タラレバ~Another perspective~

PeDaLu

第1話

記憶とは一体なんだろう。



===1===



白石めぐみ、17歳の高校3年生。

なんで、女の子は群れを作るのだろう。

なんで、一人になれないんだろう。私は一人で漫画とかアニメを見ていたいのに。

不満を抱きつつも決断の出来ない自分に嫌気がさし始めたところ。


中学時代。放課後は友人と遊ぶのではなく、帰り道のBOOK OFFで漫画を立ち読みをするのが日課だった。

図書館の静けさも好きだったけども、学校の他の生徒に会うのが嫌だった。それにライトノベルはあったけども漫画が無かった。


中学に入ってしばらくは小学校からの友人からは高校生活はどう?というメールがよく来ていたけども、特になにもない私は「特になにもない。楽しいよ」という否定と肯定を繰り返してるうちにメールは来なくなった。

その時、確信した。私はやっぱり一人が好きなんだと。


高校に入ってからは、その願望が叶わなくなった。というより自分から壊してしまった。

クラスに同じような空気を感じた佐賀くんと仲良くなってしまった。


周りからは付き合っているんじゃないか、なんて噂がたってしまって半年もすると次第に疎遠になっていった。

その後は、様子を伺うように特定のグループに混ざって相槌を打つ。

入学早々、「自己紹介で一人が好きなので話しかけないでください」と言い放った結構可愛い女の子は、何様のつもりなのか、と陰口を叩かれた。

一人が好きなのに陰口を叩かれるのは、なんだか納得が行かない。なんで、グループに混ざらないといけないんだろう。そう考えながらもイジメられるのはもっと嫌だ、という気持ちに負けて特定のグループに参加した。


その子は高校2年の春に転校した。あの時、あの子と友達になっていたらどうなっていたんだろう。今度は自分がターゲットになっていたのだろうか。


高校1年の夏にグループの女の子から「バドミントン部に入らないか?」と勧誘されて個人スポーツなら良いかも知れない、と入部した。


一人が好きな私は、休み時間に一人になりたいからと個人練習をよくやっていた。お友達グループからは部活に一生懸命のがんばり屋さん、と言われて安心できる一人の環境を作ることが出来た。おかげで中学からの経験者を押しのけて高校2年の春にはレギュラーを獲得してしまった。


これがことの始まりだった。


同級生たちからは「すごいね!」と言われてちょっと嬉しかったのに、先輩からの視線は冷たかった。練習してないのは先輩達なのに。次第に同級生たちも私から遠ざかっていった。安心な一人の環境が音を立てて崩れ去っていく。

それから一人で帰るならいっそ自転車通学にすればいいじゃない、と思い立ち早速自転車通学に変更した。


自転車通学するのも悪くないと一人時間を満喫していたら、同級生の橘くんからから声をかけられた。


「部活の後にみんなでカラオケなんてどうかな?男子はこっちで誘ってみるから」


この人は、なぜか自分にだけ話しかけてくる男の子だ。


「んーーー、いいよー。どれだけ集まるのかわからないけど」


「無理言ってごめんね~。こっちもどれだけ集まるのかわからないけどね(笑) それじゃ、明日の部活は午前中だけだからその後に集まるって感じで」


「OK」


なんでこの時、断らなかったんだろう。いや、断れなかったのだろう。何度もお願いされたからだろうか。今の私に部活の後に誘える仲間なんて居なかったのに。


翌日の待ち合わせ時間。15分早く到着した私は待ち合わせ場所を、離れた場所から深い溜め息をつきながら眺めていた。誰も誘えなかったなんて言ったらどうなっちゃうのかな。そのまま女の子一人で男の子のグループとカラオケに行ったなんて先輩たちにバレたら……。


