34:三週間前。自分以外の二人が何かに遭遇していた。
二週間前。
<こちら蒼天。この通信が脳に届いている全ウェステッドに連絡している>
そんな声が、この世界にいる全てのウェステッドの脳に直接響いた。
機械種のウェステッドは、このようなテレパシーにも似た形で自分がいる世界にウェステッドがいる時に自由に通信を行うことができる。
なお、通信を受けた機械種ではないウェステッドからは。
「人の頭にいきなり話しかけてくるんじゃないこのブリキドラゴン!僕の頭を覗いてるんだろ!」「前置き入れないとカーネイジがキレるって前言ったでしょ蒼天」
「なんだなんだ、王様たちにも通信が入ったのか」「そうみたいッスね」
「お前ら機械種の通信は頭に突き刺さるように響いて酷く痛むんだぞ!」
カーネイジの言う通り、まるで頭に突き刺さるような刺激と共に伝わるため大変不評である。もっとも、その事を知っているウェステッドは少ないのだが。
<お前にとってはいい薬だろ、カーネイジ。そんなことはどうでもいい。要件は単純明快だ。ここから出るぞ>
声の主、蒼天はそれだけ告げた。
「ここから出るってどういうことだ?」「言葉通りだろ、この世界を出て別の世界に行くんだろう」「この世界から出れないまま死ぬと思ってたッス」
<お前と叢雲のせいでやらかした十年前の敗戦以来の集結だ。死んだと思われていた呉、そしてスクイッドもこの世界で確認できている>
「まだ僕と叢雲おじさんのせいだと思っているのか」「それ以外に何が原因があると思ってるの君は?」「十年前の敗戦って、本当の話だったのか」
「ところで、あのでかい女はどうした?」「藤森か?まだ寝てるのかあのナメクジは?もう昼間だぞ」「藤森ちゃん一日十時間以上寝ないと動けない子なのかもね」
「十時間どころか十数時間ッスよ旦那」
<当該個体を確認している。個体名、ディートリンデは就寝中だ>
「ディートリンデ?あのナメクジのあだ名か?」「アンタ昔言ってたんだろ、本名を安易にバラすとなんかヤバいって言うんで、ウェステッドは皆自称で名前名乗ってるんだよ」「それでなんで藤森がディートリンデなんだよ」「蒼天に聞け」
<及び、つい最近捕捉した個体にも名称は与えてある。個体名はオルトリンデ>
「そいつは誰だ?」「新しい新顔だろう。てことはそいつも何かしらの行動に参加するんだろうか」「どうだっていいさ、アメリカの敵じゃなければな」
<ディートリンデは就寝中だ。さっきから起床信号を流してるが一向に意識が覚醒しない。ミグラント、カーネイジが騒動の種をまかない内に彼女が起きたら伝えておいてくれ。お前は今日からディートリンデとだけ言っておいてもいい>
「信号が強すぎて気絶してるんじゃない?」「ありえるな、蒼天は加減を知らん。ヤクモよりは言葉で伝えてくれる分マシだが」「奴まで生きてるのか…」
<とりあえず、まずはそれだけだ。俺は他の有力個体に会ってくる。通信終了>
「と、言うわけで藤森ちゃんはこれからディートリンデだから。まあアキチやカーネイジは変わらず藤森って呼ぶと思うけど、これからウェステッドのみんなからはディートリンデと呼ばれるようになるからそのつもりでね」
蒼天からの通信後、頭を枕で覆った状態で布団やシーツが四方八方に飛び散った状態のベッドの上でもがいていたディートリンデに対して、ミグラントが言い放ったのがそれだった。
「頭をアイスピックか何かでつつかれ続ける悪夢を見たんだけど、カーネイジ、あなたじゃないでしょうね」「僕はそのアイスピックで脳をかき混ぜられながら話を聞いてたんだよ。というか何であれで起きないんだお前」「わかんない」
「それで…?わたしは今日からディートリンデ?」「そういうことみたい。暫くは待機だね」
一週間前。
