本の行方
桜松カエデ
一年前の本を探して
俺は昼休みに購買で買ったパンをかじり、もっしゃもっしゃと口に含むと同時に牛乳のストローに口をつけた。
一気に口の中の食べ物を胃に納めると、幼馴染が頬を膨らませる。
「ねえ聞いてるの?」
「身長の話だろ。聞いてるよ。俺だってもう少し高かったらよかったのになあって思うぞ」
数十秒前の会話を思い返しながら答えるも、彼女は勢いよく首を横に振って机の上にある弁当を睨みつける。
「全く伸びてないのよ!」
「そう言ってたな。確か友達も同じだからそれで話が盛り上がったってのは聞いたぞ」
「そう!だ・か・ら、あんたとは次元が違うのよ」
いや同じ次元だろう。
弁当の中に入っている卵焼きをつついた幼馴染は、それから俺が持っている牛乳に目をやって。
「私も勝って来ればよかった」
なんて呟きながら持ってきていたお茶を飲み始める。
他愛も無い話をしながら校庭で遊んでいる生徒の声に耳を傾けていると、教室のドアが勢いよく開いた。
そこには見知った女生徒が立っていて、俺達を見つけると大股で近づいてくる。
鬼のような形相をした彼女はまだ昼飯を食っている俺達の横に立ち。
「ちょっと相談があるのだけど」
と声を低くして近くにあった椅子を持ってきて座った。
彼女こそ、さっき幼馴染が話していた生徒だ。同じく伸び悩んでいると言う。
まあ確かにこの洗礼だと身長も足の長さも腕の長さも早退して変わらない。周りの環境、と言うかそんな建物みたいに中身も外も入れ代わりは激しくない。
「で、相談って?」
俺がもう一口パンをかじって聞くと。
「実は探している本があるのよ。いえ、本はあるのだけど巻数が分からないの」
なんてことない相談だ。そうとなれば答えは一つ。
「もう一回読み返すしかないな」
「五十巻もある本をまた読むのは流石にきついわ」
なんてことある相談だった。
「実は昨日テレビでその本の特集をやっていたの。それでまだ読んでいる途中だって気がついて……でも一年前に読んだから内容はまだ覚えているんだけど、巻数が分からくなくて」
口ごもる女生徒に俺はふむっと考えをめぐらせた。
「そう言えば、図書カードあるだろ。あの後ろに書く紙」
まだこの高校では残っていたはずだ。俺が入学して少ししたときに図書室へ行ったが書いた記憶がある。
しかし、女生徒は首を横に振った。
「あれは二か月前に廃止になったわ。カードは全部捨てられて、新しくバーコード管理することになってるの」
「それじゃあバーコードを調べればいいんじゃない?」
幼馴染がそう言うと、俺も頷いた。
バーコードになっているなら尚更探しやすい。検索すればいつどこで誰が借りたのか一発で分かる。これで解決だろう。
「バーコード管理になったのはつい先月よ。それに私が借りたのは一年前だから、そんな昔のデータは無いと思うの」
「……詰んだな。諦めて初めから読めばいいじゃないか」
「もし分かったら、足の昼食を奢るわ」
「……もう少し考えてみるか。よし、図書室いくぞ。ここで話してても分からんだろ」
と提案すると幼馴染は一気にご飯を書き込んで、俺もそれに倣って無理やりパンを口に詰め込んだ。
図書室の本棚の位置、机が置かれている場所は変わらなかった。ただ本の交換だけは頻繁に行われているようで、知らないタイトルがちらほらと目につく。
入り口の右側にはカウンターがあり、そこでバーコードを通すのだそうだ。それよりも図書委員が座って読書しているのはもう見慣れた光景である。
そして、カウンターの後ろには大量の段ボールが置かれている。多分古本が詰め込まれているのだろう。
でもたしか一年前は本棚の横に置いてあった気がする。まあ危なっかしいから今の方がいいのだろうが。
「本があったのはここです。この一番上の部分です」
指をさすそこには、既に別の本が置かれていた。
そして彼女が以前読んでいた本は別のところにあり、かなりの巻が抜けている。
どうやら凄く人気らしくて、今でも借りる人は後話絶たない。その為に以前読んだところを読み返すのは嫌なのだそうだ。
俺は他の本の並びをみて、続刊がある作品は二段に分けておかれていることを把握すると、唇をぺろりと舐めた。
「そう言えば、私、読んだ最後の巻を借りた時に、段ボールに突っ込んだのよね……ほら、カウンターの後ろにある段ボールの一部がこの棚の横に置いてあったのよ」
そこまで聞くと俺は彼女と本弾を交互に見やって尋ねた。
「利き腕は?」
「左よ。それがどうかしたのかしら」
「やっぱりか……」
俺は頭の中を整理して、目的の本の二十一巻目を彼女に手渡す。
「これじゃない?」
彼女は眉根に皺を作って、本を開き数行読むと顔を輝かせた。
「そうよ、ここからだわ! 主人公とヒロインが分かれて、そのヒロインに主人公のライバルが近づいてくるの!よく分かったわね!」
「ちょっとした推理だよワトソン君」
俺は無い髭を撫でて棚を見上げた。
「一年前はここにあったんだろう? 本の厚さからして一棚で二十冊ははいるよね。んでもって本の並びは……続刊が多い場合は棚を二つ使ってるから、この場合は一番上と二段目に本があったと考えるべきだね」
俺は一巻目を手に取ると、昔あった場所に重ねるようにして合わせてみた。やっぱり二十巻は入る。
「でも何巻目かはわからないわよ」
ついてきた幼馴染がようやく口を開くと、俺は人差し指を左右に振って舌を鳴らした。
実はこれ一回やってみたかったんだよな。
「じゃあ聞くけど、本を巻数に並べる時ってどう並べる?」
「普通は右から左に並べるわ」
幼馴染が言うと俺は頷いた。
「オッケー。それを覚えておいて」
俺は当時の様子を思い浮かべながら本棚の右端に立つと、左手を上に伸ばす。
「普通は聞き手で本を取るから、左手を上に伸ばすだろ。んで読んだ最終巻を取ろうとした時に、段ボールに当たってしまった」
俺は一歩右にずれると、体半分が本棚に隠れた状態になった。そしてもう半分は、段ボールが積まれていた本棚の横にはみ出しているのだ。
この光景を見た幼馴染は、あっと声を上げて。
「そうか!つまり、本棚の右端の巻数が最終巻になるのね」
「その通りだ」
俺だったら、この位置でも十九巻目に手が届く。だけど、彼女の身長と腕の長さを考えると、難しいだろう。
「てことは、二十巻か、四十巻ってことになるけれど?」
彼女が尋ねると、俺は頷いた。でもその問いはすぐに答えが見つかる。というかもう既に見つかっている。
「二段目の棚は無理しなくても届くから段ボールにぶつかるなんてことないだろ」
「そっか!だから一番上の二十巻目が最後に読んだ巻数なのね!」
ほっほうと納得したような顔を見せる彼女と幼馴染。
これで明日の昼食代が浮いたわけだ。
彼女は左利き。あの段ボールは当時この棚の横にあった。そして本の並びと置き方を考える。それから厚さを見るに一棚でちょうど二十巻。身長を考慮すると、手を伸ばしてギリギリと独の一番上の端っこだ。
本の行方 桜松カエデ @aktukiyozora
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