静になる他に、もっと補助的な魔法や戦い方を覚えたい。
そして、直接攻撃のほかで、魔銃以外に威力の大きな攻撃がないというのも問題か。攻撃魔法を充実させたいのだが……魔法は一朝一夕にはいかないからなあ。
あとは、せっかく上達した土魔法をあまり活用できていない気がする。もったいない。今日から、サンド系の魔法を集中的に練習してみるか。サンド、砂を創ったり、操る魔法だ。土魔法の基本の1つでもある。今でも多少使えるが、実用的な強度には至っていない。
魔法抵抗が強い魔物を相手にするときや、魔銃を構えていないときの代わりとして、スローストーンあたりを積極的に使ってみるか。
魔弾? あれはもう……遊び用スキルだな。
「ご主人様、準備が整いました」
「おう」
この日はじめて、テントスペースから更に北の地へと歩み出した。
目指すは軍事拠点。エネイト基地とかいう名前だったかな。
夜の間に小雨が降ったようで、草原は露を含んだ爽やかな気配がしている。季節も暑い盛りを過ぎ、これから次第に過ごしやすくなるとの話だ。
余談だが、この国は6月が最も熱く、12月が最も寒い。ある意味、日本よりも暦通りの四季がある。
ただし、緯度が北に寄っているのか、冬の寒さが相当厳しいようだ。
そろそろ8月になろうかという時期なので、日本で言うと10月に入ったくらいの季節になるのかな。
こちらの世界にも、“秋の味覚”的なものはあるのだろうか、期待。
「ご主人様、アローラーです」
サーシャが弓を構えて警告する。
上を見上げると、鷹のような鳥が一羽、頭上を旋回している。れっきとした魔物で、隙を見せると襲い掛かってくる。
今までは、出会っても素通りされてきたが、今回は完全にロックオンされている気がする。
「撃てるか?」
「少し遠いですね……」
「もう少し高度を下げてきたら、牽制するから撃ち落としてみてくれ」
「はい」
その場で警戒したまま待機していると、焦れたのか、獲物が足を止めたと思ったのか、急速に高度を下げながら飛んでくる。
掌を向けて、魔弾を連続発射する。アローラーはひょいひょいとそれを避けるが、その反動で一時的に動きが止まったところで、サーシャの矢が刺さった。
バサバサと暴れるアローラーに、無慈悲な2射目、3射目が刺さる。そのまま力を失い、地に堕ちた。
「見事なもんだな」
「直線の動きでしたら、捉えられます」
サーシャの才能が爆発している。
他の魔物や動物に喰われる前に死骸を回収し、サーシャが解体も担当する。
サーシャ、今なら狩人として普通に生きていけそうだ。
というか、初期ジョブを活かして弓の道に進んでいれば、奴隷にならなかったのではと思ってしまう。まあ、商人になるような女の子が「そうだ、狩人になろう」とはならないか。うん。
「ご主人様、捌けました」
「おお、ご苦労」
魔石と羽根、嘴が採取部位だ。羽根は矢羽に、嘴は練成して何かの材料になるらしい。肉は少ないし、マズいらしい。
「綺麗に剥げたな」
「練習通りです」
サーシャが一礼する。その練習通りにできるのが凄いのだよ。
「アローラーが多いな……やはり南の方とは様子が違う」
「そうですね。注意していきましょう」
たまに襲ってくるアローラーや犬系魔物などを倒しながら、道沿いを慎重に進んでいく。
「あれは……」
草原もかなり北まで進んできたところで、右前方に大きな影を発見した。
「気配察知」スキルもまだ反応していない。それだけ距離がある。にも関わらず、はっきりとその姿を認めることができた。
「あれがレーベウスですか? 大きい……」
サーシャが息を飲むのも分かる話だ。その姿を一言でいうなら、恐竜。大型の草食恐竜だ。
