僕はまだ猟奇的な彼女を婚約者と認めた訳ではない!

ワイルドベリー

第1話 僕は好きで女性恐怖症になった訳ではない!

 はぁ〜。


 僕は教室の窓際から見える校庭を見下ろし、思わず溜息をついてしまった。夏休みが終わり、学校が始まってから男女のカップル比率が上がって、みんな楽しそうに学園生活をエンジョイさせている。


 それにひきかえ僕は……


 はぁ〜……。


 僕の名前は、時任ときとう俊一しゅんいち。この紅葉高校に通うごく普通の一年生だ。


外見は、正直多少のコンプレックスを持っている。僕は男なのに女の子みたいな顔と言われたり、身長もぎりぎり160センチで低いし、声も高い方だ。性格に関しては、なよなよしている、決断力がない、男らしくないなど、言われたりする。

 そんな僕に後ろから声をかけてくる男がひとり。


「おいおい、さっきから何回溜息ついてんだよ。それにどうして、そんなショボくれたツラしてんだよ?」

「ショボくれてて悪かったね。本当に君は、元気だよね。何か、悩みとか無さそうだしね」


「バカ野郎! めっちゃあるぜ。今月発売の欲しいギャルゲー2本あってよ。何と同時発売な訳よ。だけど、金銭的に2本は、手に入れられない! あ〜、どっち買えばいいんだろうとかさ。あと、それから……」

「はい、ストップ!」


「何だよ何だよ、これから俺の悩みを話す所なのによ」

「オーケー、もういいよ。じゅ〜ぶんに分かったから!」


「そうか、分かってくれたか! もうさ、悩みまくりな訳よ」


 なんてお気楽な男なのだろう。


 この、お気楽な男の名前は、坂口さかぐちけん。高校に入ってから出来た僕の数少ない友人である。


 顔は、彫りが深く、目鼻立ちも整っていて、男の僕からみてもかっこいいと思うし、身長も180センチ以上あって高い。手足もスラリとしていて長いし、ファッション誌のモデルをしていると言ってもおかしくないだろう。普通に考えれば、彼女という存在がいても全然おかしくないと思うんだけど……。


「で、俊一は校庭なんか見て、どうして溜息なんかついてたんだよ?」

「まあ、見れば分かるよ」


 そう言って僕は、健に下を見るよう促す。


「ははっ、一体校庭に何が見えるっていう……うおっ⁉︎ 何だ! このカップルの山は⁉︎ あれっ? あいつらいつの間にあんな関係になってたんだ。ったく、こんな所でイチャつきあってないで、どっかヨソ行ってイチャつけよ! はっは〜ん、俊一君も彼女が欲しいですか……って、まあそんな訳ねーか?」


「うん、羨ましいけどね。残念ながらそんな風に思うのは無理かな」


 もう一度校庭を見下ろしながら、そう呟く。


「ふぅ〜ん、まあ3次元の女なんてどうでもいいじゃねーか? あんまり気にすんなよ。それより、2次元の女の子だって! 俺とお前は似た者同士…………」


 健のその言葉に僕は、掌を健に向けて待ったをかけた。


「ちょっと待って⁉︎ いつから僕は健と同じになったの!」


 驚いた顔を、健は僕に向けてくる。


「いつってお前も女嫌いだろ? 俺とお前仲間じゃねーか?」


 自分と僕を交互に指さしながらそう言ってくる。僕は激しくかぶりを振り否定した。


「違うよ! 全然違う! 健は女の子自体に興味がないでしょ? 僕はあるの! 仲良くなりたいの! ただ、怖くて苦手なだけなんだよ!」


 健は腕組みをしながら目をつぶり僕の話しを聞いている。


「うーん、面倒くせえ男だな〜お前は。好きか嫌いか だけでいいじゃねーか? 俺は嫌い。そしてお前も嫌い」

「はぁ〜、もういいよ」

「しっかし、あれだな〜、その女性恐怖症ってもう何年も前の事なんだろ?」


 女嫌い。


 そう僕は女嫌いだ。でも元々女嫌いだった訳では無い。そうあれは、今から10年以上前の事だ。




 僕は家族と一緒に旅行に出かけた。子供の頃の記憶なので曖昧な部分もあるのだが、飛行機に乗って興奮していたのを覚えている。


 着いたホテルの裏には海があり砂浜があった。


 母さん達は僕達に小さな千鶴の面倒を任せ(今思えば何て親なんだ!)、二人で手を繋ぎながらどこかに出かけて行った。任せられたとは言うものの、兄は海には興味無いらしく、千鶴の面倒を見るついでに参考書を開く始末である。


 つまらなくなった僕は1人で砂浜に出掛ける事にした。


 しかし、後になって気づいた事だが、僕はこの時の僕に強く言いたい! 「遊びに行くな! 兄貴と一緒に千鶴の面倒を見てろ!」ってね。


 ザザーン……ザザーン……


 僕は波打ち際で砂浜に座り、海を眺めていた。


 突然の事だった。


 何があったと思うかい?


