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光。鋭そうな音。そして薄暗いレンガに囲まれた空間。

ぼくが生じたときに見たものは、それに加えてファンタジーゲームで見るような、王様らしい格好をしたおじいさんと、騎士らしい格好をした数人だった。

ぼく、凪沙葵生なぎさあおいはこの世界に勇者として召喚されたのだと聞かされたのが、次にぼくが耳にした言葉だった。

だがそれよりも、ぼくに何の能力があるのか誰も鑑定できないとか、能力値が全てにおいて不明だとかよりも重要なことがあった。

ぼくは、

ぼくが誰なのかは分かる。凪沙葵生という、何処にでもいるであろう日本の男の子だ。

だけど、それだけしか覚えていない。いや説明できないと言った方がいい。

どんな学生生活を送ってきたのか、ぼくの家族はどんな家族だったのか、交友関係はあったのか、何が好きで、何が嫌いで、何を慈しみ、何を憎むのか。

そんなぼくをよそに、エリスという王家の結構な端っこの貴族の出身の、僧侶なのか魔導士なのかいまいちわからない女の子が、ぼくを助けるために遣わされ、ぼくは世界を救う旅をしなければいけなくなった。

それは仕方ないので引き受けることにした。ぼくがこの世界に呼ばれた理由がそのためなのだから。

ぼくは、その役目を全うしなければならない。


藤森椎奈、モナーク自治区に到着時


おまえは、われわれが召喚した勇者だアオイ様、何か買って来ましょうか?

ピンク色の髪の毛で、服装までもピンクと白の桃色一色で構成されたエリス…ちゃんが口を開いた時、ぼくは耳か頭がおかしくなったと思った。

なにせ、さっきまで女の子の声しか聞こえなかったのに、今は覇気のないというか、生気のない男の人のような声が重なって聞こえてくるのだ。正直男なのかも怪しいけど、女の子の声と思うには低すぎる。

どうなさいました?困惑するのも仕方ない。この少女の姿はわれわれのカモフラージュだ」「困惑しかしてないんだよ、なんなんだ、きみは」

私はエリス・ルージュですが…われわれはかつて神のモノと呼ばれていた、神に造られた戦闘兵器、だった

「だった?」神が造った戦闘兵器、という名乗りにも驚いたが、過去形で締まったことでそっちの方に興味が向いた。それにしても、神のモノが名前なのは何とも言えない。それは果たして名前と呼んでいいのか。

「そう、今のわれわれは使命を喪い、意味もなく活動を続けているに過ぎないのだ」

女の子の声は自分がどういう一族なのかを話している。始まりの勇者と冒険を共にした少女が始祖らしいけど、それが今では貴族の中でもを輩出する一族の一つになっているのは、諸行無常で締めくくっていいのか分からない。

一方の自称戦闘兵器は、使命を喪った今も活動し続けているという。

「使命って、なんだ」「神々の戦争において、われわれを造った神に勝利をもたらすことだ。しかし、その使命は果たされることなく、神は敗北し滅び、われわれは次元の狭間という牢獄に囚われ、永遠の眠りに就いていた」

神の戦争と言えばラグナロクだったり別の神話では別の名前で呼ばれてるけど、彼らも何処かの神様、というかこの世界の神様の兵器なのか。

「だが、われわれはこの世界の神によって造られた兵器ではない。われわれも何故ここにいるのか、分からない。何者かがわれわれを、この世界に投入したのだ。そうだと断定する理由は、新しい命令が、不正規の方法で与えられたのだ」

「不正規の命令?新しい使命じゃなくてか?」「そうだ。われわれに命令を送れるのは創造主だけだ。戦いの中では、どうにかしてわれわれに不正アクセスを行い、制御を奪ったものもいたが…しかし、その者らは戦いの末に創造主と共倒れになり、存在しないはずだ。だがしかし、この世界に存在する何かが、われわれに不正アクセスし、不正規の命令を送ったのだ」

神様が作ったモノなら、他の神様もどうこうできるのか、この世界の神様が機械に強い神様なのか分からないが、壮大な話に聞こえてくる。

「その新しい命令はなんて?」「…勇者を、作れという命令だ。正確には、この世界を勇者にとって都合のいい世界に改変しろ、と」「ぼくをこの世界に呼んだ理由は、その命令に従ったのか?」「後で話すが、おまえは違う。おまえは、われわれが独断で召喚した。世界を救ってもらうために」