そう考えてるうちに待ち合わせの時間。橘くんが一人で気まずそうな顔をしてやってきた。


一人だった。


安心と同時に男の子と二人きりになるなんて初めてだ。どうしよう……と思いつつも約束したのにこのまま帰るのは、橘くんに悪いと思い意を決して声をかけた。


「橘くん?」


声を掛けた途端に


「あっ!えっと、、、ごめん!誰も誘えなかった!なんかみんな用事があるとか、、なんとか、、で!」


と言われて安心感と同時にどうすればよいのか分からないと思いつつも


「んーーー、えーっと、気にしないで。こっちも私しかいないから。いまのところ」


「いまのところ」ってつけちゃったのはただの見栄だ。


なんとなく気まずくて目線を逸しながら返事をした。様子を伺われている。見栄がバレちゃったらどうなるんだろう。こわい。一人が好きなはずなのになんで怖いんだろう。

咄嗟に「私、自転車通学だから電車組があとから遅れて来るかも知れない」なんて有りもしないことを口走っていた。


静寂を破ったのは橘くんだった。


「だれも来ないね」


「来ないね…」


どうすれば良いんだろう。見栄を張ったのがバレてしまったんだろうか。不安に襲われる。


「どうする??せっかくだからどこかにお昼でも食べに行こうか?」


意外かつ突然の提案に咄嗟に


「いいよ。どこに行く?」


なんて返事をしてしまった。どこに行くの?カラオケなんて二人きりになるような場所は怖い。


「モスバーガーにでも行く?」


そんなことを言われたときに、行ってみたかったカフェを思い出した。ガレットが美味しいというお店だ。自転車での帰り道に素敵だな……って思いつつもカップルばかりの店内に近寄ることも出来なかったお店だ。そんなところに男の子と二人で行くのはカラオケよりもハードルが高い気もしたけども、ここでも見栄を張った。


「んーーー、あ、それなら行ってみたかったガレットのお店があるから行ってみよう?」


「いいよ」


即返答が来て安心したけども、橘くんの様子が少しおかしい。やっぱりカフェに男の子を誘うのはいきなり過ぎたのかな。失敗した。言われたとおりモスバーガーに行って適当な相槌を打って帰ればよかった。


「自転車、あっちに置いてあるから取ってくるね」


このまま帰ったら橘くんはどうするんだろう。


「ああ、自分も行くよ」


即答されて逃げ道は完全に塞がれた。いや、流石にここで一人で逃げるのはちょっと……ね。

そんなことを考えながら「ゴメンねー、誰も誘えなくて」と謝罪合戦をした。「なんでこんなことしてるんだろう」そう思っていたのに。これ以上、話は続かないと思った私は、この状況から逃げるためにこんな事を口走ってしまった。


「ねぇ!二人乗りしない?その方が早く着くし!」


びっくりしたようで、なんで?というような顔をされて不安になったけども、


「え?ああ、いいよ」


との返事が帰ってきた。良かった。ここで断られたらどんな顔をすればよかったのかなんて分からなかったし。

そもそも男の子と自転車の二人乗りなんてしたことがない。どうやって乗れば良いんだろう。タイヤのところ足をかけて立って乗る?それだと橘くんの肩に掴まらないといけない。恥ずかしい。


「じゃあ、自分が漕ぐね」


体勢的に荷台に横乗りしやすいように待っていてくれてる。


「よろしく」


なんか橘くん、すごく楽しそう。落ちないように荷台を掴んでいたけど「橘くんの腰に手を回せばもっと安心して乗れる」と思いつつも私は恥ずかしくてとてもそんなことは出来なかった。


「あ!その道を右!!」


「了解!」


なんとか平静を装おえる間に目的のお店に到着する。

~カフェ・ドゥ・リエーブル うさぎ館~


目的のカフェに到着するなり橘くんは


「うっわ、カップルしかいねぇ……」


「だから入りづらくて」


念願のガレットを食べながら、なにを話せば良いのか分からないまま「だれも誘えなくてごめんなさい」と私が言ったのをきっかけに橘くんがものすごい勢いで謝ってきた。そんなに謝らなくても……そんなことを考えながらもなにを話せばよいのか分からず、同じような内容で返事を繰り返していた。こめんごめん言い合ってるカップルってどんな風に見られていたんだろう。


「まぁ、あれだ。正直なところ部活内での自分の立場が微妙な感じで、女子を口実になんかやれば変わるかなって思ったという邪な考えだったから、、本当にごめん」


「気にしないで。私も似たようなものだから」


ああ、そういうことだったのね。橘くんも部活の中では男子グループと上手く行ってない気がしてたけども。


ガレットは美味しかった。橘くんはきっと物足りないに違いない。他のカップルが食べていたカレーを美味しそうに眺めていたから。



「あーもういい加減、部活辞めちゃおうかなぁ。つまんないし」


「私も辞めちゃおうかなぁ。つまんないし」


両手を逆手に組んで前に伸ばしながらそんな返事をした。これは本当。もういい加減に部活を辞めて一人の時間を楽しみたかった。しがらみから抜け出したかった。

食事を終えて井の頭公園を適当に歩いてベンチで一休みしながらそんな会話をした。そんなときにいきなり


「ここって言の葉の庭の設定ロケ地だっけ?」


「言の葉の庭は新宿御苑」


あ、油断した。アニメのことを答えてしまった。でも言の葉の庭って素敵な絵だし私が見てても違和感はないはず……。

そんなことを考えながら適当に相槌を打っていたのだけれど、話の端々に漫画とかアニメの話が混ざってくる。この人は私と同じような人なのだろうか。一人が好きで漫画とかアニメが好きなんだろうか。誘ったら良い友達になれるだろうか。