地球だったら「~~サウルス」と名付けられそうな風体で、四つ足で首長。その首を伸ばして、もっしゃりもっしゃりと植物を食んでいる。動作はゆっくりに見えるが、なにぶん巨体なので、遠近法でそう見えているだけかもしれない。
魔物狩りギルドの情報で、唯一「狩る場合は節度を持って」ではなく、「狩ることを一切禁ずる」だった草原の魔物だ。
とはいっても、狩ろうと思っても簡単には狩れないだろう。大きすぎて感覚が麻痺しているが、少なくとも一戸建ての家よりは大きい。
……うーん、体長20m、いや30mはありそう。
小さい頃に連れていかれた恐竜展にいた何とかサウルスの復元模型よりは確実に大きい。半端ない。
こいつを狩ってはいけないのは、個体数が少なく、草食だからだ。
近付きすぎると激高して攻撃してくるらしいが、放置しておけばそうそう被害は出ない。そして近付いてくる他の魔物を排除してくれるため、便利な魔物なのだ。
攻撃されることがあるとはいえ、草食で基本無害なら魔物ではないのでは? と俺なんかは思ったが、魔物の基準というのはあいまいだ。
湧き点から出てくる、魔石を持つ、魔法やスキルに似た能力を持つ、といった要素に当てはまれば魔物とされやすく、他には獰猛かどうかなど、人に危害を与える生物かによって判断される。
レーベウスはこの草原の湧き点から生まれているらしく、魔石も持っているので魔物というわけだ。激昂すると辺りを破壊しまくるので、獰猛とも言える。
「まあ、放置だよな」
「はい」
何で道沿いにいるんだ、と思うが仕方ない。迂回して屈んで歩くことでその視線に入らないようにしつつ、気付かれずに離れることができた。
あいつと戦うことになったら、どうするかな? 巨体だけに、バシャバシャが決まれば隙が生まれそうだが、巨体すぎてハメるのが難しい。また、一方的に攻撃できたところで、現状俺たちの攻撃が通じるのか不安だ。というか、多分ムリ。
個体が増えすぎたり、街近くに縄張りを持った個体がいた場合は戦士団が演習がてら間引くらしいが、あれを相手にするとか尊敬するわ。
「おっ、前に建造物が見えるな……あれが例の軍事拠点?」
レーベウスを回避してからコソコソと前進していると、堀と頑強な木の杭で作られた防御陣地のような場所が前に見えてきた。
時刻はもう夕方過ぎなので、入り口に明かりが灯っていて分かりやすい。
ここがエネイト基地、テーバ領戦士団が運営する開放されている拠点の1つだ。
堀を渡る橋を渡ったところに入り口が設けられており、革の鎧と長槍で武装した兵士が突っ立っている。門番だろう。
「この拠点は開放されていると聞いた。入ってもいいかな?」
「身分証は持っているか?」
「ああ」
魔物狩りギルドの証明証を見せる。
「ギルド員か。分かった、入れ」
「ありがたい」
「初めてだろう、案内は要るか?」
「そんなものを付けてくれるのか? 出来れば欲しいが」
「軽く施設を見て回るだけだがな。立ち入り禁止区域もあるから、きちんと説明を聞いておけよ」
「了解」
入口入ってすぐの小屋で軽く休んでいると、案内役の戦士が中に入ってきた。
「テーバ戦士団エネイト駐屯部隊のカーギッド・ソ・リュージュだ。その方らの名は?」
「ヨーヨー。こっちは従者のサーシャ」
「よろしく。当方が提供するのは最低限の施設のみだ。一部施設は有料で貸している」
「なるほど」
「まずはテントを張っても良い場所に案内しよう。臨時演習場の一部を貸している」
「食事は?」
「自前で取ってももちろん構わんし、食堂も一部開放している。ただし優先権は我々戦士団の団員にある。そのことは考慮するように」
「了解」
「ではさっそく移動しよう」
カーギッドに付いて行って、テントを張るスペースを確認し、水場等の場所も確認した。さすがに風呂はないようだ。
「食堂に移動するぞ」
途中で灯りが漏れる建物から笑い声が聞こえてきた。楽しそうだ。
