第24話 王子の交渉
他領との交渉日は明日なので、今晩は宰相様には泊まってもらうことになる。
一応、二階に二間続きの客室もあるので、そちらに従者と共に入ってもらった。
護衛騎士たちも二階の空いている部屋を使ってもらう。
宿屋とは違うので、あとは自由にやってくれと伝えている。
だって、世話をする者はいないのだ。
食事の時間は全員食堂に集まってもらい、セルフサービスにした。
おばちゃんに手伝ってもらって総菜を数種類、大量に作り、大きな器に入れてドンっと中央の台に置く。
それを勝手に好きなだけ取ってもらう。
俺もパンを焼き過ぎて疲れたよ。
「食材も豊富だな」
宰相様は何故か俺の隣に座っている。
息子のパルシーさんか、同年代のガストスさんのところへ行って欲しい。
「食材の多くは他領から買い付けています。 王都からも定期的に購入していますよ」
文字板に書きながら、早くこの土地でもたくさん採れるようにしたいと思う。
はっきり言って、まだこの町の農家は、自分たちの町の分だけで手一杯なのだ。
土地は余っているのに、人手が無くて開墾出来ない。
「そうか。 あまり無理はなさいませんようにな」
「はい」
心配されているのに、文字板の文字は心なしか緊張していた。
翌朝、南の領主と西の領主がやって来た。
南の領主は中年の女性だった。 女性従者一名と護衛の騎士を男女それぞれ二名。
西の領主はかなり高齢の男性で、町の代表の代理をしていたあの中年男性を連れていた。
従者は若い女性を四名連れていて、何故かその中に町の教会に来ていた、あの色っぽい女性神官がいた。
護衛騎士は屈強そうな男性ばかり十人も連れており、揃って重そうな鉄製の鎧を身に着けている。
これから戦争でも始まるのかな。
「父上!、あれが生意気なガキですよ。 私を牢に入れやがった」
ぶよぶよの中年男性が俺を指差す。
なるほど。 親子だったわけだ。
交渉会議の開始は午後とさせてもらっている。
詳しい時間は昼食後としか設定していなかったが、二人の領主はちょうど同じ昼ぐらいに到着した。
南からは一番近い町からでも馬で一日かかると聞いていた。
この時間に間に合うように来たということはどこかで野営をさせてしまったかも知れない。
俺は王子に代わってもらい、恭しく女性領主の手を取り、甲に口づけをする。
眼鏡さんが「遠い所、おいで下さり、ありがとうございます」と礼を述べる。
元職員の中から若い女性が進み出て、館の中へと案内して行く。
俺は元職員の内、若い女性たちを今回の案内役として指導しておいた。
西の領主には軽く礼を取り、俺自身が案内する。
「ふんっ。 女を優先か。 こっちのほうが身分は上だぞ」
中年息子が何か言っているが、聞き流す。 大丈夫、たいしたことは言っていない。
眼鏡さんが「ようこそいらっしゃいました」と俺の代わりに声をかける。
館の外観は相変わらずボロいが、多少はキレイにしておいた。
「今時、木造の建物かよ」とブツブツ文句を垂れていた息子が、中に入って驚いている。
この領主館は最高級素材で造られており、建てられた当時としては最先端の装飾。
元の世界ではレトロというのか、クラシックといえばいいのか、まあそんな感じだ。
俺は元の世界の近代的な建物より、こういう中世的な雰囲気のほうが好きだ。
「ふむ、悪くはないの」
ご老人領主も問題なさそうだ。
従者と護衛は一人に付き一人だけ残し、後は食堂で待機しておいてもらう。
息子のほうはかなりごねていたが、ご老人に睨まれておとなしくなった。
余った護衛や従者は、元代表だった私兵の脳筋が案内して連れて行く。
彼には「我慢出来なければ外へ連れ出して、一緒に訓練でもしていてください」と伝えてある。
南の領主は女性ということもあり、二階の客間へ案内してもらっている。
着替えや旅の疲れもあるだろうし、軽食も用意して、ゆっくりしていてもらう。
その間に少し西の領主との間に片付けたいこともあるしな。
会議室には領主と宰相様が座る円卓に豪華な椅子を用意しておいた。
護衛その他はその外側に長机を置き、円卓を囲む形だ。
逆に言えば、隙間なく四角形に配置した長い机に、豪華な円卓の席が囲まれている状態になる。
すぐには近寄れないようにしているのだ。