「んーーー、部活やめてそのまま帰宅部になるのもいいけど、暇になりそうだからなにか部活でも作っちゃう?アニ研とか」


あ。なんで。なんで誘っちゃったんだろう。それによりにもよってアニ研なんて。


「アニ研かぁ。学校が許してくれるのかなぁ。というよりどんな活動するの?」


コミケのことが頭に浮かんでしまった。


「アニメの評論?同人誌とか作っちゃう?みたいな?」


橘くんは嫌な顔をしていない。むしろなんか嬉しそうだ。本気なのかな。


「ねぇ、白石さんって今、付き合ってる人とかいるの?」


びっくりした。文字通り目を丸くして当たり前の返事をした。


「何?いきなり」


「あ、彼氏がいるなら、こんなことしてて悪いなぁって」


「んーーー、なるほどね。真面目なんだねぇ。いないよ。このまま高校生活終わっちゃうのかなぁ。。」


この時はあんなことを言われるなんて思いもしなかった。

私はは膝のしたに手の甲を入れながら両足のかかとをコンコンしながら答えていた。


「どんな人が好みなの?」


男の子とベンチに並んで座って会話するのも初めてなのに、よくもまぁこんな質問に返事が出来たものだと思う。


「んーーー、気遣い出来て優しい人かなぁ。それでいてはっきり言ってくれる感じで」


そんなときに思いもよらない名前が飛び出してきて同様を隠せない。


佐賀健太


「自分と同じクラスの佐賀って知ってる?佐賀健太だから佐賀県とか呼ばれてる人」


「あー、んー、、聞いたことはあるけど、どうだろう。よく知らない人だし」


私が付き合っているんじゃないか、と噂を立てられた人だ。こんな返事をして、橘くんにバレたらどうなっちゃうんだろう。


「だよね。変なこと言ってごめん」


その日はそのまま別れて帰宅。



===2===



あの時、冗談でも私と付き合ってみない?と答えていたらどうなっていたんだろう。一人が好きなはずなのにそんなことを考えながら帰ったけども、すぐに忘れてしまった。忘れてしまったはずなのに、翌朝になると「私と付き合ってみない?」と言ってしまったような気がしてならない感覚に襲われていた。

どっちだろう。

「そんな人知らない」「私と付き合ってみない?」どっちの言葉を口にしたのか記憶が曖昧だ。


翌日、朝一番で顧問の先生にバドミントン部を退部させて欲しいと伝えにいった。

「そんなに風当たりが強いか」顧問の先生は状況を把握していたらしい。浅いため息をつきながら出された退部届に名前を書いた。


これでやっと一人だ。残りの春休みはなにをしようか。そんなことを考えていたら携帯が突然鳴り出した。また橘くんだろう。そのまま出ないで留守番電話に切り替わると橘くんがなにか話している。

昨日のことだろうか。やっぱり「私と付き合ってみない?」って言ってしまっていたのだろうか。それでも執拗にデートのお誘いが来る。

そもそもいつ電話番号を教えたのだろうか。


そんなことをを考えながら電話に出てみると「部活動を新しく作ろうと思っているんだけど参加してくれないか」という内容だった。何回目だろう。付き合っているからこんなことを言われるんだろうか。分からない。けれどここで断ったら仮に「私と付き合ってみない?」って言っていたら。冷たい女だと思われたら……と思ってしまってついに了承してしまった。

そもそも新しい部活動ってなにをやるんだろう。そんなことも確認していない。

このまま橘くんと二人きりの部活動は怖かったし不安だったので自転車通学で同じ時間に登校してなんとなく電話番号交換をした後輩の軽音部、松本さんに電話をかけて一緒に参加してくれないか、と頼み込んだ。


「いいよ!ちょうど部活の男の子にしつこく言い寄られて困ってたところなんだ!あ、そうしたら彼氏も一緒に連れて行っていい?」


「んーーー、大丈夫だと思うけど……」


春休みも終盤に差し掛かったところで再び電話が入って学校近くのファミレスに来て欲しいと言われた。行きたくないなと思いつつも新しい部活動に参加すると了承してしまったし、松本さんを誘った手前、行かないわけにもいかず松本さんと一緒に行くことにした。


橘くんが手を振っている。もうひとり席に座っていたが背中を向けていて誰だか分からない。


佐賀健太


なんでこんなところにいるの。同様を隠せない私とは裏腹な笑顔で「はじめまして」なんて声をかけられた。なんでこんなことを言われたのか分からないまま私も「はじめまして」と返事をした。


