第46話 キクラゲ的な黒い触手

ギルドの資料室で、テーバ地方全体の地図を眺める。

広い。テーバ地方の“壁”の中は、正方形で描かれる。正確な縮尺で描かれているわけではないが、それぞれの移動に必要な日数は南北も東西も横断するのに1週間以上、10日程度は要する。

ここ、ターストリラは東の玄関口なので、当然東端にある。南北でいうと、やや北に寄っている。

西に2日ほど行くと、クロスポイントと呼ばれる拠点がある。大きな道が交差し、近くには川も流れていることから命名されたようだ。

テーバ地方の南には、西から伸びる急峻な山脈が蓋をしている。これが南方の壁代わりとなっているらしい。

この山脈、テーバ地方の南端から、中央へ川が流れてきて、緩やかなS字を描きながら北東へと流れが続いていく。

この川で仕切られた東西で1つの区切りとなっており、東地区は全体の3分の1ほどの面積を擁している。

しばらくは、この東地区で活動することになるだろう。


テーバ地方で注意する必要があるのは、危険地帯とされているいくつかの地域。

その最たるものが、南部にででんと構える山脈地帯だ。ここが一番ヤバい。

それから、西の壁に沿うように南から北へと流れる、もう1つの川があるのだが、それが注ぎ込む西の湖。この周囲がヤバい。

ついでに、テーバ地方の東西地区を分けている大きな川、カンセン川というらしいが、これの上流域も危ない。


つまり、どういうことかというと。


西と南がヤバい。

こういうことになる。よって、このまま北を目指すというのが無難だろう。東地区の北には街の類はないが、整備された軍事拠点が開放されている。これが当面の目標になる。

そこから、橋を渡ってカンセン川を越え、西にずーっと行くとノウォスという街が作られている。

その周辺も、極端にヤバい地域はないようなので、そこが次の目標となるかもしれない。割と近くにサザ山というやや危険スポットがあるが、スルー出来る。

交通の要衝であるクロスポイントに向かうか、北の拠点ノウォスに向かうかの選択になるだろう。


正確ではないとはいえここまで詳細な地図を公開していいのだろうか思ったりもするが、まぁ問題ないのだろう。魔物の巣窟であるテーバ地方を侵略する気概があるなら、是非どうぞ、と言える。

むしろ管理してくださるなら喜んで譲ります、となるかもしれない。

さすがに各勢力の軍事拠点の位置や規模などはほとんど記されていないけどね。


「ご主人様、こうして見ると、現在探索している平原の東西には、森があるのですね」

「そうだな。東の森はそろそろ探索していこうかと考えているが、どう思う?」

「東の森ですか……」


南北に伸びる壁に沿うように、南北に引き伸ばされた形をしている。ちょうど、ターストリラから真北に進むと森に入り、そのまま北まで抜けると軍事拠点の近くに出る形だ。

森を進みながら、何かあれば無理をせずに森を出て、すぐそばを通る道でターストリラなり、軍事拠点なりを目指す。というのが安全そうだ。


「危険はないのですか?」

「うーん、そこはよくよく確認してみるけどさ。東の森には熱岩熊も少ないようだし」

「そうですね……」

「どうやら、昔はいなかった魔物のようだね。南の山岳地帯から流れてきた、と。その駆除に失敗して、のちに生態系を整えるのにちょうどいいからと放置されてきた歴史があるらしい。さっき読んだ本に書いてあったぞ」

