52

都というべきか、首都というべきか。

サイボーグよりロボットのような顔のサイバービーストはそうなる前の自分の顔を擬装してカーネイジを護衛するようにガンヘッドと共に街を歩いている。

理由はなく、ただ街を歩いている。妖怪の世界の封印が解かれたのでヤクモが用事を済ませに行っている間全員暇なのだ。

しかしサイボーグたちでは見た目が南蛮、西洋どころではないので始めはまだ一応日本人の椎奈やミグラントが一緒に歩いていたのだが。

ミグラントの風貌が独特過ぎて天狗に間違われ衛兵に襲われたのと

代わりに椎奈を連れて行ったカーネイジがその十分後くらいに戻ってきて長屋に彼女を留守番させたことで二人になった。

キルストリークは椎奈が何処かへ行かないようにするための見張りである。


「藤森を連れてくと人死にが出る」と吐き捨てて彼女を長屋に押し込んだ。

「一体どうしたんだよ王様、あのHENTAIな格好が江戸時代辺りの日本人には刺激が強すぎたのか?」

「違う、奴の倫理観のなさを甘く見ていた」

はあ?と漏らしたビーストにカーネイジは言う。

どう見ても特徴のありすぎる二人が歩いていると何かしらのトラブルが起きてしまう。例の如く椎奈がごろつきに因縁をつけられ、流されるように彼女が路地裏に連れ去られたのでやれやれと後を追いかけようとしたら。

椎奈だけが戻ってきたのでどうしたのかと見に行くと、下水を流すための溝に因縁を付けたごろつきが

「よくわからないけどどっちかの頭に血が上ってたから冷やしてあげようと思った」と彼女はあっさりと答えた。何をどういう理屈で冷やすことと人間を溝に詰めることが同じになるのか、流石のカーネイジも答えに困った。

まあ因縁をつけられなければ死人は出ないだろう。と散歩を続けていると、今度は悪ガキたちが自分と椎奈のスカートをめくって逃げて行った。

自分はミニスカートなのであっさりとパンツまで見え、椎奈の長いスカートが風に吹かれたかのように大きくめくれたのが見えた。

その直後、彼女の腰から先日殺して回ったムカデ妖怪よりは小さくても一般のムカデの何倍もでかいムカデ触手が真っ直ぐ逃げていく悪ガキの頸部目掛けて飛んでいくのを、あわや子供に当たる直前で槍で地面に叩きつけて防ぐことになった。

しかも押さえ続けないとすぐにでも襲い掛かりそうなほど暴れていた。

子供にそれっぽいことを言って追い払った時には触手の勢いは止まっており、いつの間にか能力を手にしたのか、周囲に溶け込むように消えていった。

あった場所を触ってみるとまだあったので、カモフラージュの一種だと分かった。

これに対しては「なんでかしら」と答えので来た道を戻り、彼女の尻を渾身の力で蹴とばして長屋に押し込んだそうだ。


「それで?何か用でもあるのか?」「ヤクモと蒼天が二人してぼくをハブってるせいでやることがない、藤森をしばこうにも奴を外に出すと無駄に人死にが出る」

「女に因縁つけてくるようなゴロツキがくたばるくらいなんてことがないのがこの異世界って場所だろ?」「お前ほんとにアメリカ人なんだよね?」

「そこが重要なんだよ王様。アメリカ人を殺す時はそのアメリカ人がアメリカの敵なのかどうかを見定める必要がある。肌の色や好きな性別だけじゃない、そいつを生かしておくとアメリカの為にならないかどうかを見極めなければならないんだが、大統領が言えば大体あってるってことで話が済む」