その場には橘くんと佐賀くん、後輩の軽音部松本さんとその彼氏(橋本くんというらしい)と私、合計5人が集まっていた。


「今日は集まってくれてありがとう」


橘くんが場を仕切り始めた。


「新しい部活動を創設するにあたって一番の問題になりそうだった人数がこれで解決した。ありがとう」


「どういうことだよ」


橋本くんが面倒臭そうに橘くんに尋ねる。


「新しい部活動を始めるには部員が5人以上必要なんだ」


松本さんがため息をつきながら橋本くんを睨みつけると


「でさぁ、なにすんの?」


「清ちゃんは黙ってて!新しい部活が出来ないと私が困るの!めぐみ先輩、なにかない?」


なんで私に振るのかな。ここは流れ的に橘くんに振ると思ってたのに。

でもこの前、井の頭公園で橘くんに「アニ研」なんて言ってしまったので、つい


「んーーー。。アニ研……とか?アニメ研究部」


なんて言ってしまった。まわりの空気を伺おうとしたとき


「いいねぇ、アニ研!アニ研ってギター弾けるかな?な?めぐみ先輩どうかな!」


松本さん、すごい前のめり。


「アニ研でギターとか意味わかんねぇし。そもそもアニ研ってなにすんだよ。アニメでも見んのかよ」


「んーーー、、アニメについての評論、、同人誌とか作っちゃう、みたいな?ねぇ佐賀くんどう?」


「僕?僕は橘くんの作りたいものでいいよ。橘くんははどうなの?」


「アニ研いいじゃん。同人誌とか作ってコミケとかに出展するとか楽しそう」


「んあ?なんだよ橘、コミケってなんだよ、コミケって。涼、知ってるか?」


「詳しくは知らない。お台場辺りでやるすっごいイベント、ってくらいしか知らない。ほら、去年の花火大会の時すごかったじゃない。めぐみ先輩知ってます?」


「んーーー、、えっとそんな感じだと思う。自分たちで作った本とかイラストとか音楽とかを作って出展して買ってもらうの」


「音楽!?ギター弾けるの!?きまり!アニ研決まり!清ちゃん、明日退部届出してきて!」


「は!?明日!?なんて言って辞めるんだよ。新しい部活作るんで辞めますとでもいうのか!?」


「そう!なんでもいいから早く辞めて来て!あのドラム野郎に私があんなことこんなことされてもいいの!?」


「わかった、わかったよ。もういいや。どうにでもなれ!明日、退部届出してくるわ。橘!言い出しっぺなんだから責任取れよ!」


トントン拍子で話が進んでゆく。本当にアニ研を作るのだろうか。私の一人の時間は消え去るのだろうか。それもあるけども私は橘くんと付き合っているのだろうか。


春休みも終わり、つまらない始業式が終わって晴れて高校3年生。




「ここが部室だって」


「なんだよこれ!倉庫じゃん!美術部の倉庫じゃんよ!」


「私はギター引ければどこでも構わないよー」


「いや、文化部連合館は満室だし、創設いきなり正規部室は無理だって」


そういえば顧問の先生は誰だろう。熱血教師だけはやめてほしい。


「そういえば橘くん、顧問の先生は誰になったの?」


「美術部顧問が兼任。今、佐賀県が呼びに行ってる」


良かった。適当で有名な先生だ。


「んーーー、じゃあ、来るまで掃除と整理かな。力仕事は男子に頼んでもいいかな」


倉庫だけあって流石に汚いのでそんな提案をした。


「そういう雑用は清ちゃんに任せちゃいなよ。元バスケ部だし。力持ちだし。マッチョマンだし」


「はぁ。。橘も手伝えよ」


私はなにをすればよいのかと棒立ちになっていたところ松本さんから提案された。


「私達は雑巾がけをしてよう。窓とかきったないし」


男の子たちは椅子を誰が体育館取りに行くのか話をしている。

美術準備室に長机と椅子を運び込んで部室っぽくなった。


ガラガラガラッ!


「橋本先輩!なんで勝手に辞めちゃうんすか!なんで自分を誘ってくれなかったんすか!」


誰。丸坊主の熱血漢で苦手なタイプ。


「どうも!尾野です!入部届書いてきました!バスケ部は退部しました!橋本先輩!よろしくおねがいします!」


どうやら橋本くんの後輩らしい。橋本くんの言う事なら何でも聞きそう。もしかして受けなのかな。


「いや、おれ部長じゃねぇし。そこの橘ってのが部長、隣の白石が副部長な」


え?私、いつから副部長になったの?