「あの大熊も、色々あったのですねぇ」


サーシャの言い様に失笑する。面白い言い方だ。


「まあね。でも、最近は数を増やしてきて問題を惹き起こしているみたい」

「……なのに、勝手に狩ると怒られるのですよね?」

「そうなんだよね。どうも現場と上層部の意思疎通がうまくいっていない感じだな。どこの世界もお役所仕事というやつがあるんだな」

「そうですねえ。商人をしていたときも、理不尽な理由で税金を多くとられたり、認可を取り消されたり……大変でした」


サーシャの目に暗い光が宿ってきたので、詳しくは訊かない。奴隷に落ちた理由にも繋がりそうだしなぁ。強く生きろよ、サーシャ。


「ま、まあ、そんな感じで、ルーキーには明らかに荷が重い熊の相手が嫌でクロスポイントに流れる人も多いみたいだな。俺らはその流れに乗らなかったわけだが」

「ギルドの人は、そのクロスポイントという所に向かうことは教えてくれませんでしたね?」

「だな。情報が古かったのか、問題が起きているのか。あっちはあっちで強い魔物が多いみたいだから、やはり少人数パーティのルーキーには勧められないのかもしれない」

「そうかもしれません」

「うん。それでもそっちへ向かう理由としては、大規模な駐屯地があるからっぽいんだよな。憶測交じりだが」

「……戦士団を頼るということですか」

「たぶんな。そうだったら、王家肝いりの機関が勧めてこないのも納得できる。戦士団の仕事を増やす魔物狩りなんて要らんだろうからな」

「あー……」


サーシャは納得した様子で口を閉じた。まあ、憶測なんだけどね。


「まぁいきなりクロスポイントに行ってしまうと、その後そのまま領都のタラレスキンドに向かうくらいしかルートがないからなあ。俺はこっちで正解だったと思ってるよ。熊さえ気を付ければ、ヤバい魔物も少ない……と思うからね」


一日の休みを取って、今度こそ慎重に情報を集めてみたが、熱岩熊ばりに警戒されている魔物は見られなかった。森に入ると、また草原とは違った魔物がいるのだが、単純な戦闘能力で熱岩熊以上に強い魔物はいない、とギルドの人からもお墨付きを貰った。

搦め手を使う魔物はいくらでもいるから、そうは言っても油断は禁物だけどね。

とはいえ、いきなり森に入るわけではない。一日休みを入れたし、今日は肩慣らしがてら、ターストリラと森の間の地域を重点的に探索してみるつもりだ。それが十分になったら、ケタケタ狩りでもして過ごそう。



************************************



「ふっ」


ウォータウォールと、エアプレッシャーで相手の攻撃をいなしつつ、隙を作っていく。そこに、サーシャの矢が正確に頭を射抜いていく。

反撃する力を失った犬型の魔物を、魔導剣で薙いでいく。

牙犬たちを率いていたのは、風犬というちょっと珍しい魔物だった。

文字通り、風魔法を使ってくる犬だ。風の鎧をまとうようにして、こちらの攻撃を滑らせてくる厄介な敵だ。

なので、こちらも魔法で対抗しつつ、サーシャが隙を突く形で倒した。


「サーシャ、腕を上げたな。完璧だった」


熱岩熊と戦ったあたりから、サーシャの弓矢命中率が1段階上がった。


「はい、動く相手を狙うというのがどういうことか、少しコツを掴んだ気がします。ご主人様が引き付けてくれているおかげなのですが」

「いや、こっちもサーシャが援護してくれると思うから、無理な戦いをしなくて済んでいる、助かっている」

「はい」


サーシャが華やぐような笑顔を見せた。やっと戦力として形になってきたのが嬉しいのだろう。和むわぁ~。おっと、ジョブを『警戒士』に戻して、気配察知スキルを使う、と。


「……動く物はないが、しばらく警戒を頼む。風犬の素材は金になるかもしれないからな」


あ、そういえば解体の講座を確認していなかった。アレもなるはやで受講しておかないと。

黒色短剣で適当に解体しつつ、魔石を回収する。

うむ、なかなか滑らかな魔石、これなら銀貨1枚にはなりそうだ。

おっと、何か森の方からゆっくりと近付く物がいるぞ。


「なんじゃ、ありゃ」


ついに出たか、触手モンスター。バレーボール位の大きさの黒い玉のようなものから、いくつもの触手を伸ばして足代わりにしている。キモい。


「口も、目も見当たらないな……なるほど」


攻略本のイラストも、のっぺらぼうに描かれていたが、本当に本体と触手しかない魔物らしい。その名も、黒玉。もうちょっと捻りがほしい。

『剣士』に付け替えながら、ファイアボールを発動する。黒玉は典型的な植物系魔物の特性で、火を嫌うらしい。

こちらに気付いた黒玉がうねうねと触手を動かしながら逃げる。

そこに追い付いて、魔力を通した魔導剣で一本ずつ触手を刈り取る。反撃してきたら、ファイアウォールを張って防ぐ。あっちから触手を引っ込めてくれる。これを繰り返して一丁あがり。先手を取れれば危なげなく対処できそうだ。


「今日はちょっと珍しいのが出たな。森に近いからか?」


刈り取った触手も重ねて長さを揃え、紐で縛ってまとめる。この触手が売れるのである。錬金素材……ではなく、なんと食材になる。コリコリでシャッキリとした食感に優れ、軽く湯通ししてサラダに添えたり炒め物の具になったりする、キクラゲ的な存在だ。街でそれらしいものを食べた記憶もある。


