ダークエルフ姉妹と召喚人間

山鳥心士

第一話  妖精の輝剣(アロンダイト)

妖精の導き

 「なかなか熱下がらないわね・・・。ちょっと湖まで薬草探してくるわ」

 ダークエルフである、イルザ・アルザスは護身用の短剣と麻袋を背負い、妹のエルザ頬を優しく撫でて身支度を整える。

 青がかった腰まである銀髪は夜空に浮かぶ星のように輝き、褐色の肌はより美しさを妖艶に引き立たせる。編み込んだ髪はカチューシャのようにセットし、大人びた顔立ちながらも、どこか少女らしさを残していた。

 「・・・ごめんね姐さん。気を付けて行ってきてね」

 「もう、謝るのは無しよ。薬草を探すついでにエルザの大好きなオグリの実を採ってきてあげるから、今はしっかり休むこと」

 「・・・ありがとう」

 姉とは違い少し赤みがかった銀髪の少女、エルザは病に伏していた。時間が経てば治る病であったが、荒れ気味になっている魔界の風の影響で長引いていた。

 エルザはベッドに身を沈め眠りにつく。

 「それじゃあ、行ってきます」

 イルザは眠りに入ろとする妹の邪魔にならないようにぽつりとつぶやいた。



 ダークエルフの姉妹、イルザとエルザは魔界のイラエフ森にあるひっそりとそびえ立つ小屋で暮らしていた。

 母親は二〇年前に病気で亡くなり、父親は行方不明だった。幸いにもイラエフの森は木の実が豊富に生っており、生活する分には苦労することは無かった。

 小屋を出て、湖に続く獣道へ入る。

 魔界樹と呼ばれる木々は一本一本魔力を有しており、森に仇成すものには魔力で強化されたツタを鞭のように振るい、切り裂く。

 森と共存するダークエルフは森の一部と見なされ、自然の恩恵を得ることが出来る。

 (あったわ、オグリの実)

 エルザの好物であるオグリの実は拳ほどの大きさで赤色の艶のある木の実である。口に入れると溢れる甘酸っぱい果汁と、シャリっとちょうどいい歯ごたえが特徴でイルザ達姉妹には身近な食糧である。また、魔界樹からの魔力を栄養源としてるので魔力補給にはうってつけなのである。

 (六つ程頂こうかしら)

 魔界樹に実るオグリの実をもぎ取って麻袋にしまい、再び湖に足を向ける。

 目的地である湖はヴィアーヌ湖と呼ばれる薬草の群生地である。イルザの小屋から北へおよそ二〇分歩いた先にある。水が透き通っていて飲み水にもなるので頻繁に行き来しているおかげで迷うことは無い。・・・はずだった。

 (おかしいな・・・もうそろそろ湖に到着してもいい頃なのに)

 森に入ってから同じ景色が続く。湖にはいたずら好きの妖精が住むと幼い頃、母親から聞かされていたが、今まで妖精に出会うことはおろかいたずらされることもなかった。

 「ちょっとー! いたずらはやめなさい!」

 どこかで見ているであろう妖精に向けて叫んでみるが、その声は森の中を虚しく響かせた。

 (早く帰ってエルザに薬を飲ませたいのにとんだ厄日だわ・・・)

 大きくため息をつき、念には念をと短剣を取り出して木に目印をつけておいた。

 「ふふっ・・・。ふふふっ・・・」

 子どもの様な笑い声が森の中をこだまする。

 (妖精ね・・・困っている私を見て面白がってるのかしら)

 すると木の隙間から黄金に輝く蝶が群れを成してイルザの目の前を通り抜ける。蝶の群れはイルザから一定の距離を保ち舞い飛ぶ。

 (ついてこいってことかしら?)