「まさかウェイストランドが吹っ飛ぶとは…」「カーネイジ、チクったでしょ」
「何でいきなり僕を疑うんだよ教授」「アンタか叢雲以外にいないからだよ、こういうことして得がありそうなの」「あるいはフォレストっス?」「あいつは”十年前の敗戦”で焼け死んだって聞いたが」「フォレストさんがそんな簡単に死ぬわけないだろブリキ共、ちゃんと生きてる」
「とはいえスクイッドくんと呉くんが生きてるとはね。てっきりあれで死んじゃったのかと」
「知らない名前が四人くらい出てきたんだけど、どうしてこうなってるの?」
「わからん、何にやられたんだ?」「カーネイジが置き土産でもやったかなって思ってるんだけど、どう?」
「僕だったら君らがいる間にやってる、叢雲おじさんなら尚更だ」
「あなたって息をするように仲間を騒動に巻き込む病気でも患ってるの?」
「ディートリンデ、こいつら王様はどいつもこいつもこんな感じだって話だ。十年前の敗戦の集結は奇跡に近いと言われているくらいには、なんでか同族同士で殺し合いたくてたまらないんだとか」
「野蛮人ね」「お前に言われたくはない、依頼で出かけるたびに余計な死体を増やす癖に」
「あれは増やしてるんじゃなくて増えてるのよ、いいじゃない、あなたたちもやっていたことなんだから」「ムダに魔物を蹴散らすなと言ってるんだ」
「やっぱ叢雲と同じで、ゴブリンやコボルドと寝るのが趣味だから?」
「とりあえずカーネイジじゃないとして、なんでこうなったかは気になるよね。蒼天?」
<こちら蒼天。今回はカーネイジは無実だ。原因はここを仕切っていたワイトとかいう、アンデッド系の魔物だ。奴が自分から帝国の軍隊を誘き寄せたようだ>
「ワイトってあの骸骨の人よね、あの人が?」
<そうだ。結果として奴はここ諸共死んだがーーー>
<つい先ほど、帝国の皇帝とやらが急逝したというニュースが入ってきたとヤクモから連絡があった。ヤクモによれば、恐らくやったのはワイトだそうだ>
「道連れ魔法か」「だね、だけど自分と縁が強い奴じゃないとかなり遠くのやつを殺すことは出来なかったはずだけど」「大昔にあいつの国で魔法の練習をしたって奴が帝国を作った一族のご先祖様かなんかだったんだろう」
「とりあえず、アメリカの敵の指導者が一つ死んだってことでいいのか?」
「そうだね、でも、すぐに新しい指導者が出てくると思う」
「それで、これから俺たちはどこで寝泊まりするッスか?」
「しばらくは馬車というか、なんと言えばいいのかなこれ、魔法で動く木馬?で大きめの街にでも行きながら野宿だね。ここ数日間の依頼で向こう数ヶ月は魔物も盗賊の類も姿を現さないだろうし安心してキャンプができるね」
「ディートリンデがあらかたぶっ殺して、それでトーテムポールを王様が作りながら愚痴り、完成前に写真を旦那が貼り付けたのが効果あったな」
「それに対してディートリンデが何かしら言っては、王様にぶっ叩かれていたけどな…って何してんだディートリンデ」
「え?ミグラントに治してもらおうかなって思って、定食屋の人を。…あーこれかしら、どの辺のパーツかしら、炭化してて全然分からないわね」
<ディートリンデ、残念だがその状態では蘇生は不可能だ。せめて埋めて弔ってやれ>「そう。残念だわ。それでどこまで行くの?」
三日前。
「でっけえスラム街みたいだな、見ろよ、一番デカいのがあの塔に見えなくはないガラクタの山だ」「なんなんスかあれ…」
「この街の象徴にして一番栄えてる娼館だってさ。名前はタルタロス。どっかの王様がお忍びで来るくらいには有名なお店で、絶世の美女から希少種族のメスと寝れるとかなんとか」
「パネルマジックで巨乳の緑肌女戦士と書いてデブの女オークとか出てくるのかな」
「それお前が引っかかった奴じゃなかった?」「俺の時はアメコミヒーローのコスプレをしたデブの婆さんだった」「ない食道からゲロこみあげてきたッス」