「橘先輩!白石先輩!よろしくおねがいします!」


困惑してどんな返事をすればよいのか分からず、思わず橘くんに


「ねぇ、橘くん、あれってやっぱり橋本君が受けなのかな?」


なんて言ってしまった。だってこの前買った同人誌みたいな展開なんだもん。


「えーっと。ちょっといい?この前、コミケで同人誌を頒布するって話あったじゃない?ちょっと調べたら次のコミケは8月のお盆にあるのね。んで、申込みはもう締め切られてるのよね。橘くん、どうする?」


佐賀くんがそんなことを言っているけど、私はそれを知った上でこの前のファミレスで同人誌の話を出したのだ。

冬コミは受験で忙しくなるし、来年の夏コミなんて高校を卒業してるし。このままなにもしないアニ研なら帰宅部と変わらないだろうし。

しかしここでも思惑がうまく行かない。元々、指定校推薦で大学に行こうと思っていた私に加えて橘くんも同じ考えだったみたい。高校3年生の佐賀くん、橋本くんは付属大学に行く予定。

このままだと冬コミは受験で出れないという口実が使えなくなる。

あいかわらす松本さんはギターを弾きたいと言っている。なんでアニ研でギターなんだろう。


この日はここで解散となった。


翌日もアニ研でなにをするのかという会議になった。

相変わらず橋本くんは不機嫌だ。半ば無理やり松本さんにバスケ部を辞めさせられたのだから当然かな。


その時、美術準備室の扉が半分ほど開いて三つ編みの女の子が立っている。おどおどしながら


「ここって美術準備室ですよね?」


中学生?でもスカーフの色が高校生だ。1年生かな。美術準備室になにか取りに来たのかな。だとしたら美術部の生徒だろうか。と思っていたらどうやら違うらしい。ここがアニ研で有ることを知った上で来たようだ。まさか思って聞いてみた。


「あれ?もしかして入部希望なのかな?」


「はい……よろしいですか??」


美術部だったのは正解。アニメイラストを描きたくてアニ研に転部したいらしい。

松本さんに「そういうのもありですよね?」と聞かれ


「んーーー、ありかな。イラスト描ける人が居なかったから嬉しい」


と返事をした。なにが嬉しい、なんだろう。

櫻井さん(というらしい)は簡単に自己紹介をして尾野くんをチラチラ見ながら嬉しそうにしている。


「夏のコミケが申し込み終わってしまってるから他の同人イベントとかを目標になにか作る?」


なんで。夏コミの申込みは終わってるんだし、他の同人イベントなんて目指さなくてもいいのに。

冬コミは1年近く先になるしそれまでにアニ研もうやむやになっているのを期待しているのに。


「でもそのコミケってのが一番ビッグなイベントなんでしょ?派手なんでしょ?お祭りなんでしょ?出たかったなぁ。ギター弾きたかったなぁ」


松本さんが相変わらずギターを弾きたいと言っている。

コミケのブースでギターなんて弾けるわけない。コスプレ参加なら弾けるかも知れないけど。


「松本さん、コミケって弾き語りとかする場所じゃないよ。コスプレならそういうのも参加できるかも知れないけど」


言ってすぐに余計なこと言ったな、と思った。部活みんなでコスプレ参加しようなんて言い始めたらどうしよう。そもそもコスプレ参加の申し込みっていつまでなんだろう。コミケは一般参加したことしかなくて詳しくは知らない。

そんなときに櫻井さんが「夏コミの申し込みは済ませてある」なんて言っている。

なんで。なんでそうなるの。私の一人の時間が危うい。でもまだ。コミケは抽選だ。ハズレたら思惑通りい行く可能性がまだ残ってる。当初4月からの2ヶ月間でなにをするのか決めようなんで言っていたのに、6月になっても決まってない。このままなし崩しになればいいのに。

そんな思惑とは裏腹に


夏コミ当選


なんということ。しかもいつの間に副部長になっていた私はブース待機になるらしい。でも一般参加じゃなくてサークル参加というのは初めてで少し楽しみに思ったりしてしまった。


櫻井さんは三つ編み少女という創作イラストを以前から頒布していたみたいだから、コミケまでは部活といってもそんなにやることはないだろう。少し気楽だ。

そんなことを思っていたら、佐賀くんがイラスト本に「オマケで創作音楽をつけるのはどうか」と言い始めた。嫌な予感がする。


「めぐみ先輩バイオリン弾けましたよね?私のギターとセッションしましょうよ。あ、でもそうなるとピアノとか欲しいなぁ」


言わなければよかった。松本さんが軽音部って聞いて、ついバイオリンが弾けるなんて言ってしまっていたのがいけなかった。加えて橘くんがピアノが弾けるということもは判明してことが大きくなり始めた。


「ってか、バイオリンとピアノは良いとして松本さんのエレキギター合わせるの?合わなくない?」


橘くんもどうも乗り気ではないようで、必死に抵抗している。橘くん、頑張って!

