第9話 図書館

ゴブリンの領域は、主に門から北西に広がっている。

ただし、ゴブリンは繁殖力が強く、群れを作っては移動する習性があるため、北西のみならず、西から北東まで広い範囲でゴブリンの脅威がある。


北に伸びる街道を守護するため、スラーゲ―の戦士団や衛兵たちの多くはゴブリン狩りを繰り返しているし、常に高い討伐報酬を付けて民間人のゴブリン狩りも奨励している。

ゴブリンは人間族よりも一回り小さく、力は弱い。

しかし群れを作って連携するし、木で自作した簡易な武器や、外で力尽きた旅人の武器を拾って携帯していたりする。


湧き点から出てくるのはゴブリンのみだが、ゴブリンに種類があり、まれに上位種と呼ばれる大きな個体やスキルを持った個体がいたりして、厄介である。

湧き点からほぼ1種類の敵しか出てこない、北東のグリーンキャタピラや南のブラッドスライムの沸き点とは対処の困難さが違う。

それでも、ゴブリンしか出てこないという意味では、他の地域の沸き点よりも楽らしいのだが。


他所の湧き点では、当然のように5種類も6種類も魔物が湧き出てくるのが普通らしい。

そういう意味ではスラーゲ―は本当に初心者向けだ。

もしや、あの白髪のガキは、その辺も考えてスラーゲ―に送ってくれたのだろうか?


「む、影が見えるね。ゴブリンかもしれない」


任された右方の警戒をしながら、思案に沈んでいた意識はエリオットの警戒を含んだ小声に起こされた。


「ゴブリンだね、3匹、どれも木の棒を持っている」


羊平と対になる反対側にいるマリーが返す。羊平には豆粒くらいにしか見えないが、マリーは視力がいいらしい。


「僕とトリシエラで先制攻撃する。相手がひるんだら、前衛は突っ込め!」

「「了解」」


マリーとトリシエラの声が揃う。

ううむ、連携ができてるなあ。

弓を持っているトリシエラはともかく、エリオットは何をするのだろうと思っていると、エリオットの剣が光り、剣を振ると光が前方に走っていく。なにそれ格好いい。


見惚れている場合ではなかった。

マリーは小走りで前に駆けており、羊平も慌てて前に走り出す。


弓と、謎の剣技は真ん中のゴブリンに直撃し、悲鳴を上げて倒れた。

左右のゴブリンはそれを見てこちらに気付き、ギャギャギャと叫び声を上げている。


「今だ! 行け!」


エリオットの声に反応して、マリーがグッと加速する。

羊平も盾を捨てて、槍を両手で構える。勢いそのままにゴブリンの腹をめがけて槍を突く。

ノリで盾を捨ててしまったので防御に自信はない。先制攻撃あるのみである。


一撃目がいいところに入ったらしく、苦しそうに息を吐くゴブリンに力任せの連撃を浴びせる。

その背後に、マリーさんが現れて首をはねた。

左のゴブリンはいつの間にか倒し終えていたらしい。


荒い息を吐いて整えつつ、ゴブリンを突いて死を確認しておく。


「大丈夫、死んでるよ。技術はメチャクチャだけど、勢いは良かったよ」


マリーが微笑をたたえて声を掛けてくれる。めっちゃ男前。

惚れてまうやろ。


「あ、ありがとう・・ぜぇ・・」

「いやぁ、悪くなかったんじゃないかい? 魔石はとりあえずトリシエラに集めてもらおうか」

「他に使える素材は・・ぜぇ・・どこだっけ?」

「両耳と犬歯だけど、それは僕が集めよう」


わざわざ魔石と別の人が持つのかと疑問を持ったが、後に教えてもらったところによると、耳とか生々しいものはエリオットが持つようにしているらしい。

さすが奴隷持ちの(雰囲気)イケメン・・!


「盾は使わないのかい?」

「いや、走るのに邪魔だなと思って。いつもは怖くて手放せない」

「ははは、槍は盾がないほうが動きやすいし、使いやすいからねぇ。徐々に慣らしていくのもいいのかもね」


その後、槍の覚えもあるらしいエリオットとマリーによって、戦闘のたび、休憩のたびに槍の講釈を受けつつ、はぐれゴブリン達を狩っていった。

北東はゴブリンの領域だが、積極的な討伐のおかげもあって、門から日帰りの近さまで来るのは群れから弾かれたはぐれゴブリンが多いらしい。

いまのところ、木の棒をもったノーマルなゴブリンにしか遭遇していない。


「すまないな、あまり役に立っていない気がする」

「いや、それなりに役には立っているよ。2人だとたまに後ろに抜かれて、後衛が大変だからねぇ」


まあ、確かにゴブリン達はある程度戦闘すると俺が穴だと認識するのか、こちらに集まってくるので防御したり逃げ回っているうちに他の人がどうにかする、というパターンが多い。

