3 ござるウイルス

「じゃけど、あん時は面白かったよな」

「突然叫びだすけえのー」

「のうのう、またアレやってくれんかのー、アレ」

 発掘授業の日から田中高橋ペアは、晴れて『突然戦国武将コンビ』として学級内限定デビュー、みんなにイジり倒されることとなった。

 本人たちにしてみれは、晴れてどころじゃない。

「もう飽きたわ」と田中くん。

「同じネタを二回とかやらんし」と高橋くんも同調。

 そうやって二人が逃げ回っていると、今度はクラスのみんなが二人を茶化すように、チャンバラごっこをやりだした。

「やあやあ我こそは武田信玄にござる」

「オレだって石田三成にござる」

 それはさすがに大物すぎるでしょ。瑠香でも知ってるぐらいだもん。

 誰が言い出したのか、この現象を「ござるウイルスの大流行」と命名。パンデミックか。

各々おのおのがた、童子わらしめいたチャンバラごっこも大概に致せ。真の武将たるもの、軽々に刀を振り回す真似などせぬものじゃ」

「言ってくれるではないか。いざいざ、勝負じゃ、相手致せ!」

「売られた喧嘩とあれば買わざるを得まい!」

 で、またチャンチャンバラバラ。よくもまあ飽きないものだよ男子たち。


 後ろの席から彩乃ちゃんが、お箸の尻で背中をツンツンしてくる。

「ねえねえ、この中にほんとに霊が取り付いてる人もいるんじゃね?」

「え、ガチでってこと? いやいや、ないでしょそれは。普通にふざけてるだけっしょ」

「うむ、やはりそうでござるか」ニヤける彩乃ちゃん。

「取り憑いた? ってゆうか口の横にごはんつぶ」

「え? まじ?」見当違いの場所を探る彩乃ちゃん。

「まじでござるよ、ここ、ここ」わたしは自分の眉間を指差す。

「さすがにそこはないでしょ」とむくれる彩乃ちゃん、可愛い。

 ちなみに彩乃ちゃんとわたしは席替えのたびに裏技を駆使して近い席を死守している。ただのダンス仲間を越えた大切な友人だ。

 ごはんつぶを取って口に放り込み、照れ笑いする彩乃ちゃんを微笑ましく眺めながら、わたしは内心ちょっと不安になっていた。もしかするともしかする。だって、こないだの二人は普通じゃなかった。

 ねえ田中くん。

 綾姫って、いったい誰なの?