長机には椅子も用意してあり、騎士と従者はそちらに座るように指示している。
だが、必ず一人は主である領主の後ろに立とうとするだろう。
それは仕方がない。 俺だって文字板を読んでもらうために眼鏡さんに側に付いてもらうしね。
領主会議の前に、西領の二人には話がしたいとお願いした。
「変わった趣向だな」
会議用の部屋に入った西のご老人の言葉に、俺は微笑みだけを返す。
「お、お前、無礼だぞ。 ちゃんと声に出してしゃべれ」
本当にこの息子は馬鹿である。 先ほどからずっと地雷を踏み抜いている。
俺はニッコリ微笑んで、文字板を書いて眼鏡さんに読ませる。
「申し訳ありません。 我が主であるネスティ侯爵様は生まれつき言葉を発することが出来ませんので」
「はあ?。 よくそんな者が領主になどー」
父親である領主が息子を「止めなさい」と戒める。
「失礼ですが、確か王家の第一王子ケイネスティ様が同じ病であったと思うが」
「その名前は現在使われておりません」
老人の言葉に眼鏡さんが答え、俺は苦笑を浮かべている。
「お、王子!」
やっと少し静かになったようなので、話を進めよう。
俺は眼鏡さんに数枚の紙を綴った物を二人に渡してもらう。
二人がその紙に目を走らせるのを確認した上で、俺は文字板に書き始めた。
「ネスティ様は今年の魔獣狩りに際し、昨年までの狩りの資料を確認しておられました」
眼鏡さんは俺が書いているのを待っているかのように言葉を切る。
実際はほとんど打ち合わせ済みだ。
「それがこの資料でございます。 その中に最新の一昨年前の詳細があるのですが」
息子の顔色が悪い。
「我が領の兵が一人亡くなっています。 狩り以外の場所で」
それは当時処理班だった私兵たちにも確認した。
倒れている者を発見したが、すでに亡くなっていて、その者が担当していたドラゴンの部位が明らかに不自然な切り取られ方をしていたそうだ。
戦闘中ではなく、解体作業中の事故として処理されている。
そのため補償されなかった。
彼らはハシイスには隠していたが、妻である母親には仔細を告げていた。
「犯人は見つかっていませんが、どうやらドラゴンの肉を解体中に、たまたま一人になったところを襲われたと見ています」
「それは我らに何か関係があるのか?」
無表情なご老人の言葉に、俺はチラリと息子を見る。
「それは分かりません」
証拠は無い。 この息子の言葉を聞いたという証言だけなのだ。
「ただ、このような不幸な事故が今後も起こることを危惧しています」
俺とご老人の視線がぶつかる。
お互いに相手の心の内を探ろうとしている視線だった。
「失礼いたします」
一言問いかけがあり、女性職員が南領の従者の女性と共に入って来た。
「支度が整いましたので、こちらにお連れしてもよろしいでしょうか」
俺が頷くと、私兵の新人が一人、ガチガチになりながら机を移動して、真ん中の円卓へ通れるようにした。
南領の女性領主が座ると、お手伝いのおばちゃんが緊張した顔でお茶を運んで来てくれた。
俺が作ったお茶菓子付きだ。
「王都で流行っているお菓子です。 お口に合うといいのですが」
俺が文字板を書く前に、眼鏡さんが女性領主に囁いた。
むぅ、言いたかったのに。
「まあ、ありがとう」と女性が微笑む。
王都の店のクッキーをアレンジし、ジャムを添えた。
西領の息子が一口でバクリと口に放り込んだ。
「大したことないな」
その言葉を受け、俺の文字板を読んで眼鏡さんが一言付け加える。
「そうでしたか、それは申し訳ありません。
それはネスティ様が自ら作られましたので、やはり本物の菓子職人の味には敵いませんね」
顔は笑っているが、明らかに怒りが混ざっている。
他領の席で出された物にケチをつけるなど余程の事が無ければあり得ない。
しかも領主が作った物だ。
「まあ、ネスティ様がお料理を?」
女性領主が場を白けさせないようにしてくれた。
「はい。 ネスティ様は料理は得意でいらっしゃいます」
誇らしげに眼鏡さんが微笑む。
女性領主が菓子を手に取り、一口かじる。
「まあ、美味しいわ」と声を上げた。
従者や騎士たちがうらやましそうに見ていた。
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