囮としては十分に活躍している・・と思いたい。

ゴブリンに殴られるたび、パッチが癒術で打撲を軽減してくれるので、なんとか倒れずにやっている。


「それにしても、戦士団や衛兵が頻繁に間引きしていると聞いていたけど、結構出るんだな」

「ゴブリンかい? まあ、彼らの繁殖力はちょっと引くレベルだからねぇ。僕らのような個人傭兵には、体のいい小遣い稼ぎさ」

「たしかにそうかも」


グリーンキャタピラを探し回っていたことと比べたら、あっちから索敵して近寄ってきてくれるのでゴブリンは非常に楽だ。

普通の動物なら人間を見れば逃げるところだが、魔物は負けることが分かっていても勇敢に挑みかかってくる。

戦力差を認識するだけの知能がないのかもしれないし、なりふり構っていられないほど飢えているだけもしれないが。


「ゴブリンの魔石は無色なんだな」


ゴブリンの胸を裂きながら、ゴツゴツした透明な物体を光にすかしてみる。グリーンキャタピラは緑、ブラッドスライムは赤っぽい色なのだが、ゴブリンはまったくの無色透明だ。


「ゴブリンの魔石は完全な無属性らしいからねぇ」

「ふぅん」


魔石の使い方はまだ良く分からない。

まあ、何にも染まっていない無色はそれそれで使い出があるのだろう。

無職も使いよう。悪いのは世間だ。


「そろそろ戻ろう。夕方になると、ナイトゴブリンに出くわすかもしれない」

「そうだな」


陽が完全に傾く前に、北門へと戻る。初ゴブリン狩りは特に事件もなく、無事に終わった。



************************************



「これが君の取り分だ」


エリオットから渡されたコインを数える。

銅貨75枚。

今日の収穫の5分の1だ。


エリオットの奴隷たちは数に数えずもっと多く・・とする計算もあるらしいが、今日はそれほど活躍していないと自覚しているので、人数割りの5分の1が貰えれば御の字だと思う。

納得して大人しく受け取っておく。

それにしてもあまり儲からなかったのは、ノーマルなゴブリンしか遭遇せず、売れそうな装備を持っていることもなかったからだ。


「ふむ、門の近くだとこんなものかねぇ・・」

「今度は泊まり込みで行こうか」


マリーがそんな事を言っている。


「泊まり込みだと儲かるのか?」

「そりゃ、湧き点近くの森なんかでは数も多いし、上位種、変異種もゴロゴロいるのさ。今日みたいな雑魚を相手にしているのとは物が違うよ」

「そうか・・」


今の俺だとあっさり死にそうだな。やはりもう少し何か考えないとなぁ。


「明日も狩りはするのか?」

「ふむ、それはどうしようかねぇ。しばらくこの街にはいるつもりだけどね」

「毎日朝、今日と同じ時間には傭兵ギルドに顔を出すから、また臨時パーティを組む気があったら言付けてくれ。その日のうちでも歓迎するぜ。今日は楽しかった」


金を布袋に収め、手を挙げてエリオット達と別れた。

色々と足りない点が見えた一日だった。

まだ宿に帰るには早いから、さっそく図書館にでも行ってみよう。



************************************



街立図書館は、普通のビルといった風情の建物だった。

こちらの世界にしては大きいのだが、イメージしていた図書館とは違う。

入口で震える手で銀貨一枚に別れを告げ、中に入る。

入ったら、2時間以内に出なければならず、それを過ぎるとまた銀貨1枚が必要になるらしい。


くそう、金食うなぁ。


「さて、まずはジョブについてだな・・」


ジョブについての本は、需要が高いのか一階の受付カウンターすぐ近くに鎮座していた。

なかでも、「ジョブについて知ろう~神の恵みたる力~」という子供向けっぽい本と、「ジョブシステム概論」というお堅そうな学術本を借りて席に着いた。


ちなみに貸し出しはない。内部で読んできっちりカウンターに返さなければならない。


初心者向けで大枠を掴み、学術書で正確なところを知ろうという狙いは当たった。特に「ジョブシステム概論」は、きちんと基本的なことを網羅しながら専門書にしては分かりやすく、借り出したいくらいだった。


まず、干渉者ジョブの「ステータス操作」がない普通の人々がどうやってジョブを設定するのか。

これはやはり、教会の仕事だった。

正確には、最初のジョブはだいたい5歳から10歳くらまでの間に初期ジョブと呼ばれる勝手に設定されるジョブになる。ただ、ステータスを閲覧できないので本人もだいたいそれに気付かない。そこで教会だ。