「ここは?」
「戦士団の慰安スペースだな。カードなどをやっている。残念ながら一般に開放していないぞ」
「あー、なるほど」
「部外者を混ぜると、賭け事などが白熱して仕事に支障を来す場合があるのでな。随分前に禁止された」
「それは……たしかに」
ここで商売しようとするやつも出で来るだろうし、戦士団としては止めるだろう。
「さて、ここが食堂だ。ちなみに、美味い肉を狩った場合は買い取ることもできる」
「へぇ、戦士団で狩ってこないのか?」
「戦士団は肉を目当てに狩りをするわけにはいかん。食堂ではいつも肉の取り合いなのだ。数に限りがあるでな……」
「そうか」
大変そうだな、戦士団。
「他の開放されている拠点もだいたいこんな感じか?」
「どうだろうな、似ているとは思うが?」
「ふぅん……」
悪くはないな。ずっと住みたいところではないけど、魔物の危険がなく食堂まである。ここを拠点に1週間くらいなら頑張れそうだ。
「既に聞いているとは思うが、王都の戦士団や軍の拠点には近付くなよ」
カーギッドがそう警告する。この拠点に駐屯する郷土戦士団は、ここテーバ地方に軍事拠点を持っている3つの勢力のうち1つ。残りの2つが、カーギッドがいま挙げたものだ。
王都の戦士団とは、王都から派遣されてきた戦士団。エリート戦士団らしく、カンセン川上流域での治安任務に当たっている。魔物狩りが遭遇すると、上から目線で威圧してきたりするらしい。面倒くさい。
もう1つが、軍。どの地域にも、そして王都にも戦士団という常備軍のようなものがいるこの世界で、王家が持つ「軍」とは何なのか。
端的に言えば、対人特化戦闘部隊である。各地の戦士団が、魔物対策を主たる任務とするのに対して、軍は国内貴族への干渉や、国外勢力からの干渉排除のための実力組織として存在している。
野心を持たない貴族家などは、戦争は王家の持つ軍に任せて、自分の戦士団は魔物に特化して攻城兵器の1つも持たない、という領地も少なくないらしい。
逆に言えば、この対人特化の軍を持つがゆえに、王家は王家たる力を持っているのだ。
そんな軍がなぜ魔物狩りの聖地にいるのか。どうやら演習のためらしい。国境での小競り合いくらいしか発生しない平時において、国家の最終兵器たる軍の戦力を腐らせるのはまずい。そこで、亜人を人の部隊と見做して演習がてら狩るわけだ。
彼等は北西地域に拠点を持ち、不用意に近付くと下手すると狩られる。外国勢力が送ってきたスパイと疑われるなんてこともある。
「ギルドで何度も言われたよ。テーバ戦士団以外は接触するなと」
「まあ、そうだな」
「逆に、テーバ戦士団は何故拠点を一部とはいえ開放する?」
「魔物狩りを進めるのが郷土騎士団の使命だからだ。分かるか?」
「まあ、なんとなく……」
「王都の戦士団や軍は、遊び半分で来ているかもしれんがな。我々はこの地で戦い、この地を守るために存在する。利用できるものは、なんでもする」
「ふむ」
まあ、何か矜持があるらしいことは分かった。
「ここで食券を買え。おい、3つ頼む」
「あいよ」
「あ、金……」
「今日くらいは奢ってやろう、歓迎の儀式だな」
「あ、ありがとう」
尊大だが良い奴だな。
「メニューは、残っているものから選べる。遅くなると残り物しかないが、まあ食えるだけいいだろう」
「だな」
「なかなかのメニューがありますね」
サーシャが目を輝かせている。食事モードになったか。
「この、魔物鳥の煮込みって……」
「アーシィだな。骨から出た出汁が効いているが、全体的にはあっさりしていて、美味いぞ」
「ごくっ……」
「あー、じゃあ、それ2つで」
サーシャが引っ掛かったようなのでそれをチョイスする。魔物だけど、鶏もも肉の煮込みね。普通に美味そう。