全然済まないだろ、とカーネイジが遠くの方を見る。このサイバービーストことジョン・ゴールドマンという男、かなり話が通じるようで通じない。

何処かの世界の基準で言えば狂気EXランクみたいな生き物だと気づかされた。

それを明かされたのは何も言わず少し後ろを歩いているガンヘッドことカルロスという男からだった。

「ジョンは話が通じてるようで全く通じていない。生前からあんな感じなんだが兵士として活動する時は脳のCPUがフル稼働して話ができるようになる」

と唐突に明かされた時は何事かと思った。がその話を聞いてから彼との会話を思い返してみると確かに「話が通じてるようで通じていない」ことが分かってしまった。

因みにキルストリークは視線を合わせようとはしないがゲームに塗れた人生を送っていた割にはちゃんと話ができる。ガンヘッドと教官が徹底的に教育した結果らしい。


「こんなんでどうやってあいつは兵士になったんだ」に対しては「あいつ兵士に関する事なら別人レベルで対応できるから教官も気づくのが凄く遅れた」と返された。

教官がおかしいんだと思う。珍しく休んだので様子を観に行ったら部屋の惨状に絶句し、それからガンヘッドが幼馴染に近い関係だと分かったので「あいつが人間になれるように面倒を見てくれないか」と頼み込まれたという。

「部屋の惨状って?」「あいつ子供の頃から「アメリカの兵士になる」しか言わないくらいそれ以外の関心がなくて、んで家を維持してた兄貴やら姉貴が家を出て行ってからなんもやってないからゴミ屋敷になってた」

とガンヘッドは言った。最終的に知り合いを金で釣って一日かけて家を掃除したらしい。幸いにもほぼゴミしかなかったので片づけ自体は楽だったとか。

そして、彼が念願のアメリカの兵士になった時の最初の任務は「環境テロリストになった姉を止める」と「デモの最中に乱闘に巻き込まれて死んだ兄の確認」だった。

前者は姉を射殺する形で止め、後者は「おおよそ人間」のような状態の兄に何も感じず淡々と残った歯型やDNA調査で確認作業が終わったとか。


「なんというか、絵に描いたような江戸時代の町って感じだよな」

「上辺だけで実際はもっと違うのかもな。ところでヤクモはいつ帰ってくるんだ」

「あいつに死なれると俺たちかなりまずいぞ王様、今からでも妖怪の世界とやらにカチコミかけた方がいいんじゃないか?」

「どこにあるのかも分からないんだ、黙って待つしかない」


その妖怪の世界。

ただならぬ雰囲気のように霧が立ち込める、草木はあるが妙な荒廃感のある場所。

胴に大穴が空いた鬼、頭部が円形にくりぬかれた鬼、半分に分割された鬼。

様々な形でバラバラにされ、穴を穿たれた鬼の死体がそこかしこに、城まで辿るように転がっている。

城内は死屍累々の地獄絵図となっていた。同じように避難していた妖怪のことごとくが外の鬼と同じように無惨な死体で散らばっている。

その最深部に、ヤクモはいた。彼女をあくまでも空間の裂け目そのものと言うならば、中心の四角い結界を紫色の裂け目が囲んでいる。

その中に、煌びやかな格好の鬼の女性と正反対の着物姿の男。

「…やはりヤクモ、貴様が来ていたのか。?」

結界を張っているのは男。そして彼はまるでヤクモを知っているかのように言う。

「あれだけ神や妖、というのにまだ足りないというのか」

「いや、足りぬのだろう。貴様は底なしの穴なのだからな。最大最悪の過ちよ」

力なく笑う男。それに合わせるように結界にヒビが入る。

「貴様の杞憂通り、既に戦線には報告してある。この世界にウェステッド…特に貴様たち王のウェステッドが集っているのだと」

その言葉に、ヤクモが反応するように裂け目を漂う瞳が一斉に男を向く。

次第に裂け目が収縮していき、一つの形を取る。女性の、紫色のシルエットの形に。

「…彼女がここにきているということは、貴方の言う通りになってしまったのですね」

鬼の女性が呟く。彼女の名前は巴という。鬼の女王として鬼だけでなく妖怪たちを束ねていたが、霊力が失われたことでそれが出来なくなったばかりか、自身の力を維持する事すらできないまま、この世界に隠れざるを得なかった。

