渇求の森

第1話 覚醒する元おじいちゃん童貞

 死んじまった……

 なんか体が浮いているような感じだ。

 わしゃ認知症でこそなかったが、やはり走馬灯を見れるくらい元気な脳みそではなかったらしい……


《薄弱とした人生を検出。極端に質が低いため、地球は不適合です。新たな転生先を検索中……》


 転生!?

 というか薄弱な人生ってひどくね!?

 一応これでも中小食品メーカの部長まで昇進した男なんじゃが?


《見つかりました。世界間ハンドシェイクにてエラーが発生。転生できません》


 ていうか、天国で美女といちゃいちゃライフをおくりたい。

 絶対おくりたいんじゃ!


《適合できません。却下されました。エラー件数:49件。検索中です……》


 そこをなんとか、後生じゃから!


 92年の長めの人生、悔いがないといえば嘘になる。

 友人もロクにいないままではあったが、やはり最大の後悔といえば、童貞として死んでしまったことじゃろう。

 晩年は頭も体も全然思ったように動かなかったのでほぼ寝ていたというのもでかい。


 というかそもそも、92年も生きていて起きて活動していたのはその四分の一くらいなんじゃないだろうか。

 寝るのが趣味だったし、出会いも探さず寝るのが幸せであった。


《マッチする世界が見つかりました。再構成します》


 あーもう、うっさいわ!


 さっさと、天国美女と風呂に入りたい!


《前世より『静寂無効』『孤独無効』『暗闇無効』を獲得。派生先『発狂無効』を獲得しました》


 いやだからなんじゃそら。


 そんなんよりオハギたべたいの!


《前世の称号『童帝』を『性向』に変換します。『業:−99』『善:+99』を獲得。善向値最大により、『翼無き天使の加護』を得ました》


 天使!?

 どこのお店じゃ、新橋か?

 わくわくするのう。


 というかはやく天国いちゃいちゃランドに連れていってくれと、さっきから何度も言っておるであろうに!


《獲得を中止しますか?》


 長いの?


《三時間はかかりますね》


 おっ、人間味のある返事。


 できるだけ早くしてくれ!

 こっちはむらむらしとんじゃ!


《了承。獲得を中止しました》


 っていうか、手始めにお姉さん、わしといちゃいちゃしませんか?


《却下します。それどころではありません》


 じゃあ、後ほど?


《完了後、審議します》


 おお……

 期待が膨らむわい!


《獲得予定のスキルは『イスEth』に変換されます。イスの最大許容量が足りません。拡張します。さらに拡張が必要です。承認を求めています……》


 椅子じゃと……いらん……


《却下されました。余剰分で、スキル『イス変換』を獲得しました》


 いや、椅子に変換とかマジでいらんわ!


《受肉を開始します……》


 ほァ!?


 目の前の景色がぐるぐる回っていた。

 色々な情景が見えては消えていく。

 これは、いろんな世界を見ているということなのかもしれない。

 そして、わしがたどり着く世界はおそらく、天女いちゃいちゃ湯けむり天国ランド、といったところだろう。


 いい気分だったのでそのまま、にやにやしつつ、目を瞑った。


 透き通る羽衣を身につけたスケスケな天女の姿を思い浮かべ、彼女が両手を広げてわしを待っている。




 そして……




 冷たい風が体を吹き抜け、


「へっくしょい!!」


 わしはくしゃみをして起き上がった。


 ここは、薄暗い森の中だ。


 時間もよくわからないが、見上げて葉っぱの間から空を見るに、ひどい曇り空だということはわかる。


 雨が降ったら大変だ。


 というのも、どんだけ着潰したらこんなことになるんだっていうボロの紐と、大事なところがだいぶ見えちゃってる腰巻しか身につけていない。


 だが、腕や足の肌はハリがあってすべすべで、腹筋もうっすらと割れていた。

 感覚的に、なんとなく背もちっこいように思われた。


 顔や頭を触ってみる。

 ヒゲは生えていないが、髪の毛は伸び放題と言った感じ。

 見下ろすと、下の毛も生えていない。

 つまりは、結構若い?


 もはや、一人称を『わし』とするのはおかしいだろう。

 『ぼく』でいくべきか、『オレ』でいくべきか……


 決めた!

 ぼくでいこう!


「ぼくは、ほぼ裸だァーッ!」


 うん、これだ。間違いない。

 これはしっくりくる。


 頭が冴えている。

 49082910を覚えて、すぐ復唱できる。

 記憶力も万全だ。


 一体、ぼくは老いることでどれだけの能力が低下していたというのだろうか。


 なんというか、万能感みたいなのがある。


 もう、走り回るとか超久しぶりよ。


「うおお、これが若さ……!」


 とりあえず、この森を抜けなきゃいけないだろう。

 だが、お世辞にも文明と出会えるような格好ではない。

 なぜ古代ローマから平成まで着続けたような服で転生させられなきゃいけないのか。


 あんまり走ると足の裏が痛い。


 ある程度適当に彷徨ってみて、樹齢1万年くらいの大きな木にうろを発見したので、その中に入ってみる。


 ひんやり涼しく、寝るだけなら問題なさそうだった。


 ちょうど、雨がぽつぽつし始めた。

 地面から少し上がったところにあるので、豪雨にでもならない限りは平気だろう。


 皮膚をこすらないように注意しながら、ぼくはそこで雨宿りをすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る