神様候補
尾裂狐
prologue
夏の暑さも落ち着き、半袖でいると少し肌寒くなってくる時期。午後三時を回った時間帯で、生徒の活動は疎らに散っていく。
真っ先に家に帰ろうとするもの、運動場、体育館などで部活動に精を出すもの。図書館にて勉学に務めるものもいれば、読書して時間を潰すものも数多く存在する。
ある少年もその中の一人。本来、帰宅部である少年は真っ先に家に帰らなければならない事情がある。しかし、彼は図書館に入ると速攻で長テーブルで突っ伏して時間を潰すことに専念してしまう。
目的はただ一つ。
図書館には書物を管理する役割を持つ生徒がいて、それを図書委員と呼ぶ。その中の一人、才色兼備という異名を持つ少女がいる。名を
彼女目当てに図書館に来るものもいるようで、その少年もその一人だ。
適当にライトノベルを一冊本棚から抜き取って数ページ開いたあと、活字を読むのが苦手な彼はすぐに読み飽きて突っ伏してしまう。そして時々受付カウンターを腕の隙間から覗く。
しかし、それは彼が天使に対して好意を抱いてるからかと聞かれればそれは違う。
普通の生活。普通な人生の普通の学生を目指す者として、普通の思春期男子の注目の的である彼女に惚れるという行為はまさに普通の男子の反応だ。それを目指す彼にとって、彼女に一目惚れをしたふりをすることで、一般高校生を演じているに過ぎないのが現状だ。つまり普通であるために彼の努力の一つであるといえる。
そんな彼の制服のポケットから振動が響く。振動の長さから電話による着信であることを察する。これがメールなら幾分かやりやすいのにと内心で悪態を付きながらケータイをポケットから取り出す。最新型のUPhoneで、画面の着信拒否をタップして再び天使観察に気を向ける。しかし数秒もしない内にバイブレーションは鳴り、ウザったいことこの上ない。
再び着信拒否をタップした少年は即座に通話アプリのVINEを開いて、メッセージ機能を使う。発信元である母に対して、素早く文字盤を操作して『何のよう?』と打ち込んで送信した。すぐに返信は来て、『今どこ?』という文字が返ってきた。少年は簡潔に『学校』と返信した。即座に『大事な話がある』と前置きした上で、早く帰ってこいと言ってきた。
周りに聞こえないように深いため息をした少年は、持ってきたライトノベルを片手に席を立つ。
受付カウンターをしている天使の元に歩み寄り、持ち出したライトノベルを差し出した。
「貸出ですか?」
鈴のような、それでいて凛とはっきりした声で問いかけてくる。普通の男子高校生はこれを目当てに図書館に来ているといっても過言ではない。読む気もないくせに借りてることに思うところがないわけではない。しかし、これをきっかけに本を読むようになったという者もいて、一概に悪様に扱うわけにはいかない。また、天使目当ての男子高校生のおかげで図書館の利用者も増え、蔵書の種類も経費で増やせるようになったのも僥倖だ。上手く行けば、この高校において図書館こそが名物スポットとなる日も遠くないだろう。
その彼女の声を聞いた少年は軽く相槌を打つだけで済ませる。普通の高校男児は緊張、もしくは高揚した様子で喰いかかるらしいが、彼にとってはあくまで通常通り。自分が普通であるために、普通の男子高校生と同じような行動を取り、真似るように読まない本を借り受ける。一週間の貸出期間があるのに、彼はそれを明日には返すであろう。
本の背表紙の裏側に貼り付けている貸出票に少年の名前と貸出日を記入した天使は、返却日を説明したことで一連の動作を終了する。
借り受けた本を自らの学生カバンに無造作に突っ込んだ少年は、そのまま図書館を後にする。このまま寄り道もしないで家に帰るであろう。
少年の名前は
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様一が普通の人生を望むのには理由がある。
彼は父親の顔が記憶にはない。物心つく前か、生まれる前からかは判断つかないが、ずっと前から父親が家に帰ってきたことは無い。離婚したのか、死別したのかもわからない。家族写真などもなく、アルバムに載ってるのは様一と母親の姿だけ。家中のどこを探しても父親らしき人物の写真がないのだ。
幼少の頃、様一は母親に父のことを聞いたことがあった。その時の回答は『天国で神様をやってるのよ』とのことだ。当時の様一は、『仏になった』=『故人』であることを知っていた。故に、父親は仏になってしまったものだと判断した。仏になって天国に行き、故人となったため帰ってこない。そう理解したのだ。
それ以来、様一は父親のことを一切聞かなくなった。もし嫌な思い出や父親を想って母親が涙を流したら嫌だったから。そして父親がいないことで、様一が差別を受けたり虐められたりすると、母親は確実に心配してくるだろう。だから様一は普通であることに拘っている。普通に父親がいる振りをする。普通の生活をしている振りをして、普通の男子高校生のつもりで生活している。
つまり言うなら、十六年間女手一つで育ててくれた母親に、様一は感謝している。簡単なことではなかっただろう。働きながら家のこともして、子供の世話をして、寝て起きたらまた仕事に行く。その影響で家事炊事ができるようになった様一は、いつもは母親が帰ってくるまでに家のことを済ませて、温かいご飯で出迎えるようにしている。
しかし、そこに一つ弊害があった。
父親がいない期間が長く続き、自分に感謝して恩返ししようとする息子がそばに居る。そんな状況で母親は甘えないわけがない。仕事から帰ってくる度に様一に抱き着いたり、眠る前に頬に接吻をしてきたりと、母と子の関係で物事を考えるなら常軌を逸しているように様一は感じていた。
少し距離を離そうとしてもやはり家族。切っても離せない感覚があって、どうしても一定距離行くとやっぱりと気持ちが切り替わってしまう。兄弟はおらず、父親と親戚の存在も知らない様一にとって、唯一の肉親の存在はとてつもなく大きい。
過剰なスキンシップに思うところはあるが、これも仕方ないかなと妥協してきているのが悩みどころだ。
そんな彼の元にある一報が知らされるのは自宅に帰った時だった。
「お父さん、帰ってきたわよ!!」
玄関に入ると同時に飛び込むように出迎えてきた母によるこの言葉。ここから様一の普通の生活が普通でなくなってしまう。
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