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戦国時代と江戸時代がそれぞれ違う時代だと知ったのは、だいぶ後になってからだった。

そんなことはさておき、今わたしは和風の町の地下に位置する近未来の都市にいる。

何故か通じる日本語で住人に記憶喪失を装って聞いてみたところ、どうやらここは小惑星の内部をくりぬいて作られたコロニーの一つなのだという。

資源を採掘するごとに大きくなり、資源価値があまりなくなった現在ではコロニーの一つとして運用されているようだ。

地図によれば、ここはいくつかの層に分かれておりわたしたちがいるのは一般市民が生活する生活層。この一つ下は下水やゴミを処理する浄化層、更に一つ下の層は全体にエネルギーを供給する核融合炉が稼働している動力部だそうだ。

それを聞いたカーネイジが何か悪いことを思いついたのか下に降りようとして、警備員と思しきサイボーグと揉めて、警棒でいい感じにぶん殴られて卒倒したのが今起きたことだ。

おそらく動力部に何かしら細工か破壊工作を行おうとしたようだが、住人の話が本当ならここの外は宇宙空間である。

昔(確かな実感がある記憶)のわたしなら宇宙空間に放り出されても問題ないが、今のわたしで同じことができるかは怪しい所だ。一応わたしは人間なのだから。

今はまた人間ではなくなってしまったのだけど。


と、わたしがふと顔を上げたのと周囲が揺れ始めたのは同時だった。

住人たちも何事かと慌てている。小惑星の内側に作られた町なので町全体の異変は命の危機に直結するからだろう。

そしてわたしは顔が下げれなかった。というのも、その小惑星の天井を巨大なドリルが突き破ってきたので…。


「大いなる災い、封印。それは、果たして作られた命にも作用するのでしょうか?」

「…しかし、そもそもこの世界に存在しない異物には通じなかったようですね」

「最も、棄てられた獣たちに封印を食い荒らされているようでは呪いもへったくれもなかったようですが」

「もしかして、一度死んでいる彼らを呪うことはできなかったのでしょうか?」

「興味はありますが、それは私の仕事ではありません」

>アンジェリカより投入指示。地下施設侵入用大型ポッドの投入命令が送られました。

>ポッドの構築を開始します…完了。

>ポッド内容物の格納開始…完了。

>ポッド、突入します。次元間空間接続済み。目標次元座標、入力完了。


天井から顔を出したドリルはそのまま轟音と共に掘り続け、半分ほどまで出た所で町へと落ちてきた。小惑星による天然の壁を突き破ってくるなんて想定されていなかったのだろう、迎撃されることもなく巨大ドリルはまず上層を突き破って中層に突入。

そこでパイプや鉄骨、あと住居や人間という障害物で急速に減速して横転。

しかしその間に構造体を容赦なく破壊あるいはドリルが加わった町全体の質量を支えられなくなるほどの損害を与えたこととドリルの自重でドリルは下層部へ落下。

何かしらの配電設備か区画を破壊して横倒しの形でようやく停止した。

住人の予想に反して、天井に空いた穴はあらゆるものを宇宙へ放出する死の穴にはならなかった。

代わりに、ドリルが落下しながら表面の扉が開き、中から無数のヒトのような物体がパラシュートも着けずに町中にばら撒かれていた。

それは藤森椎奈の前にも落下した。人間どころかロボットでも明らかにダメージを受けるであろう体勢と速度で落下したそれは、不気味な動きをしているマネキンをコマ送りにしたような、奇妙で不自然極まりない挙動で動いた。

手にはこれまた不自然なまでに、例えるならバットの写真から切り抜いたような質感の金属バットが握られている。格好に至っては顔がメンチを切っている顔で固定された、絵に描いたようなリーゼントの不良だ。

それがカクカクした動きとしか言いようのない挙動をしながら彼女に迫っていた。

おまけに人間ではありえないほどの速さで何かを喋っているが、何て言っているのか聞き取れないまでの高速で喋っていた。

誰がどう見ても対話や会話を試みてはいけない物体であることは明確である。


ヤンキーを文字通り真似たそれが振りかぶった金属バットが、椎奈に当たる直前で本来の姿に戻る。それは未来の野球で用いられる金属バットと言えば信じられそうだったが、どう見てもメイスだった。それが椎奈の頭を割るなりどこかしらを壊滅的に破壊するよりも前に、彼女が振るう大剣が怪人、もといIMG-INF-OC、通称アウトキャストの胴体を切断した。

血飛沫も上がらず、胴体に詰まっているはずの内臓も飛び出さない、まるで塗り潰したような黒が断面にあった。

残りのアウトキャストが突然無言になり、加えて虚空にメンチを切り続けていた表情が突然無表情になる。そしてカクカクした動きは演技だったと言わんばかりの俊敏さで椎奈に迫った。正しくはより不気味な速度で、コマ送りされるように高速で動き始めた。

鉄パイプは近未来的なデザインの刀に、ナイフはネオン色に輝くナイフか刀身が赤熱したヒートナイフに、ピストルは近未来の、明らかにより高性能な拳銃へと姿を変えて迫る。とはいえ椎奈が優先的に排除するべき脅威だと判断しただけではない。


彼らはその世界に応じて模倣する形態が変わるのだ。

それが彼らが獲得した新たな個性。途方もない放浪の旅の末に行き着いた形。


彼らを知る者は、蔑みと憐憫を込めて名付けた。

現実と空想の境目から現れる存在しない怪人、イマジナリアンと。


そしてその怪人たちを従える者もやってきた。

そのシスターは豊満に過ぎ、そして重厚な機械の鎧に身を包んで姿を現した。

彼女の識別名はアンジェリカという。

アウトキャストと住人を押し潰しながら着地した彼女は、椎奈を見て一言。


「…フレデリカ」と呟いたのだった。

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