 それと、いつになったら告白するの。するのしないの、どっちなん。

 こっちは、心の鍵を開けて待っているのに。

 なーんちゃってね。

「瑠香ちゃん、なに一人でニヤついてるの」彩乃ちゃんするどい。

「な、なんでもござらぬ」

「憑依してる!」



      * * * 



 「のうのう、田中うじ、高橋氏、おぬしら本家本元がやらんと、イマイチ盛り上がらんのじゃ」

「誰が本家本元じゃ」と高橋が。

 昼休み恒例のチャンバラごっこ。もういいかげんオレらをネタにするの、飽きてくれないかな。

「もうあの奇跡の武将コンビ復活はないんか? つまらんのう」

「1日限定のスペシャルコラボだったんで。再結成の予定は未来永劫ございません」とキッパリ言い切るオレ。

「な、高橋?」

「左様、いかにも」って、その返答は……

「え? いま何て?」オレは一気に青ざめた。

「なんと! サプライズ再結成キター!」無責任に盛り上がる野郎ども。冗談じゃない。

「オレは再結成するなんて一言も! 高橋、悪い冗談はよせ」

「冗談? 冗談とは何のことじゃ。ワシは結成やら、再結成やら、興味はないわ。ワシが乞い願うものは唯一つ、それは……」

「それは?」

「……それはここでは言えぬ」照れて真っ赤になる高橋。

「高橋くん?」とオレ。

「なんじゃ」

「今、ふざけてるよね? 小芝居ヤメレ」

「小芝居とは失敬千万なり」

「高橋くん? 陶晴賢って誰だっけ?」

「ス、スエなんだって? ハルカタ?」

「高橋よ。武将が乗り移ってるなら主君の名を知らない訳がない」

「ちっ、バレたか」

「心臓に悪いからそういう冗談やめて、マジで」

「悪い悪い」

「田中よー、ノリが悪いてお前。せっかく高橋がその気になっとるんじゃけえ」と外野たち。

 悪いが君ら外野の期待に答える義理はない。

「ごめん、だから再結成はないって。ほら、昼休み終わるし」

「あーあー、ぶちつまらんのー」


 午後の授業とSHRショートホームルームが終わって、掃除の時間。

 当番も委員会も部活の予定も何もないオレがさっさと帰宅しようとしていると、権藤が近づいてきた。おまけによりによって樫飯さんを引き連れているではないか。

「ちょっと田中くん。話があるんだけど」

「なんでしょう」

「ここじゃちょっと」

「話ってこの三人で?」樫飯さんも一緒ならぜひお願いしたいです。

「プラス高橋くんも」

「え、ダブルデート?」

「なんでだよ。それじゃあ私が取り合いになって、樫飯ちゃんが可哀想だろー」

 それって逆じゃあ、とも言えず。

「それ逆だろ、とかツッコめよー。私がスベったみたいじゃん」

 ツッコんでよかったのか。いや無理じゃろ。もっとツッコみやすいボケでお願いします。

「とにかく人のいない場所で」とスベり芸人。

 人がいなくて自由に使えるとなれば郷土史研究会の部室。何せ年中開店休業中だし、顧問は「幽霊」だから見に来る心配もない。


 部室に四人が集まり、扉も閉ざしたところで、権藤が、あれはネタではなかったはず、と、迫ってきた。

「ほんとに戦国武将が憑依してたんでしょ、発掘の日」

 どう答えるべきか迷って高橋と顔を見合わせる。

「だったとしても、あんたたちのこと残念なオカルト野郎とか思わないから安心して」

 いや権藤にどう思われても一向構わないのだが、問題は樫飯さんがどう思うかで。不安になりつつ樫飯さんを見ると、急に樫飯さんが質問してきた。

「田中くん、綾姫って誰なの?」樫飯さん、気にしてたのか。

「ごめん、正直分からん。オレに聞くより高橋に聞いたほうが。なあ高橋」

 そう話を振ったが、高橋はただ蒼ざめて黙っている。

「ねえ高橋くん、綾姫って誰なの? 知ってる人?」

「それ、答えなきゃダメか?」と高橋。

「だって気になるよね」と樫飯さん。

「なるなる。気になる姫だわー」と権藤「綾姫って可愛いのかな?」

「そこ? そこが気になるポイント?」と樫飯さんがずっこける。

「綾姫は、とても可愛いよ」血の気が引いて蒼白になった高橋が答えた。

「黒い髪が長くて、ちょっと樫飯さんに似てる」声が微かに慄えている。

「えー、可愛いんなら似てるのはわたしのほうじゃん」とふざける権藤「だからー、ちゃんとツッコめよー」権藤、それツッコみづらいから。

 綾姫は樫飯さんに似ている、という言葉を聞いた瞬間、オレの脳裏にも綾姫の姿が蘇った。美しい着物をまとった若い美貌の姫君。たしかに目の前の樫飯さんに似た、清楚な美人だ。オレは、いや、オレと言うか、鷹之丞たかのすけは、綾姫にずっと恋い焦がれていたのだった。

「思い出した」

「あれ、田中くんも思い出した?」

「樫飯殿、そなたは綾姫によう似ておる。淑やかさに加うるに、凛とした佇まい、まとう気品までも瓜二つじゃ」

「突然始まっちゃったよ、ゴッコ遊び」

 そうのたまう権藤とやらをジロリと睨みつけ、

「ゴッコではござらぬ。拙者はまごうかたなき武士、桂鷹之丞にござる」

 いまこそワシは全てをはっきり思い出しておった。そして傍らに所在なく立ち尽くしている清志丸に目を向けた。

 おのれ、何を空とぼけた顔をしておるか。おのれが鬼畜の所業をば、まさか忘れたとは言わさぬぞ。

「清志丸!」

 大声でそう呼ばわり、相手に詰め寄ろうと立ち上がりかける。

「田中くん、声が大きいよ!」

 そう言いながら、当の綾姫は、掌のなかにもった白い手札のようなものを指で叩いたりなぞったりしていたが、ふと顔を上げ、

「ねえ、桂鷹之丞でググっても、情報が出てこないよ? 架空の人物なの?」

 愚愚ググるとはいかなる呪文か知らぬが、ワシのことが系図にも文書にも一切出てこぬのは当然。

「ワシのことを調べても無駄じゃ。なにしろワシは、いなかったことにされておったのでな。それはそれとして、清志丸!」

 そう呼ばわると同時に、気合もろとも佩刀を抜き、にっくき綾姫のかたきに斬りかからんとするも、なにゆえか腰に下げたはずの刀がない。

 拍子抜けして己の姿を見れば……黒黒として貧相な、どこの国の衣装ともしれない服を着ている。なんなのだ、この貧相な装束は。

 清志丸も綾姫も、同様で、綾姫はといえば着物ではなく、何やら短い履物から、その妙なる美脚を剥き出しに、白日のもとに曝け出しておるではないか!