そんな願いも崩れ去った。


「ん?私、クラシックギターだよ?エレキギターでギュイーンってやると思ってた?んじゃ決まりぃ!私のギターとめぐみ先輩のバイオリンと、橘先輩のピアノで!」


松本さんはてっきりエレキギターだと思っててこの話は流れると思ったのに。しかもオリジナル曲を作ると言い始めている。これはもう逃げられないな……と苦笑していたら橘くんにやる気あるんだ?みたいな顔をされてしまった。


佐賀くんはイラストに合わせてた物語を書いて欲しいなんて言われて了承してる。佐賀くんもバイオリン弾けるって言ってたのに。なんで私が弾かなくちゃいけないんだろう。


櫻井さんは尾野さんに手伝って欲しいと必死で頼んでいる。多分、櫻井さん、尾野くんが好きなんだろうな。部活にまで追いかけてくるんだから相当なのかな。


コミケまでたったの2ヶ月。しかも期末試験もある。とても一人になる時間なんてなさそう。

でも櫻井さんがラフを上げてくるのが遅くなればオマケの音楽なんてなくなるかも知れない。

そんな願いももろくも崩れ去った。最近はこんなのばかりだな……うまく行かない。

なんと櫻井さんが翌日に15枚もラフを仕上げてきた。しかも結構レベルが高い。


「よーし。早速これに音をつけるぞ~」


松本さんは乗り気だ。どうしよう。このままだと本当に作曲に付き合うことになる。嫌だ。

それにしてもどこで作業するんだろう。私の家にピアノあるけど、そこでやるなんてことになったらどうしよう。壁一面の漫画と同人誌、隠すところがない。


「橘先輩!家にピアノあるんですよね?」


松本さんが橘くんに水を振った。良かった。

でもこれで橘くんの家に行くことになるわけで……あの時、「私と付き合ってみない?」って言ったのかな。それも分かるかもしれない。未だに分からない。橘くんからもなにもそれらしいことは言われていない。


「わぁー!ピアノ!ピアノあるよ!エッチな本はどこ!どこにあるの!清ちゃんは本棚の後ろにあった!めぐみ先輩!探しましょう!」


橘くんの部屋に到着するなり松本さんがはしゃいでいる。エッチな本を探そうとか言っている。

流石に私達が来るってわかってるんだから、見つからないところに隠してると思うけど。一応私も気になって橘くんの目線を追ってみた。ベッドかな。松本さんがベッドの下を探して無かったからベッドとマットレスの間かな。ふぅ……とため息をつきながらベッドに座った。あ、けっこう良いマットレスだ。ポンポンっと叩いてみる。橘くんが気まずそうな顔をしている。(え?隣に座れって意味じゃないよ!)内心焦っていたら


「じゃ早速やろうか」


櫻井さんの描いたラフのコピーをテーブルに置いて松本さんが鼻歌に合わせてギターを弾き始めた。この日は鼻歌ギターとピアノの単音でそれっぽいものを録音して終わった。私のバイオリンはいつやり始めるんだろう。

このままタイムアップになればいいのに。期末試験もあるし。


そんなことを思っていたら橋本くんが期末試験のまとめノートを作っていた。しかも結構わかりやすい。


そして今日も作曲作業を行うと言っていたが、昨日の調子だと今日も私の出番はなさそう。今日は一人で帰って久しぶりにBOOK OFFしよう。


作業も終盤に差し掛ったところで3人集まっての作業予定が、松本さんがたまには清ちゃんとデートするの♪とか言って橘くんと2人での作業となった。

録音データに合わせて適当にバイオリンを弾く。なんだかんだでこのままやるのかな……なんて思っていたら突然


「なぁ、白石さんって佐賀県と付き合ってるの?」


橘くん、なにを言ってるの。なんで知ってるの。しかも今も付き合ってると思っている節がある。

あの時「私と付き合ってみない?」って言っていたとしたら。私は二股をかけてると思われているの……。ひどい。


「なんで、、そんなこと、、知ってるの。。なんでそんなこと、、言うの。。。」


思わず泣きそうになってしまった。泣き顔なんて見られたくない。私は荷物をまとめて橘くんの家を飛び出した。追いかけてこない。やっぱり私は「私と付き合ってみない?」なんて言ってなかったんだ。