「生きている姿を見てしまいますと、食欲も失せますね……」


悲痛そうなサーシャ。気持ち悪いもんね、この魔物の動くところ。

食欲キャラがなくなってしまわないか心配だ。夜にしっかりと慰めてやらねば。

そんなことを考えながら、今日の狩りはここまで。



「買取りを頼む」


魔物狩りギルドで魔石と素材を渡す。銀貨2枚とちょっとになった。


「それと、解体の講習はいつあるのだろうか?」

「解体ですか? この前やりましたから、2週間後くらいでは」


なんですと。間が悪い。


「……他に解体を習う手はないだろうか?」

「有料で職員を雇う形なら、大丈夫ですよ。ギルドの利益にもなりますから、優先して入れます」

「そうか。どれくらいだ?」

「対価ですか? 一回銀貨1枚となってますね」

「銀貨か……分かった。明日受けたい」

「はい。可能だと思います。時間を指定してください」


せっかくなので、朝イチから入れてもらった。

1回何時間とは決まっていないようなので、早く入れた方がお得だ。


「では明日」


少し時間があるので、公衆浴場に寄ってさっぱりする。

この街の浴場は小さいが、身体を洗って入る人が多くてお気に入りだ。混んでいると入口で待たされたりするのが難点だが。

夜飯は外で食う。出てきたサラダにコリコリとした食感を感じ、何とも言えない気分になった。



************************************



「おはようさん」

「おはよう」


ギルドに寄ると、外でやるから門の外で待ち合わせと言われ、草原方面に向かうと、1人の男がいた。

中年か壮年くらいの人間族で、ワイルドなヒゲが特徴的な顔だ。

身長がかなり高い。下手をすると、2メートルくらいあるんじゃないか? ちょっと怖い。


「解体の個人講習ということだったが、俺は座学は苦手でね。実際に外で見て覚えさせることにしている」

「そうなのか」

「お前の得物は、その長い剣か? ふむ、解体に使う獲物は自分で狩ってもらおうかね」

「了解」


草原をジグザグと歩きながら索敵し、牙犬を狩る。

サーシャの弓で引き付け、俺が剣で迎撃。3匹だけだったので軽くできた。


「ほう」


大男は感心したようにヒゲをなぞると、その身体に見合った大きなナイフを出した。


「なかなか戦えるじゃないか。まっ、今はいい。やってみせるから、技を盗め」


職人かよ。

俺はちゃんと理論から入って段階を踏む派なんですけど。


「皮を使える魔物のときは、こうして……滑らせるようにして剥げ。お前さん、皮は捨ててきていると聞いたぞ」

「その通り」

「勿体ない。牙犬程度ならいいが、狼系や熊系の毛皮はうんと儲かるぞ」

「そのために習いに来たんだよ。無料講習だと2週間先だと言われてな」

「なるほど。賢明な判断だ」


その後も黙々と解体作業を続けるので、それを見て覚える。

俺が質問すると「見て覚えろ」と言われるが、サーシャが質問すると一言返してくれる。エロ親父めが。


「不満そうな顔をするな、そっちの女性の質問が良いから答えているだけだ。えこひいきをしているつもりは……少ししかないぞ」

「少しはあるんかい。そういうことは隠せよ」


大男がにやりと口を歪める。笑っているのだろうが不気味だ。


「次はお前たち自身に解体してもらうぞ。また犬系の魔物を探せ」


そこまで索敵能力はないですって。運だよ。

幸運にも次も小規模な牙犬の群れと遭遇し、2匹分の死骸を確保できた。


「うーん、同じようにやってみても同じようにならない」

「そりゃ当然だろうが、慣れも技術も足りない。貸してみろ、力の入れ具合がおかしいんだ」


俺から黒色短剣を奪うようにして実演して見せる。うん、その力加減ってのを言葉で教えてくれないのかね。


「ご主人様、終わりました」

「おっ、従者ちゃんは筋が良いな」


ほんとにただのエロ親父じゃないの?


「サーシャです」

「おお、そうかそうか。俺はツツム。ツッちゃんと呼んでいいぞ」


誰が呼ぶかよ。


「……俺はヨーヨー」

「ん? そうか」


興味なしかよ。


「サーシャちゃん、次は鳥系の魔物でも解体してみるかい」

「それもいいが、鳥を落とせるのか?」


あっちから襲ってきてくれないと、飛んで逃げる鳥系の魔物はなかなか落とせない。

サーシャの弓の腕も上がってきたし、そろそろ狙ってみてもいいが……。


「構わんよ、まあ見てな」


ツツムはサクサクと歩き出すと、たまに地面を確認するようにしながら迷いなく進む。


「む、いたぞ」


ツツムが見ている方向に目を凝らすが、特に何も見えない。

しばらくすると、小さな点のような存在が空に浮かび、だんだんこちらへと接近してくる。


「うー……ガッ!」


ツツムが叫び、剣を構える。鳥は完全にこちらをターゲットにしたようで、急降下しながら近付いてくる。

あの叫び声で惹き付けたのか?

