持たざる者に転生しました

志々見 九愛(ここあ)

プロローグ

第0話 大往生、からの〜転生

 明石大一郎(92)は、軋む四畳半のド真ん中に敷かれた布団の中で、今まさに息を引き取ろうとしていた。


 彼女いない歴=年齢という天涯孤独を通じ、その身は斯くて聖人を通り越した御仏のごときでありながらも、未だ普くあまねく一切に及びたる女体への貪欲を捨てきれずにいるのである。


 つまるところ、もっこりしている。


「ヒィ〜、ヒィ〜」と苦しそうな呼吸を繰り返し、大一郎が震える手を伸ばす。


 そばで見守っているホームヘルパーの茂代が、それを握った。


「大一郎さん」


「し、しげよさんや…… わしゃ、わしゃ最後に…… これが、最後じゃから……」


「最後だなんて、仰らないで」


「頼みを…… きいてくれんかの……」


「はい、なんですか」


 大一郎は大きく目を見開き、ゆっくりと深い呼吸をする。


 白内障の真珠のような瞳が茂代を見つめた。


「おぱ、おぱ、おっぱいを…… さわらせてくれや……」


 茂代は握った手をそうっと外した。

 呆れたように笑って溜息をつき、胸をちょっとだけ突き出してみせる。


 これは、茂代43年の生涯において最も過激な性的サービスを行った瞬間であった。

 『最後だから』という言葉の力に魔が差したのだ、と彼女は後に語る。


 大一郎の骨と皮ばかりの細腕が、ゆっくりと膨らみに向かって伸びていく。


 が、結局、届くことはなかった。


 それは鉄囲山てっちせんにすら到達することなく、ふらりと落ちたのだ。


 明石大一郎、享年92歳。

 

 童貞の大往生である。




◆◆◆




 現実から次元を超えた遠い遠いどこかの異世界で、彼は目を覚ます。


 ぼろぼろすぎて殆ど紐になっちまった服と、

 ちぎれまくって大事なところも隠せていない腰巻を身にまとっていた。


 風が吹き、彼は起き抜けに一発、くしゃみをしたという。

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