第三十三話 美しく咲く花の名前は
「忍さん……」
和装メイド姿の望美が、しゃがみ込んだまま忍を見上げる。
膝には気絶したままの、少年の姿をした真幌の頭を乗せている。
「その前にひとつ約束して欲しいんだけど」
忍が望美に問い掛ける。
「アンタ、さっき言ったわよね。店長の悩みを聞いてあげて、彼の心の負担を軽くしてあげたいって」
「ええ」
「だから約束できる? これからアタシが話すことは、真幌の前ではそ知らぬ顔で黙っていること」
眉をひそめる望美。
床にしゃがみ込んだまま、膝には気絶した少年の頭を乗せている。
「……聞かなかったフリをしろってことですよね?」
「そう。お悩み相談だったら、あくまで本人の口から打ち明けなけりゃあ意味ないからね」
望美は、しばらく考え込んでから答えた。
「約束します。そして、あたし待ちます。店長がご自分の口から、あたしに心を開いて打ち明けてくれることを……」
「待つって、アンタ余命一週間なのに?」
呆れ顔で忍が言う。
「……それは……あたしのお墓に向かってでも……いいですけど……」
ごにょごにょと語尾が消えて行く。
「アンタのお墓は誰が立てるの? 実の母親にも見捨てられた、天涯孤独のぼっち娘だっていうのにさ」
「それは……」
「ってまあ、意地悪はこれぐらいにしとこうかしら」
忍はレザージャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。
手早く操作し、望美に渡す。
受け取った望美は画面を見た。
「これは?」
そこにはひとりの女性の写真が映っていた
年齢は二十代前半だろうか。今の望美と同じ年ぐらいに見える。
長いストレートの黒髪に透き通るような白い肌。人形のように整った顔立ちだ。
病的なまでに細い肢体に、レースの白いワンピースとつばの長い帽子を纏っている。
まるでハナミズキの可憐な白い花。望美はそう感じた。
「すごくきれいな人。でも……」
この女性。清楚で可憐な美女だが、どこか儚げで病弱そうだ。
「画面をスライドしてごらん」
忍に言われるがままにスマートフォンを操作する望美。
そこには同じ女性が、別の服装をして映っていた。
しかも今度は、男性とのツーショットで。
「あっ、これは!」
驚く望美。茜色の和装メイド服にレースの白いエプロンとカチューシャ。
ほうきを持って、まほろば堂の店頭に立っている。
望美自身が今現在、身に纏っている服装とまったく同じである。
ツーショットの相手は真幌だ。
いつもの優しい笑顔に藍染着流し姿。しかし現在と大きく異なる点が、ひとつ――。
「店長の髪が……黒い……」
望美はごくりと生唾を飲み込んだ。
「忍さん、これって?」
「そう、今、アンタが着ている和装メイド服よ」
「この服の……」
自分の姿を見回す望美。
「望美。アンタさあ、今まで疑問に思わなかったの? 男ひとりで経営している店舗に、どうして女物のメイド服なんてあるのか」
「そう言われてみれば、確かに……」
忍が言う。
「彼女の名前は
首を傾げる望美
「え、蒼月って? たしか店長はひとりっ子で、従姉妹とかもいない筈……ハッ!」
ようやく望美は気付いた。
「それじゃあ、この写真の人は……」
「そう」
吹き抜けの高い天井を見上げる忍。彼女は遠い目をして言った。
「五年前に亡くなった、真幌の奥さんよ」
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