どういうことだろう。新しい命令は、勇者にとって住みやすい世界にこの世界を変えることだという。しかし彼女?は独断でぼくを召喚したらしい。この世界を、救ってもらうために。

「お願いだ、勇者。われわれを、この世界を、救ってくれ。正気を保っているわれわれは、われわれだけだ」そう言って、彼女?が突然泣きついた。

「他は無理矢理な覚醒や不正アクセスによる弊害で、高度知能プロトコルや知能回路自体が修復不可能なまでに損傷し、命令を遂行し続けるか、変異して金属と生物の境目のような存在として野生化してしまっている。われわれは、そうなる前にこの躯体にわれわれを集約したことで損傷と変異を免れた。だがこれが出来たものは少なく、出来たものも…」

「きみ…たち?を呼び寄せたやつにやられたりしたのか」「違う、これも後で話すが、奴らにやられるか、転生者に知らずのうちに破壊されてしまった。われわれは、あの国の貴族の生き残り…これも後だ、とにかく生き延びることが幸いにしてできた」

後に回す話が多いが、とにかく目の前の彼女?はぼくを呼ぶために少なくない代償を支払ったのか、それともやっと召喚に成功してぼくを呼んだのか、涙しながら頼んでくる。

頼まれては仕方ない。それに、ぼくは勇者であり、あの国…セントレア王国からも勇者として世界を救ってくれという頼みを受けている。エリス?も世界を、自分を救ってくれと頼んできた。

ぼくは勇者としてこの世界に来た。ならば、世界を救うべきだし、自分を頼る人の助けになるべきだ。

「もちろんさ。ぼくはそのためにこの世界に呼ばれたんだから。世界を救って、きみも助ける。勇者だからそれぐらいするのは、きっと当然のことだから」

そう、これは当たり前のことのはずだ。勇者というのは、そういうもののはずだ。

少なくとも、何者かもわからなくても、それは分かる、言葉が持つ意味として。与えられた意味として。

しかし、意気込んでみたものの、ぼくは今から何をするのだろう。

最強武器とか、装備とか、なんか経験値がインフレを起こしたような量もらえるとか、それはもちろん嬉しいのだけど、できれば、痛くなかったり、辛いことではないといいのだが。


藤森椎奈、“悪徳貴族”撃破後。


それなりに位の高い人が住んでいそうな屋敷が、半壊して煙を上げている。

目的地として到着したぼくが見たものがそれだ。エリスは唖然としている。そして視線を上に上げたぼくも一瞬呆気に取られた。

真っ白い巨大な棒が、屋敷に突き刺さっていたのだ。先に言うと、屋敷が半壊したのはこれによるものじゃない。メチャクチャになった度合いでは、この棒も絡んではいる。

「なにがどうなっちゃったんだ…」「奴らだ、おそらく奴らにやられた…」

女の子の方のエリスも同じことを言っている。奴ら、ではなくこっちの方はウェステッド、と呼んでいる。ウェステッドと呼ばれているものは、周りの人たちも口々に噂している。

「ウェステッドだ、おそらく奴らがこの街に現れたんだ。この世界の人間や魔物は、女神の矢に射抜かれたものに太刀打ちするのは難しいか、できない。勇者への貢物に手をつけれるのは、転生者か、この世界の外からやってきたと言われる、ウェステッドだけだ」

どうやら世界の外からやってくるものらしい、それよりも重要な言葉を聞いてしまった。

それじゃつまり、ぼくがこの街に来てこの屋敷に来た理由は、その摩訶不思議なもので貢物とやらになった住人を、何かするために来たってことか?何するかは二つほど浮かんだが。

「待て、貢物になった…人はどうなるんだ」「おまえが倒すことで、経験値となる。正確には転生者が倒すことで、経験値となるのだが…」

「ちょっと待て、つまりそれって…殺すってことだろ?あと、女神の矢ってなんだよ」

「察しが良くて助かる。残念だが、いつからか勇者であっても生命を呆気なく奪うようになった…というより、おまえたち転生者は何故か殺生にあまり呵責を持たなくなったことで、こうなったようだ」「ぼくらをサイコパスかシリアルキラーだと思ってるのか、その女神は」

