アピールポイントの落とし穴

 朝。

 夜一はよく知る天井を見て目覚めた。


 ふぁあ。

 大きな欠伸とともに伸びをする。

 背筋がポキポキと鳴る。


 このポキポキ音は破裂音だと何かで聞いたような気がする。

 やっぱり運動不足か?

 腹の肉をつまんでみる。


 太ったような……痩せたような……

 よく分からない。

 そこで夜一は来ていた服を脱ぎ棄て、姿見の前でポーズをとってみる。


 筋骨隆々とはいかないが、異世界生活で程よく筋肉が付いた気がする。

 以前に比べて一回り太くなっている。気がする。あくまで自己採点である。


 鏡の前でポージングをしていると、バンと勢いよく扉が開け放たれた。


「えっ」


 ボディービルダー並みにポージングを決めていた夜一は申し訳なさそうに微笑むセルシアを視界の端に捉えた。


 止めて! そんな目で見ないでぇ~!!

 そんな悲痛な叫びをなんとか胸の内に抑え込んだ。

 平静を装いながら「おはようございます。店長」と朝の挨拶をした。


「恥ずかしいのなら早く服を着てください」


 セルシアは目ざとく、桜色に染まった耳を見逃さない。

 平静を装ったところで身体的反応を隠すことはできなかった。


 だが、どうせなら黙っていてほしかった。

 ここでの最大の優しさは黙って知らないふりをすることだ。

 セルシアにはもう少し配慮してもらいたかった。

 思慮深いセルシアにしては墓穴を掘った形である。


 夜一にも意地がある。

 だから慌てて服を着ることはしない。

 もう後には引けないのだ。


「アハハ。これはお恥ずかしい所を見られてしまいましたね」


 乾いた笑いに棒読みな科白。

 必至に取り繕うさまは他者には滑稽に映るかもしれない。

 しかし当人は大真面目である。

 やりきるほかないのである。


「で、では、私は先にお店の方に行ってますね」


 スゥーと視界からフェードアウトするセルシアを見送ってから夜一は一人悶えた。


 恥ずかしすぎるぅぅぅうううッ!!


 …………

 ……

 …


「……ってな事があったんですよ。部屋に魔導具で鍵を作らないといけませんね。つくづくそう思いましたよ」


 一種の黒歴史を語る夜一の口調は軽快だった。

 どこかやけくそな感じも否めなくはないが、あえてそこには誰も突っ込まない。


「それで私たちにどうしろと?」


 一人の女性が呆れたと言わんばかりの態度で意見する。

 辟易した表情を隠す気配はない。


「何かしてくれるんですか?」


「できるわけないでしょ! だから質問しているんです。質問に質問で返さないでください」


「直属の上司にその口のきき方はよくないですね。減俸しますよ」


「横暴だ。私の転職は失敗に終わった」


 気落ちするのは配送業の責任者アンナである。


「そんなことはありません。マスターヨイチは慈悲深き方です」


 口をはさむのはゴーレム少女。

 名前はまだない。


「この娘のシステム書き換えたんですか?」


「そんなことしてませんよ」


 夜一は即座に否定する。


「でも自動馬車の運転手(ゴーレム)たちはみんな可愛いですから気を付けないと」


「可愛いというかなんというか……ウチの運転手はみんな同じ顔ですからね。

 それに王都は治安がいいですから大丈夫でしょう」


「そうかもしれませんが、王都から出れば治安は悪くなるでしょう」


「確かにそうですね。そのあたりはどうなんですか?」


「マスター。治安の問題で言えば王都とその他の地域に大きな違いはありません」


「そうなんですか?」


「はいマスター。王都でも窃盗などの犯罪は日常茶飯事です」


 確かに現代に比べると異世界の道徳基準は低いと言わざるを得ない。

 故に冒険者や騎士などという人間が存在し、仕事が無くならないのだ。


 刃傷沙汰なんて日常の一コマ。

 それでも夜一は王都を出たいと思ったことがない。

 王都が異世界においてはトップクラスに治安がいいこともある。

 だが、一番はセルシアの存在だろう。

 治安なんてものはさして重要ではないのかもしれない。


 夜一は元いた世界を思い返していた。


 日本という国は確かに治安が良かった。

 だからと言って異世界が――王都が日本に劣るとは思えなかった。


 簡単な事だったのだ。

 マナーや治安の良さはあるに越したことはない。

 しかし、そうした要素はあくまで副産物的なものでしかないのだ。

 その証拠に、現代世界においても日本よりも治安が悪くとも観光大国となっている国が幾つあるだろう。


 この日の会話の中で、夜一はあることに気付く。


 つまりは多少は危険でも観光地になりえるという事に。

 ……多少?


 大いに疑問は残るが可能性は見出せただろう。


 それはそれとして、散々文句を垂れてくれたアンナには特別に暗黒大陸の観光事業にも参加してもらうことにした。

 物資の運搬やなんかは必要だろう。


 もちろん本人に何の相談もなく話は進められた。



 この事が引き金となり一時の間、夜一とアンナの仲が南極並みの冷え込みを見せたのはまた別の話。

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