 黄金の蝶に向かって歩き始めると、逃げるように蝶たちは森の中を進んでいく。

 ただひたすらについていくと、ひらけた場所に出てきた。空気は森の中より澄んでおり、赤や白の美しい花々が広がっている。その中央には古びた祭壇があり、なにかを祀っているようだった。

 (綺麗・・・森の中にこんな綺麗な場所があるなんて知らなかったわ)

 不思議と警戒することなく祭壇へと歩み寄る。その祭壇には独特のすっきりとした香りのする植物が生えていた。

 (あれは・・・探していた薬草だわ。湖以外にもあるだなんて、ここは不思議な場所だわ・・・)

 薬草を摘み取り、麻袋へ次々と収めていく。その作業の傍ら、祭壇に祀られているガラスの様な透明の宝玉に目がついた。

 (これは・・・)

 特に宝の類を欲しいと思ったことは無かった。しかし、その宝玉はイルザを魅了させ、無意識のうちに手を伸ばさせていた。

 宝玉に手が触れた途端、光を放ち姿を消した。

 (あ、あれ? 消えた?)

 すると手の甲が激しく痛み出し、皮膚に直接ナイフで刻まれるように彼岸花の様な紋章が浮かび上がった。

 「い、痛いっ・・・なによこれ」

 紋章が完全に浮かび上がると同時に、祭壇から同じ模様の魔法陣が出現した。その魔方陣から人影が姿を現す・

 黒髪の整った顔立ちをした少年が現れた。深紅のフードがついたマントを羽織り、片膝をついている。

 「あなたを守護すべく召喚に応じました。名をグレン・フォードと申します。以後お見知りおきを」

 「守護って・・・別に召喚術を使った覚えはないのだけど、どういうことかしら・・・?」

 突然の言葉に驚きながらも、平静を保ちグレンと名乗る少年に問いかける。

 「あなたは“妖精の輝剣(アロンダイト)”を手にし、私を呼び寄せました。私と同じ右手の紋章がその証です」

 そう言ったグレンは自分の右手の甲を向け、同じ紋章があることを示した。

 「だけどここには宝玉しかなかったわよ? それもどこかへ消えてしまったし・・・」

 「魔力を右手の紋章に込めてみてください」

 言われるまま、魔力を込めてみる。言葉を真に受けたわけではないが、少年の瞳は真剣そのものだったので半信半疑で実行した。

 右手から青白い光が溢れだす。光は剣の形となり姿を現す。

 「なにこれ・・・」

 「“妖精の輝剣(アロンダイト)”妖精によって造られたその剣はあらゆる形を持ち、輝きを失うことは無い刃を持つ剣です」

 その剣は言葉の通り、蒼白に輝いている。あらゆる形を持つという割に見た目は普通の剣と変わらない。

 「そうじゃなくて! どうして私がこの剣を持っていて、どうして君が召喚されたのか教えてくれないかしら?」

 一瞬とはいえ、蒼白に輝く剣に心を奪われた。だが、ふと我に戻り、何故この剣が自分の手の中にあるのか疑念が渦を巻いていた。

 「うーん・・・。実は、記憶が曖昧で・・・。さっきのセリフも召喚された時に口が勝手に動いたんだよなぁ」

 グレンはさっきの紳士的な態度とは異なって、年相応の砕けた話し方に変わっていた。

 「記憶が曖昧って、他に何か覚えてることは無いの?」

 「そうだなぁ・・・。召喚される前、人間界では山に住んでて狩りをしていたような・・・。あ、そうそう! もうすぐで成人の儀式が村であってそれがすげー嫌だったってのは覚えてるぜ!」

 「どれも君の身の上話じゃない・・・」

 イルザはやれやれとため息をついた。

 「それじゃあ、この剣を収める方法はわからないかしら? 持って歩くには邪魔だからそれだけでも知ってると助かるのだけれど」

 「それなら知ってる。収めることを意識すればできるよ」

 言われた通り、収めることを意識すると剣は蒼白の粒子となって手の中から消えた。

 「できたわ・・・。でもどうして剣の扱い方は知っているのに、他は全然覚えてないのかしら」

 突然現れた人間の少年グレン。そして“妖精の輝剣(アロンダイト)”。剣の出し入れと生い立ちだけしか記憶を持たない男の子。

 「召喚・・・ということは、君の面倒を見ないといけないってことよね・・・?」

 「まぁそうなるな。この紋章がある以上、契約を解くことが出来ないみたいだしな」

 イルザは更に大きなため息をついた。オグリの実を少し多めに採っておいてよかったと、幸か不幸か安堵の息を漏らした。


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