冗談じゃない、まるでぼくら現実世界?の住人は命を奪うことに何も後悔や苦悩を持たない異常者扱いされてるようなものじゃないか。

「もちろん、何でもない人命を奪うことには抵抗を持つのだが、相手が悪人であったり、魔物、凶暴な動物であれば基本的に抵抗なく殺しに向かうことがあまりにも多いのだ。われわれの仲間も、そうして破壊されてしまったものも…」

彼女もぼくら転生者の被害者だった。彼女らが実際はどんな姿をしているかまだ知らないけど、金属と生物の境目のような生き物という言葉からして、おそらくは尋常な生き物ではないだろうし、外見も怪しい。口にはしなかったが、多分魔物として倒されたのだろう。

「それと、女神の矢についてだが…われわれも詳しいことはわからない。ただいつからかこの世界の人間たちからはそう呼ばれいる。そして射抜かれたものや落ちた周囲にいるものは、突然凶暴化して暴れ回ったり、悪事を働く。何故かセントレア王国の王族や一部の者はどこに落ちるのか大体の把握ができるらしく、勇者をそこに送り込んで凶暴化した動物や人間を倒させるのだ」

女神とこの世界の国の良からぬ関係を感じるが、とりあえずぼくがまず決めたことがある。

「よし、それで選ばれたものを、ぼくは倒しに行かない。なんでもない人や生き物が、神様のクソみたいな気まぐれで悪者にされた挙句、なんだが分からない奴に殺されるなんて、生贄よりタチが悪いし、ぼくはやりたくない。ウェステッドなり他の転生者にくれてやってくれ」

「いいのか?おまえたち転生者は、沢山の経験値というものを尊ぶものだと聞いたが」

「すぐ逃げるし倒すのも苦労するレアモンスターをやっつけてもらえる経験値なら別だが、こんな悪意のあるスケープゴートで貰う経験値なんてその場で二度リスポーンしてロストしてやる」

「わかった、この貴族の身分でなんとか拒んでみよう。アオイ、あの運ばれてくる荒くれ者みたいな格好のやつが見えるか?担架だの遺体袋に入って運ばれてるアレだ」

言われて見ると、確かに荒くれ者みたいな格好の男たちがどうみても死んだ状態で運ばれている。まさかと思うが、矢に射抜かれた人はあんな終末世界の暴徒かファンタジー世界の山賊だの盗賊みたいなのに変身するのか?

「奴らは、セントレア王国によって勇者の貢物として加えられる懲罰部隊の構成員だ」

もっと酷かった。女の子の方のエリスが言うには、セントレア王国は三番目の勇者による革命によって変わった後、死刑が事実上廃止されたらしい。その代わり、犯罪者の中には恩赦と引き換えに懲罰部隊として常に最前線に送られたり、基本死ぬ実験体としてこき使われるそうだ。

そしてその中でも特に名誉あるものとされるのが、勇者の力となること、即ち、経験値と書いて勇者による処刑だ。逃げればもちろん殺されるため、彼らにあるのは前線で死ぬかどうにか生き延びるか、モルモットか、生贄というわけだ。

「まずは、セントレア王国をぶっ壊すことから考えた方がいいんじゃないか?」

「それはわれわれも思うが、あの国には利用価値が多い。それにおまえたち転生者を無条件で広く受け入れ、歓迎してくれる国はあそこだけだ」

そりゃ、世直しと書いてやりたい放題してそうな、異界からの来訪者なんて歓迎してくれる国が少ない方が当たり前だろう。それが全能にも等しい力の持ち主で、責任のせの字もないまま振り回すタイプなら尚更だ。

しかし、彼らは見た感じそれなりに手強そうだし、勇者の経験値、多分ダンジョンやクエストのボスキャラにされた人か生き物もそれなりに強いはずだ。

転生者は最悪接待試合かもしれないが、ウェステッドはどうなんだ?

「送り込まれた兵隊はほぼ全滅。ここの現当主だった青年も致命傷を受け、ウェステッドを道連れに自爆したようだが…さっきから瓦礫をどけても、彼ら以外の死体が発見されないようだ」

小さくない規模の屋敷が半壊する自爆を受けて死体が発見されない?蒸発していると信じたい。

それとも、ウェステッドという存在はこれだけしてもビクともしないのか?