 女の子がいきなり僕の所に走ってきて、飛び蹴りをしてきたんだよ?!


 今思い返してみても、その子の行動がまったく理解できない。


 そして、その後に言った言葉が


「ねえ、君も1人なの? 一緒に遊ぼうよ!」


 だった。


 いや、色々違うでしょ⁉︎

 いきなり蹴られた僕は、泣きながら


「嫌だよ! 何なんだよ、君は!」


 そうしたら、また手を振り上げ僕にビンタしてきた。

 本当に意味が分からないよ!


「ぐあっ⁉︎ な、何で殴るんだよ!」

「だって、せっかくこのわたしが、遊ぼうよって誘ってるのに嫌って言うんだもん! 嫌って言ったら〜、また殴るぞ〜」


 目を細め口元をニヤリと吊り上げ、逃げようとする僕に詰め寄ってくる。怖かった僕は遊ぶ事を約束するしなかった。


「ひいっ⁉︎ ひぐっひぐっ……わ、分かったよ、遊ぼう」

「やった〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 僕にとってその子は鬼にしか見えなかったので、鬼子ちゃんと呼ぶことにした。もちろん! 間違っても声を出して呼ぶことは無かったけどね。



 こうして、一緒に遊ぶ事になった訳だが、今思い返してみてもいい思い出がひとつも……あっ! いや!

 そう言えば鬼子ちゃんともう1人女の子がいたんだ。

 その女の子は鬼子ちゃんに隠れるようにして、ついてきていたのを思い出す。それで僕が鬼子ちゃんに殴られたりしたら


「たかちゃん、やめなよ!」


 って言ってかばってくれたりしたっけ……今頃どうしてるのかな〜。


 それに、鬼子ちゃんが持っていた貝殻だって、元々◯◯ちゃんにあげようとしてたんだよ! それなのに……


「わあ〜〜⁉︎ 俊君、可愛い貝殻持ってるね〜! 頂戴!」

「な、何言ってるんだよ! だ、駄目だよ! こ、これはね……」


 言いにくそうにする僕の手から無理やり奪いとる、鬼子ちゃん。


「いいじゃない! ◯◯ちゃんもそう思うよね〜?」

「う、う〜ん……で、でもせっかく俊君が見つけたんだから駄目だよ!」


 ◯◯ちゃん! あ〜優しいな〜。

 僕は君にこの貝殻を挙げようと思っていたんだよ!