 綾姫、そなた気でも触れたか!

 見ればその隣の太りじしの権藤とかいうおなごも、同様の履物から野太い足を出して平然としておるではないか。これは一体何事か。

 ワシは、綾姫の真白き御御足おみあしに吸い寄せられる我が眼差しを、懸命に引き剥がして綾姫の顔を見つめ、苦言を呈した。

「綾姫殿、そなたの御御足、まっこと尊くもお美しい。然れどもその目出度き御御足、かように軽々に人目に晒すものではござらぬ」

 そう叱責しながら、ワシの鼻腔より、冷たき液体がツツと一筋流れ出た。これは鼻血か。ワシともあろうものが、不覚にも興奮…あ…


「おーい。田中くーん。大丈夫ー?」

 ペチペチと頬を叩かれて目を覚ます。

「あれ、オレ、一体……」

「樫飯ちゃんの御御足がどうたら、って言ってるうちに鼻血を出して気を失ったんだよ。覚えてない?」と権藤。

 気がつくと、両方の鼻の穴に丸めたティッシュが。道理で息が苦しいはずだ。ってか、樫飯さんの前でこの格好? 死ねる。余裕で死ねる。

「あ、まだ取らないほうがいいよ、血が止まってないかも」と樫飯さん。なんて優しいんだ。天使か。白衣の天使か。

「そうだよー、なにせ、樫飯ちゃん自ら入れてくれた鼻栓だからねー、これは貴重だよ」と権藤「ていうか、ある意味樫飯ちゃんのせいで出た鼻血だからねー、手当するのも当然?」

「なんでだよー!」と樫飯さん「だってさぁ、おかしくない? うちらの脚なんて別に見慣れてるじゃん。今日だけ特別にスカート短いわけでもないし、なんで急に鼻血?」

「それなー。なんなら毎日鼻血出してなきゃならんけえな」

 それは何故かと言うと、オレ(田中)にとっては日常の風物詩であっても、オレ(鷹之丞)にとっては、初めて見る衝撃の光景だったからなんだが。これ理解してもらえるのか?

「今日から君のアダ名は『鼻血クン』だから覚悟して」と権藤。

「それだけは勘弁して」

「まあ出ちゃったものはしょうがない、ね、鼻血クン!」樫飯さんまでそんな。

 そうやって、オレが女子二人にからかわれている間も、高橋は沈黙していた。高橋が清志丸? そうだとすると。オレは確認しなければならないことが。

「高橋、お前さあ……」

 言い終える前に慌てて高橋は立ち上がり、

「田中、ごめんな」そう言い残して、部室を出ていった。

 お前、清志丸なんだろ、という言葉は胸のうちに残った。

「高橋くん、急にどうしたんだろ?」

「さあ、トイレじゃね?」

 突如脳裏に鮮明な記憶が蘇り、オレは、反射的にガバッと上体を起こそうとしてまた気が遠くなり――気がつくと、なにかひんやりとして柔らかいもののうえに頭を載せて寝ていた。

 おお、この感触はもしや!

「どさくさに紛れて膝枕してもらってるー」と権藤が冷やかす。

 少々冷やかされたぐらいでこの至福を手放す気にはなれない。

 これで権藤さえいなければ、絶好の告白のチャンス――鼻血出して鼻栓詰めてる時点でありえないわ。

 はーあ。今日もコクれずじまいか。

 オレは目をつぶったまま、具合が悪いていを装う。

 せめてこの至福を一秒でも長く味わおう。ああ、よきかな、よきかな、このまま死んでもいいかも。目を閉じたまま意識を後頭部に集中しようとしたが、エロ妄想の炎に水をぶっかけるように、オレの意識を陰惨な記憶が塗りつぶしていった。

 あの日桜尾城がすえ軍の残党に襲撃され、女子供までみなごろしの目に遭おうとしていた。

 我が想い姫をば救わんとて、姫を追い山道を走り抜け、ようよう追いついてみれば――着物のはだけたあられもない姿で血を流し絶命していた綾姫。

 その亡骸を掻き抱く清志丸。

 おのれ、清志丸!

 ワシは清志丸に切りつけた。

 だが致命傷を負わせるには至らず――

「こら田中ヤスフミ、いつまで膝枕に浸ってんだよ」権藤に頭を叩かれた。

「ピピピピ。ピ。」とタイマーを止める振りをする樫飯さん「はい、お時間終了です。ありがとうございまーす。延長料金は受付でお願いしますねー」

 え?

 これって、そういうことなの?

 JKなんちゃら的な商売?


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