第25話 王子の選択
そして、オーレンス宰相様が入室して交渉が始まる。
宰相様は王国軍の代表という立場で、今回の主役はノースター領主である俺だ。
つまり俺が仕切らなきゃならない。
俺の代わりに宰相の息子であるパルシーさんががんばるんだけどね。
「まずは皆さまにわざわざご足労をいただいたことに感謝いたします」
俺と眼鏡さんが二人で立ち上がり正式に礼を述べる。
そして、土台に添え木をして、自立している大きな板に紙を貼った物を持って来させる。
黒板の代わりだ。
これで他の者たちを威圧というか、度肝を抜いておく。
「日程について」「規模について」「調整」
俺はそう書く。 王子の文字だ。 うん、キレイで見易いな。
眼鏡さんがさらに決定事項を書き込んで、俺が座ると大きな声で読み上げる。
「この領地で行われるため、こちらの都合で決定させていただきました」
南領のほうは問題ないとしている。
だが、西領は「準備が間に合わない」として遅らせようとしてきた。
「そちらの準備とは、どういったものなのでしょうか?」
俺が文字板に書いて眼鏡さんに読ませる。
「こちらに向かわせる人選だ。 選んだ相手の都合もある」
「毎年ほぼ同じなのですから、予め選出しておいてもらえると助かります」
その上で俺は先ほど西領に渡した資料を、南領の女性にも渡す。
「これが一番最近の一昨年の名簿です。 これと同じ者を寄越してください」
それにはノースター以外の者が困惑の顔をする。
ドラゴンの被害で亡くなった者の多くは国軍の兵士だった。
他領の者は負傷程度で済んでいる。
「どうしてですか?。 確かに人選が楽といえば楽ですが」
女性領主の言葉に俺はやさしく頷く。
「私は魔獣狩りは見るのも初めてなので、経験のある皆さんの元で勉強させていただきたいのです」
眼鏡さんもやさしく話してくれる。
「もし、どうしても同じ者が揃わない場合は仕方がありませんが、前線に出なくてもいいのです。
私に色々と教えていただきたいので、ぜひ参加をお願いいたします」
名簿に上がっている者は領の代表ということで、身元はちゃんとしている。
つまりどこにいるかがはっきりしているのだ。
「もちろん、その方の分の日当もこちらで負担いたします」
それならばと了承される。
西領でも人選に時間がかからないならと、日程を呑んでもらった。
人選が同じならば規模も自ずと同じになる。
「規模についてはどうでしょうか」
眼鏡さんの言葉に南領から声が上がる。
「もし、一昨年のようなドラゴンが出た場合、これではとても足りません」
もちろん当時の規模と同じという事は、その中から死亡した人数が減っている。
「はい。 そこはオーレンス宰相様にお願いして軍から出していただきます」
威厳たっぷりに宰相様が頷く。
「我らも増やそう」
そう西のご老人領主が言ったが、俺はそれには及ばないと拒否した。
「何故だ!。 うちの領でも負傷者を出したんだぞ。
いうなればドラゴンは仇!。 こちらには人数を増やしてでも仇を討つ権利がある」
領主の息子が吠える。
権利ねえ。 どうみても少しでも利権を取りたいとしか見えないが。
「それには及びませんと申し上げました。 仇はその時にいた者で討ちましょう」
それにドラゴンが出るかどうかは分からないのだ。
納得しない息子は立ち上がり、唾を飛ばす。
「さっきからお前は何様のつもりだ。
我らは西の領主だぞ。 お前は文官だろうが。 王子の腰巾着か?。
お前は口を出すな。 領主が自分で答えるべきじゃないのか」
無茶苦茶だ。
こっちは声が出ないと知っているのに、しゃべれとは。
それには眼鏡さんも立ち上がる。
細身だが、さすがに迫力はある。
領主の息子が少したじろいだ。
「失礼いたしました。 自分の紹介が遅れました。
私は、ここにおりますオーレンス宰相の長子でパルシーと申します。
ネスティ侯爵家の執事として赴任いたしております」
つまり、このノースター領の宰相的立場にいる。
ただの文官ではないのだ。
「な、なんだって」
南領の女性と西領のご老人が目を見張って眼鏡さんを見る。
そう言えば似てるなって思ってるんだろうな。
俺がニンマリと笑っていると、宰相様が追い打ちをかける。