「失敗談はともかく、見ての通りここを取り仕切ってるならず者のなかでもそれなりに腕利きや傭兵が目光らせてるから変なことはしないようね。主にカーネイジ。あと藤森ちゃん」
「おっと、僕が売られるとでも?」「君が内部に入り込んで破壊の限りを尽くす方があり得るんだよ。藤森ちゃんはまあホントに危ないから近づかないようにね」
「3;`EEu[…何が危ないって?」「いやだから、藤森ちゃんの少ない取り柄があの塔にはすごく欲しがりそうなものだってこと」「あー…」
人の話を聞いているのかいないのか怪しいことの多い彼女が、今日はやけに、そう、本当に露骨なまでに人の話を聞いているのか怪しく見える。もとい、話を聞いていなかったのだろうか。
彼女の目は、あの娼館、それも頂上の方から離れていないように見えたのだ。
私は、こいつのナメクジらしさはこういう所だなと思い、上層に何があるのかなどの興味を抱くことはしなかった。この時は。
二日前。
「ネージュさん、私も同行していいんですか?」「もちろん、
「まあ肩書というか金とか銀があるってだけで普通の冒険者と変わらないと思うし、メアちゃんにはメアちゃんの戦い方があるから、参考にはならないと思うけどよろしくね」
私は、藤森と仲が良くなった少女を呼び寄せた。メア・グリムスというらしい。
腕がいいか悪いかは、私には分からない。私はできることが、彼女にもできるとは期待していないからだ。そもそも彼女は冒険者の中でも何でも屋の気質が強い方で、私は争いごとを主な仕事とする傭兵の気質が強い冒険者だ。
今後起きるであろう戦闘に役に立つかどうかは未知数ではなく間違いなく役に立たないだろう。とはいえ、彼女を呼んだのは肉盾ではなく藤森の見張りだ。
メアと私が話している間、その藤森はずっと窓から見えるあの塔を見ている。
正確には、上層のどこか一点。そこを食い入るように見続けている。
そして今。彼女は窓に舌を這わせ始めた。何か料理を、行儀悪く求めるように。
一回「汚いことしてるんじゃない!」と彼女の顔面で窓ガラスを破壊したのだが、それでもやめなかった。いや、そうなるまで自分が何をしていたのか、藤森には記憶がないとか言い出したのだ。
何かしらの魅了魔法を受けた可能性があるので、ヤクモに、忌々しいことだが、奴に藤森が何か攻撃を受けたのかを調べさせることにした。加えて、あの淫売の塔に何があるのかも。
間に合えばいいのだが。
昨日。
藤森が消えた。
メアが言うには、夜中突然起き上がったかと思ったらブツブツ言いながら部屋を後にしたのだという。その時はトイレかと思って寝てしまったそうだ。
藤森やブリキ共なら「見張っていろといったはずだぞ」あたりの言葉を投げつけていたが、メアは私らとは違い普通の人間なのだ。ただ異様に打たれ強いだけの。
やはり何か攻撃を受けていたに違いない。そう思い私がまず向かったのがあの塔だった。
しかし、その塔では騒動が起きていた。家屋をひたすら積み上げたような塔の至る所から白や黒の煙を上げたり、火を噴き出している。
玄関には中で働いていたのだろう、まあ労働環境が悪そうな見た目の娼婦が一カ所に集められていて、用心棒たちが彼女達を囲っている。
一方でセントレア王国…聖騎士団とやらがいる例の転生者の国の兵士たちが従業員と思しき男たちに聞き取りを行っていた。従業員たちは不自然なほどに聞き取りに素直に答えている。上の人間から厳しく指導されているのだろう。
そして、その後ろからは白い布に包まれた人間サイズの物体が次々と運び込まれている。
ここまで見れば、藤森というかどんなにアホな人間や魔物でもこの色欲の罪の塔が何者かの襲撃を受けたのだと理解できるだろう。だが誰が?あるいは何の組織が?