ツツムが剣を振ると、黄色いエネルギーが飛んで行って空に消える。


「キキーッ」


甲高い鳥の声が聞こえて、地上へと堕ちていく。撃墜したらしい。


「今のはスキルか」

「そりゃそうだろう。そら、急ぐぞ」


放っておけば他の魔物のエサになりかねない。とのことで小走りで鳥の墜落現場へと急ぎ、また解体を見て覚える。


「……分かったか?」


ツツムがこちらに問い掛けてくる。


「分かるかよ……もう少し説明が欲しい」

「手順はなんとなく……」


くそ、サーシャが優秀すぎる。主としての威厳がすり減ってしまう。

その後も次々と鳥を撃墜しては解体するツツムの手許を凝視し、なんとか手順を暗記していく。

そして休む間もなく実践である。ひいひい言いながら鳥を解体する。グロいけど、そんな場合じゃあない。


「ふむ、ま、いいだろ。解体はサーシャちゃんの方が中心になってやった方がいいな」

「ああ、それは今日痛感したよ」


サーシャはなんというか、手先が器用だな。コツを掴むのも早い。今までと逆に、サーシャに解体してもらって俺が警戒、という方が効率が良いかもしれない。

警戒用のスキルを持っているのも俺だし。うん、そう、合理的なのだ。役割なのだ。負けた訳じゃないんだからねッ!


「今日はこんなところだな、次は植物系なんかの解体も見せてやろう」

「今日だけじゃなかったんだな……」

「一日にして成らず、だ。2人まとめて銀貨1枚でいいぞ」

「はあ」


仕事熱心、というよりは守銭奴なんじゃないだろうか。払った金のいくらかは、講師にいくらしいし。


「それはそうと、ヨーヨーお前、なかなか面白そうな戦い方だな。摸擬戦してやろう」

「えっ? 遠慮したい」

「遠慮するな。ギルド職員の出血サービスだぞ」

「……真剣しかないが」

「うむ、とりあえず真剣でよかろう」


リアル出血なサービスじゃねぇか。


「……安心せい、怪我はさせん」


仕方ないので剣を抜き、始めの合図を待って振り下ろす。

ナイフを抜いたツツムは、簡単にそれを捌くと、こちらへ突き出す……フリをしてタイミングをずらし、鳩尾に蹴りを入れてきた。


「がっ、はっ!」

「うん、なるほどな。身体能力は高いが、対人技術はカスほどもないな。弱い」

「ゲホ、ゲホッ……」


そりゃ痛感しているけどさ。実際に武術を習ったことは1回もないし。これでも盗賊戦で活躍したこともあるんですが。不意打ちしかしてないと言われれば、その通りだが……。


「魔物狩りだから要らんとか思っておらんだろうな? 亜人型の魔物のなかには、人間以上に技術を用いてくる奴もいる。それでなくても、技術はあって困るもんじゃない。少しは身に付けんか」

「ゲホッ、仕方ねぇだろ。そんな機会なかったんだから」

「はぁー、まあいい。ギルドで摸擬戦の依頼を出せることは知っているか? だいたい、そこで暇をしている職員なんかが相手をしてくれる。使うといい」

「実戦で見て覚えろってことね」

「そうだ。ターストリラにいるうちは俺が受けてやる。1回銀貨1枚だ。まあ、端金だろ?」


見て覚えろ、が好きなおっさんだぜ。ていうか、これもおっさんが小銭を稼ぎたいだけに聴こえるんだけど。違わないよな? せめて金を払った分の解説は入れてほしいんだが。サーシャに質問させるか。


「1回ってどれくらいだ? あっという間に負けて銀貨ってのは空しすぎるぞ」

「……仕方ない、2時間銀貨1枚で受けよう」

「そうかよ。まあ、技術不足は俺も考えていたことだし、使わんこともない」


このおっさん以外と条件を付けたい気もするけどな。まあ、剣士として強いらしいことは分かったので、このおっさんが相手でも不足はない。不満はあるけど。


翌日から数日間、午前中は解体を練習し、午後は狩りを終えてから摸擬戦、という日々が続いた。

摸擬戦が最後なのは、おっさんに散々に打ち据えられるので、その後で危険な狩りになんていけないからだ。肉体的にも、精神的にも。


ちくしょう、肉体的に苦痛を与えられ、被虐される毎日。

ドMに目覚めたらどうしてくれるんだ。憂鬱だ。


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