その巴を、ヤクモは男越しから見ていた。彼女の狙いがこの巴である。

「ええ。しかし仕方がなかった。この世界はもとより無理がたたり過ぎていたのですから。奴らの襲来は、最期の一押しにすぎません」

「そもそも、奴ら自身何が目的で生きているのか分かっていないようなのですが」

ウェステッドが何故存在するのか。クモは世界を滅ぼすために存在すると語っていたが、それが本当なのかは誰も知らない。世界が壊れる瞬間を見たことがあるウェステッドはいるが、どういう条件で引き起こされるのかまでは分かっていない。

あるいは仮説の一つである「物語を進行させるための登場人物をすべて排除する」など、いくら怪物の身でも無理があると知らないフリをしているのか。

無茶しかない仮説を、星の数よりもほんの少し少ない程度の世界全てに実行するには、ウェステッドという存在は数も力も足りていないのは事実である。


女性のシルエットとなったヤクモが結界に触れる。すると結界が歪み、次の瞬間に溶けるように消え去った。

直後巴が太刀で斬りかかり、ヤクモを切り裂くもまるで飲み込まれるように刀が、続いて握っていた手がシルエットに溶けていく。

「無念…」その言葉と共に、彼女の身体がひとりでにされ、ヤクモに取り込まれた。

それに合わせて、男の全身を何処からともなく槍が貫く。

しかし男は血を吐きながらも笑う。

「我らには分かるぞヤクモ、お前が何を求めているのか。…強い肉体が欲しいのだろう」

「食い荒らした力が、自身を蝕み始めているのだと。これが分かるのは、お前と我らには切りたくても切れない縁がある何よりの証拠か。故に、お前も我らも互いの存在を察知できるのだからな。ならば、分かっているのだろう。私以外にも一門のものがこの世界に来ているのを」

黙れ、とヤクモが言っているかのように男の身体が軋み始めた。

「一門最後の男、八郎が…お前を待っている…」

その言葉を最後に、男が爆ぜた。その時。


「!?」ヤクモの身体が震えだす。何かが自身の中から飛び出そうとしている。

誰かの転送依頼がこの状況で来たのかと思うも、自身が活動している際は転送能力は発現しないようになっている。故に全てのウェステッド、縁が繋がっているもの全てに休業を説明していたはずだ。

ならばカーネイジがまた何がやらかしたのか、と思ったのと人間でいう胸に当たる場所から一本の刀が飛び出したのは同時だった。

彼女は刀を振るう時があるが、その刃は彼女のものではない。

刃から明確な自分への拒絶を感じる。そしてこれは先程捕食したはずの巴だと何故かヤクモには分かった。理由は分からないが、この状況でこうも反撃と拒否を示してくるのは巴か先程の男、八雲一門の男しかいない。

その男はヤクモにトドメを刺されてこの世から消え去った。実体を持った幽霊のような身体だったからだ。となれば消去法で巴か、変なものを拾ったカーネイジの嫌がらせくらいしかない。

そして刀から感じる力から一瞬しか遭遇していない巴を感じた。

触れようにも電撃と共に拒否してくるが、どうにか結界で固めて持ち上げ、自身の中に封じ込めた。

いつかこの刀に込められた彼女の力を貪るために。


「ヤクモが戻ってきたみたいッス。それで、今度は何をするんスかね」

「国盗り合戦でもやるか?世界を滅ぼすとはいえデカい拠点はいるだろ」

「どうするのカーネイジ?わたしは、自害しろ以外の命令なら余程変なのじゃない限りは従うつもりだけど」


ヤクモが戻ったと察すると、彼女と繋がる同族たちが動き出した。

途中藤森椎奈が無駄な殺生を働いたと報告を受けるが、問題なしと判断した。

次の目的を早めに定める必要がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る