そこで役に立つのが私がこの忌まわしい二度目の転生で手に入れた変身能力だ。これでちょっとした小動物に変身して建物内部に侵入し、情報を集めるのだ。
内部に入ると、あのボロ小屋をいたずらに積み上げただけのような見た目からは想像もできないほどであっただろう廃墟のような光景だった。
集団よりも一匹の巨大な獣が飛び込んできたかのような惨状。それが三階から始まっていた。
壁に飛び散った血。何か獣が引っかいたような三本線の傷、何が踏み抜いたのか分からない穴、人と言うより本当に獣が侵入したかのような様相。
話によれば、昨日の真夜中に何か、何者かが突然正門前に現れて、爆発したのだという。爆発。あるいは破裂。とにかく飛び散ることで侵入を防いだ門番二人を同じように肉片に変えた後、三階に何かが入り込んで暴れたのだという。
それは三階から四階までを荒らし回し、どこかの部屋の窓から飛び出したのだと。
最終的にそれが辿り着いたのは最上階。ミグラントが言うように一国の主クラスの人間が本当に素性を隠して利用するような最上位の部屋らしい。
そしてそこにいた、三人の娼婦が客の死体を遺して行方不明で終わっていた。
そして今。
ヤクモから報告を受けた蒼天の声が、文字通り頭に突き刺さる。
これでも奴によればヤクモから直接報告を聞くよりは遥かにマシらしい。
奴の言葉は言葉なのではなく、情報が直接頭に叩き込まれるのだという。希釈や翻訳といったフィルターを通すことなく、生の情報を直接流し込まれるらしい。
そんなことをされると生物は頭痛どころではないので、機械種を通してヤクモの話を聞くことになる。ブリキどもは喋ってくれるが、蒼天はこうして脳に通信を送ってくる。
本当に頭が割れるのではないかという激痛は、私の二つの人生と、今に至るまで滅多にない感覚だ。
<カーネイジ、ヤクモからの報告だ。タルタロスの実態と、最上階に何がいたのか分かった>
<タルタロスの正体だが、ただの娼館じゃなかった。あれは牢獄だ。それも悪趣味な代物だ。というのも、あの牢獄で働いている娼婦の多くは普通に生きている奴だが、それは一般の客を担当していて、上客用がいる。その上客担当の奴が少し面白いぞ>
露悪で悪趣味なユーモアや発想を、私と叢雲が本気で好んでいると多くのやつが信じている。私と彼女がしてきたことだけが流れた結果なのだが。
<上客を担当する娼婦の記録をヤクモが漁ったところ、何人かがある記録と該当していた。端的に言えば、犯罪者だ。国家反逆罪、軍規違反、革命主導、異教徒、偽典布教罪…なんだこの罪は。とにかく、犯罪者であることと、こいつらは全員死罪でとっくに処刑されていることになっていることがわかった>
<そしてこいつらは単なる死罪では足らないとされ、どうやってるのか分からんが魂と肉体を固定されて永遠にここで陵辱を受けることになっているそうだ>
まあ、そんなことはどうでもいいだろう。そんな声が聞こえた。奴は頭が三つあるが、その内のどれかが楽しみや喜びを担当していて、それがさっき「面白い」と言ったのだろうか。
<そして最上階の連中だが、どんな化け物がいるのかと思ったら、そうでもなかったな。精々オークの軍勢をほぼ一人、いや自分が率いていた騎士団を使って叩き潰した奴、国を滅ぼしたとかいう魔女、そして聖女を騙って救世を偽った女、事件が起きる前、最上階でどっかの国の将軍だか貴族に贖罪をしていたようだ。どういうカラクリがあるのか分からんが、こいつらはタルタロス内部ではまともに動けない、というより客や管理者の命令に逆らうことができないようだ。あるいは、とっくに魂も死んでいたのかもしれないな。なんせこの三人はタルタロス内部で古参の罪人だ、1番新しいのが女騎士の数十年前で、1番古いのは自称聖女とやらで百数十年なんだとか>