その後に橘くんからメールと電話あったけども、もう私は関係ないんだ、と返事をしなかった。


翌日の朝一番に部室に行って退部届を置いてきた。橘くんとは付き合ってないんだし、この部活にいる意味なんてない。


そう思っていたのに。


あのとき私は逃げ出したはずなのに。橘くんとは離れたはずなのに。どうして退部届をお昼休みに部室から持ち帰ってしまったんだろう。


もう一度退部届を出そう。授業が終わって深い溜め息をつきながら美術準備室へ向かうと階段の上から橘くんが降りてくる。

右手になにか持っている。鍵だ。


「んーーー、あ。鍵」


「ああ、ちょっと準備室に荷物を忘れて」


今日は帰るつもりなのかな。一応確認。念を押して確認。私は橘くんとは喧嘩別れしてるはず。


「あれ?今日は帰るの?なんか用事でもあるの?」


「お前ら、こんなところでなにやってんだ」


橋本が訝しげに話しかけてくる。


「おら、さっさと準備室行くぞ」


もう……なんで。違うの?喧嘩別れしてないの?どうして?なんでこんなにおかしな記憶になっているの。仕方なく美術準備室へ足を向ける。


「今日も3人は橘の家で作曲か?俺は顧問の野郎に美術室の机と椅子を下げるのを手伝ってくれって言われてるから今から行ってくるわ」


美術準備室には橘くんと二人きり。どうしよう。喧嘩別れしたのかどうかの件もあるしどうすれば良いんだろう。


「な、なぁ、この前はごめん、、、な?」


「なんで疑問系なの。この前も言ったけど、佐賀くんとは高1の春から半年間だけ。仲の良い友達同士のような関係でそれ以上でも以下でもないって。それに今は橘くんが彼氏……なんでしょ?」


どうして!?私はどうしてこんな事を言ってるの?


「そうだよね!ごめん!!」


嘘だよね?話の流れ的にあの時確かに喧嘩別れしたはずなのに。公園での出来事も、気のせいじゃなかったみたい。どうしよう。怖い。とりあえず話を合わせておくしかないかな。


「ふぅん、、、変なの。で、今日も橘くんの家に行くのでいいのかな?お部屋の片付け大丈夫?」


ドアの前にいつの間にか佐賀くんが立っている。聞かれたのかな。今の話。

準備室に入ってきた佐賀くんと橘くんがなにか小さな声で話している気がした。やっぱり聞かれていたのかな。


「楽器の資料、ありがとう!」


櫻井さんが尾野くんに嬉しそうにお礼を言いながらやってきた。どうやら楽器の写真みたいだ。


「ちわーっす!お!みんなもう来てる!橘先輩!今日こそエッチな本見つけますよぉ。早く行きましょ!」


結局、私の気持ちとは裏腹に、橘くんと付き合ってることになってしまっているみたいだ。



===3===



色々とあったけど、夏コミは無事に終了。なんだかんだでサークル参加は思いのほか楽しかった。

それに50部用意して22部も売れたのが驚きだった。


夏休み後半は部活のメンバーからコミケの打ち上げに花火大会、海水浴、橘くんにはデートに誘われたり、一人の時間は殆どなかった。

橘くんには手を繋がれたけども、一応付き合ってる事になってるみたいだし、それくらいは仕方ないかな。


9月の学園祭も無事に終わり、10月には3年生メンバーの進学も無事に決定。

佐賀くんと橋本くんは付属大学に進学。

私と白石くんは偶然にも同じ大学に指定校推薦となってしまった。クラスでもアニ研でも冷やかされた。こういうのは嫌いなのに。


「あとは11月の冬コミ当落発表だな」


落選しますように。今度くらいは思惑通りになって欲しい。


落選


良かった。これであの大変な作業をやらなくて済む。橘くんの部屋にも行かなくて済む。

尾野くんが笑顔なのはきっと櫻井さんとクリスマスとか一緒に居れるからだろうな。あの二人は付き合ってるんだろうか。


冬コミ落選、進学も決定となると部活としてのイベントはなにもない。はずなのに、メンバーに代るがわる準備室行こうと誘われる。一人の時間は殆どとれない。

クリスマスとか年末年始もきっとメンバーで集まろう、ってことになるんだろうな。気が重たい。


クリスマスはみんなでパーティーと聞いていたのに、待ち合わせ場所には橘くんしかいなかった。なんか風邪やらなにやらでみんな行けなくなったとか。絶対に嘘。ほかのメンバーがいらぬ気を使ったに違いない。