「そうしたらね〜。私がおっきくなったらこの貝殻と同じくらいに綺麗な物をあげるね!」

「そ、そんなもの要らない…………ぐあっ⁉︎」


 また、殴ってくる。


「それで、いいよね〜」


 ニコニコしているが、目が全然笑っていなかったのを思い出す。


 そんな感じで幼少期の僕は女性に対するトラウマを植え付けられた。




「うん、そうなんだけど……とりあえず帰ろうよ」


 教室を出て廊下を健と二人歩いていると、僕達のクラスの委員長、立花茜さんが山と積まれた用紙を持って、危なっかしそうに歩いている姿が目に入った。


「……でさ俺は思う訳よ、姫ちゃんの攻略はさ……」

「ごめん、ちょっと待って……」


 僕は気分良く話す健を制して立花さんの元に向かった。


「立花さーん」

「えっ?」


 僕は山に積まれた用紙の半分を手に取った。


「手伝うよ!」


 立花さんはちらっと、健の方を気にしながら


「え? い、いいのかな?」


 そう遠慮気味に話してくる。


「いや、全然気にしないで!ねっ!健」

「はっ⁉︎ い、いや、ちょっ! お前っ……⁉︎」


 僕は健が何か言う前に、彼女の持つ用紙の半分を取り、健に無理やり持たせた。


「そ、そんな悪いよ!」


 なおも遠慮してくる立花さん。


「いいからいいから、どうせ僕達暇だし」

「いや、俺は……」

「どこに持って行くの?」


 まだ何か言おうとしている健を遮り、行き先を訪ねた。


「し、資料室に……あ、ありがとう」

「いえいえ」


 僕と立花さんが並んで歩き、健が僕達の後ろについて来る形で、資料室に向かう事にした。


「な、何で俺がこんな面倒な事を……」

「はいはい、愚痴らない愚痴らない」


 僕の隣から小さく立花さんの笑い声が聞こえてきた。


「んっ? どうしたの」

「い、いえ、ごめんなさい。二人の会話を聞いてたら、おかしくて。二人ってとっても仲いいよね? 昔からの知り合いなの?」

「そんな事立花に言う必要……ぐあっ⁉︎ し、俊一、てめえ!」


 余計な事を言おうとする健の足を踏んだ。


「えっ?」

「いやいや何でもないよ。健とは高校で知り合ったんだよ」

「あっ、そうなんだ」


 立花さんは以外に思ったのか、目を大きく見開いて僕達を見つめていた。


「あっと、資料室に着いたね」


 僕達は資料室に入り近くに置いてあった長テーブルの上に用紙の束を置いた。


「あ、あの、本当にありがとう」

「いや、気にしないで! それじゃあね」

「うん、さよなら」


 そして、今度こそ僕達は来た道を戻り帰宅する事にした。

 校門を過ぎてもなお、隣を歩いている健からジ〜っと視線を感じる。


「な、何? どうしたの?」


 僕は我慢できずに足を止めて健の方をみる。


「俺が言いたい事分かるよな?」

「足踏んだ事でしょ? でも、あれは君がひどい事……」

「じゃねーよ! いや、それも言いたいけど、本当に言いたい事は別にある。俊一どう言う事だ!」


 真剣な顔をして聞いてくる。

(まあ、言いたい事は分かるけど……)


「何で女が苦手って言うお前が、あんなに親しそうに話ししてるんだよ! どもったり、青ざめたり、何よりいつもなら気持ち悪いぐらいに汗を流すのに!」


 次第に大きくなる健の声に学校帰りの生徒達や買い物帰りの主婦の人達が、何事かとこっちを見てくる。


「け、健、声が大きいよ⁉︎」

「わ、悪い」

 健は周りを見渡し、声を小さくして話しだした。


「と、とりあえず歩こう」


 僕達は歩きながら話す事にした。


「でも真剣に驚いたぜ。クラスではあんま会話してねーしな」

「正直、僕も良く分からないんだよね。何故か普通に話せるんだよね」


「まあ、立花の場合は胸とか出るとこ出てないし、地味顔で垢抜けしてねーから、ただ単に女として意識してないだけかもしれないけどな」

「って、おい!」

「はははっ!」


 この男は何て事を言うんだ! まったく!


「あのね〜、健、立花さんて人気ある女の子なんだよ。うちのクラスだけじゃなく、学年全体でもね。だから……」

「おい、俊一、俺にとったら3次元の女の情報なんかどう〜でもいい。なぜなら俺にとっては、2次元こそが全てだからだ! 2次元こそが全てだからだ!」


「いや、そこまで力説する事でも……というか、何で2回も言うんだい?」

「そこ重要だからな!」

「あ〜、はいはい」


 そう、これがこの男、坂口健に彼女がいない理由である。どういう訳か彼は、人間の女の子にまったく興味がないと言う。これだけの容姿をしている訳だから、今までも告白してきた女の子はたくさんいたんだけど、その全てを断っている。一度だけ、その告白シーンの現場に不覚にも立ち会った事がある。彼が断った言い方がこうだ。


「悪りぃけど、無理だわ」

「…………」

「理由? んなもん興味ねえからに決まってるじゃん」

「…………」


 これだけでも、はっきり言い過ぎって思ったんだけど、さらに……。


「大体さ、どうして人間の女なんか好きになるって言うんだよ。はっ、ありえねーよ。時間の無駄だわ。いいか、俺は人間の女にはまったく興味ねえ。3次元こそが全てだからだ。分かったか? んじゃ、そゆ事で。行こうぜ、俊一」


 あれは、今思い返しても本当にすごかった。女の子もすごい泣いてたし、こいつ本当にいつか刺されるんじゃないかと思った。まあ、そういう事もあって、今じゃあ彼に告白しても無駄だと思い告白してくる子も少なくなったんだけど。


「所でさ、僕って傍目から見ても女の子と話してる時って嫌がってそうに見えるの?」

「見える! 間違いなくお前はこっち側の人間だ! 俺が保証する‼︎」


 親指を突き立てぐわっと、目に力を入れて僕を見る君……顔が端正でも少しキモいです。


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