電話口の彼女と僕の光景

吉行イナ

ゴールデンウイーク

僕とハズキさんは3年ほど前、何でもないようであるいは特別なありふれた土曜日に知り合った。ゴールデンウイーク前の4月後半、第3か第4だかの定かではない土曜日だ。世間は来るべき大型連休を待ちに待ちかねて少し浮いた足を努めて地面に密着させようとしていた。あれから3年、また同じく宙に浮いている4月終わりのとある日昼を迎えていた。

「ハズキさん今度の連休はどこかに出かけるんですか?」電話口に立つ僕はこんにちはと言い彼女の近況を聞いた後で特に話題が見つからなかったのでそれを質問した。

「どうしようかしらと思案しているところなの。彼氏は仕事で休みもそうそう長くは取れないみたいだしかと言って出掛けないわけにもいかないでしょ」

まるで出掛けるのが義務みたいだと僕は言った。彼女はツボにはまったらしく少し長い笑いに陥った。

僕とハズキさんは決して恋人とかそういう関係ではない。確かにいっときは好意を寄せたことはあったがその時すでにお付き合いをしている男性がいて今でも関係が続いているのもその男性だ。

「今ふと思ったんだけれど3年前はゴールデンウイーク前に出会ったからこうした会話はなかったけど去年も同じ話をしたと思わない?」

かもしれないと僕は言った。

「こういった話題はゴールデンウイーク前の型なんじゃないかな。歌舞伎とかミュージカルみたいなお決まりの形。もしくは日本人の風土病。休みを効率よく他人の目を気にしないで大っぴらにとれる滅多にない機会なものだし」

わたしたちは病気なのね。 うん病気なんだよ。そう言いあうと少し沈黙が間伸びした。彼女はどうか知らないが僕はいつものこの間をとても心地良く感じた。

いつもそんなに長い会話をするわけではないのだけれど僕は彼女の名前を呼ぶことが好きだったし彼女も週3回ほど昼食終わりに僕に電話をかけるのが日課となっていたので僕にある程度上位の信頼を寄せているのは感じ取れた。

「まったくほんと。ケイスケさんにも困った物よね。たまに休みだと思ったら会社の先輩と釣りとか行っちゃうんだもの」ケイスケさんとは彼女の彼氏殿である。

僕はこういう話になるとうらやましく感じるとともにとても嬉しくもなる。

ぞんざいに発せられたかのように思えるその名前にはたしかな愛情が光り輝いて象られているからだ。

僕は思う。愛する者の名前を誰はばかることなく呼べることが愛し合うものに許された最大の特権だと。

ハズキさんと幾度となく僕が呼んだ名前も彼女の心を悩ませる彼の一言にはかなわないのだ。そしてそんな素晴らしい2人の愛に僕は心を打たれて止まない。

僕は今日もどこにでもある土曜日から始まったどこにでもある愛を見送る。

そしてそれらは誰かからしたら特別ではないし誰かにとっては唯一無二のかけがえのないものなのである。




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電話口の彼女と僕の光景 吉行イナ @koji7129

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