年末年始も同じようなことされると思って、用心していたけども今回はみんなで行くのが確実みたい。しかも、櫻井さんから尾野くんと二人きりにして欲しいと橋本くんと松本さんに頼み込んでいたらしい。これはこれで楽しい。自分のことじゃないから。

そもそも今まで付き合ってなかったのが驚きだったけど。


そして憂鬱のバレンタイン。橘くんとは付き合ってることになってるからチョコを渡さないといけない。なんでこんなに義務的なんだろう。別れようって言えばいいのに。でも橘くんの笑顔を見てると怖くて言い出せない。



===4===



「あ、携帯電話」


「まだ部室だからちょっと待ってて」なんでこんなメールをしたんだろう。

そう思ったのと同時に部室の棚の上から着信音。


「橘くん、携帯忘れていってる。これはお届けかな」


一応付き合ってる事になってるみたいだし、自転車で追いかければ、すぐに追いつくだろう。届けたらBOOK OFFに行って漫画を読もう。

そう思って急いだのがいけなかった。


路地の交差点を曲がったら目の前にトラック。



なに、なにが起きたの。気がつくと全身が痛い。動かない。ここはどこ。薄れる意識の中で確認しようとしているが分からない。でも一人になれるのは間違いないみたい。そんなことを思ってるうちに眠ってしまったようだ。


誰かが泣いている。

今回は交通事故ですので警察による・・・・・が……遠くでなにかを会話が聞こえたような気がした。


そのあとどこかに運ばれてようやく一人になれた。ちょっと寒いけど。


ああ、このまま一人の時間が過ごせるといいな。ずっと一人に……。



End



===エピローグ===


橘の選択は間違えていなかったと心から思う。


彼はなんか勘違いしてたみたいだけど

「選択時点で、心から愛している人に対しては効果はない」

っていう意味で書かれていたはずなんだが。


君は既にあの頃から彼女のことを心から愛してしまっていたんだね。


佐賀は満足そうな笑みを浮かべて橘の去ったベンチを眺めながら銀色の箱を片手にそう呟きながら、そっとベンチに置く。

彼女はこれで一人になれたんだ。ようやく一人に。橘幸雄、君の強い思いが彼女の願望を叶えたのだ。


「次の拾い主はどんな人生を見せてくれるのだろうか」


春が近いのにまだ風は冷たい。




===another end===



春。エイプリルフール。

桜咲き誇る大学生活の始まり。もう葉桜だけど。

高校生活は散々だった。一人になれる時間がほとんど無かった。

あの時、橘くんに声をかけられた時、断っていたはずなのに。その後の執拗な勧誘に負けていなかったらあんなことにならなかったのに。

せめてもの救いは高校卒業間際になって橘くんから連絡が来なくなったこと。

それは当たり前か。私があの時携帯電話を捨てたのだから。


やっと一人になれた。


大学に入ってからしつこい勧誘に負けて新歓コンパに出る羽目になった。

私の一人の時間は大学生活でも叶わないのかな。

一応、自己紹介をして適当にやり過ごそう。

そう思った時


「初めまして。同じ高校出身の橘と申します」


「あ、初めまして。ってあれ?橘君?なに?同じ指定校推薦だったんだ。知らなかった」


あなたなんて知らないのよ、という対応をすれば引き下がってくれるかも知れない。

でも現実はそんなに甘くなかった。帰り際に声をかけられて、またしても私の一人の時間は脆くも崩れ去ったのだ。


逃げても逃げても記憶が改変される。


「この人からは逃げられない」




End



===エピローグ'===



1年間すべての思い出を無かったことにして助けるなんて橘はすごいな。それほどまでに彼女を愛していたっていうことかな。


2人が歩くのを眺めながら歩道橋の上で銀色の箱を片手に呟く男。


橘幸雄、彼はなんか勘違いしてたみたいだけど

「選択時点で、心から愛している人に対しては効果はない」

っていう意味で書かれていたはずなんだが。

ま、誘う誘わないの時点では心から愛しているわけでもなかったから、この再選択は結果的に成功したわけだが……。

同時にこのスイッチを拾う前の選択変更を行ったから、彼にはタラレバスイッチの記憶も無いのだろう。

完璧な選択だよ。恐れ入った。

ただ彼はその後も執拗に彼女を誘い半ば無理やりアニ研に入部させたことも忘れている。


1年間の思い出を失ったはずなのに、再び彼女を束縛するんだね。


さて、次は彼女にこのスイッチを渡してみようか……。

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タラレバ~Another perspective~ PeDaLu @PeDaLu

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