魔王殺しの元勇者と勇者殺しの勇者
但野リント
第1話 魔王殺しの勇者
その世界アマルティアには魔王と呼ばれた存在がいた。魔王は己の配下である魔族を率いて残虐の限りを尽くした。村は潰え、町は崩壊、そして国が三つ滅びた。
魔王の力は強大だった。一度剣を振るえば海が割れ、魔法を放てば山が抉れた。当然それほどの力を持った相手に立ち向かった国の兵士たちは次々と倒れた。
だがそんな魔王がついに倒れる時が来た。後に勇者と呼ばれる齢17歳の少年リドルが聖剣を手に魔王を討ち果たしたのである。彼は単騎で魔王に挑み、魔王城の三分の二が吹き飛ぶ激闘の末、満身創痍となりながらも魔王に打ち勝ったのだ。
国に帰ったリドルは魔王討伐の褒美として己の想い人でありながら相思相愛であったティアルド王国の第三王女であるメリアノーザと婚約することを国王に認めさせた。
ティアルド王国のみならず魔王の存在に怯えていた他国も魔王討伐、そして勇者と第三王女の婚約に歓喜の声を挙げた。
それから一年後。ティアルド王国の最東端に位置するカピラ村にて、勇者リドルと王女メリアは一戸建ての家を構えて平穏な日々を送っていた。
「メリア。そろそろお昼にしよう。お腹が空いただろう?」
「ええ。もうお腹がぺこぺこです」
カピラ村は流通のあまりない自給自足と物々交換によって生活を送っている王都の暮らしとはかけ離れた田舎だった。王女だったメリアはもちろん、リドルも生まれは違うとはいえ元々は兵士として王都で暮らしていた。硬貨によって流通が行われている王都とは全く別の暮らしを選んで彼らはカピラ村で畑仕事をしていた。
「どうだいメリア。ここでの暮らしには慣れたかい?」
「はい。リドルさん。最初こそ戸惑いはあれど、村の方々が良くしていただいたおかげで今では楽しく過ごすことができています」
「そうか。それなら良かった。半ば強引にここに引っ越したようなものだからずっと心配していたんだ」
片や魔王を討伐した勇者。片や一国の王女。その二人の婚約は話題が話題なだけに世間は二人を落ち着かせることはしなかった。連日に次ぐ面会。街に出れば仰々しいほどの丁寧な扱い。街の人間がひれ伏し神にでも見えているのかというような暮らしに二人は辟易していた。ゆえに二人は王都を抜け出して田舎であるカピラ村へとやってきたのだった。
「ごめんな。城で暮らしていたころの方が暮らしはよかったはずなのに、それにも関わらずこんなところにまで君を連れてきて畑仕事をさせてる……。君には迷惑をかけてるよな……」
「そんな! とんでもないです! 私も城での暮らしはうんざりしていたのです。元々外の世界にも憧れがあったので大変ではありましたけど迷惑だなんて思っていません!」
メリアは第三王女だけあって政治には全く関わっていない。どちらかというと城から出ることは叶わずに外の世界への思いを募らせていたのだった。そんなときメリアの護衛として傍にいたリドルが外の世界を教え、憧れを語り、そして互いに想いを募らせていった。
「私は、あなたと一緒に暮らせることが何よりも嬉しいのです」
「メリア……」
想いが全身から溢れ、抱きしめたい衝動に駆られる。一瞬こんな泥だらけで抱きしめてもいいのかと清潔面での問題が頭をよぎるが、それでもこの溢れ出る愛情を止めることはできなかった。
「ありがとう。こんな俺と一緒にいてくれて」
「こちらこそありがとう。私の傍にいてくれて」
お互いに腕を背中に回し全身で愛情を表現する。もはや汚れなど気にしていなかった。二人は唇を重ねるだけの軽い口づけを交わした。
「汚れてしまったね」
「そうですね。お昼の前に着替えなければいけませんね」
「そうだけど……あぁ、離れたくない。ずっとこうしていたい……」
「大丈夫ですよ。魔王の脅威は去りました。聖剣は聖域に返してしまいましたが、それでもリドルさんが生きているうちは私たちが離れ離れになることはありません」
楽観的な観測である。それでもこの言葉を信じたい。いや、信じようとリドルは思った。そしてこの人を一生守り続けるのだとリドルは誓った。
「約束するよ。俺は君を離さない。たとえ離れ離れになっても、俺は必ず君を迎えに行く。そしたらまた違う場所で一緒に暮らそう」
「はい。私の愛しい旦那様。なのでそろそろ抱き着くのはやめてくださいませんか? お腹が空いているのですが……」
「うぅ……。離れたくないなぁ……」
渋々といった様子でメリアから離れるが、なんだかんだ言ってメリアもリドルから離れるは寂しそうである。それでもお腹が空いているのは事実なので二人は屋根の下に入り、食事を共にし、そして再び畑仕事へと精を出すのだった。
だが二人は知らない。王都では二人の平穏を脅かす存在が現れたことを。そして二人は知らない。その存在を呼び寄せたのがメリアの父であり、ティアルド王国の国王、ゴーランであることを。
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