<…ヤクモから続報が入った。その失踪した三人についてのデータだ。奴はどうやって収集しているのやら。直接頭に叩き込んでおけ、だそうだ>
<あと、ディートリンデに何かしらの精神操作系の攻撃を受けていたといったのは分からなかったそうだ。奴の独自の探し方に欠点があるとお前は言うと思うが、少なくとも魅了や洗脳、催眠術系の攻撃は検出されなかったようだ>
通信終了。という言葉の直後、頭が一際痛む。藤森は夢でアイスピックで頭を突かれる夢を見たというが、今の私はアイスピックではなく周りにトゲがついた巨大な針で頭の中をかき混ぜられたような激痛が走っている。
これがわざとではないと分かるのは、私も似たようなことができるか、されたことがあるからだ。その時は情報を送るとかではなく、頭を破裂させてやるつもりでやるので、恐らくヤクモや機械種がそうする時はこれ以上の激痛を味わえるだろう。
一人目。“紅蓮の魔女”ネル・ヘクセンナハト。
囚人番号は省略されている。
出身地不明。種族、後天的魔女。年齢不詳、当時推定20代半ば。
罪状・国家破壊。おそらくテロ。
とっくの昔に滅んだ国に住んでいた、魔女もとい魔法使いだったようだ。
何故かその国お抱えの技術者と、王女と仲が良かったらしい。
その国は他国から侵略を受けて滅亡。王女と技術者は死に、魔女だけが残った。
そして魔女はキレた。キレたかは別にして、魔法使いだった彼女は魔女へと変わり、攻め込んできた国に単身乗り込むと、自身が持てる限りの全ての魔力を叩き込んだのだろう。一夜どころか一瞬で国土全域が炎に沈んだ。国一つが、完璧に焼き尽くされたという。
生き残った民は、女の泣きながら狂ったように笑うような、悲鳴と笑い声が混ざったような声を聞き、炎に沈む城を前に踊るように回る魔女を見たそうだ。
その後魔女は勇者なんだか転生者に捕らえられ、めでたくタルタロス行きになったそうだ。
まるで履歴書に貼られた写真のようにネルの姿が頭に浮かんでくる。
確かに紅蓮の魔女と言われるだけある、黒と赤、あるいはダークレッドとワインレッドかもしれない、露出の多い女性の魔法使いがしがちな格好をした、とんがり帽子を被った女が浮かぶ。腰まで届きそうなブロンドの髪に、瞳はやや金色で、瞳孔は動物あるいは吸血鬼のように細い。魔女という種族の生物の特徴らしい。
二人目。“白銀”シエル・ノルトラント。
囚人番号省略。
出身地はやはり不明。執拗なまでに塗り潰されていたらしい。種族:人間(先祖に戦乙女を持つ)。年齢不詳、推定20代。
罪状・騎士団私的使用。不要虐殺。
現在は断絶したノルトラント家の当主。ノルトラント騎士団の団長も務めていた。
先祖に戦乙女を持っていると言われているだけあって、常識はずれの怪力を誇った彼女は、どんどん戦果を上げていったようだ。記録によれば倍以上の体格の男性を片手で持ち上げて投げ飛ばしたとか、岩をぶん投げて竜を撃ち落としただの、力方面でいろんな逸話が見つかった。
そんな怪力無双を地で行く彼女には、親友のエルフがいたらしい。
ある日、エルフがオークの兵団に連れ去られ、彼女は助けに行きたかったが、当時の為政者やエルフの長老、悪賢いオークの妨害や世情で行けなかったようだ。
そして彼女は騎士団を独断で持ち出し、その悪賢い上でエルフをさらった兵団を指揮していたオークと兵団を単騎で撃滅したそうだ。
あだ名通りの銀髪や白を基調とした服が真っ赤に染まりながら、彼女はオークの戦士たちを皆殺しにして、その長も討伐。
しかし、エルフを助けられたのかどうかは分からないらしい。
