二号店を出店!! 商圏を拡大させろ(ドミナント戦略)③

 ヨイチさんからの提案は、私の想像の斜め上を行っていました。

 複数の店舗を本店となる一号店を中心に20店舗程を出店すると言うのです。

 確かに資金はありますが、同じ地域に幾つもお店を構えることにどのような意味があるのでしょう?

 この提案にはさすがの私も異を唱えました。


「さすがにお金もかかりますし、「はい、わかりました」と二つ返事は出来ませんよ」


「もちろんですよ。最後に決定するのは店長です。でも、僕も適当な事を言っているわけではないですよ。それにこれは経済学に加えて、僕の実体験を踏まえたうえでの提案です」


 そう言って、彼は自分の世界の事を話し始めました。


「僕の世界にはコンビニというものがあります。出歩けばすぐにコンビニを見つけることが出来ます。それほどコンビニは多く出店している訳です。

 ではコンビニとはどんなお店なのか。一言で言えば、「何でも置いている便利な店」です。ジャンク・ブティコに似ていますね。

 でも、コンビニの特徴はそれだけではないんです。端的に言えば、高い。商品の価格は明らかに他の店より高く設定されています」


 堪らなず私は口を挟みます。


「そんな価格設定をしたら品物が売れないじゃないですか」


「そう思うでしょ。でも実際に、他の店ではなくコンビニで買い物をするんですよ。僕もそうでした。もちろんコンビニ以外にも店はあって、そっちの方が価格が安い事は理解しています。でもコンビニで買っちゃうんです。なんでだと思います?」


 いきなりクイズが始まる。

 セルシアは、必死に答えを導き出そうと頭をフル回転させる。


「品物がとても良いとか?」


「品質は良いかもですけど、それは他の店も同じだと思いますよ」


 私が降参すると、彼は勝ち誇ったような笑みを見せて一言。


「何よりコンビニは近い」


「近い? ご近所にあるという事ですか?」


「まあ、そういうことになりますね」


「それだけですか?」


「それだけです」


 今の話だけでは同地域への複数出店に許可を出すわけにはいきません。


「分かりにくかったですかね? それじゃあ、もし店長が欲しいものがあったとします。日用品だと仮定しましょうか。ちょうどその品を切らしてしまった時に、「そう言えば、王城に昔買いためていたのがあったな」と思い出したとしましょう。

 目の前には銅貨20枚でその品が買えるお店があります。対して王城までは歩けば往復2、3時間掛かります。さあ、どうしますか?」


「銅貨20枚くらいでしたら、王城に戻るのは少しばかり億劫ですね」


「そうでしょう。つまり、人は品物の価格と時間を加味して買い物をするわけです。

 王城に行けばタダでも、歩いて2、3時間の労力を考えれば、手近な店で多少お金がかかってもいいから楽をしたい、と思うものです。と言うヤツです。時間は有限で、その浪費は金銭同様に重要な点です。店長も時間の大切さは分かりますよね」


 もちろん分かりますとも。

 私も商人の端くれ。時間の大切さは身に染みて分かっています。


「つまりは金銭と同じく、商品を手に入れる過程で生じる時間そのものを費用と考える訳ですね」


「流石商人ですね。この手の話の理解が早い」


 どうやら感心してくれているようです。

 私は少し誇らしい気持ちになります。


「そうですか? まあ、私も商人ですから」


「そうやってすぐに調子に乗るところは直した方がいいですよ」


 怒られました。

 気を取り直して、


「つまりはその探索費用を逆手に取った商圏を形成するわけですね」


「ええ、そして今回店長は商売の基盤を作りたいとのことでしたので、この一帯の商圏を確保したいと思います。そのために地域一帯の探索費用を無くしてしまうんです」


「そのための複数開店だったんですね」


「まあ、そう言う訳です。それでどうしますか? こちらの世界では商圏という概念自体が希薄なので、この方法で商圏の拡大・強化は可能だと思いますけど」


 確かに私たちの世界に商圏という概念はないにも等しい。

 しかし全くないわけでもない。

 気づいていないだけなのです。

 実際に商人ギルドの近辺にはお店が建ち並び、活気があります。

 反対にその一帯から離れていくにつれてお店の数は減り、活気も無くなっていきます。


 きっと商人の皆さんもギルドに用事があるときの事を考えて近場に店を構えているのでしょう。

 時間は有限という考えを持つ商人の特性故でしょうか。

 その考え方こそが、今回の商圏という発想とイコールに成り得るのです。

 この事にいち早く気づけた――知ることが出来た私――《ジャンク・ブティコ》は先手を打つことが出来るのです。


「やってみましょう。きっと大丈夫です」


 私は親指を立てて見せる。


(まあ、もし失敗しても、お父様から頂いたお金があればどうとでもなりますしね……)


 結局のところ、潤沢な資金が私に一歩を踏み出させた。

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