小さな冒険
齋藤瑞穂
Ⅰ.冒険の始まりは吊り橋の前で
第1話 風に吹かれて
ヒュウゥゥウ、ヒュウゥゥウ──。
その風によって、小さな渓谷にかかった今にも崩れ落ちそうな吊り橋は、カタカタ、カタカタ、という音を立てて小刻みに揺れた。まるで、自分が立ち向かわなければならない強風という名の敵に身震いしているようだ。いや、己を奮い立たせているのだろうか。そんな事を俺は考える。
「ときに、
しばらく首を捻っていた
「何故僕らが此処にいるのかという説明がされていないような気がするのだが──」
「そんなの回答は1つに決まってるだろ、
俺の回答を聞いた彼の顔から、スッと血の気が引いていく。人間って分かりやすい生き物だな、と俺は冷静に考える。
「ひょっとして、いやひょっとしなくても、この危なっかしい橋を渡るってこと──」
「当然だな。どこかの誰かさんが言ったろ、冒険してみたいって──」
どこかの誰かさんは言い返す。顔色は、元通り良くなったようだ。
「確かに僕は言った。冒険したいと。それは認めよう。しかし、こんな、よりによってここまで命の心配をしなければいけない場所に行きたいとは一言も言っていない。用水路で冒険したいと言ったんだ。一度、記憶力が悪くなっていないか検査することをお勧めしよう」
用水路で冒険? そういえばそんなことを言っていた気もする。いや、でも──。
「用水路だって充分危険だろ!? それに、楽しい事には何らかのスリルがついてくるし! 冒険を楽しみたいんだったらどこ行っても同じだろ?」
「僕は別に冒険に楽しさを求めている訳じゃない! 小さな冒険だって、命の安全が保証されてる冒険だって、“何か”が感じられるはずなんだ。“何か”が何なのかはまだ分からないけど……」
反論する俺に、今まで冷静に話していた秀が少しだけ感情的になった。そして、徐々に不安げになっていく。普段、絶対的な自信を持っている彼と今のこいつは別人のようだ。俺は、こいつを普段の秀にしたくて彼を挑発してみる。
「何だよ、秀。この程度の吊り橋も渡れないのかよ。怖いのか?」
「別に怖くはないさ。しかし、此処は度を過ぎていると思わないかい? 狂気か?」
「狂気じゃない、正気だ」
「狂っているというのに正気だと言って認めようとしないとはな。一刻も早く正気に戻ってくれる事を願うしかないよ」
「るっせえな!」
挑発したはずが、挑発にのってしまっていたようだ。このままだと主導権が秀に握られてしまう。一旦冷静になってみよう。
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