酒場「懐かしき再会亭」

 約束の時間より早めにその酒場に入った私は、給仕の娘に待ち合わせの旨を告げて空席を求めようとしたが、既に相手が来ていることを告げられてその席へと案内された。


 日が暮れる間際、酒を飲むにはまだ早い時間帯で、この街に二軒しかない酒場の内の一軒ではあるものの客の入りはそれ程でもなく、薄暗い店内は静まり返ってこそいなかったが、酔っ払いのや下手くそな歌がやかましいなんてことはなくて、話を聞くには丁度良い雰囲気だ。

 気立ての良さそうな給仕の娘は、美人というより愛嬌が先立つ人懐っこい雰囲気の可愛い子で、私は今回の件が終わってもまたここに来ようと思った。

 灯油をくべるタイプのランプがテーブルに並ぶ店内は薄暗く、空気はどこか湿った感じで、灯油を燃やした匂いが鼻につく。よく言えば落ち着いた、悪く言えばどこか辛気臭い雰囲気の店内を、私は給仕の娘の揺れる馬尾結びの髪を見ながら歩いた。


「こちらです」

「ありがとう。麦酒を瓶で。それと何か温かい肉が食べたいな」

「チキンでは?」

「上等だ。二人分頼む」


 娘は膝を折って屈むような上品な挨拶をすると厨房の方へ去った。


「あんたかい? あの村の話を聞きたいってのは」


 私の待ち合わせていた男は不機嫌を隠す様子もなく髭だらけの顔をこちらに向けて開口一番文句を言うように質問を寄越した。


「ええ。告白と死の石舞台。山より東では話を知っていても実在を信じてない人も多い。いずれその通りなくなってしまうでしょう。私は詳しく取材して記録に残したいんですよ。あの村のあの風習を。あなたには、愉快な話ではないかも知れませんが」

 私は厚みのある封筒を木目の荒いテーブルの上に置き、男の側へ差し出した。

 男は手にしたジョッキを煽って干すと、溜息をついてその封筒を手にし、ジャケットの内ポケットにしまった。

 見れば傍らには、既に空になった瓶が二つ並んでいた。

「俺の名前は出さないでくれよ」

「もちろん」

 大工だという男は、成る程、筋骨隆々といった躰つきで、その躰を小さく丸めるようにして狭い席に納め、私に対面の席に座るよう顎で合図をした。

「俺が聴衆としてあの村に行ったのは二年前の一回。たった一回だ。それも俺が行きたかったわけじゃねえ。当時の親方が偏屈でな。憤懣ふんまんが溜まるとあの村に行っては……つまり、石を投げていた」

 私は板と角材で造られた粗末な造りの椅子に腰掛けて手帳と鉛筆を取り出すと、男の話の要点を単語の羅列で書き留め始めた。

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