二十二、砂漠の舟

翌朝。ここクレーブスには爽やかな朝日も鳥の声も届かないが、それでもいつも通り目が覚めた。ベッドから降りてフレアとイリスを見る。まだ寝ている。自分の荷物の中身をチェック、フレアの持ち物をチェック、イリスの杖をチェック。


「警戒するのはわかるが、何も盗んじゃいねぇよ」

「あー……おはようございます。いつの間に」


入口に顔を向けると、橙色の男――ジンガが戸枠に背を預け立っていた。見掛けによらず気配を消すのが上手い。


「起きる気配がしたんでな。ジェーナに行くなら途中まで送ってやってもいい。面倒に巻き込まれる前に、はよこの街から出てってくれ」


これまたありがたい申し出だが、どうして彼はそこまでしてくれるのだろう?これもまた彼女の身を案じてなのか。


「どうしてそこまでしてこの街から遠ざけようとするんです?この街が危険だとしても、フレアは高位の魔術師だと自負してるのに」

「いくら優れた魔術師だろうが無敵じゃねぇからな……。まぁ、俺らにも色々と事情があんだよ」


でも思い返せば盗賊に捕まってたっけ。魔術は一流でもまだ齢十数歳よわいじゅうすうさいの少女。狡猾な大人の前では容易くかどわかされてしまうのだろう。


***


朝食のあと、出立の身支度を終えた僕を連れて、ジンガが裏口から出る。

そこは狭い一本道となっており、街からはあの家を通る以外に到達する術は無さそうだ。天井の小穴から日射しとともにさらさらと砂の零れ落ちる間を抜け、やがて人二人分程の穴の真下にたどり着くと、地上へと掛かる梯子を登り始めた。


 地上に出た僕らを待っていたのは青空の中照りつける太陽と、その光を増幅させる一面の砂の海。暗闇に慣れた視界を焼かれて痛い。思わず閉じた目をゆっくりと見開き当たりを見回せば、どうやら僕らが這い出た場所は砂海に顔を出す小さな岩礁のようだ。


ジンガが砂漠へ指笛を吹く。地平線まで続くような砂の海に笛の音が消えた後、次に聞こえてきたのは腹の奥に響く地鳴りと振動だ。


「わ、地震!?」

「な、なに!?」


女子二人も肩身を寄せあい戸惑っている中、ジンガだけは微動だにせず砂漠の彼方を見つめていた。まるで何かを待っているようだ。それに応えるように振動は大きくなり――。

ザバァッと砂飛沫を巻き上げて現れたのは、都市バスくらいの大きさの一体の亀……いや竜?のような生物だった。


「グラニテス家が代々飼っている土竜もぐらだ。砂漠を渡るならコイツでないとな」


そう言いながら彼は土竜の頭部を撫でると、そのゴツゴツとした岩肌を思わせる背中に飛び乗る。そして額のゴーグルを目元まで下げると、お前らも乗れよと言う様に背後を親指で示した。促されるまま何とか岩肌をよじ登り、ヒールが登りづらそうなフレアをイリスと共に引き上げる。


安定する位置に腰を落ち着けて一息する間もなく、僕らの乗った岩のような生物が動き出し、咄嗟に張り出た棘のような鱗に掴まった。


「落ちても拾わねーからしがみついとけよ!あと目と口、食いしばっとけ」


ジンガがそう言うやいなや、土竜が凄まじい砂飛沫をあげて動き出した。前方からの強風に混じって砂塵が肌に叩きつけられ、とてもじゃないが目を開けられる状況ではない。凄まじい風圧だけが僕らが前に進めていることを物語っていた。

こんな中で彼は手網を握っていられるのだろうか。僕らを運ぶ岩盤が真っ直ぐジェーナへ向かっていることを祈りながら、ただ轟音と暗闇の中でこの時を耐え忍ぶしかなかった。


砂漠を進み始めてどれくらい時間がたったのだろう。不意に全身で感じていた劣悪な環境が止んだ。いや、相変わらず陽射しは燃えるようだけど。

もう砂漠の端まで着いたのかな?期待に胸躍らせながら顔の塵を払い目を開けたのと、前から苦々しい舌打ちが聴こえたのはほとんど同時だった。


「寄りによってここで出くわすとはな……!」


すぐには定まらない視界の中、光に溢れ眩しい景色の中に不自然なほど黒く聳え立つ巨大な影がひとつ。この全てが光を反射するかのように明るい世界で、それは目の前に現れた世界の裂け目のように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

infiction:C~SeekColor~ telluru @telluru052

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