「国王陛下におかれては、ご不幸な境遇であらせられる王子をことのほか憐れんでおられる。
王子はまだ未成年故、私の代理として息子を赴任させているくらいだ。
私にも今回、このノースターを見て参れと申された」
下手すれば国王陛下自身が来てましたけどね。
その場合はこの領主の息子はどうなったんだろうか。
やっぱその場で斬り捨て、かな。
俺がそんなことを考えてニヤニヤしていると、隣の眼鏡さんがトントンと文字板を叩く。
なんか書けということか。 仕方なく適当に書いた。
「ご納得いただけましたら、今回はこのような日程と規模で調整させていただきます」
あとはこちらの領に到着する日程を後日知らせてもらうだけだ。
こっちは宿の手配や、解体作業所などの設置に時間がかかる。
日程が決まっているので、それに間に合わせるようにすでに動き出しているけどね。
「こちらに依存はございません」
南の女性領主が立ち上がり、優雅に腰を落として了承の意を示す。
西のご老人も立ち上がり、オーレンス宰相様に向かって敬意を表す礼を取り、「了承した」と俺に告げた。
宰相が退室すると、南の領主は客室に戻り、西の領主は息子を引きずるように廊下に出た。
「歓迎の宴席をご用意いたしております」
と声をかけたが、西の領主親子は「お構いなく」と言ってさっさと帰リ支度を始めた。
警護の騎士たちは案の定、うちの脳筋連中と模擬戦をしていたらしく、ボロボロになっていた。
俺は従者や騎士の女性たちにお菓子の袋を渡す。
「ふふ、やっぱりご領主様はいい男になるよ」
西の偽神官の女性にサラリと腕を撫でられ、俺はゾワッとする。
やはり警戒しておいてよかった。
取り込もうとしていたのか、不祥事を起こさせようとしていたのかは知らないが、何かを仕掛けようとしていたのは間違いがない。
機嫌の悪そうな息子を連れて、西のご老人は無表情のまま帰って行った。
むう、最後まで息子の紹介が無かったな。
夜は庭でバーベキューである。
宰相様が王子用にと良い肉を持って来てくれたので、大盤振る舞いだ。
現在、ここの館にいる子供は、昼間は教会で働いている女の子と、父親が私兵になった五歳の女の子。
そして宿屋経営を目指して修行中の夫婦の三歳のチビちゃんだ。
私兵の脳筋たちに準備をさせ、チビの両親と共に食材の下拵えをする。
ガストスさんには酒を用意してもらい、女の子には子供用の果汁を用意してもらう。
すべてを玄関前の広場に持ち出し、椅子やテーブルも並べる。
「申し訳ありませんが、ご自分で好きな物を選んでください」
そう伝えてもらい、南領の一行も混ざって宴会になる。
本当は南領の領主とも、もっと突っ込んだ話もしたいけど、筆談はやっぱり人前ではあまり良くない。
コソコソと密談しているように見えるし、まして相手は女性なので気が引ける。
俺は、王都ではずっとおばちゃんたちに「年齢には関係なく」女性には気をつけろと言われているしね。
「ねえねえ、これやってー」
チビが俺のところに、今、町で流行りの皮ボールを持って来た。
若い新兵たちや御者の助手が、見本を見せると言って蹴り始める。
皆、身体を鍛えているせいか、かなり上手だと思う。
だけど酒を飲んでやるもんじゃないぞー、そこ。
俺は気持ち悪くなって座り込んでいる彼らを笑いながら見ているだけだ。
もうすでに夜は遅く、子供たちは部屋に戻された。
新兵たちは酔い潰されて、その辺に転がされている。
グダグダな大人たちは、あちこちで固まって愚痴を言い合ったり、しんみりしたりしている。
もうそろそろお開きだろう。
そしてボールが転がって来る。
俺はそっとボールを足で拾う。
元の世界では、発病してからボールを追い掛け回すことは出来なくなったが、体調が良い時はたまにリフティングだけはやっていた。
ただボールに触っていたかった。
足首に乗せ、ポンッと少し浮かせて、膝に、胸に、頭にと何度も蹴り上げる。
俺は夢中になってボールとじゃれる。
『うまいものだな』
「あはは、自分でこう自由に操れるって楽しいよな」
『そうかも知れないな』
そんな姿を一人の少女がじっと見つめている。
その後ろ姿をガストスさんが黙って見守っていた。
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