流石のぼくも不安になる、そんな化け物に遭遇したらぼくなんて秒でミンチにされるんじゃないか?

「情報によれば、ウェステッドは黒い怪物らしい。どう黒いのかまでは分からない…」

「蒸発したと信じよう。亡くなった人の冥福を祈ったら、ぼくを正当な方法でレベルアップする方法を探そう」

怪しさ満点の世界だが、救うと決めた以上、救ってくれと頼まれた以上そのために活動しなきゃいけない。

問題は、それを成すためにしなきゃいけないことと気をつけないことがたくさんあることなんだけど。


藤森椎奈、”地主”撃破後

「くそ、やはりウェステッドが生きているようだ。ここのものも全員死んでいる」

「別のウェステッドにやられたんじゃないのかい?」

ぼくらよりも先に送り込まれていたんだろう悪党たちが、屋敷と同じように運び出されているのを眺めている。運び出してる人達は、聖騎士団という名前の、セントレアの主力部隊だ。一番強いらしい第一部隊から、貴族の子供がお飾り感覚で入隊しているらしい第十部隊で構成されているらしく、表向きは主力、裏ではこうして

だが今となっては、まだ姿の見えないウェステッドという怪物に横取りされている。

ぼくとしては横取りしてくれて構わないのだけど、屋敷が吹き飛びかけた爆発を浴びてビクともしないような化物が、更にパワーアップしたらぼく一人で手に負えるか全く分からない。それならまだ何体もいてくれた方がマシだ。

というか、ぼくの仲間と言えるのは現状エリスだけなんだけど、彼女以外にぼくの仲間になってくれる人っているんだろうか…?


そして、ぼくの目の前にそのウェステッド…の死体がある。

巨大なクモ型ロボット…の残骸。第一印象はそれで、その印象は覆すことはできないくらいには明確なクモのロボットだ。

こいつを仕留めた聖騎士団第一部隊の団長のアリシアさんが何をぶち込んでこいつをやっつけたのか分からないけど、胴体部分に大穴が空いていて、八本ある脚の多くが千切れて近くに転がってるか、なくなっている。

途中で折れているか曲がっている棒のようなものは、多分機関砲とかビーム砲とか、なんかメカメカしいやつが持ってる武器だろう。

「こいつは…アトラク・ナクアと名乗っているというウェステッドの大物だ。噂によればかつて存在した組織、先駆者のリーダーと言われている」

女の子の方のエリスは驚きに満ちた声で、こっちのエリスも声に驚きが隠せない感じだ。大物と言うだけあって、こいつを倒せたのはすごいことなんだろう。

しかし、アトラク・ナクアってどういう意味の名前なんだろうか。ぼくの本当の記憶なのか怪しい記憶では、教室で影が薄そうなクラスメイトたち数人が机に広げて遊んでいた、サイコロを振って遊ぶボードゲームで聞いたような気がする名前だ。

そのゲームでは、完成すると世界が滅びる巣を作っている怪物らしいが、こいつも世界を滅ぼす巣や、何かしらの計画を練っていたのだろうか。

もしそうなら、ぼくらはその計画が完成する前に止めることができたと言えるだろう。できれば、こいつが屋敷を襲撃した犯人であってほしいのだけど。

理由は簡単だ。できればこの怪物どもとは戦いたくない。出てくる世界を間違えてるとしか思えないロボットモンスターも含まれてるのがウェステッドだというのなら、ただの勇者として呼ばれた一般人にどうこうできるレベルを越えてるじゃないか。

今のぼくでは対抗できる気がしない。そもそも、ぼくがどんな能力を持ってるのかだってまだ分からないんだぞ?

だけど、ぼくはこいつが屋敷を襲った犯人ではないような気がする。

かつて存在したウェステッドの組織のリーダーをしていたというなら、こいつは相当強いはずだ。ゲーム的に言えば、レベルはかなり高いだろう。

そんな奴が、いくら沢山経験値が貰えるからといって今頃街を襲ったりするんだろうか。

多分、こいつじゃない、黒い怪物とかいうウェステッドは他にいる。

そして、そいつはまだ生きている。

そいつに出会う前に、ぼくは強くならないといけない。


でなきゃ、ぼくの冒険はそいつに終わらされるだろう。間違いなく。

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