手早く盛り付けられ、差し出された食事をトレイに載せて運ぶ。鶏肉の煮込みかと思ったが、肉はほとんどない。そう言えば取り合いだって言っていたっけ。でも、見るからに野菜に出汁が染みて美味そう。
席はかなり多めに作ってあるようで、そこそこ人数がいるのだが半分ほどしか席は埋まっていない。
「ここにしよう。簡単だが案内は以上だ。質問は?」
「いただきます。うーん特に何も……サーシャ?」
「もぐもぐ……」
「……ふ。特になさそうだな。食べ終わったら、立ち入り禁止場所についても説明しておこう。ま、基本は演習場と食堂以外は全てと思っておけば足りる」
「はあ」
利用できる施設はその2つだけか。
「有料で利用できる施設というのは?」
「戦士の訓練時間以外であれば、訓練場を使える。また小さなキッチンを使うこともできる」
「ほぉ~ん……」
食堂があれば使わないだろうな。自前で料理したい人用か。何か珍しい魔物肉でも手に入れたときに、利用するのかも。
「流石に魔石の買取なんかは出来ないか」
「魔石か。割安で良ければ買取りも出来た……ような気がするが」
「戦士団が買うのか?」
「一応な。ただ、あまり大々的にやると上がうるさいのでな。量は限られる」
非公式の買取ってことかな? なんか利権とか絡んでいそうだもんなあ。触らぬ神にたたりなし、だ。
「他に気を付けておくべきことは?」
「気を付けることか。そうだな。演習場で泊まっている傭兵同士のいさかいには、基本的に介入しない。傍に女性もいるのだから、身辺には気を付けたまえ」
「ふむ、了解」
いつも通りという事だな。
「ただ、刃傷沙汰になると戦士団が介入することがある。その場合、身柄を拘束され、戦士団の規則によって裁かれることがある。もめごとは起こすなよ」
「ああ……例えば、サーシャが襲われたので返り討ちにしても、拘束・処罰されるのか?」
「場合によるぞ。ただ、何もなしとはいくまい。証言が食い違えば、真偽判定官も巻き込んで正式な裁判をすることになる。気を付けろよ」
「判定官ね……」
サーシャが以前、判定を受けても良いみたいなことを言って商人達を説得していたよな。どういう存在なんだろう。
「その場合、無罪でも判定官の費用を負担することになる。もめごとは起こさないことだ」
「げっ。分かった、ただ2人旅していると、魔物以上に周囲の男が危ないこともあってな。どうしようもないときは反撃するしかない」
「なるほどな。まあ、ここでもめごとを起こせばまずいことになるのは周囲の者も分かっているはずだ。冷静に対処すれば、少なくともここを出るまでは穏便にいくはずだ。外では知らんがな」
「……外に出た瞬間に襲われそうで怖いな。まあ、理解したよ」
「うむ、そうか」
サーシャは静かに飯を食べ進めている。ちょっと物足りなさそうだ。切なそうな顔をしている。しかし奢ってもらってお代わりは、な。
「他のメニューも美味そうだな。明日以降の楽しみとしよう」
「はい!」
サーシャが元気になった。食事のときが一番元気だ。
「ふっ……」
「なんだ?」
「その方ら、本当に主従の関係か? 恋仲のように見えるぞ」
「そ、そうか?」
「ご主人様はご主人様です」
なんだか照れる俺をよそに、サーシャは冷静に否定?していた。なんか落ち込むわ……。
まあ恋仲だったとしたら、奴隷ハーレムを作るんだ! なんて言っている彼氏は2秒で振られることになるだろうな。奴隷でいいのだ、奴隷で。
「少し時間があるなら、このへんの魔物について聞かせてくれないか?」
その後、周囲の魔物、特に近くを流れるカンセン川流域にいる魔物の話を聞いて、立ち入り禁止区域を本当にざっくりと見て回って説明され、カーギッドの案内は終了した。
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