第三十五話 店長の過去(2)
真幌と美咲。幼馴染のふたりは、保育園から小・中・高と同じ公立の学校に通っていた。
「彼女は子供の頃からとても美人で、可愛らしい女の子だった。でも――」
ふたり姉妹である美咲は、活発で健康優良児の年の離れた姉とは間逆で、生まれつき心臓が悪く病弱だった。
その為か引っ込み思案な性格で、学校でも孤立しがちだった。
なまじ美少女過ぎたのも、クラスメイトの女子の反感を買う要因だったのかもしれない。
そんな美咲を、真幌はいつもかばってくれた。
クラスメイトに冷やかされても、彼女と共にハブにされても。涼しい顔をしてお構いなし。
ずっと美咲の味方をして、傍に居続けた。
小学校高学年ぐらいになると、真幌は自分で家事をこなすようになった。
『ご近所さんに頼りっぱなしで、いつまでも甘えて迷惑を掛けてちゃいけないから』
彼は常日頃、美咲に対してそう言っていた。責任感の強い子供だったのだ。
「それでも彼女。中学生や高校生になっても、こっそり蒼月家の面倒を見に行ってたみたいだけどね」
高校生になると、真幌は家事だけでなく土産屋の手伝いもするようになった。
部活には入らなかった。進学校で勉強も忙しかったし、何より店の手伝いを重視するためだ。
とはいえ、手伝いはあくまで昼の通常営業だけ。
謎めいた夜の仕事の方は、断固として関わらせて貰えなかった。
真幌が店を継ぐことを頑なに拒み続ける祖父ではあったが。
高齢で目は霞み耳は遠い。体も思うようには動かなくて不自由だ。
孫に店を手伝ってもらえるのは正直、助かっていた。
とにかく真幌が成人するまでは頑張らねば。
孫が立派な社会人に成長した姿を、この目でしっかりと見届ける。
その気持ちを糧に、祖父は老体に鞭を打って店を守り続けた。
「まあでも結局じいさんは、孫が社会人になる姿を見れなかったんだけどさ」
真幌の高校の卒業間際に祖父は突然店で倒れ、数日後に死去した。
享年七十九歳。原因は脳卒中だった。
平日の登校中だった為に発見が遅れたことを、真幌は今でも悔やんでいる。
葬儀などの段取りは未成年の真幌に変わり、ご近所さんである美咲の親夫婦が取り仕切ってくれた。されど喪主は、しっかりと真幌が気丈に勤め上げた。
進学校の普通科で成績も良かった真幌。地元の国立大学に合格し、奨学金で大学に行く準備も既にしていた矢先の出来事だった。
「でもね。結局、真幌は進学を断念したのよ。店を守る方が大事だって」
「……店長らしいご決断ですね」
「ああ見えて結構、頑固だからね真幌は」
こうして真幌は高校卒業と同時に、祖父の残した土産屋を引き継いだのだ。
店の仕事の方は高校時代から手伝っていたので、ある程度要領は得ていた。
しかし、それでも新米社会人の細い肩では大変な重荷だった。
一方の美咲は、地元の女子大に通いながら店を手伝うようになった。幼馴染の経営する、老舗土産屋のメイドとして。
生まれつき心臓が悪く病弱な身でありながら、健気に新米店長である真幌のサポートをした。
「こうして幼馴染のふたりは、同級生ではなく職場の仲間となった。やがて何時の間にか――」
「――恋人同士として、正式にお付き合いするようになったんですね?」
「そういうこと」
四年後。美咲の大学卒業に合わせ、ふたりは二十二歳で結婚した。
彼女の就職先は、もちろんまほろば堂だ。
店を開けられないので新婚旅行には行けなかったが、新婦側の身内だけのささやかな式も挙げた。
「思えば、この頃が一番幸せだったかもね」
しみじみと語る忍。しかし彼女の表情に、次第に暗い影が落ち始める。
「でも、この後は。けっして順調とは言えなかった」
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