第四十六話 あなたはだあれ?

 そこは白い世界だった。


 ――嗚呼、あたし死ぬんだ。あの世へ行くんだ。


 ――おかあさん……結局来てくれなかったな……。


 ――最期は、おかあさんが涙を流しながら駆け付けてくれて。


 ――そしてあたしは、おかあさんに見取られながら天国へと旅立つ。


 ――そんな感動的なエンディングを密かに期待していたけど……。

 

 ――やっぱりドラマや映画のようには、いかなかったわね……。


 冥土へと旅立つ白い世界の中で、望美の意識が次第に遠退いて行く。

 かと思いきや――。


「にゃあご」


 どこからか聴き慣れた猫の声が微かに聴こえた。

 

 ――ん……黒猫のマホくん?


 同時に望美の視界の中に、人間の顔の輪郭がおぼろげに浮かび上がった。

 どうやら子供ではなさそうだ。

 

 ――誰? 死神の使い?


 想定に反して、次第に目が冴えていく望美。輪郭が色濃くなる。


 ――もしかしておかあさんが来てくれた……んじゃなさそう……。


 ぼんやりと見える顔は、残念ながら女性ではない。どうやら男性のようだ。

 

 ――じゃあ……もしかして店長があたしの最期を看取りに来てくれた……んでもなさそう……。

 

 それは中年男性だった。


 ――じゃあ誰? おとうさん? まさか、あの人?


 しかし実の父親でも継父でもない。


 ――違う……じゃあ一体、あなたは誰なの? もしかして神さま仏さまっ!?


 望美は、かっと目を開いた。


 目と目が合う。

 そこには白髪交じりの見知らぬ中年男性の姿があった。


 細身でインテリそうな顔立ちだ。

 白衣に身を纏っている。どうやら医師のようである。

 銀縁眼鏡の奥の目が点になっている。


 ゆっくりと上体を起こす望美。

 医師の傍には若い女性の看護師がひとり、あんぐりと口をあけて佇んでいる。


「こ、ここは……どこ?」


 辺りを見回す望美。


 そこは白い部屋だった。おそらく病院の集中治療室ICUだ。以前、まほろば堂の雪洞ペンダントライトの立体映像で見た光景と同じである。


「……はっ。ま、まさか!」


 体中をさすりながら自分の姿を確認する望美。

 全身が包帯で、ぐるぐる巻きに覆われている。


 口もとには酸素ボンベ。全身には無数の管が付けられていて、複雑そうな機材に繋がっている。おそらく生命維持関係の機械だろう。


「うそ、やだ……あたしって……もしかして……生きてる?」


 望美の主治医である中年医師が驚愕の表情を浮かべている。

 彼は看護師と目を合わせながら言った。


「ま、まさか。ありえない。あの絶命寸前の状態から意識を回復するなんて……」


 主治医は大声で叫んだ。


「奇跡だ。奇跡としか言いようがない!」

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