月面に建つ東屋

 月面基地の発展に伴い、基地内の収納能力に限界を感じ始めた頃、新たな実験がスタートした。


 地下に建設された月面基地の内部ではなく、月面で物資の保管を行うのだ。

 核燃料や脱水汚泥などの身近に置いておきたくないものから、酸素ボンベや保存食品類、各種建材などのすぐには必要ないもの等、リストには無数の品目が並んだ。

 月面に物資を保管する上で考慮しなければならない問題が数点。特に大きな問題点は以下の三点である。


・宇宙線汚染

・数百度にわたる温度差

・流星直撃


 これらを避けるために月面基地の大半は地中に建設されているのであり、さすがに野面で月面に物品をさらすわけにはいかない。

 アイデアとして、まずは半地下を掘削し、コンクリート製の屋根を渡した『バンカー』が考案された。

 しかし、月面の砂質を考慮すると、掘削に手間がかかり、またコンクリートの作成にも様々な困難が発生するため計画は頓挫した。


 この時点で研究会は可能性としては無視できる程度に低いとして、流星直撃に対する対策は一時放棄された。

 同時に、宇宙線についても可能な限り無視する事となった。

 汚染に影響がないものだけを外に保管すればいいのだ。


 次ぎに、物品をそのまま土のうで埋めてしまうというアイデアが採用され、これは実験も成された。

 様々な物品を月面に放り出し、土のうを作成して上にかぶせる。

 そのまま、月の昼を経過して、夜になったら掘り返す。

 結果、十分に厚みを持たせた土のう層は温度の変化を最小限にし、十分に実用に耐える事が判明した。

 しかし、やはり問題が発生した。

 保存のために確保できる空間が労力の割に極端に狭いのだ。

 埋め込み、掘り出しに膨大な人手間が必要となり、比較的搬入、搬出が頻繁な物品には向かないことが解った。


 やはり倉庫型の建築が必須であった。ともかく直射日光さえ防げれば物品の劣化は防げるのだ。

 そこで出されたアイデアが『木造プレハブ』である。

 荷重は地球の1/6、それに木造建築の最大の敵である腐朽菌も白アリも、月面には存在しない。

 火災さえも極端に低い酸素濃度のせいで発生しない。月面では木造のメリットがあった。


 同時に原材料の地球からの輸送というデメリットもあるが、それは現状全ての物資に言えることである。

 早速、地球から取り寄せられたプレカット角材が月面に組み立てられた。

 レゴリスに建つ立方体の骨組みはいささか滑稽ではあったが、歴史的瞬間には違いない。

 倉庫と言うことさえはばかられるような貧相な構造物を多くの研究者が見物した。

 骨組みに続いて、屋根に無垢の杉板を打ち付けていく。

 合板などは接着剤にどのような変化が生じるか、研究が必要なので初回は無垢材だ。

 ちなみに、雨も風も考慮しないため、当初は水平に屋根を設置するとの意見も出たが、空中に巻き上げられたレゴリスが日々降下しているため、屋根にある程度の傾斜を付けることとした。

 側壁にいたって、三方に腰板を設置し、届いた木材を使い果たした。

 その異様は公園などに設置された東屋を想起させた。


 早速、お調子者の研究者が、「サムライハウス」などと落書きを加えたが、東屋は一昼夜の後に解体され、材料は徹底的に切り刻まれて研究に回された。

 熱伝導の低い木材は、高熱の直射日光を浴びて表面を炭化させながらも、内部は生木の状態をたもち、倉庫として要求される強度を十分に発揮することが証明された。

 

(後に、月面基地で生産可能な石膏ボードを利用した倉庫建築技術が考案され、木造建築の研究はたった一度の建築実験のみで中止されたが、月面基地開発初期のロマン主義的な代名詞として木造建築実験は長く語り継がれることになる)

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