ただ、長とエルフがいたというテントの中から、小さな子供のようなうめき声が少し聞こえた後、彼女の何かが壊れたような、叫び声が響いたという。
その後、他の騎士団に拘束された彼女は騎士団一つを無断で指揮して無用な虐殺を働いたとしてタルタロスに落とされたという。
そんな彼女の姿は、先のネルとは対照的に白にも見える銀色の髪に、白を基調とした動きやすそうで、最低限のプレートで守られた鎧を着た、柔らかそうな表情をしていた。オークを殺すどころか戦場に出れるかどうかも怪しいような、優しい表情をしていた。
本当に、こんな顔の女性が、オークの兵団一つをぶち殺したのだろうか。
先のネルもそうだが、とてもじゃないが国やオーク兵団を破壊するようには見えないくらいには、人が良さそうな表情をしている。そういうやつほど、やるかもしれないけど。
三人目。名前なし。“聖女”という文字に二重の取り消し線がつく。
名前がないようだ。
囚人番号はやはり省略。
出身地は教国。種族は人間だが、やはり取り消し線の後、サキュバスなどの低俗魔族という修正がなされる。年齢不詳。いい加減慣れたが、おそらく転生者が持ち込むまでは年齢という概念はなかったかもしれない。見た目からヤクモは20代と見ているようだ。他二人もそうして年齢を推定している。
罪状は偽典布教、国家転覆計画など教国固有の罪多数。
百数十年前、教国付近の国に突然現れたのだという。
目が見えない彼女は、省略と黒塗りで分からなくなっている数々の奇跡や英雄的行動によって当時起きていた戦争を終結させただけでなく、邪気を放出する穴を塞いだらしい。
こうして長年続いた戦争は終わり、平和が訪れたらしいのだが、彼女に平和は訪れなかった。教国を支配する教団の者に異教徒として捕らえられた彼女は正当性もクソもないような宗教裁判の末に異教徒どころか、国を誑かす魔族と認定され、彼女の信望者、教団の言うところの汚染された背信者や異教徒は全員その場で教国の騎士により処刑。彼女は死すら生温いとされ教団の司教たちの聖なる迸りによる戒め…ようは陵辱を数年受けた末にタルタロスにて永劫の贖罪を受けることになったようだ。
そんな聖女こと彼女の姿は、異世界でよく見かけるように(そして時には殺す)なった聖職者なのか怪しい露出の激しい白と青、時に金のトリコロールの衣服を着た、両目を白い目隠しで隠した女性が浮かんだ。髪の色は金色で、ヤクモがどこからか見つけ出した記録を見ると彼女の瞳の色は赤だったようだ。これが、彼女を魔族とする証拠とされたのだという。目が見えないのは偽りにして、神聖な場に引き出され神の威光により潰れたというのが、当時の教国の審問官の説明だったそうだ。
謎の共通点として、三人とも胸が大きい。悔しいことに私よりもでかい。
近いサイズだとディートリンデ…藤森とタメが張れるくらいの大きさだ。最も奴は身長もでかいのだが。
それ以外にも体格自体がむっちりしているというか、私にちゃんとした欲求があれば視線を向けざるを得なくなるような、魅力的であろう体をしている。
そしてもう一つ。普段の藤森と同じように、とてもじゃないが人を殺したりするような顔には見えないことだ。焼き付けられた記憶から発せられる雰囲気の記憶は、三人の罪人からは邪気や悪意のようなものを感じることができなかった。
そう、藤森も対峙する寸前まで殺意を感じ取ることが難しい。最も彼女の場合は動きが今の所直線的で分かりやすいので大したことではないのだけど。
ようは、殺すにはあらゆる意味で惜しまれた女たちを何らかの方法で永遠の奴隷にして閉じ込めた牢獄。それがこのタルタロスなのだ。
一体どれだけの数の囚人が、そうしてあの牢獄に居るのだろうか。そもそも、一般客を担当する者も怪しくなってきた。