教会に所属する司祭や助祭といったジョブは、他人のステータスを一部表示させることができるスキルがある。

そこでお金持ちなら5歳から毎年、そうでないなら5歳や10歳の区切りの歳に、教会に寄付をしてステータス表示の儀式を受ける。

初期ジョブが設定されていれば、祝福を受け、それ以降はその素質や経験によって、さまざまなジョブが選択できるようになる。


ただし、ジョブの選択も、ステータスが閲覧できなければ自由にはできない。

これも教会で、司祭や助祭のスキルの助けを受けて行う。だから、ジョブの変更をするたびに金がかかる。

エリオットが言っていた「狩りのたびに変えていたら金がかかる」といった発言も、そういうことだったのだろう。


さて、そこで選択できるジョブをどうすれば増やせるか、だが、これは思っていたより厳しかった。

魔銃を使って『魔銃士』を獲得できたように、ちょっとしたことで獲得できるのだと思っていたが、実際はどうやら、そのジョブに必要な経験をそれなりに積まないと得られないものらしい。

たとえばマリーの『剣士』は、剣を持って振れば獲得できるのではなく、剣を習ってそれなりに使いこなせるようになって初めて獲得できる。


ただし、素質がある人の場合はちょっと剣を握っただけで獲得できる場合があるし、人によっては何もしなくても初期ジョブとして設定されたりする。

個人差が大きいのだ。


俺が『魔銃士』のジョブをすぐに獲得できたのも、素質が高かったか、『魔銃士』に必要な経験を積んでいたためだと思われる。


そういえば、木槍を使い始めてもすぐには『槍使い』は獲得できなかったが、今日色々とエリオットとマリーから槍の使い方を指南されて、ジョブを獲得できていた。

槍の素質はそこそこだったのだろう。


また、ジョブのレベルを上げることで派生する、派生ジョブまたは上級ジョブと呼ばれるジョブもある。

これは素質や経験に加え、他のジョブのレベルが上がらないと獲得できない。エリオットのジョブたる『華戦士』などは、戦士の派生ジョブなのではないかと思われる。


レベルアップの方法も勘違いしていた。


ゲームの常識に囚われていたのか、魔物を倒して経験値ゲット、そして一定経験値でレベルアップ・・といったように想像していた。

『ジョブシステム概論』によれば、そうではなく、「そのジョブに相応しい経験」をすることでレベルアップして、またジョブを変えずに過ごしていることでも少しずつレベルが上がるらしい。

その際、「そのジョブに相応しい技能」を有していることで日数経過によるレベルアップが加速する。

つまり魔物を倒すことは別に必要ではない。

「そのジョブに相応しい経験をし、技能を磨くこと」が必要なのである。


とはいっても、戦闘系ジョブであれば、魔物と戦って実戦経験を積むことは、間接的に「そのジョブに相応しい経験」と言える。

だから魔物と戦うことで少しずつレベルは上がっていく、ということらしい。

ただし必ずしも自分で倒す必要はない。

最後に止めを刺した人にだけ経験値が入るなどというゲーム的な、便宜的なシステムではないのだ。


『そのジョブに相応しい経験』とは何かは一概に言えないようだが、想像できるものも多い。


例えば『魔法使い』であれば、魔法理論を学んで魔法の発動を練習し、実際に魔法を使ってみることでレベルが上がるのだろう。

そして、そういった経験を積むことは技能の向上にもつながるため、ジョブを変えないことで得られる、日数経過によるレベルアップも加速していく。


だから普通は、ジョブを変更できるといっても簡単には変更しないのだろう。コロコロ転職しているようでは、結局どのジョブも中途半端なレベルアップしかしない。


(俺はジョブを2つ以上持てるから、どう育てていくかは考えてみなければならないな)


2つ目のジョブも基本的に変えずに伸ばすのか、状況に応じて変えることで対応力を増すのか。

せめて3つ目のジョブが増えてくれれば、できることも増えるのになぁと考える。


他の人はおそらく1つ目のジョブしか設定できないわけで、ずいぶん贅沢な悩みではある。


かなりじっくり読みこんでしまったので、2時間が経過しそうだった。

慌てて本を返し、図書館を出る。


(そうすると、魔法使いを育てるのは厳しいかな? 魔法理論を学ばないと・・ああクソ、もっと時間があれば、魔法の本も読めたのに・・!)


それでもやっとジョブシステムについてきちんと基本を知ったことで、その日は遅くまで今後の計画を考える羊平だった。


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