萼級審判

文月 法

第1話


静寂


夏も終わり秋も大詰めとなるこの季節には似合わない程、不気味で静かな空間には、夕暮れの橙の光が差し込んでいた。


ここはある学校のある学年の教室だが、ここを見れば誰しもがここで授業を行なっていたことに疑問を持つだろう。


机や椅子は四方八方に飛び、黒板には狂気とも言える何を表したかも分からない滅茶苦茶な落書き。


そして床や壁に飛び散る血痕の数々…


まあ、こんな所に今更、来るような者は存在しないが、それでもこんな場所を見ると常人なら耐えきれないだろう。


人は変わる。


そんな言葉を私は信じていなかった。


それは悪い意味ではなく、いい意味で…


どれだけ悲しくとも、嫌なことがあろうとも、人の心の中にある根本的な気持ち、良心を偽る事は出来ない。故に人が悪い方向へ変わることはない。


そう思っていた。


しかし、今この状況で、自分を客観的に見て、一週間ほど前と比べると明らかに別人だろう。


鏡を見ていなくとも、自分の目の下にある隈と、お世辞にも健康とは言えないような肌をしているのが分かる。


外見だけではない。


少なくとも最近までは人は変わらないと思っていた自分の心は、今ではすっかりそんな気持ちはなくなっていた。


後ろを振り向いた。


そこには幸せそうに目を瞑り、微動だにしない男女二人がいる。


この二人が生前に笑顔で言った最期の言葉を忘れる事はないだろう。


この女とは親友だった。


昔から良く遊び、笑い、泣きあった仲だった。


そんな信じていたはずの親友が、実は自分を殺して助かろうとしていたと知ればどうするのか?


最初はよく分からずに葛藤した。


悩み苦しんだ。


そして、私が自らの手で親友とその彼氏の二人を殺した。


まずは彼氏の首をナイフで掻っ切ってから怯み、行動が遅れた親友の首を絞めた。


親友はもがこうとしたし、抵抗もしたが、必死に抑えていると、案外直ぐに息だえていった。


そんな殺され方をして尚二人の死に顔は笑顔に見える。


夢も希望もないと思っていた。


それでも希望はあると信じていた……


が、そんな一握りの希望にさえも裏切られた。


窓から見える鮮やかな夕焼けが今の自分には酷く憎く思えた。


名前を変えよう。


どうせ叶わないのなら、せめて生き延びて巻き込まれる人の死を見届けよう。


次はいつ始まるのだろうか。

この馬鹿げた神のゲーム。



『萼級審判』が――

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