…とそこまで考えたところで、本来の目的である藤森を思い出す。おそらくありえそうなのはネルか名前を奪われた聖女のいずれかが、ヤクモや私に分からない未知の何かを用いて藤森を操り、脱獄を手助けさせたのだろう。
実際のところ、この騒動を引き起こしたアホは藤森だとここにいる全ウェステッドが確信している。
残念なことに、藤森の単純明快な動きを捕捉したり、受け流せる者は今のところいない。
いるとするなら彼女以上の体格をした大型の魔物ぐらいで、他は大抵馬か車に跳ね飛ばされた人形のように宙を舞っている。それも上半身と下半身が別々に分離しながら。
ここの警備を任されている者は、それなりに戦いの経験を積んできているはずなのに、無傷の者よりも奴にぶつ切りにされて運び出されている数の方が圧倒的に多い。
まるで相手にならなかったのだろう。
とにかく、仮に三人のうち誰かが藤森を操ってるなら取り返す必要がある。
と思っていたら、目の前にその藤森が立っていた。
なにやら、奇妙な夢を見ていたようだった。わたしは、そう思っている。
凄まじく短縮された三人分の記憶を、ノンストップで見させられていたような。
それなりの悲喜劇であり、胸が重くなるような悪夢であり、もはや感情が消えた記録。
わたしの中にある何かは、もはや何も感じていない。魂と呼ぶべきものが、とうの昔に擦り切れ、消えてしまったのだろう。ただ、記録として残ったものを、繰り返し再生していた。だけど。
わたしは確かに聞いたはずだった。彼女たちの、いつ、どこで口にしたのかわからない、救いを求める声を。それに応えた結果が、今ここにいるわたしなのだろう。
あるいは、とても欲しかったからなのか。どちらでもあるのかもしれない。
自分のことなのによく分からない。靄がかかっているとかではなく、あるはずの答えがないような感じだ。
それにしても、ひどい夢を見たがよく眠れた気がする。まるで数ヶ月間まともに寝ずに何かしらし続けて、やっと心置きなく休めるようになって一日中、途中で起きることなく眠り続けていたように。
何回か悪夢を見たり、最近は頭にアイスピックをあてがわれて念仏と共にハンマーで打ち込まれる夢を見た気もするけど。
いつの間にか目の前に立っているカーネイジに、わたしは「おはよう」と手を上げて言ってみた。数秒後、わたしは盛大に引っ叩かれた。胸を。
「おはよう」、そんな冗談のような挨拶をした彼女の顔に、私は凝視せざるを得なかった。
あの黒い目隠しが、実際は見えるようになっているパーティーグッズだったはずの目隠しが裂けて、そこから目玉が瞼を開けるように姿を見せたのを見てしまったからだ。
姿を見せた目玉は、まるで自分がどうなっているのか分からないような、目玉だけで呆けているかのような動きをして、ゆっくりと目隠しで作られた瞼を閉じた。
そしてもう一度、今度は目が覚めたように早く左目がある場所から三つの目玉が開く。
三つの目はきょろきょろとまわりを見回した後、目を閉じた。
その目は一つ一つ異なる瞳孔を持っていて、うち一つは何処かで見覚えがあると気づいて、すぐに思い出した。
あれは、脱獄した囚人の一人、ネル・ヘクセンナハトの眼にそっくりでは。
どういうことなのか、なんで藤森の眼がこんな独特のギミックを持つようになったのか、あとなんか藤森前より乳も背もでかくなってる気がするし、雰囲気もなんか変わったし、そもそもお前どこで何してたんだとか色々疑問が浮かんで。
「おはようじゃねえ!どこほっつき歩いてたんだこのクソデカナメクジ!」
私はそう叫んでその前より大きくなったように見えた乳を思いっきり引っぱたいた。
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